HRCは、1982年の設立時から2021年までは
二輪のレース活動を中心に行ってきた。
その間に同社が送り出してきた
レーシングバイクは数知れない。
それらの中でも、
特にエポックメイキングな存在として
人々の記憶に残されているマシンを取り上げ、
その開発やレース活動に傾けられたホンダマンたちの
情熱に触れていく。

vol05

1980-1982 Honda NR500 [NR2/NR3/NR4]

GP500ワークスロードレーサー

同じ排気量の2ストローク車を打ち負かす4ストローク車の実現──この並外れた目標を追いかけたホンダNR500には、4つの実戦モデルがある。それらのエンジンは、長円形の燃焼室/ピストン/シリンダーという技術を一貫して採用。一方、車体の技術仕様は目まぐるしく変わった。そのため、ひとくちに「NR500」と言っても、モデルによって車両の様相は大きく異なっている。Vol.05では、2代目NR500である開発記号「NR2」、1981年の全日本選手権戦で優勝をつかんだ「NR3」、そして実戦車としては結果的に最後のNR500となるも決勝レースを一度も走ることなく終わった「NR4」の詳細を見る。

text=KIYOKAZU IMAI

外注の車体をまとって

1980年モデル「NR2」の企画背景と技術仕様

モノコック断念、マックストンフレームを採用

130PS/2万回転の達成

1981年モデル「NR3」の技術仕様とレース

雨の鈴鹿200kmで飾った唯一無二の勝利

2万2000回転まで回したスペンサー

可能性が示された1981年ラグナセカ&イギリスGP

レースを走れずに終わった最終モデル「NR4」

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vol04

1979 Honda NR500 [NR1]

GP500ワークスロードレーサー

「実にホンダらしいチャレンジだ」──この車両を知る人の多くがそう言う。当時のGP500ロードレーサーでは絶対条件といえた2ストロークではなく、あえて4ストロークのエンジンでいくという決断が起点。そこで、同じ排気量で2ストロークを超えるパワーを出すために吸・排気バルブを各気筒に8本備えさせ、それらを並べるため長円形の燃焼室/ピストン/シリンダーを採用した。この挑戦的なエンジンを搭載する車体もフレームをモノコック形式にしたことを筆頭に、新機軸づくし。それこそが、いわゆる「楕円ピストン」で知られるホンダNRシリーズの第一号、1979年モデルのNR500(開発記号「NR1」)であった。

text=KIYOKAZU IMAI

vol03

Honda NSR500 [NV0B]

1985 GP500ワークスロードレーサー

燃料タンクをエンジンの下に配置する車体レイアウトを採った初代NSR500(開発記号「NV0A」)は、1984年のFIMロードレース世界選手権における最速の一台ではあったが、様々な点で未熟だった。しかし、当時のHRCに、挑戦的な上下逆転レイアウトを熟成させていく余裕はなかった。そこで、NSR500の2代目モデル「NV0B」は正攻法で形作られた。そして、フレディ・スペンサーによって圧倒的な強さを見せ、栄冠を勝ち取ったのである――

text=KIYOKAZU IMAI

vol02

Honda NSR500 [NV0A]

1984 GP500ワークスロードレーサー

世界選手権ロードレース最高峰クラスのライダーズタイトルを1983年に初めて獲得したホンダは、翌1984年にマシンを刷新した。それは新開発の2ストローク・V型4気筒エンジンを搭載し、燃料タンクをエンジンの下に配置するという独創的な車体レイアウトを採った。それが初代NSR500(開発記号[NV0A])である――

text=KIYOKAZU IMAI

vol01

Honda NS500

1982-83 GP500ワークスロードレーサー

特徴的なV型3気筒エンジンを搭載したNS500は、苦難の連続であった長円形ピストン車のNR500で得た知見と、モトクロッサー由来の2ストローク技術を結集して短期間で作り上げられ、ホンダに初のロードレース最高峰クラス個人タイトルをもたらした

text=KIYOKAZU IMAI

RACERS について

「いま振り返る往年のレーシングマシン」を編集テーマに、
2009年に創刊。毎号時代を彩ったマシンを取り上げ、
それに搭載された技術、
それでレースを戦った人たちに焦点を当てている。
なお、このコンテンツ『RACERS -Honda二輪レーシングマシン列伝-』は、『RACERS』各号を元に改編。
創刊後これまでの取材で得た情報も加味し制作している。