Cub Stories

Vol.2国内宣伝編

オートバイに縁がなかった人びとに
スーパーカブを届ける、
販売三年後の唯一無二の宣伝戦略

スーパーカブの発売開始から3年目、大規模な宣伝広告が開始された。今までとは一風変わったその広告制作に携わったのが、東京グラフィックデザイナーズの尾形氏であった。本田宗一郎の意を汲んだ、藤澤武夫と尾形氏のもうひとつの名コンビが、数々の「名作」を生み、スーパーカブは新たなる需要を掘り起こしていった。

スーパーカブが誕生したのは1958年(昭和33年)である。ときのホンダは創業者の本田宗一郎(1906 - 1991)と藤澤武夫(1910 - 1988)が、汗と油にまみれて陣頭指揮する、従業員2700名余、資本金7億2000万円の企業であった。

ホンダはすでに日本一のオートバイメーカーだったが、創業者二人の巨大な夢は、クルマでも航空機でもモビリティならばすべて開発製造するユニークな世界に羽ばたくメーカーになることだ。本田宗一郎は痛快このうえない技術者社長で、その宗一郎とともにホンダをマネジメントするプロデューサーが、参謀と呼ばれた藤澤武夫だった。ふたりとも下積みを経験した叩き上げの苦労人で、人の心を大切にする経営者であった。

その藤澤武夫が、ホンダの大躍進を狙って構想していたのは、大量生産が可能で、世界中の老若男女が乗れる、小さくて便利で快適なモビリティだった。この構想にしたがって本田宗一郎が開発したモビリティこそスーパーカブである。

これが売れに売れ、狙いどおりの大ヒット商品になるのだから本田宗一郎と藤澤武夫の手腕はただものではない。発売した1958年は、たった5か月で2万4千台がユーザーの手にわたった。翌年は驚くべきことに16万7千台も売れるのである。日本の年間オートバイ総販売台数が30万台程度の時代だ。

本田宗一郎が創り、藤澤武夫が売る。この両輪が見事にかみ合ってホンダは世界一の二輪車メーカーへと発展した。その影にあって大きなサポートを果たしたのが広告宣伝活動であった。「本田さんも藤澤さんも、絶対に偉ぶらない人だった」と尾形氏は語る。

本田宗一郎が創り、藤澤武夫が売る。この両輪が見事にかみ合ってホンダは世界一の二輪車メーカーへと発展した。その影にあって大きなサポートを果たしたのが広告宣伝活動であった。「本田さんも藤澤さんも、絶対に偉ぶらない人だった」と尾形氏は語る。

初代スーパーカブC100。高出力、好燃費、メンテナンスフリーで簡単に運転出来るスーパーカブの基本コンセプトは色あせる事なく今日まで続いている。

初代スーパーカブC100。高出力、好燃費、メンテナンスフリーで簡単に運転出来るスーパーカブの基本コンセプトは色あせる事なく今日まで続いている。

発売3年目に始まった大々的宣伝広告

そしてスーパーカブ発売3年目の1960年(昭和35年)に、藤澤武夫はスーパーカブの宣伝広告活動を大々的に開始しようと考えた。

なぜ、発売3年後に大規模な宣伝広告活動が始まるのか。藤澤武夫の狙いは何だったのか。

当時、スーパーカブの宣伝広告活動を一手に担った東京グラフィックデザイナーズの社長であった尾形次雄氏(1932−2012)は、こう語っていた。「藤澤さんは、スーパーカブを宣伝広告で売りつけるような真似はしないと口癖のように言っていました。だからスーパーカブ発売のときは、新聞広告ぐらいで大々的な宣伝広告活動はしなかった。スーパーカブは、本田宗一郎さんが作った絶対的にいいモノだから、スーパーカブが欲しいというお客様には、全国のホンダ販売店で対面販売すればよく、評判が上がれば口コミでも売れて行くと藤澤さんは考えていました。」

まさにそのとおりにスーパーカブは大いに売れた。そこで儲けた利益は、品質向上と鈴鹿製作所建設につぎ込んで、モノ作りの基盤を強化したのだ。「それから次の段階として、スーパーカブをまだ知らない日本中の老若男女に知ってもらい、スーパーカブのお客様になっていただくために、宣伝広告活動を大々的に始めようと、藤澤さんは構想したのです」(尾形氏)

藤澤武夫はホンダ社内の人材育成と同時に社外に多くのブレーン人脈を開拓していた。そのひとりがもともと髙島屋百貨店の宣伝部にいたグラフィックデザイナーの尾形次雄氏であった。当時50歳の藤澤と28歳の尾形氏は、いかなる宣伝広告を打つか、毎日のように語り合った。会議をするのではなく思いのままに語り合うのである。尾形氏はスーパーカブの宣伝広告活動開始をチャンスとして独立し、東京グラフィックデザイナーズ社を興した。

発売を予告する新聞広告。有名な本田宗一郎の「生産に当って」が掲載されている。発売当初はこのような質実剛健な広告が打たれた。

発売を予告する新聞広告。有名な本田宗一郎の「生産に当って」が掲載されている。発売当初はこのような質実剛健な広告が打たれた。

「ソバも元気だ おっかさん」から50年。2008年に登場した50周年記念モデルと東京グラフィックデザイナーズの尾形氏。(2008年撮影)

「ソバも元気だ おっかさん」から50年。2008年に登場した50周年記念モデルと東京グラフィックデザイナーズの尾形氏。(2008年撮影)