HRCは、1982年の設立時から2021年までは
二輪のレース活動を中心に行ってきた。
その間に同社が送り出してきた
レーシングバイクは数知れない。
それらの中でも、
特にエポックメイキングな存在として
人々の記憶に残されているマシンを取り上げ、
その開発やレース活動に傾けられたホンダマンたちの
情熱に触れていく。

vol04

1979 Honda NR500 [NR1]

GP500ワークスロードレーサー

「実にホンダらしいチャレンジだ」──この車両を知る人の多くがそう言う。当時のGP500ロードレーサーでは絶対条件といえた2ストロークではなく、あえて4ストロークのエンジンでいくという決断が起点。そこで、同じ排気量で2ストロークを超えるパワーを出すために吸・排気バルブを各気筒に8本備えさせ、それらを並べるため長円形の燃焼室/ピストン/シリンダーを採用した。この挑戦的なエンジンを搭載する車体もフレームをモノコック形式にしたことを筆頭に、新機軸づくし。それこそが、いわゆる「楕円ピストン」で知られるホンダNRシリーズの第一号、1979年モデルのNR500(開発記号「NR1」)であった。

text=KIYOKAZU IMAI

「ほかと同じではおもしろくない」

初代NR500の企画背景

テーマは「革新技術の創造と人材育成」

1979 NR500のエンジン技術

世界初の8バルブ・長円形ピストンエンジン

4ストロークで同排気量の2ストロークに勝つために

1979 NR500の車体技術

エンジン以上に新機軸のオンパレード

モノコックフレーム、同軸ピボット、倒立フォーク

1979 NR500のレース

勝負する権利すらなかった1年目のNR

デビュー戦は2台リタイア、2戦目はともに予選落ち

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vol03

Honda NSR500 [NV0B]

1985 GP500ワークスロードレーサー

燃料タンクをエンジンの下に配置する車体レイアウトを採った初代NSR500(開発記号「NV0A」)は、1984年のFIMロードレース世界選手権における最速の一台ではあったが、様々な点で未熟だった。しかし、当時のHRCに、挑戦的な上下逆転レイアウトを熟成させていく余裕はなかった。そこで、NSR500の2代目モデル「NV0B」は正攻法で形作られた。そして、フレディ・スペンサーによって圧倒的な強さを見せ、栄冠を勝ち取ったのである――

text=KIYOKAZU IMAI

vol02

Honda NSR500 [NV0A]

1984 GP500ワークスロードレーサー

世界選手権ロードレース最高峰クラスのライダーズタイトルを1983年に初めて獲得したホンダは、翌1984年にマシンを刷新した。それは新開発の2ストローク・V型4気筒エンジンを搭載し、燃料タンクをエンジンの下に配置するという独創的な車体レイアウトを採った。それが初代NSR500(開発記号[NV0A])である――

text=KIYOKAZU IMAI

vol01

Honda NS500

1982-83 GP500ワークスロードレーサー

特徴的なV型3気筒エンジンを搭載したNS500は、苦難の連続であった長円形ピストン車のNR500で得た知見と、モトクロッサー由来の2ストローク技術を結集して短期間で作り上げられ、ホンダに初のロードレース最高峰クラス個人タイトルをもたらした

text=KIYOKAZU IMAI

RACERS について

「いま振り返る往年のレーシングマシン」を編集テーマに、
2009年に創刊。毎号時代を彩ったマシンを取り上げ、
それに搭載された技術、
それでレースを戦った人たちに焦点を当てている。
なお、このコンテンツ『RACERS -Honda二輪レーシングマシン列伝-』は、『RACERS』各号を元に改編。
創刊後これまでの取材で得た情報も加味し制作している。