
シート開発陣にインタビューインテリア構成部品としての快適さと、
安全装置としての機能を高度に両立させる
運転中および移動中の快適さを大きく左右する部品であり、大前提として乗員を守るための安全装置である……それが「シート」だ。快適性と安全性の高い水準での両立――自動車用シートをつくる開発陣は、日々この難しい連立方程式の最適解を追求し続けている。
- ICE完成車開発統括部
車両開発二部
キャビン開発課
アシスタントチーフエンジニア池田 敬基さん - 2008年に中途入社。前職は自動車シートメーカーであり、シート設計ひと筋。アコード、シビック、アヴァンシア(中国向け)などを担当。

- BEV完成車開発統括部
BEV車両開発二部
HMI・空間価値開発課
スタッフエンジニア北畑 裕貴さん - 2016年入社。1年間シート設計に属した後、現在は空間価値開発という研究領域を担当。CR-V、フリードなどを担当している。

- BEV完成車開発統括部
BEV車両開発二部
HMI・空間価値開発課
アシスタントチーフエンジニア加子坂 篤志さん - 2007年入社。材料開発部門でシート表皮開発に携わった後、2012年にシート設計部門へ。N-VAN、フリードなどをこれまで担当。

- BEV完成車開発統括部
BEV車両開発二部
HMI・空間価値開発課
アシスタントチーフエンジニア佐野 浩司さん - 1989年入社。鈴鹿工場勤務を経て、先進開発、そして衝突安全の部署に従事。頚部傷害の研究・対策のスペシャリストとして活躍。

- ICE完成車開発統括部
車両開発二部
キャビン開発課
スタッフエンジニア水越 敏充さん - 2004年入社。2代目フィットの初期先行開発から今日に至るまで、シート設計を担当。シートフレームの開発などに従事。

シートに求められる一番大事な機能とは?
シートベルトやSRSエアバッグなどが歴然とした安全装置であることに異論を挟む人は少ないだろう。ではインテリアの構成要素であるクルマのシートはどうだろうか? 安全装置として強く意識していなかった……という人もいるのではないだろうか。一般的に「chair(チェア)」とはひとり用の背もたれのある椅子のこと。対して「seat(シート)」は座る場所や空間を指している。クルマの座席も「シート」と言っている通り、椅子とは全く異なる設計思想によってつくられれている。乗員を事故から守る安全装置であることが、クルマのシートには第一に求められる。
水越:クルマを構成する部品のなかで、シートは重要保安部品に分類されています。シートベルトで人を拘束するとき、シートはその土台として機能する必要があります。前面衝突時にはシートは乗員支える強度を保ち、側面衝突時にはサイドエアバッグを支える役割も担っています。
池田:北米市場からの報告には、事故に遭ったユーザーの方から「衝突後にシートが壊れなかったことによって、助かることができました」という声もありました。事故時にシートが壊れてしまうと、乗員の方が大怪我することになってしまいます。
水越:座るものという点ではクルマのシートは「椅子」ではありますが、「家具の椅子」とは全く異なるところが、開発の難しいところです。商品性として、デザインや座り心地の良さはもちろん大事で、座るもの=椅子としての機能は満たした上で、安全性も両立させなければいけません。
新人の頃、快適で家具のようなものでは駄目なのか? と考えて、設計を試したことがありました。家具で人気のビーズクッションは非常に身体にフィットするので、これをクルマに載せれば良いのではないかと当時考えたのです。しかしクルマの中で乗員の身体は、加減速で前後に動き、ハンドル操作により左右に動きます。そして事故に遭った時は、乗員の身体を飛び出させる力が発生します。だから、やっぱりシートは乗員をしっかりと支えられるものでないといけません。

加子坂:家具の椅子とクルマのシートでは、使われる環境が全く異なります。車内のインテリアでもあるシートは、夏は60~70℃という高温に、冬にはマイナス10~30℃という低温にまで晒されることもあります。過酷な温度環境や特性を考慮しながら、シートは設計されています。
佐野:衝突時に、シートはさまざまな役割を果たします。乗員や車内の荷物などが前方へ飛び出すことを防げるような、隔壁装置としての役割として、シート自体が倒れて壊れないようになっています。
水越:そのために、シートフレームには必要な剛性や強度をもたせることが大事になります。
加子坂:シートフレームは、金属のパイプとパネルの組み合わせが多いですが、パイプを使わず、プレス加工でつくった部品のみで構成されたフレームを採用する車種もあります。
佐野:パイプもパネルも厚みを持たせれば強度は上がりますが、シートの重量が増え、シートの重量が増えればクルマ全体の車重が増え、燃費などの性能に悪影響を及ぼすことから、できるだけ軽くすることが求められており、薄い材料を効率良く、断面を工夫するなどして強度を持たせるようにしています。
池田:一方で、シートが軽すぎると、振動が出るなどの悪影響もあります。できるだけ軽くつくりつつも、安全性と快適性を両立させるため、フレームの剛性と重量をバランスさせています。シート単体の重さは、最もシンプルな手動調整式のシートで15kgちょっと。電動調整用機能、オットマンや肘置きなどがつく多機能なものだと60kgくらいになることもあります。

加子坂:ナットやボルトまで入れるとキリがありませんが、シートを構成する部品点数は、フレーム、ウレタン、表皮など主要な部品で数えていくと100点くらいになると思います。
池田:どこまで細かく数えるかにもよりますが、運転席や助手席といった1列目のシートで200点くらいになるかな?
水越:シートの調整機構が手動方式と、スイッチで操作する電動式とでは部品点数が大きく変わってきます。電動式はモーターやギア、コントロールユニットなどが必要になるため構成部品が増え、一番多くて200点、最もシンプルな構成でも100点以上にはなります。
北畑:安全性を担保するひとつの性能として「しっかり座っていられる」ことがあります。長時間運転する場合、同じ姿勢でずっと前を向いて座っていることになります。そのため自然と筋力を使ってしまうので、どうしても疲労感を覚えてしまいます。4代目フィットから採用している「ボディースタビライジングシート」は新しいフレームを採用して、疲れにくいようにシートが身体を支えます。長時間乗っていても身体がずれにくくなるので、SRSエアバッグやシートベルトが機能する上で理想的な着座位置に座ることができます。
安全性と快適性を両立させるための構造
事故のときに乗員を守るシートの強度などは、パッシブセーフティ(衝突安全)」の領域となる。一方運転のしやすさや疲れにくさに対するシートの工夫は、快適さを乗員に提供するとともにアクティブセーフティ(予防安全)に結びつくという。
北畑:私が所属している「空間価値開発課」の「空間」は室内空間を指しています。インテリア部門に属しており、シート以外の内装商品の開発も担当しています。私は基本的に商品性(快適性)がメインの担当で「安全性と快適性をどう両立するか?」を、安全性の担当者と協力して開発を進めています。
加子坂:空間価値の中には、デザイナーからのスタイリングへの要求も含まれているので、安全性と商品性をうまくコーディネートしていくのも設計の主な仕事になります。
北畑:シートは乗員が触れている時間が一番長い部品です。だからこそ「価値」のある/なしがわかりやすい部品だと思います。安全性の価値としては、事故が起こった時に乗員を保護し、怪我をさせないことが重要です。また、乗車姿勢を崩さないように身体をしっかりシートで支えることで、運転に集中でき、事故の予防につなげることも重要です。ボディースタビライジングシートは骨盤を安定させることで、ずれていくこと(骨盤後転)を防ぎます。骨盤が後転してしまうと、骨盤からつながる上半身は猫背になってしまうことがわかっています。猫背の姿勢で前を見るには、首を持ち上げないといけないので、疲れやすい状態になってしまいます。ボディースタビライジングシートのフレームは、骨盤が後転しにくいように、シートのウレタンパッドの下には従来のスプリング構造に代わる、新設計のサスペンションマットが入っています。

池田:従来のスプリング構造は安価かつ軽量で、「身体をしっかり支えるよりもたわませる方が良い」という考え方のもとに、長い間主流でした。しかし近年は骨盤をしっかり支える考えが主流になり、たわませすぎないように変わってきています。
北畑:ただ、単に硬いわけでもありません。サスペンションマットとウレタンパッドの組み合わせによって、よりモチッとした座り心地で、快適性も充分ありながら、骨盤を後転させずに身体を安定させます。さらに、骨盤が安定すると、コーナーで遠心力によって身体が動くことも抑えられるので、運転に集中できて事故を起こしにくくなる……というアクティブセーフティーにつながります。
ボディースタビライジングシートは2020年のフィット以降の、国内販売されている多数のモデルに採用されています。
他部品開発陣と一丸となって
1台のクルマを完成させる
水越:クルマは車種ごとに大きさが決まっていて、車内に乗員が座るためのシートがあり、そのほかにシートベルトやSRSエアバッグなどの安全装置やインテリア部品が配置されています。各部品が機能するためには、それぞれの担当者が好き勝手に部品を配置するわけにはいきません。
池田:その中で例えば、シート側はスッキリとしたデザインにしたいと考えたたときに、エアバッグを取り付けるためのサイズが必要だから、そこまでスッキリさせることはできない……みたいなやり取りはあります。
北畑:ほかにも、視界は空間価値としても重要な領域で、快適性と安全性に大きく関わり、前方視界だけではなく後方視界も安全のために重要です。そのため、後席のヘッドレストが大きすぎると、ドライバーが後方を見づらくなってしまうので後方視界とヘッドレストの機能や意匠性のバランスを取ったり、シートバック(背もたれ部)の肩まわりを削ぎ落として、後ろを見やすくする工夫もしています。
佐野:仮に保護性能を高めようと、ヘッドレストの幅をシートバックと同じ幅にしてしまうと、後ろが見づらくなってしまいます。
水越:シート側の都合としては「他部品にこうして欲しい」という要望もありますが、インテリア全体として安全で効率が良い空間を作ることは、インテリアに携わる開発者はみんな理解していると考えます。それぞれ難しさを感じながらも、互いの要望を受け入れることで一番良いクルマをつくろうというモチベーションでやっていると思います。
池田:開発を前に進めないことには製品としてクルマを世に出すことはできませんから、安全のためにするべきことを理解している中で、互いの要望をとことん議論しながら開発を進めています。
通称はヘッドレスト
正式名はヘッドレストレイント
衝突時に乗員が負うダメージとして、多いと言われているのが「むち打ち(頚椎捻挫/頚部挫傷/外傷性頚部症候群など)」である。その多くは16~20km/hという低速域で発生するが、むち打ちの対策は非常に難しいと言われてきた。それはむち打ちが必ずしも「病気」ではなく「症状」であるためだ。
患者が抱えた痛みが明確な病状と結びついておらず、判断が難しいむち打ちの対策は、手を出すと泥沼にハマるタブー的な開発課題と捉えられてきた。その中でもHondaは、1990年代後半から頸部の衝撃を緩和する目的として難題に挑戦を開始し、2001年に研究の成果として「頚部衝撃緩和シート」をフィット(前席)を初めて採用した。
佐野:1989年に入社した当初は鈴鹿工場の製造ラインを担当しました。4年後に栃木研究所に異動、シート部門に配属されて先進開発に従事していました。その後2年くらい衝突グループにいたのですが、頚部衝撃緩和シート開発を立ち上げないかと当時の上司に言われ、担当することになりました。苦労することを見越してか、「むち打ちは絶対なくならないから、やらない方がいい」と親切心からのアドバイスをいただいたりもしましたが(笑)。
その後2004年から世界でアセスメント(クルマの安全性を評価するプログラム)に取り込まれ、今日に至るまでアセスメントにも対応できるヘッドレストレイントを含むシートの開発を続けています。
アセスメントを始めたときは、ダミー人形を使った試験を1年間で500~600回ほど行っていました。
北畑:ヘッドレストは頭を預けるものというイメージを持つ人が多いと思いますが、本来は頚部傷害を防ぐための役割が大きい部品です。
佐野:頭を休める「レスト」ではなく、拘束する「レストレイント」のためということで、ヘッドレストを頭に数センチ近付けたのですが、ほかの部品担当からすごい抵抗を受けました。快適さを担う開発者からすると要するに「敵」なわけですから。
北畑:あまりに近すぎると商品性とバッティングしてしまいます。特にポニーテールの女性には結構邪魔に思われがちなので、開発時に女性に使用感を確認してもらいます。
佐野:設計の人たちと話しながら頚部傷害対策への理解を深めていただき、2001年のフィットから頭部衝撃緩和シートを立ち上げることができました。
日本の事故調査は確認していますが、頚部傷害については徐々に発生件数が減っています。ただお客様の声として、ヘッドレストがあったから助かったみたいな感謝は、なかなか聞かないですね。どちらかというと、ヘッドレストが頭に近いのが嫌だというコメントばかりで(苦笑)。

水越:事故発生時だけでなく、シートの調整やシートアレンジしている時の安全性にも気を配ります。マニュアル操作の場合、シート背もたれ(シートバック)の起き上がるスピードが速すぎると、シートの一部が操作者に当たって負傷をすることが考えられるため、適度なスピードで起き上がるようなバネ設定をしています。
また、万が一乗員に当たった際でも負傷をしにくい部品形状とする配慮をしています。
加子坂:サードシートは横に跳ね上げて側面に固定する仕様がありますが、シート自体が非常に重いと腰を痛めてしまいます。なので、強度を保ちながら適切な軽さにシートを仕上げ、幅広い層の方が問題なく動かせるようにしています。ほかにも金属部品で手を切ってしまうことがないように、必要な場所は樹脂部品でカバーするなどしています。
シートを覆う化繊のファブリック、そして革シート用の合皮は、インテリアを美しくまとめるための素材としての役割とともに、難燃性を備えることによって、万が一の車両火災発生時に、乗員が脱出できる時間を稼ぎ、安全に寄与する役目も果たしている。
水越:法律の規定になりますが、クルマには難燃性が求められています。ただ、元々燃えやすい性質を持つ化学材料を使って、燃えにくい製品をつくるということは非常に難しいです。
加子坂:クルマの難燃性法規は、自己消火性もしくは既定の燃焼速度以内に収めないといけません。航空機はまったく燃えてはいけないのですが、クルマに関しては乗員が車外へ脱出する時間を確保するため、まったく燃えない、もしくはゆっくり燃えればいいという考え方です。

シート開発の醍醐味とは!?
プロモーションやメディアでシートが語られるとき、話題となるのは専ら快適性や、インテリアとしての質の良さなどである。それでも、安全性が第一とされるシートの開発。日頃、どのような想いで、そこに取り組んでいるのだろうか?
池田:シートフィーリングを確認する時は個人的にすごく好きです。テストドライバーのほか、開発者も乗るのですが、すごくウキウキします。テストコースで実際に運転した時に、あ! やっぱりここはこういう風に感じるんだ……とか、構造がわかっているからこそ気付くことがあります。狙いどおりにできていたことを体感できるのは、とても嬉しいことです。
加子坂:入社後材料開発部門に配属され、シート表皮の開発に携わっていました。シート設計部門に来てからもしばらくは表皮開発を続けていましたが、当時の上司から、表皮を担当したクルマが量産された時の喜びよりもシートを設計から全部やった時の方が感動は大きいから、やってみないかと声をかけていただき、設計業務に携わるようになりました。実際に担当したクルマが街中を走っている姿を見たときは、当時の苦労を思い出しながら、嬉しい気持ちになります。
北畑:「座り心地領域」を担当していますから、お客様がシートに座って運転している姿を見るのが一番嬉しいですね。アンケートなどで「このシートは快適に運転できて良い」という声を見聞きすることも、自分のモチベーションにつながっています。
水越:実は入社時の志望はインテリアの設計でした。カッコ良いクルマ、自分が欲しくなるクルマをつくりたいという想いがありまして。内装を志望してシートに配属されたわけですが、やってみると人が常に座っているものなので、ダイレクトにお客様の感想を聞くことができて、とてもやりがいのある仕事です。他部品の設計を担当したことがないので比較はできませんが、今はシートに配属されて良かったと思っています。
佐野:頸部傷害研究を長年やっていますが、世界中に出した製品はさまざまなテストを受けて、評価を受けることになります。良い評価自体も嬉しいことですが、良い評価が得られたということは、お客様のためになっていると考えることができます。それは、やりがいになりますね。それと実際に、昔に比べて頸部傷害が減っているという数字を見ると、この仕事をやってきて良かったと思うことができます。
正しいシートの調整方法とは?
乗車姿勢は、お尻をしっかりシートの奥まで入れ込むことが大事です。身体から力を抜いた時に、猫背になりにくい姿勢をとれるのが理想的です。
ドライバーは、緊急時にブレーキをグッと力を入れて踏める必要があります。まずはグッと踏み込めるように、シートの前後位置を設定します。ドライバーが疲れにくいポジションにしつつ、緊急時にはブレーキを踏み込めるようにシート位置を前後に調整してください。
シートの高さ調整も重要です。座面の高さを変えると、目の位置が変わり、視界もかなり変わります。適切な目の位置に高さを調整すると、車幅感覚、そしてクルマの前端を正しく把握しやすくなります。
背もたれ(シートバック)の角度調整は次のステアリングポジションと併せて行なってください。体型に応じて、背中の広い範囲がシートバックに当たるように調整します。シートに体が支えられると、疲れにくい乗車姿勢を得ることができます。
ステアリングポジションは、テレスコピックおよびチルト機能で調整します。肘が伸び切らない位置にステアリング位置を調整するというのが、一般的な考え方です。
ヘッドレストの中心が、後頭部の中心に来るようにヘッドレストの高さを調整します。