
あの人に聞く! クルマ&バイクライフ
危険を知っているからこそ
安全のことがよくわかる
高橋レーシング 高橋勝大さんインタビュー
映画やドラマで、派手な衝突や横転シーンに欠かせないスタントマン。この危険な演出を「危険でないように」続けてきたのが日本のスタントマンの草分け「高橋レーシング」だ。派手に見えるスタントでは練習と準備が必要で日ごろの運転では、思いやりと笑顔が事故を減らすのだという。
プロの準備が危険なシーンを安全にする
映画やテレビドラマで、俳優に替わって危険なアクションを吹き替えで演じる「スタントマン」。この言葉は、古くは1920年代にアメリカ映画界で発祥した言葉だというが、日本でこの言葉が使われ始めたのは、昭和30~40年頃(1950~60年頃)の話ではないか、と高橋勝大さんは言う。
高橋さんは1965年、おそらく日本で初めてのアクション&スタント会社である「高橋レーシング」を設立。自他ともに認める、日本のアクション&スタントの草分けであり、第一人者といっていいだろう。
「初めてスタントというか、アクションをやったのは5歳の頃かな。当時、疎開先の群馬の家には馬がいて、小さい頃から馬に乗れたんです。『馬に乗る子ども』のシーンが撮りたい、って聞きつけた、新東宝で殺陣師をやっていた兄に連れられて撮影所に行ったんだと思います」
当時はスタントなんて言わずに、吹替や代役の一種でしかなかったアクションシーン。それを専門にやるアクションアクターが、スタントマンという職業のスタートなのだろう。
高橋さんが覚えている初期の仕事は、昭和40年頃のテレビ特撮番組『忍者部隊月光』。そういえば、この頃のこども向け特撮ドラマは、よくヒーローがオートバイに乗っていたけれど、あれも出演俳優がオートバイ免許を持っているとは限らないないから、実際に走行しているシーンは、高橋さんを含め、オートバイを運転できる吹き替え役の方で撮っていたわけだ。
「こどもの頃は、まず自転車に乗り始めるよね。そこでも、友だちとよく自転車で遊んでいたけど、僕は普通には乗っていなかったなぁ(笑)。砂利道とかデコボコ、未舗装路ばっかり走っていた記憶があるよ。当時は兄が持っていたカブ号を借りて乗り回しても、そんなところばっかり走ってた。考えてみたら、その頃の遊び方がアクションシーンの練習になっていたのかもしれないね」
千葉真一さんの吹き替えで出演した『暗闇五段』というテレビ映画では、ラストシーンで派手に転倒するオートバイのライダーも務めた。監督の指示は『なんか派手に走ってくれる?』というものだったから『それじゃぁこうしましょうか』と、転倒シーンを進言したのだという。
「監督も演出も、スタントの案がないわけだから、じゃぁこうしましょう、こういうのもできますよ、ってこちらからアイディアを出すんです。ここでパーンと撃たれてゴロゴロゴロッと転倒しましょう、とかね。えー、そんなのできるのー?って言われるけど、それが僕の仕事なんだもの、やるよね。逆に、普通に走るんだったら僕じゃなくていいでしょ、なんて生意気なこと言ってたなぁ(笑)」
クルマを使ったスタントシーンは、昭和50年頃のテレビドラマ、とりわけ刑事ドラマに欠かせない演出のひとつだった。『Gメン’75』『新宿警察』『刑事物語』をはじめ、『ウルトラマンシリーズ』や『スクールウォーズ』『3年B組金八先生』などにも参加しているし、バラエティ番組でも、爆破シーンやカースタントのシーンで、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』や『とんねるずのみなさんのおかげです』『めちゃ×2イケてるッ!』『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』などの人気番組でも、欠かせない戦力だったのだ。
「クルマのスタントというと、衝突シーンや爆破だよね。衝突では、ロールオーバーっていう横転とか、Tボーンクラッシュっていうクルマ同士の直角衝突をやったよね。派手にしたい、っていう演出にはピッタリでしょう(笑)。高橋レーシングは、爆破シーンをやると、その後片付けまで請け負っていたから、制作側は助かったんじゃないかな。爆破して消火、散水、清掃して原状復帰。視聴者には見えないところもキチンと。プロだからね。だから、画面では危険に見えること、派手に見えることも安全に、地味に完遂するのがプロだよね」
そこまでボディスタント=オートバイの転倒やクルマの爆破ものを手掛けると、さぞや事故やケガも絶えなかったのでは――と水を向けると、高橋さんの目がキリッと光る。
「そこで事故を起こさない、ケガをしないのがプロなんだ。例えばボディスタントでは、やっている本人が決して危険でないように、念入りに下見、準備をしっかりとやるのが鉄則。オートバイの転倒シーンだって、どこでどうやって転んで、体が投げ出される先に何があるかまできちんと計算をしておくんです。カーアクションだって、カメラを構えているんだから、きちんとカメラが狙うあたり、指定の位置で横転する。停止して爆破するなら、まわりに危険がないように火薬の量も調節するし、そういう準備と計算が重要なんです」
高橋さんはいつも、現場には誰よりも早く入り、アクションをする位置を念入りに下見することを習慣としてきた。カーチェイスをするなら、この信号は数10秒で赤信号が青に変わり、これくらいのスピードで次の信号の青信号に間に合う……や、クラッシュシーンならばここでカメラを構えるから、このあたりからスリップして、ゴロゴロッと2回転して止まる、ならばこのあたりの路面状況はどうだ? まわりに衝突するような危ないものはないか?ーーこれが高橋さんの言う「プロの準備」なのだ。
安全もプロの準備と会釈と笑顔
そうやって「危険なシーン」を演じ続けてきた高橋さん、プライベートでクルマを運転する時のことを尋ねると、意外な答えが帰って来た。数センチメートル単位で位置決めをするスタントシーンをすることは、練習や準備が必要なものだし、高度なドライブテクニックも要求される。さぞや危険をスイスイとかわしていく運転技術が大事なのかと思うのだが……。
「僕は、自分で街を運転するとき、ひとが変わったみたい、って言われるんだよ。もちろん、ワイルドな方にじゃないよ(笑)、びっくりするくらい安全運転なんだって言われるんだ」
仕事では、カースタントで、こういう操作をすればクルマがこう動いて転倒を誘発する、というところまで習得しているから、その手前までの操作をすれば安全にクルマを運転できることをきちんと知っているのだ。危険がわかるからこそ、安全がわかるのだという。
「あとは心がけだよ。運転中はあちこちに視線をやって、全方位に目を配ること。現状認識と予想行動を心がけていたら、こういう交差点では自転車が飛び出してくるな、前のクルマがフラフラしているから急に進路を変えてくるかもな……って予測できるんです。今の一般道って、クルマだけじゃない、歩行者も自転車もオートバイも、電動キックボードみたいな乗り物も同じ場所を走っているから、運転中はずっとあちこちを気にして忙しいよね。でもそれが楽しいからやめられない」
77歳になった今でも、毎日のように自らハンドルを握る高橋さんに、事故を減らす秘訣を聞いてみた。
「事故はね、技術が未熟だったり、操作ミスで起こることもあるけれど、運転者同士の思いやりがあれば、事故はグッと減ると思うんだ。たとえば合流や、交差点に同時に進入した時には譲ってあげようよ。お互い譲りあったら、軽く会釈したり、ハンドサイン出してあげたりね。譲られた方はニコッと、ハザードランプを何回かチカチカさせて、車内でサッと手を上げるだけで、譲った方も譲られた方も気分がいいじゃない。きれいごとじゃないんだ、譲りあいの心、なんて標語によく使われるけど、実は一番大事なことなんだと思う。笑顔とあいさつは安売りしなきゃ(笑)」
あとは運転しても急がないことだ、とも教えてくれた高橋さん。
「いつかね、うちのスタッフと実験をしたことがあって、東名高速を名古屋までだっけな、せかせかと急いで、車線変更を繰り返して運転していくときと、のんびり急ぎすぎずに運転するのを比べたことがあったんだ。名古屋に到着した時間は15分かそこらしか変わらなかったよ! ここで1台!って追い抜いたって、そんなに早くは目的地に到着しないものなんだよ。そんなに急いでどこへ行く、なんて標語もあったじゃない」
危険に「見える」シーンの第一人者の高橋レーシングだけに、全国の警察署主催の交通安全教室や保険会社の事故再現や車両実験にも声がかかることが多いのだという。さらに警察官相手のドライビングテクニック講習をすることもある。
「パトカーで犯人のクルマを追い詰めたり、安全に停める方法を教えることもあったし、安全運転講習もあった。オートバイの失敗例を実演して転倒させることもあったし、クルマのスリップ事故を実演することもある。アクションの大元には、いつも安全があるってことをわかってくれているんだね。いつも危険に気を張っていること、子どもを守ることは、ドライバーの責務だよ」
「ひと手間ふた手間と、すこしの謙虚な気持ち」が事故を減らす秘訣だという高橋さん。危険に見えることを安全に行ない、練習と準備を欠かさないこと。そして、技術だけではなく、心にも余裕をもって運転すること。
アクションやカースタントは「安全」への高い意識があるからできることなのだ。

「今の僕は、この馬とホンダのカブ号がなかったらいなかったかもね」
昭和の終わりごろまでは東京でも馬の姿をよく見られたとか。



高橋勝大 さん-
昭和22年、群馬県生まれ。
バイク、クルマによるカースタントをはじめ、ボディスタントや劇用馬術、火薬操作や潜水作業までを行うタカハシレーシングの設立は昭和40年。テレビや映画の出演をはじめ、安全運転講習や事故再現実験、交通事故鑑定調査の依頼も多いという。
タカハシレーシング