「学生フォーミュラ2022」 3年ぶりの現地開催を目指し、駆け抜けた学生たちのクルマづくりの軌跡と情熱に迫る 横浜国立大学フォーミュラプロジェクトに密着!後編

学生たちがレーシングマシンを自作し、クルマづくりの総合力を競い合う「学生フォーミュラ日本大会」。コロナ禍で2020年は中止、2021年も静的審査のみオンラインでの実施となり、現地開催は叶わなかった。だが今年、実に3年ぶりに現地開催が決定。開催が中止されていた期間、学生たちはどんな想いで学生フォーミュラと向き合い、進んできたのか、大会直前の試走会と本大会に懸ける彼らの想いに迫った。

学生フォーミュラとは

学生で組織されたフォーミュラチームがレーシングマシンを約1年かけて企画・設計・製作し、マシン性能の他、コストマネジメントやプレゼン力など、ものづくりの総合的な力を競う競技会。
「学生たちにモノづくりのチャンスを」と1981年にアメリカで始まり、近年はレシプロエンジンに加えて、EV車両で参戦するチームも増え、ますます広がりを見せている。

試走会レポート
日本大会レポート

大会前の最終調整に大奔走!
学生たちの熱意と緊張感が
あふれた3年ぶりのもてぎ試走会

サーキットではチームが順番にマシンを走らせ、車両の仕上がりを検証する。 サーキットではチームが順番にマシンを走らせ、車両の仕上がりを検証する。

迫る日本大会に向けて
集まった7つの参加校

大会を約2週間後に控えた8月26日にモビリティリゾートもてぎで行われた試走会。当日は、コロナ禍での活動制限によりマシンの調整が追いつかずに参加できなかった学校や急遽試走はせずに見学のみに切り替えた学校もある中、7校が参加。大会を目指す熱意あるクルマづくりの精鋭たちが最後の調整に取りかかった。

1秒たりとも無駄にできない!
課題は徹底的に洗い出す

試走会では、HondaのOBで構成されたマイスタークラブによる車両チェックの他、実際にコースを走行して安全性の確認や走行性能の計測などが行われる。現場では、ドライバーの走行感触を取得データと照合してフィードバックを行ったり、ヒントになる部分を探ろうとライバルのマシンの走行を真剣な眼差しで見つめたりする学生の姿が。少しでも気になる点があればピットからでもコース上にいるメンバーに声をかけ、すぐに調整をする。時間や走行回数も限られている中、彼らにとっては1分1秒でも無駄にはできない。

ピットからもマシンの走行に不具合がないかを注意深く見守る学生たち。 ピットからもマシンの走行に不具合がないかを注意深く見守る学生たち。
配線やベルトチェックやエンジンオイル漏れなどを入念にチェック。 配線やベルトチェックやエンジンオイル漏れなどを入念にチェック。
ピットでマシンの修理をするチーム。 ピットでマシンの修理をするチーム。
YNFPでは、卒業OBが現役メンバーにノウハウを継承する「OB会」を新設!OB/ドライバー 椎橋祐介さん YNFPでは、卒業OBが現役メンバーにノウハウを継承する「OB会」を新設!OB/ドライバー 椎橋祐介さん

予期せぬトラブルさえも
柔軟で確実な対応が求められる現場

また、あるチームでは、日本大会出場に必須であるシェイクダウン※証明動画の提出締め切り直前に予期せぬマシントラブルが発生。焦りと苛立ちから一瞬怒号が飛び、チーム内に緊張が走る中、時間ギリギリまでチームメンバー全員で解決策を探り、電気系統の不具合が原因だったことを突き止めた。すぐさま配線の接触不良を直し、動画を提出。締め切りに何とか間に合わせることができたのだった。まさにモノづくりに全身全霊で向き合う学生のリアルな姿が次々と生まれる白熱した現場だ。
閉会式をして、7時間におよんだ試走会が終了。各チームが残された日数の中で、今回見つけた課題をふまえ、本大会へ向けてラストスパートをかける。
※シェイクダウン:
マシンに不具合がないかを確認するためのテスト走行のこと。

チームメンバー48名の大所帯!
先輩から後輩へと想いをつないだチームビルディングで
全種目完走を目指す工学院大学チームを直撃

工学院大学「工学院レーシングチーム」

在籍人数48名と今回の試走会参加チームの中では最多のメンバー数を誇る工学院大学。「エアロ」「パワートレイン」「足回り」「シャシー」の4つのセクションで構成されたチーム体制で活動を行っており、現役の学部生の他、院生がサポート役として活躍している。活動への熱量にも差があり、さまざまな価値観や考え方を持つメンバーが一つになって目標へ向かうために、工学院チームがどのようにチームづくりをして活動を行ってきたのか。その軌跡を追った。

リーダーの山邉さん( 左)と先代リーダーの宮田さん(右)

活動制限下、将来的な開催を信じて
奔走した2020年、2021年

コロナ禍では工房に入れる人数も制限され、オンラインでのやり取りが増えた。オンラインでも教えられることはあるが、
「技術検証ができず、その場で見て、触って、学ぶという経験ベ ースでの知識の引継ぎは、コロナ禍の活動では困難で一番苦労しましたね」とチームリーダーの山邉港さんは語る。

それでも、限られた時間と人数の中で、
どうすれば活動の質を高められるかを考え、活動を進めた工学院チームでは、週1回の全体ミーティングで進捗状況を共有してお互いの情報漏れを防ぎ、静的書類も不備なく提出。また、マイスタークラブが開催する車両製作全般の講座を受講し、積極的に質問しては疑問や問題点の解消に努めた。

山邊さんがお手本としてきたのが、先代リーダーの宮田知弥さんだ。2019年大会の動画内で、クルマづくりに懸けてきた苦労が報われたことに感極って泣き崩れる宮田さんの姿に心を打たれて学生フォーミュラ活動に参加した山邊さん。宮田さんの想いやチームマネジメントの方法を引き継ぎながらも、「いろんなメンバーを許容できるチームを作る」という自分なりのチームビルディングに挑戦している。そんな山邊さんのリーダーぶりを宮田さんは「100点満点」と評価する。「技術的な部分や後輩教育はまだ行き届かない所もありますが、チームマネジメントに関しては僕よりよっぽど上手い。代替わりしても長期的に優勝を目指していける良いチームになってきているので、今回エンデュランス完走をして感動を味わい、優勝の足掛かりとなる実績を積んでほしい」後輩たちにエールを送る。

いよいよ迎えた試走会!
本大会へ向けて、
すべてを注ぎ込むべく最終調整

試走会では、何度も走行を試み、最終チェックに余念がない。これまでに費やしてきた時間と想いをすべて本大会に注ぎ込むべく、メンバー全員で時間ギリギリまで納得のいく調整を行い見つけた課題を徹底的に解決していく。テクニカルディレクターの長野力己さんは、「事前の車両相談会でマイスターの方に相談にのってもらい、今日の試走会で走行時間をかけて不安要素をほぼ解消できました。あとはドライバーの練習のみという状態に持っていけたと思います」と大会前の仕上がりの状態を語る。

マシンをチェックするテクニカルディレクター長野 力己さん

試走会ではマイスターが見守る中、不安要素を最終チェック

試走回数を重ね、目標タイムに少しずつ近づけていく

ビジョンの共有があったからこそ、
誰もがモチベーションを失わずにマ
シン
づくりに邁進できた

現地開催が中止となった2年間。多くのチームがモチベーション維持に苦しんだ中、工学院チームが士気高く走り続けられたカギとなったのは、“ビジョンの共有”。「2022大会での目標は全種目完走ですが、チームの長期目標は優勝。それを叶えるために作りたいのが“パワフルできびきび走る車両”。そのビジョンをメンバーと共有したことがモチベーション維持につながったのだと思います」と語るリーダーの山邊さん。実はこのビジョンの共有は、先代のリーダーの宮田さんから受け継いだもの。想いとともに先輩から後輩へ脈々と受け継がれてきたものが今、チームを支えている。

学生たちを陰で支えるHonda
スタッフたち
クルマづくりの
先輩が贈る、学生たちへのエール

試走会では、経験豊富なHondaの技術者OBで結成されたマイスタークラブと(公社)自動車技術会で学生フォーミュラ大会を推進している現役Hondaスタッフたちが、学生たちを徹底サポート。試走会運営リーダーを務めた中澤広高さん、マイスタークラブ副会長の郷田末雄さんに、コロナ禍で試行錯誤をしながらも本大会への出場を目指してクルマづくりに奮闘している学生たちへの想いを聞いた。

試走会運営リーダー
中澤 広高さん

苦労を乗り越えた先にある感動を
味わってほしい

引継ぎも十分にできない状況で、学生たちも苦労が絶えない2年間だったと思います。苦労はした分だけ、自分の肥やし、未来の糧になります。学生たちには、苦労を乗り越えて目標が達成できた時の感動をぜひ味わってもらいたいです。
学生フォーミュラは、車両製作やビジネススキルの習得だけではなく、チームワークを通して人間性を育み、技術を実践でどう使うのかという机上の学びでは得られない学びを体得できる場。本大会までをしっかり走り切り、モノづくりの楽しさをぜひ感じてほしいです。

学生フォーミュラで得られるものは、
これからの人生を支えてくれる
一生ものの経験

学生たちからはコロナ禍で活動が進まないという話を聞いていたので、彼らのモチベーション維持のためにマイスタークラブとしても何ができるかを模索しました。慣れない動画教材制作やオンライン講座を行うなど、この2年間は我々としても新たなチャレンジの連続でした。
学生フォーミュラで得られる経験は、社会に出てからも非常に役に立ちます。特にクルマづくりのプロセスを通じて身につく「あきらめずに最後までやり抜く」姿勢は、学生のみなさんのこれからの人生を支え続けてくれる、かけがえのないものになることでしょう。

マイスタークラブ
郷田 末雄さん

本大会に懸ける
学生たちの熱い想い

ベストな状態で本大会に挑む!

試走会では大きなトラブルなく、本大会で走行できるであろうレベルまでマシンを仕上げることができました。大会前最後の試走になる可能性が高いので、本番で最大限の力を発揮できるよう足回りパーツの微調整や燃調など、みんなで入念に最終調整を行いました。日本大会では、今年の結果を長期目標である優勝を手にするための礎にするためにも全種目を完走してベストな状態でタイムを残していきたいです。

チームの伝統と想いを後輩に必ずつ
なげたい!

本大会が開催されなかったこの2年間、チームの伝統と想いを下の世代にも伝えていかなければという使命感が活動を続ける原動力になりました。試走会の結果から見えてきた課題を解消し、種目を完走して過去の成績を更新できるようにがんばります。

コロナ禍での苦労を無駄にせず、誇れる成績を残す

コロナ禍で大学へ登校もできない状況で、作業も遅延し、活動も困難を極めました。でも、「自分たちが作った車を絶対に走らせたい」という想いが、チームをつなぎとめていたのだと思います。不安要素はまだありますが、本大会までに仕上げて、先輩方に誇れる成績を残し、次の世代へつなげたいです。

車検の一発合格と総合順位20位以内
を目指す!

2年間走れなかったからこそ、それがバネになり、モチベーションアップになったと思います。自作のクルマが走るのを見るのは本当にうれしいので、大会参加にあたっては不安よりもワクワク感が大きいです。試走会でコンディションを最終確認し、本大会では車検の一発合格と総合順位20位以内を目指します。

苦難を越えて遂に念願の舞台へ!
喜び、悔しさ…さまざまな想いに涙で滲んだ
「学生フォーミュラ日本大会2022」

クルマづくりに情熱を燃やす国内の63チームがエコパに集結!

9月6日(火)から10日(土)にかけて、2019年以来、3年ぶりにエコパ(静岡県小笠山運動公園)で「学生フォーミュラ日本大会2022」が開催された。EV(電気自動車)クラスには、過去最大の13チームが参加。コロナ禍で思うように活動ができない厳しい状況下にあったものの、全体としては国内63チームが参加し、クルマづくりの集大成を競い合った。
大会では加速性能を評価するアクセラレーション、コーナリング性能を評価するスキッドパッド、操縦性を測りながらベストタイムを競うオートクロス、車両の全体性能と信頼性を評価するエンデュランスの4つの動的審査とデザインファイナル審査を実施。すでにオンラインで実施済みの静的審査(コスト、プレゼンテーション、デザイン)の成績も加味された上で各賞と総合優勝校が決定する。
開催中は雨に見舞われる日もあったが、5日間で約9,000名が会場を訪れ、学生たちのクルマづくりに懸ける熱意、そして知識と技術をつぎ込んだマシンの出来栄えを見守った。

大会初参加の学生が多数参戦。
コロナ禍の困難を乗り越え、
集大成を見せた各チーム

大会初参加の学生が多数参戦。
コロナ禍の困難を乗り越え、集大成を
見せた各チーム

コロナ禍で、3年ぶりの現地開催となった今回の大会。コロナ感染対策の影響で活動が制限される中でも、学生たちはクルマづくりへの情熱を絶やすことなく、大会を目指して活動してきた。
当日は、大会に来るのも初めてという学生たちが大半。初日に技術車検を通過したチームはわずか数校で、車検通過後もエンジントラブルが起こり、エンデュランスで完走できずに悔し涙を流すチームもいた。
例年よりも学生たちの苦労が見られた一方で、これまでの活動成果を見事発揮して好成績を収め、歓喜に沸くチームの姿も見られた。

模擬車検や走行の機会を提供し、
主催側も学生をサポート

例年以上に活動に苦労を強いられた学生たちに、主催者側はできるだけ現地大会を経験してほしいとルールの緩和などを実施。大会当日は、事前のシェイクダウン証明が提出できなかったチームには空き時間を利用した模擬車検、時間内に車検を通過できなかったチームには、フォローアップ車検後にフォローアップ走行の機会が提供された。
そんな大会5日間を終え、見事総合優勝を果たしたのは、京都工芸繊維大学。各種目で好成績を収め、複数の賞を総なめにした。
感動、喜び、悔しさ…さまざまな想いが生まれた「学生フォーミュラ日本大会2022」。3年にわたり、それぞれにベストを尽くした学生たちのクルマづくりの日々が幕を閉じた。

  • 1位京都工芸繊維大学
  • 2位京都大学
  • 3位日本自動車大学校
  • 4位千葉大学
  • 5位日本工業大学
  • 6位富山大学
  • 7位工学院大学
  • 8位名城大学
  • 9位茨城大学
  • 10位ホンダテクニカルカレッジ関東

3年ぶりの日本大会を終えた今、
学生たちが思うこと

歴代最高順位を更新!
いずれ必ず大会優勝を手にしたい

工学院大学チームリーダー 山邉 港さん

最終種目のエンデュランスでは、体力の限界から次第に苦痛の声を上げるドライバーにメンバー全員で声援を送って励まし、9年ぶりに完走することができました。最終的に歴代最高順位の7位という成績を残すことができ、メンバー全員で喜び合いました。大会までの約3年間、先代リーダーが打ち立てたコンセプトとパッケージングの車両を改良する形で開発を進めてきましたが、その中で積み上げてきた技術や経験を今大会で発揮できたことはとても感慨深いですし、チームの長期目標である日本大会優勝に近づくための大きな一歩になったと思います。大会までの過程を通して、学生フォーミュラでは、人と人とが互いに影響しあい、よりよいものを生み出す「共創」のプロセスが不可欠だと身をもって実感したので、これからもチームメイトと力を合わせて大会優勝を必ずや手にしたいと思います。

トラブルを乗り越え、収めた好成績。
チームでさらなる高みを目指す

東京農工大学チームリーダー 吉田 壮志さん

大会2日目にエンジンブローが発生し、急遽大学にマシンを持ち帰って夜通しで予備エンジンに換装しました。大学に戻る車内ではメンバーの誰も一言も発せず、「走行はもう無理かもしれない…」と絶望感に陥っていたので、換装後に一発でエンジンがかかった時は全員で声を出して喜びました。結果としては 目標としていた4年ぶりの完走と総合順位12位を達成。出来過ぎとも思える結果に、うれし涙を流すメンバーもいました。大会を目指す中でぶつかる壁を乗り越えるために大切なのは、チームマネジメントだけでなく、大会で結果を出すという強い意志。今回も諦めずに完走するという強い意志を持ち続けたからこそ、結果を出せたのだと思います。来年度は人数の問題など、今年度以上に厳しい年になると思いますが、自分たちの伸ばせるところを伸ばして今年以上の結果を獲得したいです。

動的審査に進めず、悔いの残る結果に。
次の大会で雪辱を果たしたい

芝浦工業大学チームリーダー 磯島 旦さん

車両に多くの問題を抱えていたので、実際に走ることができるのか不安が大きい状態で大会に臨みました。結果としては、車検を通過することができず、動的審査に進むことができなかったので、チームとしても非常に悔しい想いです。初めてのクルマづくりで、車両のことだけではなく、スケジューリングがうまくできなかったことも結果に影響したと思います。反省点が多い一方で、活動の中で設計や製作などの技術面だけではなく、人間関係を構築する大切さを学ぶことができました。今回得られた改善点や学びを糧に、次の大会では雪辱を果たすべく、引き続き活動に取り組んでいきたいと思います。

今回の結果に満足することなく、
引継ぎを強化しさらに良質なマシンに

今回の結果に満足することなく、引
継ぎを強化しさらに良質なマシンに

帝京大学チームリーダー 佐々木 翔さん

メンバー全員にとって初めての大会だったので、大会前はスケジュール通りうまく動けるかという不安と他のチームのマシンを間近でじっくり見られることへのワクワク感が大きかったです。試走会でレイン走行ができなかったこともあり、大会で満足のいくタイムが出せなかったことは悔しいですが、チーム目標として掲げていた総合20位以内を超える18位を獲得することができたことをチーム一同とても喜んでいます。コロナ禍の影響で引継ぎがうまくいっていない大学が多い中、安定した強豪チームはしっかりと情報、技術の継承ができていたように感じたので、自分たちも見習っていきたいです。今回の結果に満足せず入念な引継ぎを行って、来年度はもっといいマシンを作れるようにチーム一丸となってさらなる高みを目指したいと思います。

3年ぶりの現地開催で、
学生たちがクルマづくりへの情熱を
燃やし切った5日間。
歴代最高順位に沸くチーム、
審査を通過できなかったチームなど、
結果はさまざまだ。
だが、大切なのは結果だけではない。
過程こそが大切だ。

走行が絶望的と思える状況でも、
あきらめずに完走につなげた。
走行できない悔しさを
無駄にはしないと学びに集中した。
失敗や困難を恐れず、
むしろそんなマイナスとも思える
経験こそバネに。

力強く一歩を進めていく学生たちを、
Hondaはこれからも応援し続けたい。