長円形ピストンリングとの格闘
1979年モデルのNR500(NR1)に搭載されたエンジンを左前から見る。キャブレターのエアファンネルが全部で8つ見え、前側のシリンダーバンクだけで4本の点火プラグがあることから、8気筒エンジンと思いかねない。実際、思想的には「V8エンジンの4気筒版」なのだった。(Photo/Honda)
1978年7月に単気筒のテストエンジン「K0」の設計がスタート。同年11月には、1979年モデルである初代NR500(開発記号「NR1」)に搭載されることになる4気筒エンジン「0X」の設計が開始された。
どちらも、ひとつの燃焼室の容積は125cc(厳密には124.9cc)であり、ボア×ストロークも同じであった。
長円形の場合、その寸法は長いほう(長径)と短いほう(短径)のふたつの数値で表されるが、K0および0Xのシリンダーボアは長径93.4mm/短径41.0mmとされた。この値は、NR500の最終型である1982年モデル(NR4)に搭載された3Xエンジンまで変更なく使用された。
ボア×ストロークは、まずストロークから決められた。その数値は36.0mm。ピストンが上下動するときの速度(ピストンスピード)が高くなるほど摩擦抵抗が高まり、するとエンジン回転数を上げ切れなくなる。NR500が求める2万回転以上のエンジン回転数を実現できるレベルの摩擦抵抗に抑えるには、ピストンスピードを24m/sec以下とせねばならず、その要請からおのずと出てきた値であった。36.0mmのストロークで単室容積が125ccなのであれば、ボアは真円の場合でφ66.4mmとなる。それを長円形に置き換えると長径93.4mm/短径41.0mmとなるのだった。
バルブ径は、K0では吸気φ19mm/排気φ17mmだったが、0Xでは吸気φ18mm/排気φ16mmに変更。バルブリフトも、K0では吸気側7.0mm/排気側6.5mmだったが、0Xでは吸気側6.5mm/排気側5.7mmへと抑えられた。一方、吸・排気バルブの挟み角(バルブアングル)は、K0で設定した65°(吸気側30°/排気側35°)を0Xでも採用した。
K0単気筒テストエンジンの段階で試されたピストンリングの一部。「自己張力タイプかエキスパンダータイプか」「リングをどこで分割させるとどうなるか」等々、多数の検討課題をもとにさまざまなリングが作り出され、各々ベンチテストが行われデータが取られた。なお、この写真のリングはすべて不採用となっている。(Photo/Kiyokazu Imai)
開発者たちの頭を強く悩ませたことのひとつは、長円形のピストンリングのシール性をいかに確保するかであった。ふたつの半円を2本の直線でつないだ形状であるがために、半円部から直線部に切り替わるところで捩(ねじ)れが生じてしまうのだ。
通常の真円形ピストンでは自己張力タイプのピストンリングが標準的に使われている。だが、長円形ピストンにおいてNRブロックの開発チームでは、リングの背面(ピストン側の面)に波形のスプリングを仕込んだエキスパンダータイプを本命視する向きが当初は強かった。
先行した単気筒テストエンジンのK0は、低い摩擦抵抗を狙ってピストンリングを2本(圧縮リングとオイルリング)にした仕様で作られたが、その2本ともエキスパンダータイプとした。だが、このタイプを圧縮リングとして使うと、リングの背面とスプリングの間にある空間へ混合気が回り込み、それは着火されることなく排出され損失となることが分かった。
そこで4気筒の0Xは、ピストンリングを3本とする設計とした。上の2本の圧縮リングには自己張力タイプを、一番下のオイルリングにはエキスパンダータイプを使うものだ。この仕様は、NR500エンジン最終型の3Xまで採用され続けることになる。
なお、自己張力タイプにしても、長円形を直線部の真んなかで切った2分割型(U型)や、半円部寄りのところで切った2分割型(J型)、2カ所の直線部と2カ所の半円部で切った4分割型、2カ所の直線部の真んなかと2カ所の半円部の真んなかで切った4分割型など、さまざまなものが作られテストされた。しかし、どれも不十分であり、一体型の自己張力タイプが圧縮リングには最善という結論を得た。こうした長円形ピストンリングの開発は、取引先の献身的な努力があったからこそ成立したものであった。