第Ⅲ章
独創の技術・製品

第1節 二輪車 第2項
モーターサイクルの
喜びと感動

時代と世代、そして国境を超える翼

V4モデル ロードレース世界選手権生まれのスポーツツアラー

 V型4気筒(以下、V4)モデルの潮流は、1979年のNR500に始まった。ホンダは12年ぶりに世界GP500ccに復帰するにあたり、NR500では気筒当たり8バルブ・2プラグをレイアウトした長円形ピストンを組み込んだ、極めて独創的な4ストロークDOHCのV4エンジンを採用していた。ライバルの2ストロークエンジンが、およそ1万回転で100PS以上の最高出力を発生しているのならば、その倍の2万回転を回せば4ストロークで同等の出力が得られるというロジックに基づくものである。

V4モデルの始まり。NR500の長円形ピストンモデル

V4モデルの始まり。NR500の長円形ピストンモデル

 5年にわたるNR500の開発で、V4は市販モデルにおいても出力や耐久性、またエンジンサイズで直列4気筒に対して優位性があると判断された。そこで「あらゆる点で既存の直列4気筒をしのぐ、次の時代の典型となり得るV4シリーズを開発し、オリジナル技術でナンバーワンになる」という方針を打ち立てたのである。その背景には、CB750FOURによってビッグバイクの先鞭を付けたものの、長年のライバルの伸長によって市場におけるホンダの優位性が薄れていたことがあった。

VF750セイバーに搭載された水冷V4エンジン VF750セイバーに搭載された水冷V4エンジン

 1982年4月、二輪車史上初の量産水冷V4エンジン搭載モデルであるVF750セイバー/マグナが上市された。特にセイバーでは、エンジンから車体に至るまで当時考え得る新技術をすべて投入していた。同年12月には、既存の750モデルをあらゆる面で超越する・世界最速の実現・プロダクションレーサーのベース車となる、を開発コンセプトとした750ccスーパースポーツとしてVF750Fも上市。鋼管製角パイプフレームの車体には、16インチの前輪を採用。

二輪車世界初の水冷V4エンジンを搭載したVF750セイバー

二輪車世界初の水冷V4エンジンを搭載したVF750セイバー

VF750セイバー 走行動画

VF750F

VF750F

VFR750R 走行動画

 V4は1986年のVFR750F(RC24)で第2世代へと進化する。コンセプトは「上質で洗練された走りの大人のスポーツバイク」であり、開発チームは高性能スポーツカーでありながらも丸みを帯びた優しいラインを持つ、ポルシェのような風格があるバイクをつくろうと考えた。エンジンにはカムギアトレーンを採用した新設計のシリンダーヘッド・180°クランク・アルミツインチューブフレームなど、ファクトリーTT-F1レーサーのRVF750と同等の技術を投入。フルカウリングを採用しながら、乾燥重量は199kgに抑えられていた。
 基本的にV4は中速域のトルクが太く、中・高回転ではシフトチェンジしなくてもスロットル操作だけで鋭い加速ができるようなフラットな出力特性を持っており、しかもV4等間隔爆発の排気音は独特の滑らかな低音である。この特性が生活にゆとりを求める欧州のユーザーに支持され、VFR750Fは「ソフィスティケイテッドスポーツ」と呼ばれるようになる。

VFR750F

VFR750F

カムギアトレーン採用の新設計V4エンジン

カムギアトレーン採用の新設計V4エンジン

VFR750F 走行動画

 1987年にはRVF750のフルレプリカとしてVFR750R(以下、RC30)が誕生。「容易にレース参戦のできるマシンが欲しい」という市場の声に応える形で開発されたRC30は、RC30を駆るプライベーターが、ファクトリーレーサーの戦いに割って入るというコンセプトから、RVF750のスペックを可能な限り再現していた。
 ホンダ市販モデル初のチタン合金製コンロッド・浸炭クロームモリブデン鋼製カムシャフト・ベアリングを使った3分割組み立て式カムシャフト・片持ち式スイングアームのプロアーム・繊維強化プラスチック(FRP)製フルカウリング・マグネシウムおよびジュラルミン製パーツなどを採用し、RC30は国内では限定1,000台148万円で上市したが、3,000人以上の応募があり抽選販売された。そして全世界で合計4,885台を販売。

RVF750フルレプリカとして開発されたRC30

RVF750フルレプリカとして開発されたRC30

VFR750R 走行動画

 1992年には、1987年のル・マン24時間に投入されたNR750を範としたNRを上市した。量産市販車エンジンでピストンが円形ではない、世界初の正規楕円包絡線形状のピストン・1気筒当たり8バルブ2プラグ・電子制御燃料噴射PGM-FI(8バレル・8インジェクター)を採用したエンジンを、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)製のボディーカウルに包み込み、価格も520万円という究極のスーパースポーツだった。NRは1993年にローリングスタート(計測地点を走行状態で通過)方式による1km区間、右・左周回平均速度299.825km/hを始め、4つのFIM(国際モーターサイクリズム連盟)世界速度記録を樹立。これは当時の市販750モデルとしては画期的な記録だった。

「究極のスーパースポーツ」を目指したNR

「究極のスーパースポーツ」を目指したNR

NR 走行動画

NR750に採用された世界初の正規楕円包絡線形状のピストンとバルブ

NR750に採用された世界初の正規楕円包絡線形状のピストンとバルブ

 NRは第3世代のV4モデルへの布石にもなった。それは1994年に上市されたRVF(以下、RC45)である。スーパーバイクレースのホモロゲーション車両であるRC45では、より高いレースポテンシャルを求めてRVF750で培われた数々のノウハウや軽量素材、NRで試みたサイドカムギアトレーンやPGM-FIなど、新技術をふんだんに投入。ファクトリーマシンへの転用を前提としたこのモデルの本質は、市販車でありながら「RVF」の名を冠した車名に表れている。
 エンジンは1982年のVF750以来踏襲されてきたボアストロークをここで初めて変更し、ショートストローク化を図りながらエンジンのコンパクト化も追求、V4で課題となるエンジン搭載位置もより最適化した。パウダーメタルコンポジットのシリンダースリーブ・軽量なチタン合金製コンロッド・7個のセンサーを持つPGM-FIを装備した大口径スロットルボディーなど、先進のテクノロジーが与えられていた。

RVF750で培われたノウハウ、NRの技術を投入したRC45

RVF750で培われたノウハウ、NRの技術を投入したRC45

革新的な技術の導入を追求した分、その開発も難航したRC45エンジン

革新的な技術の導入を追求した分、その開発も難航したRC45エンジン

RVF/RC45 走行動画

 RC45の開発は困難を極めた。革新的な技術追求の難航、コストの厳しい抑制などの事情で、2度も開発が頓挫したのである。LPL(当時)を務めた堀池 達は「ホンダのレースの灯を絶やしてはならない」と、RC45の上市まで奮闘を続けた。「ここで獲得した知見やノウハウは、MotoGPマシンRC211Vに反映されると同時に、その後の市販V4モデルである1998年のVFR(RC46)の上市に大きく貢献した」と堀池は言う。
「わざわざ新設計したエンジンをスーパーバイクだけで終わらせるのはもったいないと思い、将来的な排気量拡大に対応できるよう、ストロークに2mm余裕を残しておいた」
 2000年以降はレース環境の要求に従って、スーパーバイクで使用するエンジンは車重で有利な1000ccV型2気筒、やがては市販車との関連性を強めた直列4気筒のCBR1000RRへと移り変わり、レースパフォーマンスを求めたV4モデルはモーターサイクルの持つ普遍的なパフォーマンスの追求へとシフトした。それは「洗練された大人のスポーツバイク」をコンセプトにした1986年のVFR750F(RC24)の持つ、ゆとりある高性能を進化させることだった。
 1990年のVFR750F(RC36)は、VFR750R(RC30)をベースに独自に改良したエンジンを、異形5角断面でアンダーループを設けたアルミツインチューブフレームとプロアーム(片持ちリアスイングアーム)の専用車体に搭載。高速道路でのツーリング性能・ワインディングロードでの運動性能・日常の走行で要求される乗り心地を高次元でバランスさせ、欧州を中心に人気を獲得。日本では8年間にわたって販売されるロングセラーモデルとなった。

「ハイテクリアルスポーツマシン」をコンセプトに開発されたVFR(RC46)

「ハイテクリアルスポーツマシン」をコンセプトに開発されたVFR(RC46)

VFR 走行動画

 このV4スポーツツアラーというカテゴリーは、1998年のVFR(RC46)によって大きく開花する。世界中のベテランライダーから「オールラウンダー」と評価されたVFR750F(RC36)のパッケージから、 VFR(RC46)は「ハイテクリアルスポーツマシン」というコンセプトで、さらに磨き込まれた。
 RVF(RC45)からストロークを2mm延長した781ccのエンジンは、180°クランクを採用。車体はピボットレスフレームとプロアームを組み合わせ、PGM-FIとエキゾーストエアインジェクション(2次空気導入装置)を採用。スポーツ性やコントロール性を向上させながら、いち早く国内外の環境基準に対応した点もVFRの大きな特徴である。また、2010年にはVFR1200Fに世界初の二輪車用DCT(Dual Clutch Transmission)を搭載したタイプを追加して上市。
 VFRはホンダオリジナルのブランドとして欧米を中心に高い評価を獲得し、長い間スポーツツアラーのスタンダードモデルであり続けた。2014年、VFR(RC46)はVFR800F(RC79)へフルモデルチェンジし、同年にはクロスオーバーモデルの800Xも追加したが、基本的なスポーツツアラーとしてのコンセプトに大きな変更はなく、2022年まで生産された。1982年のVF750以来、V4モデルは40年もの歴史を重ねたのである。

VFR800F

VFR800F