写真提供:公益社団法人自動車技術会、
東北大学フォーミュラチーム
富山大学フォーミュラプロジェクト

学生たちが自らの手でレーシングマシンを組み立て、その技術を総合的に競うコンテスト「学生フォーミュラ日本大会」。
ICV(ガソリンエンジン)クラスが主流ではあるが、徐々に参加チームが増えて注目されているのがEVクラスだ。
ICVとは全く違う「電気」を扱うだけに難易度が高いとされるが、だからこそ挑戦のし甲斐がある。
未来のクルマづくりを視野にEVクラスチャレンジする学生たちは、どんな想いで取り組んできたのだろうか。
大会直前にもてぎで行われた試走会と、日本大会での奮闘ぶりに迫った。

学生フォーミュラとは?

学生フォーミュラとは、学生自らがチームを組んで、約1年間でフォーミュラスタイルの小型レーシングカーを開発・製作し、そのプロセスを通してモノづくりの本質や面白さを学びながら技術力や性能を競うプログラム。日本大会となる「学生フォーミュラ日本大会」では、走行性能だけでなく、マシン製作のコンセプトやマーケティング、デザイン、コスト、プレゼンテーションなど多くの審査が行われ、「モノづくり」の総合力を競う。

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例年全国から数十校がエントリー。手づくりのフォーミュラマシンには学生たちの技術と情熱が込められている

近年、エントリー校が増えている

EVクラス

日本では、2003年から「全日本学生フォーミュラ大会(現学生フォーミュラ日本大会)」を開催。開始当初はICV(内燃機関=ガソリンエンジン)クラスのみだったが、2013年からEV(電気自動車)クラスが設けられ、2クラス制で開催となっている。
EVクラスでは最大出力80kW以下、最大公称作動電圧600VDCというスペックが定められており、高電圧を扱うため、ICVよりも多くの安全対策が求められ、車検でのチェック項目も多い。2023大会ではエントリーした全77チーム中、23チームがEVクラスとなっており、その比率は年々高まる傾向にある。
※エントリーチーム数は2023年8月22日時点、公式通知No.8よりカウント

EVは車体後部にバッテリーとモーター、制御装置などを搭載する

試走会レポート
日本大会レポート

大会目前の貴重な実走行で
最終チェック!
各チームが熱い想いで
臨んだもてぎ試走会

日本大会の約1ヵ月前となる7月22(土)~23日(日)の2日間、モビリティリゾートもてぎにおいて試走会が開催された。これは車両が完成したチームへの走行機会の提供と、実際に走らせることによって車両の出来栄えを確認するのが目的だ。会場には大会本番と同様の各種コースが設営された。

23日は当日参加した10チームの内、7チームが試走。そのうち当日試走したEVクラスは2校だ。真夏の暑さ中、調整を終えたチームは順次コース内に出て走行練習を開始した。ICVクラスの車両が甲高いエンジン音を響かせる中、モーターで走行するEVクラスの車両は静かでスムーズな動きが際立っていた。各チームは不具合や再調整箇所が見つかるとピットに戻って整備作業を行い、大会に向けて貴重な機会となる実走行を繰り返した。

初参加から一貫してEVクラスで参戦する
東北大学フォーミュラチーム
その苦労とやりがいとは
東北大学フォーミュラチーム「TUFT」はメンバー全員が工学部の学生だ。部員数は14名と比較的小規模なチームだが、機械全般を担当するシャシー班と、電源やモーターなど電気系を担当するパワートレイン班に分かれてマシンを製作している。ICVとは全く違う知識と技術が求められるEVにどのように取り組んでいるのか、「TUFT」メンバーに聞いた。

チームリーダー 簗拓真(ヤナタクマ)さん

動的審査に進めなかった昨年
その悔しさをバネに今年は
“とにかく動く車両”を!

昨年の大会では静的審査はクリアできたもの、車両を走らせることができずシェイクダウン証明※が提出できなかった東北大チーム。チームリーダーとして皆をまとめる簗拓真(ヤナタクマ)さんは、今年の目標を次のように話してくれた。
「動的審査に進めなかった結果を冷静に受け止め、自分たちの力量を見つめ直した上で、今年はとにかく動く車両を作り上げて動的審査まで進む、というのを目標に掲げて活動してきました」

その言葉通り、試走会初日にはシェイクダウン証明用の動画を無事に撮影。更に2日目もより完成度を高めるべく各パーツの調整を行い、午後に再度証明用の動画を撮ることができた。「とにかく走らせる、というのが目標だったのですが、きちんとした安全回路を組み込んだ本番に近い形でのシェイクダウンができたので一安心しました」と嬉しそうに話していた。
※シェイクダウン:マシンに不具合がないかを確認するためのテスト走行。

最初は遠い存在だったEV、触れるにつれ知識が増えて喜びに

「私は工学部でも機械系で、シャシー班ということもあり、今まで電気やEVについては遠い存在でした。でもこのチームに入ってEVに触れる機会があったおかげで、徐々に知らなかった知見を得ることができました。これは経験としてとても大きいな、と感じます」と簗さん。
それでもやはりEVは難しいとも語る。「電気って見えないじゃないですか。しかも、一歩間違えば感電など重大な事故も起こり得る。いわば“見えない敵”を相手にしているような感じですね。プロならそれを可視化する測定回路をサッと組み込むことができるんでしょうけど、僕らは本体を組み上げるのに精一杯で、なかなかそこまでの余裕はありません。専門的な知識も必要になるので、機械系の学生でも積極的に電気についての知識や技術を学ぶなど、努力を続けています。そうして学んでいくにつれて、電気に対する不安や抵抗感はなくなってきました」。
EVに元々思い入れがあったというより、EVに触れることで思いが強くなっていったと感じているようだ。

午前中は制御系部品など電気系統の再確認と、走行に向けて足周りのチェックなどが行われた

ピットでの調整を終え、コースでの試走へと向かう。果たして無事に走るのか、緊張の一瞬

予期せぬアクシデント!即原因を解明し、日本大会での完走を期す

順調に試走メニューをこなしているかに見えた東北大学だったが、午後に大きなアクシデントに見舞われてしまった。

「3回目のブレーキテストで、サスペンションアームの先端部分が破損してしまい、連鎖的に4輪すべてのアームが折れてしまいました。もともとその部分の弱さは指摘されていたんですが、従来の設計は製作難易度が高いし計算上は大丈夫だったのでそのまま試走に臨みました。見通しが甘かった点があったかもしれません」

EVの難しさは電気的なところばかりと思われがちだが、もちろん機械的な部分も完成度を高める必要がある。それらを両立させるのも難しい部分なのだ。アクシデント直後には誰もが信じられないという気持ちで天を仰いでいたが、すぐに気持ちを切り替え、破損個所を様々な角度から写真に撮って原因究明と対策のためのデータを集めるなど、チームが一丸となって動き始めた。

「今回の試走会は残念な結果で終わりましたが、故障の原因はパーツの強度不足なので、今後はそこを改良して再度組み立て直します。同時に破損したブレーキ系もしっかり直し、大会では全員の力を一つにして、万全の態勢で臨みたいと思います」。
力強く前を見ながら、簗さんはそう語ってくれた。

4輪すべてのサスペンションアーム先端が折れるというアクシデントに動揺を隠せないメンバー。しかしその後の立ち直りは早かった

クルマ作りの先輩が学生をサポート
Hondaスタッフの支援とは
もてぎ試走会は、Hondaの現役従業員やOBスタッフが学生たちをサポートしている。自らも長い間エンジン開発に関わり、今は学生フォーミュラ活動の支援に携わる青木琢也さんに、Hondaの支援状況や学生たちへの想いを聞いた。
本田技研工業㈱ 総務部社会貢献推進室 エキスパートエンジニア青木琢也さん

日本大会で完走する姿を楽しみに
学生をサポート

コロナ禍の影響で、チーム内の技術伝承の断絶や部員数の減少に悩む大学が多い為、Hondaでは今年は新入生に向けて学生フォーミュラの魅力を伝える新歓企画を行ったり、チーム力向上のために各学校を訪問して車両製作についての悩みを聞き、アドバイスをしたりなどの支援を行ってきました。

日本ではまだEVの参加校は少ないですが、欧州の学生フォーミュラではEV化が進んでいます。EVは安全対策のための回路や制御ソフト項目の多さに加え、バッテリーとモーター、制御機器をうまくフレームに納めなければならないのでICVよりやらなければならないことが非常に多く、車両として成立させるのが大変なんです。機械系学生が中心の学生フォーミュラチームにおいて難易度が高いため、Hondaでも入社した若い学生フォーミュラOBも交えた専門的な知識を持つ従業員・OBでEVシステムのサポートを強化していく予定です。

学生フォーミュラに取り組む中で、失敗することがあってもいいんです。そこから何をどう学ぶか、彼らにはそのプロセスがとても大切で、是非困難を乗り越えた先の達成感を味わって欲しいと思います。その喜びは企業の開発現場でも同じです。学生たちには経験を通じて成長し、ぜひ大会で完走してモノづくりの素晴らしさを分かち合ってほしいですね。

試走会を終え、
日本大会で完走を目指す学生たちの熱い声

ICVクラスでは最後の参戦、
有終の美を飾りたい

今日は良い路面環境で試走することができました。午前の試走でエキパイが壊れたんですが、昼休みにスタッフの方のアドバイスもいただきながら、皆で必死に作業して修復できました。昨年は総合6位にジャンプアップして上位入賞を果たしましたが、チームとしては社会に出て活躍できる人材育成を目指しているので、来年からはあえて難しいEVクラスで参戦します。昨年の勢いを今年もキープし、最後のICVクラスで有終の美を飾るべく上位を狙いたいです。

富山大学フォーミュラプロジェクト チームリーダー
 山際真二朗さん

全員で感動を分かち合い、
好成績を目指す!

2週間前の試走会で出た不具合を今回きちんと修正できたのと、午前中に起きたトラブルに対処できたのが大きな収穫でした。昨年は大会中にエンジンブローが発生し、急遽大学にマシンを持ち帰って夜通しで予備エンジンに換装するという事態も経験しました。それも含め、学生フォーミュラでは普通の学生生活では決して得ることができない経験ができることが本当に素晴らしいと思っています。今年は10位を目標にチーム一丸となって好成績を目指したいと思います。

東京農工大学 TUAT Formula チームリーダー
 今宏太さん

4年ぶりの国際大会!
精一杯つくり上げたクルマ
と熱く駆け抜けた
「学生フォーミュラ
日本大会2023」

クルマづくりに真剣に
取り組んだ国内外の
65チームが
一堂に会す!

8月28日(月)から9月2日(土)にかけて、エコパ(静岡県小笠山運動公園)で「学生フォーミュラ日本大会2023」が開催された。海外チームを迎えての国際大会は2019年以来4年ぶりで、競技参加はICV(ガソリン自動車)クラスが国内39、海外3の42チーム、EV(電気自動車)クラスは国内11、海外1の12チームで、計54チーム。EVクラスが全体の1/4に迫る割合となった。また、このほかにフォローアップ(来年度に向けた見学や研修など)に参加するチームを含めた全65チームが集結し、自分たちでつくり上げたクルマの総合力を競い合った。

大会では加速性能を評価するアクセラレーション、コーナリング性能を評価するスキッドパッド、操縦性を測りつつベストタイムを競うオートクロス、車両の全体性能と信頼性を評価するエンデュランスという4つの動的審査が行われた。これに加え、事前にオンラインで実施済みの静的審査(コスト、プレゼンテーション、デザイン)の成績を加味し、各賞と総合優勝校が決定された。

一般来場者を迎えての開催も4年ぶり。連日の猛暑が続くなか、6日間で15,000名に迫る人々が会場を訪れ、クルマづくりにかける学生たちの熱い奮闘を見守った。

今年は新たに4チームが
EVクラスに変更
大会日程もEVエントリー数増に対応し6日間に!
今大会は東京大学や名古屋工業大学、山梨大学、静岡工科自動車大学校の4チームが新たにICVクラスからEVクラスに変更。静的審査の上位3台をEVが占めるなど、EVへのシフトが鮮明となった。主催側もエントリーが増え続けるEVクラスのために従来より日程を1日増やして6日間での実施とした。初日にはEVの電気的な安全や車検適合を検査する「EV車検」が行われた。
日程3日目までの車検では、ブレーキ試験や騒音試験に苦労するチームが続出したが、機械的な部分を検査する技術車検はおよそ7割に当たる約40チームが通過。EVクラス、ICVクラスともに、昨年よりも順調に車検が進んだ。

EVが大会新記録のタイムを樹立
新たな時代の幕開けを告げる!?

動的審査の始まった4日目、ゼロスタートからの75mの走行タイムを競うアクセラレーションでは、テストランで日本記録を上回っていた静岡理工科大学をはじめ、EV勢が注目を集めていた。静的クラスでトップを取ったEVクラス出場の名古屋大学は、日本大会新記録となる3.649秒というタイムを叩き出して審査を見守る来場者を驚かせるなど、いよいよEV時代の到来を予感させる走りを見せた。

大会前のもてぎ試走会で話を聞いたEVクラスの東北大学チームは、4日目のブレーキテストで高電圧系のトラブルに見舞われてしまった。そのため残念ながら動的審査には進めなかったが、その後修理を終えるとフォローアップ走行※に臨んだ。2周目でストップとなり完走は逃したものの、1周のタイムをしっかり残せたことで、来年につながる成果を確実に得ることができたようだ。

総合優勝は、京都工芸繊維大学が2位以下を大きく引き渡すポイントを獲得して見事に2連覇を達成。EVクラス1位の名古屋大学は、総合15位に入る健闘を見せた。

学生たちのクルマづくりへの情熱と感動、そして喜びや悔しさが交錯した6日間は、こうして幕を閉じた。来年の大会はAichi Sky Expo(愛知県国際展示場)に会場を移して開催することが決まっており、学生たちはそれぞれの成績を胸に刻みつつ、早くも次の大会へと向かって歩み出していた。

※フォローアップ走行…エンデュランス走行に進めなかったチームのためにドライバー交代ありの5周+5周の走行機会を提供

  • 京都工芸繊維大学
  • 日本自動車大学校
  • 岐阜大学
  • 4位
    工学院大学
  • 5位
    名城大学
  • 6位
    神戸大学
  • 7位
    千葉大学
  • 8位
    同志社大学
  • 9位
    日本工業大学
  • 10位
    Prince of Songkhla University

大会結果詳細はこちら

日本大会を終えた今、
学生たちが思うこと

クルマづくりは一筋縄ではいかない
でも、諦めなければきっと結果は出る

東北大学フォーミュラチーム
チームリーダー 簗拓真さん

試走会での問題点の洗い出しは不十分な面もありましたが、大会前半は電気車検を1位で通過したり、機械車検についても比較的スムーズに終えられたりなど、不安が安心に変わっていきました。ところが4日目のブレーキテストに挑んだ際、高電圧が入らないというトラブルが起こってしまい、動的審査には出場できないことに。チーム全体で落ち込んで諦めかけましたが、「フォローアップ走行には絶対走らせる!」という思いでマシンと向き合い、走行に臨みました。目標に掲げた「動的審査出場、そして完走」は果たせず、フォローアップ走行は、1周とちょっとという結果に終わりましたが、自分たちのマシンがエコパのエンデュランスコースを走行できた喜びは大きく、走行の瞬間には安堵や緊張、期待、感謝など、さまざまな感情が入り混じっていました。

やはりものづくりは一筋縄ではいきません。モータースポーツでスタートラインに立つことの大変さを実感しましたが、マシンが動いた時の喜びや、「諦めなければ結果はついてくる」という精神を学べたことは大きな経験です。来年はエンデュランスの完走を目指すと同時にチームとしての成熟も目指す。その次には順位目標をかかげるに相応しいチームとなるよう、努力を続けていきます。

ICVクラスで最後のエンデュランス
出走を糧に来年初チャレンジのEV
でも、更にチーム力の向上を目指す

富山大学フォーミュラプロジェクト
チームリーダー 山際真二朗さん

大会前はマシンの走行動画チェックやロガーのデータ解析など調整を続け、マシン性能は申し分ない状態でしたが、直前の試走会ではトラブルが続き、最終チェックが十分に行えないまま大会当日を迎えることになりました。結果的にパイロンがレクチファイアの配線に接触したことにより、接触不良を起こしバッテリが充電されずリタイアとなってしまいました。度重なるトラブルでドライバー、マシンともに成熟しきれなかったことが原因だったと考えています。結果は残念ですが、上級生が5名と少ないなか、下級生と協力してマシンをつくり上げることができた経験は、必ず今後のチーム力向上に活きてくると思います。

次の大会からは、初めてEVクラスに挑戦します。さらに困難が待っているのでしょうが、前年度チームリーダーとしてしっかり仲間を支えていくつもりです。学生フォーミュラでマシンを1年間という限られた時間でつくり上げるためには「今後何をするべきか?」を常に考え、確実に実行する必要があります。その行動の必要性をメンバー全員で共有し、チームが進むベクトルを揃え、来年も全力でチャレンジします!