1979 NR500 [NR1]
GP500ワークスロードレーサー

1979 NR500のエンジン技術

text=KIYOKAZU IMAI

(Photo/Shinobu Matsukawa)

世界初の8バルブ・長円形ピストンエンジン

4ストロークで同排気量の2ストロークに勝つために

1979年モデルのNR500(NR1)のタコメーター。目盛りは2万1000回転まで刻まれ、2万回転のところにレブリミットの印が付けられている。(Photo/Shinobu Matsukawa)

世界グランプリロードレースへホンダが11年ぶりに復帰する際に用いるNR500のエンジンを4ストロークとすることは1977年の暮れには決定した。では、それでいかに2ストローク車に勝てるマシンとするのか?

当時のトップカテゴリーであった500ccクラスで覇権を争っていたのはヤマハとスズキで、どちらも2ストローク車であった両社のワークスマシンは、最高出力が120PSで車重が130kg、パワーウェイトレシオは1.08とホンダは読んだ。対して4ストロークのNR500ではエンジンが10kgは重くなるだろうから、パワーは2ストローク勢を凌駕する130PSを出さないとパワーウェイトレシオが互角以上にならず、勝てない。また、自然吸気500ccの4ストロークでこの出力を得るには、2万回転まで回せるエンジンにしなければならなかった。

シリンダーの数は規定上限の4気筒とする。その上で、1気筒あたりの吸気バルブの数を標準的な2本で設定した場合、バルブ単体の直径はφ28mmと計算された。4ストロークの吸・排気バルブはエンジン2回転につき1回上下動する。つまり、エンジン回転数が2万回転であれば、バルブは1分間に1万回動く。それがφ28mmというサイズになると、当時のバルブスプリング技術では追従できなかった。

実現できるとすればφ20mmまでで、その場合、吸気バルブの数は4本となる。効率からして、排気バルブの数も同数となる。つまり、130PS/2万回転を当時の技術における自然吸気500ccの4ストロークエンジンで実現するには、1気筒あたりの吸・排気バルブの総数は8本ということになる。

ここまでは計算ですぐに出てくること。問題は、8本のバルブをどう並べるかだった。

真円のなかに8本のバルブを単純に並べるのはそれほど難しいことではない。だが、燃焼室で放射状に並ぶことになる8本のバルブを駆動させる機構は恐ろしく複雑で、大きくて重いものになる。また、それぞれのバルブが入る吸・排気ポートの長さや曲率をそろえるのは至難の業であり、さらに点火プラグのことも考えなければならない。であれば、真円シリンダーでの8バルブはあり得ないと判断された。

シリンダーヘッドのレイアウト図。4バルブエンジンの2気筒分を合体させた、というイメージ。なお、結果的に歴代NR500のすべてのエンジンが、吸気バルブ径はφ18mm、排気バルブ径はφ16mmとした。

8本の吸・排気バルブを効率よく配置して駆動させる打開策は、燃焼室の形状を「長円形」とすることにあった。横長の燃焼室であれば、吸気バルブ4本と排気バルブ4本はそれぞれ同一線上に並べられるため、それらを駆動させるカムシャフトは通常のDOHCと同じく各シリンダーヘッドに2本あれば済む。吸気ポートと排気ポートも理想的な形状を均一に取れる。火炎伝播は真円のようにはいかないが、そこは各気筒の点火プラグを2本にすることでカバーできる。

それは、プロジェクトの総大将である入交のひらめきから導き出されたアイデアだった。1960年代は二輪RCレーサーや四輪F1のエンジン設計を手掛けていた彼は、退社時に朝霞研究所の前の信号機を見たとき、横長の円形の中に8つのバルブが整然と収まっている像を頭に浮かべたのだ。彼はそれをすぐ図面に落とし込んだ。その燃焼室/ピストン/シリンダーの形状は、ふたつの曲線部を2本の直線部でつないだ長円形であった。NR500のエンジンはもっぱら「楕円ピストン」と呼ばれるが、実際には当初から「長円ピストン」として検討が進められたのだった。

ただ、なにしろそれは、実働機としては世界初の「丸くないピストンのエンジン」であった。そんなものを作ったことがある機械加工業者はどこにもなく、ホンダ自身もしかり。特にシリンダーは製造の目処がなかなか立たず、「丸くないピストンのエンジン」案はいきなり暗礁に乗りかけた。

その窮地を救ったのは、ホンダとは1950年代からの付き合いで、超精密加工技術を有する取引先であった。同社が長円形シリンダーの製造を引き受けてくれたことで、プロジェクトは前進可能となった。そして、長円形のピストン、ピストンリング、シリンダーが試作され、試験の結果行けそうとの見通しが立った。それが1978年7月。NR500が実戦にデビューする13カ月前のことであった。