Honda Super Handlingへの挑戦 第2回

2023.10.25

ATTS(アクティブ・トルク・トランスファー・システム)の
テクノロジー 1996年

HondaはFF車の左右への駆動力配分により優れた旋回性能を実現するATTS(Active Torque Transfer System)を開発し、1996年11月8日に発売したプレリュードType Sに搭載した。ATTSは、従来は左右輪に均等にしか伝えられなかった駆動力を旋回状態に応じて左輪と右輪に異なった量配分するシステムである。

1996年登場のプレリュード

一般的なクルマは、ステアリングの操作によりタイヤの向きを変えることで旋回している。エンジンが発生する力は駆動のみのために使われ、左右のタイヤに対して常に均等に伝えている。左右駆動力配分システムのATTSは旋回の状態に応じ、内輪の駆動力を減らすいっぽう、外輪へ多く配分する。その結果、ステアリング操作による旋回を助長する作用が生まれる。手こぎボートが曲がる際、外側のオールを強く漕ぎ、旋回外側の駆動力を増やして曲がるのと同じ原理だ。

2004年10月に発売したレジェンドには、世界初の四輪駆動自在制御システムSH-AWD(Super Handling All Wheel Drive)が採用された。レジェンドのSH-AWDは旋回時に従動輪である後外輪に内輪より大きな駆動力を伝達することで、内向きのヨーモーメントを発生させる。駆動輪と従動輪の違いはあるが、ヨーモーメントを積極的にコントロールする発想に変わりはなく、ATTSは後のSH-AWDにつながるコンセプトを先取りしていたことになる。

前後に駆動力を配分する4WDを左右の駆動力配分に置き換えてみたら新たな車両特性が得られるのではないか、というのがATTS着想の原点だった。1987年当時にHondaが持っていた四輪駆動車のうちシビック・シャトルをベースに、右後輪にしか駆動力が伝わらない1輪駆動車に改造し左右駆動力配分の原理を再現。栃木研究所内のテストコースを走り、ヨーモーメントの発生がもたらす旋回の気持ち良さを確認した。

1989年には技術面の目処は立ち、四輪駆動車に左右駆動力配分システムを適用すべく開発は進められた。だが商品化の機会はFF車で先に訪れた。それが1996年のプレリュードである。商品化にあたってはATTSユニットの検討を重ね、平行2軸と油圧CVTを組み合わせたレイアウト(構想)、平行3軸式(構想)、平行2軸式(試作)、2連ピニオン+ダブルプラネタリー式(試作)を経て、3連ピニオン+3連プラネタリー式にたどり着いた。

プレリュードが搭載したATTSユニットは、デファレンシャルギヤ(以下デフ)からの駆動力を配分する3連プラネタリーギヤアッセンブリーと、左および右旋回用湿式多板クラッチ、および油圧制御部で構成される。デフより左右に配分された回転を、同心円状に重ねた二重の軸でATTSユニットに伝達。同心円の外側が右輪の回転軸で、デフケースを介して右から左に駆動力を伝える。同心円の内側はデフからダイレクトに左輪に導かれる。プラネタリーギヤのキャリア軸は右旋回用クラッチにつながっており、3連ピニオンの左端ギヤは左旋回用クラッチにつながっている。

手こぎボートが旋回する原理を思い浮かべればわかるように、左右の駆動力配分によって旋回時のヨーモーメントをコントロールするには、内輪よりも外輪を速く回転させなければならない。そのためには増速機構が必要で、3連ピニオンのプラネタリーギヤを使った増速機構により内側の回転数を外側よりも高くしておき、クラッチをつなぐことで外輪に駆動力、内輪に制動力を発生させて「内輪の回転<外輪の回転」を実現する。

左旋回時
左旋回時は次のような駆動力の伝達になる。左旋回用クラッチが減速〜固定されると、デフで分岐した左輪の駆動力が左輪用サンギヤ→3連ピニオンギヤ→右輪用サンギヤ→デフケース→右輪軸へと流れ、右輪の駆動力が増加する。

右旋回時
右旋回用クラッチが減速〜固定されると、デフで分岐した右輪の駆動力がデフケース→右輪用サンギヤ→3連ピニオンギヤ→左輪用サンギヤ→左輪軸へと流れ、左輪の駆動力が増加する。

直進時
各旋回用クラッチは作動せず、駆動力はエンジン→トランスミッション→デフ→左右輪へと流れ、左右均等に駆動力が伝わる。

ATTSは(内輪に対する外輪の)増速比を約15%に設定したため、旋回時にクラッチを減速〜固定すると、内輪に対し外輪が約15%増速される。そのため、旋回中の左右輪のタイヤ軌跡の比が1.15以下の範囲で左右駆動力配分の制御が可能になる。トレッドを1.5mと仮定した場合、内輪旋回半径10m以上の旋回シーンで効果を発揮するということだ。また、多板クラッチでギヤの締結度合いを調整することで、駆動力配分比を80:20(外輪:内輪)まで自在にコントロールすることが可能となっている。

加速時の旋回状況に応じて左右輪の駆動力配分を行なう多板クラッチの制御は、左右駆動力配分ECUによって行なう。アクセルペダルの踏み込み量とステアリング切れ角のドライバー操作量に加え、車速と横加速度から演算した旋回状態の把握をもとに制御量を決定するフィードフォワード制御が基本。これに、ヨーレートセンサーからのフィードバックをかける。

より具体的には、エンジン回転数や吸気管負圧等のエンジン情報から求めたエンジントルク、エンジン回転数、前輪車速から算出されたギヤ比をもとに駆動トルクを算出。さらに、この駆動トルクから刻々と変化する前後加速度を推定する。同時に、後輪車速とステアリング舵角から横加速度を計算し、実際の加速度と照らし合わせながら旋回量を決定。さらに、前後加速度と旋回量から左右駆動力配分量を算出し、ATTSユニット内のクラッチ油圧を制御する目標油圧を決定する。また、制御精度を向上させるため、ヨーレートセンサーによるヨーレートをフィードバックし、車両挙動の安定化を図る。

一般に車両の旋回中に加速すると、タイヤのグリップ能力が加速のために使われるためコーナリングフォースが低下し、アンダーステアの傾向が生じる。減速すれば旋回側にタイヤのグリップを使うことができるようになり、アンダーステアの度合いは弱まる。つまり、ドライバーのアクセル操作に応じた加速・減速により車両の挙動変化が現れる。ATTSは加速時に車両を直進状態に戻すための復元モーメントを増大させ、減速時は減少することが計算と試験によって確認できている。そのため、ドライバーのアクセル操作による加速・減速の際の車両姿勢の変化を低減させる方向に作用する。

旋回中アクセルを踏み外した場合の軌跡イメージ

ATTSは旋回中の加速時に外輪により多くの駆動力を伝えることでヨーモーメントを発生させ、旋回を助長する効果を生む。加えて、前輪のタイヤの性能を有効に引き出す作用もある。旋回時は外輪の接地荷重が増え、内輪の接地荷重が減る。通常のFFでは左右均等に駆動力を配分するため、内輪はタイヤのグリップ力が駆動力に使われ、旋回側に充分使うことができない。

ATTSを適用することにより左右のタイヤの能力に見合った駆動力配分を行なうことで、旋回時のタイヤの能力を有効に使うことができ、左右輪を合計したコーナリングフォースは通常のFF車より増大する。ヨーモーメントの発生に加え、左右輪のタイヤ能力を有効に引き出すことにより、加速時はアンダーステアが低減される。

ATTSによりアンダーステアが低減するため、ステアリング舵角は減少し、タイヤのスリップ角も減少する。その結果、外輪のタイヤ摩耗はやや増加するものの、内輪のタイヤ摩耗は減少し、総合的にはタイヤ摩耗が減少することが、実走摩耗テストで確認できている。

このATTSの適用に合わせ、フロントサスペンションを専用に開発した。ATTSにより左右輪にそれぞれ異なった駆動トルクが作用すると、タイヤがキングピン(回転中心軸)まわりに切れ込もうとするトルクに左右輪差が生じ、外輪の駆動トルクが内輪の駆動トルクより大きくなるため、ハンドルが切れ込む方向にトルクステアが発生する。

このトルクステアを解消するには、サスペンションのキングピンオフセットを低減する必要がある。プレリュードのダブルウィッシュボーン式では、仮想キングピンをボールジョイントの実位置と異なる位置に設定できるダブルジョイント式をロワーリンクに採用し、トルクステアの低減を図った。

タイヤのグリップ能力は垂直荷重に比例して増える。旋回時は外輪の荷重が増え、内輪の荷重は減る。グリップ能力が増えた外輪に対して仕事量を増やす左右駆動力配分システムのATTSは理に適った制御であり、ドライバーが「意のまま」と感じられるようなクルマづくりにつながる技術といえる。

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テクノロジー連載ATTS(アクティブ・トルク・トランスファー・システム)のテクノロジー 1996年