Honda Super Handlingへの挑戦 第7回
Honda Super Handlingへの挑戦 第7回
2024.03.25
3モーターハイブリッドシステム SPORT HYBRID SH-AWD®[NSX]のテクノロジー2015年
加速しながら旋回(公転)しているときに外側輪に内側輪より大きな駆動力をかけると、重心点まわりにヨーモーメント(自転する動き)が発生する。その結果、旋回性を高める効果が得られることは1990年代初頭に確認できていた。Hondaは駆動力を左右で異なる量配分するATTS(Active Torque Transfer System)を1996年にプレリュードに適用し、FF車の旋回性能を高める技術を実用化した。
2004年には前後と後輪左右の駆動力を状況に応じて最適に配分する、世界初の四輪駆動力自在制御システムSH-AWD(Super Handling – All Wheel Drive)を開発し、レジェンドに適用。さまざまな走行状態において四輪それぞれのタイヤの能力を最大限引き出し、旋回性能を向上させた。
SH-AWDはエンジンの駆動力をトランスファー経由でリアドライブユニットに伝え、後輪左右の駆動力配分を行った。2014年のレジェンドに適用した3モーターハイブリッドシステムのSPORT HYBRID SH-AWDは、リアに搭載する2基のモーターを制御することで、エンジンが発生する駆動力の大小にかかわらず、高い応答性で後輪左右の駆動力配分を行うシステムである。
モーターを用いて制御を進化させたことにより、プラスのトルク(駆動力)に加え、マイナスのトルク(減速力)も左右で配分することが可能になり、加速旋回時だけでなく減速旋回時にまで制御の幅を拡大した。
2016年に26年ぶりにフルモデルチェンジしたスーパースポーツモデルのNSXは、誰もが快適に操ることができる「人間中心のスーパースポーツ」というコンセプトを先代NSXから継承。理想の運動性能を追求する手段として、レジェンドに適用したSPORT HYBRID SH-AWDをミッドシップレイアウトに応用して適用した。
NSXが搭載するSPORT HYBRID SH-AWDのシステム構成と配置は下記のとおりである。
● ドライサンプ式オイル潤滑の3.5L・V型6気筒ツインターボエンジン(最高出力373kW/6500-7500rpm、最大トルク550Nm/2000-6000rpm)をミッドに縦置き搭載し、クランクシャフトにダイレクトドライブモーター(最高出力35kW/3000rpm、最大トルク148Nm/500-2000rpm)を直結配置する。その後方に専用設計の9速デュアルクラッチトランスミッション(DCT)を配置
● センターコンソール下部に3基のモーターを最適に制御するパワードライブユニット(PDU)を配置
● シート後部に高出力リチウムイオンバッテリーとDC-DCコンバーター、ECUを集約したインテリジェントパワーユニット(IPU)を配置
● フロントサブフレーム内に前輪輪左右のトルクベクタリングを可能とするツインモーターユニット(TMU)を配置
後輪の駆動をアシストするダイレクトドライブモーターは、DCT全段でのモーターアシストを可能にした。サーキットでの限界走行時にも安定的に高い性能を維持するため、エンジンの冷却水系統と連携したダイレクト水冷システムを構築し、ステーターの効果的な冷却を実現している。
TMUの基本構成はレジェンドに適用したSPORT HYBRID SH-AWDと同じだ。すなわち、左右対称に配置した2基のモーター(1基あたり最高出力27kW/4000rpm、最大トルク73Nm/0-2000rpm)とプラネタリー減速機構、ワンウェイクラッチ、ブレーキで構成する。
ダブルピニオンタイプのプラネタリーギアを使い、フロントモーターのトルクを増幅。減速時にはリングギアを固定、タイヤからの半量でモーターを回転させてエネルギーを回生する。
モーターの内側に配置されたプラネタリーギアによる減速機構は、モーターシャフトに直結されたサンギア、サンギアと噛み合う3つのダブルピニオンギア、ダブルピニオンギアを支持するプラネタリーキャリア、そして外側のリングギアで構成。モーターの回転を減速すると同時に、トルクを増幅してタイヤを駆動する仕組みだ。
トルク伝達の仕組みもレジェンドのSPORT HYBRID SH-AWDと同じで、以下のとおりである。
1. モーターがサンギヤを回転させる
2. サンギヤがダブルピニオンギアを回転させる
3. リングギアは固定されているため、ダブルピニオンギアがプラネタリーキャリアを回転させる
4. プラネタリーキャリアがアクスルシャフトとドライブシャフトを介してタイヤを駆動する
スーパースポーツにふさわしいモーターアシストと前輪左右の駆動力差をつけるトルクベクタリングよる内向きのヨーモーメント発生を実現するため、モーターの許容回転数をレジェンドの12,000rpmから15,000rpmまで向上させた。さらに、減速比はレジェンドの10.382から8.505へと約18%ハイギア化し、サーキット走行などでアシスト可能な速度域を200km/hまで高めた。
モーターの許容回転数を超える超高速域では、プラネタリー減速機構のブレーキを解除してリングギアを回転可能な状態にし、タイヤとモーターを切り離すことでモーターを保護。ワンウェイクラッチは、リングギアにかかる反力を駆動方向のみに規制する役割を果たす。
駆動時は、ワンウェイクラッチの作用によりモータートルクを効率的にタイヤに伝達。減速時はブレーキがリングギアを固定し、タイヤから伝達される逆向きの反力でモーターを回転させることで、減速エネルギーを電力として回生する。TMUはこれらの制御を後輪駆動力に依存せず、左右独立して行うことで、駆動力や減速力の左右差を生み出し、アクセルオン、アクセルオフの双方で内向きのヨーモーメントを発生させることができる。
シーンにあわせて車両特性を切り替え、ドライバーニーズに対応するため、QUIET、SPORT(デフォルト)、SPORT+、TRACKの4つの走行モードを設定した。QUIETとSPORTモードでは、低中速域での軽快感と高速域での安定性を両立するトルクベクタリングを実行。低中速域に関して具体的には、ターンイン時(減速旋回時)に前輪左右ともにマイナス(減速回生側)に制御。内側輪のマイナストルクを外側輪よりも大きくすることで、内向きのヨーモーメントを発生させ、ブレーキングしながらのターンインで優れた回頭性を実現する。
コーナリング中期では、外側前輪をプラスのトルク、内側前輪をマイナスのトルクに制御することで、大きな内向きのヨーモーメントを発生。この結果、急なコーナーでも優れたライントレース性を発揮する。
そしてコーナー脱出時は、前輪左右ともプラスのトルクに制御し、力強い加速を実現。内側輪よりも外側輪に大きなトルクをかける制御を基本に、コーナーに合わせた最適なトルクを配分することで、安定性を向上させる。
高速コーナー走行時の安定性の確保には、外側前輪にマイナスのトルクをかけるなど旋回抑制方向、すなわち外向きのヨーモーメントを発生させるよう制御する。
SPORT+モードでは、より俊敏な運動性能を引き出すよう、さらに積極的なトルクベクタリングを行う。またTRACKモードでは、最大パフォーマンスを発揮するよう、回頭性を高める方向の制御を行う。
2021年8月に発表したNSX Type Sでは、クルマとの対話性を高め、操る喜びを感じられるシーンを拡大するため、キーテクノロジーであるSPORT HYBRID SH-AWDについて駆動配分制御の見直しを行った。
過給圧アップによってエンジン単体で16kW最高出力を向上させたのを含め、システム最高出力は+22kWの449kW、システム最大トルクは+21Nmの667Nmとした。TMUは20%ローレシオ化し、発進時のレスポンスを向上させた。バッテリーは使用可能容量を20%拡大するとともに出力を10%向上。システム出力拡大に貢献している。
4つの走行モードは駆動力配分の最適化などにより全面的に見直した。SPORTモードでは少ない操舵でレスポンスと軽さを感じ、素早くクルマが曲がる状態をつくり、SPORT+モードではドライバー操作にクルマが反応する一体感と、地面をつかむように曲がる動きが感じられるようにした。安定性をしっかり担保しつつ、質量を感じさせない動きの軽さを、高出力化したSPORT HYBRID SH-AWDで実現した格好である。
とくにSPORT+モードでは、ドライバーとクルマの一体感をさらに高めるため、前輪左右の駆動力配分とリアの駆動力を最適に制御し、少ない操舵角で大きな車体スリップ角(β角)を与えながら、コーナーに巻き付くように旋回する姿勢をつくる制御とした。β角の大きな姿勢で旋回するとコーナーの奥が視界に入るため、安心して踏み込んでいくことができるようになる。
このようにしてエイペックスを通過し、コーナー脱出に向けては、初期モデルよりも少ないアクセル開度からフルにフロントの駆動力をかけ、加速初期からシステムが持つポテンシャルを最大限引き出し、四輪を使ってダイレクトに加速する制御とした。その際、ギア変速とエンジン回転、それに加速Gがリズミカルにシンクロし、心地良さを感じられるようチューニングを行った。
NSXの開発では、「人間中心のスーパースポーツ」というコンセプトに沿って高出力のSPORT HYBRID SH-AWDを最適化。モーターを活用することで、エンジンだけでは達成することが難しい優れた回頭性を実現し、日常からワインディングロード、さらにはサーキットでのスポーツ走行まで、幅広いシーンで自在に曲がり、軽さを感じる走りが提供できるよう仕立てた。
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