第5章 場と機会の拡がり
2009年 佐賀インターナショナルバルーンフェスタで開催した「親子バイク教室」
安全教育の質向上、場と機会の拡大
1990年代後半から交通事故死者数は減少していましたが、交通事故件数は2004年まで増加傾向にありました。国民皆免許といわれ、運転免許保有者数が増えるなかで、交通事故を減らしていくには、一人ひとりに合った、きめ細かい指導が必要だとHondaは考え、2000年代は安全運転教育の質の向上、場と機会の拡大に向けた様々な取り組みに力を入れました。
四輪販売会社を地域における
安全活動の発信基地に
1994年以来、目標にしてきた新車販売拠点全店へのセーフティコーディネーター配置が2001年6月に完了。これにより、お客様に安全装備の機能や限界の説明、クルマの運転に関する相談に答える体制が出来上がった。そして、この体制を強化し、Hondaの四輪販売会社を地域における安全活動の発信基地とするため、2002年4月に「レインボーディーラー制度」をスタートさせる。レインボーディーラーは、安全に関するHondaの認定基準(下記参照)を満たした販売拠点に与えられ、第1ステップの「グッドレインボー店」と第2ステップの「ベストレインボー店」がある。
●認定基準
グッドレインボー店 | 営業スタッフ全員がセーフティコーディネーター資格を取得し、さらに1人以上がチーフセーフティコーディネーター資格を取得。年2回以上、安全運転ミニ講習会を開催することが条件。 |
ベストレインボー店 | 営業およびサービススタッフ全員がセーフティコーディネーター資格を取得し、さらに2人以上がチーフセーフティコーディネーター資格を取得。年2回以上、ドライビングスクールを開催することが条件。 |
レインボーディーラーではセーフティコーディネーターによる店頭での安全アドバイスはもちろん、お客様を対象にした安全運転ミニ講習会やドライビングスクールを開催している。安全運転ミニ講習会は日常点検やタイヤ交換など店頭や駐車場で安全運転に役立つポイントを伝える講習会、ドライビングスクールは安全運転ミニ講習会の項目に加え、ハンドル操作やABS体験など実技トレーニングを自動車教習所などの会場で行う講習会である。
セーフティコーディネーターによる店頭での安全運転ミニ講習会の様子
一方、二輪販売店には2005年7月に「セーフティサポートディーラー制度」を導入。活動の中心となるのがライディングアドバイザーである。お客様の安全をサポートするという役割を担い、納車時のアドバイスや安全に関する相談に対応できるようライディングアドバイザー研修を受講することで認定を受ける。営業スタッフ全員がライディングアドバイザー資格を取得し、年2回以上、ライディングスクールなどの安全運転普及活動を実施することを「セーフティサポートディーラー」としての認定条件とした。1年目はHonda Dream店約30店を認定。「セーフティサポートディーラー」は、お客様の安全・快適なモーターサイクルライフをサポートし、地域に密着した安全運転普及活動の拠点として活動を展開した。
セーフティサポートディーラーでのライディングスクールの様子
2008年からは毎年、春と秋の「全国交通安全運動」(主催:内閣府ほか)に合わせて「セーフティキャンペーン」を開始。二輪・四輪販売会社ではスタッフ全員が交通安全を実践するとともに、啓発ツールを使って来店するお客様に交通安全を訴求している。これに加え、販売拠点の最寄りの交差点や横断歩道で交通安全のための街頭活動を行う販売会社もある。お客様だけでなく、地域の交通安全に貢献する取り組みへと拡がったのである。
交通教育センターのハードとともに
教育ソフトを進化させる
2000年代に入り、交通教育センターは参加体験型の実践教育の場としての機能だけでなく、時代と社会のニーズに応じた安全運転普及活動のソフトを創造するという研究・開発機能を持つ施設と位置づけられるようになる。それを具現化するために新設したのが、交通教育センターレインボー浜名湖(以下、レインボー浜名湖)。2002年4月に静岡県浜松市にオープンした当時国内9番目の交通教育センターである(現在、国内の交通教育センターは7拠点)。
レインボー浜名湖には、受講者一人ひとりの運転に関するデータを収集し、それをもとに安全アドバイスを行う「運転アドバイスシステム」を導入。視力といった身体機能のデータに加え、実車で反応制動、反応回避を行った際に測定した反応時間や停止距離など運転データを分析し、その結果をアドバイスシートとして出力するというものだ。アドバイスシートは研修当日、受講者に配付され、データやアドバイスコメントを今後の安全運転に役立ててもらう。測定したデータは蓄積されていくので、時系列での比較、分析もできるようになった。
2002年4月にオープンした交通教育センターレインボー浜名湖
2007年8月には鈴鹿サーキット交通教育センターをリニューアル。先進技術を取り入れた新たな教育プログラムが提供できるようになった。その一つが、ドライバーに運転に対する自己評価と実際の運転行動の乖離に気づいてもらい、行動変容を促すことを目的とした「運転習慣チェックプログラム」。受講者は自分の運転を自己評価した後、専用の車両で指定されたコースを走行する。この車両はアクセル、ブレーキ、ウインカーなどの操作状況や走行軌跡、速度を測定できるようになっていて、測定されたデータは無線LANにより、サーバーに転送され、走行データと評価表が出力される。評価表に自己評価と走行データをもとにした客観的評価との違いを明示し、自分の運転の問題点に気づいてもらう。こうした気づきによって、運転行動の改善へと結びつけるのである。また、研修コースも大幅に改修。凍結路や圧雪路など悪条件の路面を再現できるスキッドコースや1時間に最大50mmの雨を再現できるバリアブルコースなどが設けられ、より実践的なトレーニングができる環境を整備した。
2007年8月にリニューアルで鈴鹿サーキット交通教育センターに設けられたスキッドコース
企業・団体や個人の多様化するニーズに
対応した交通教育センターの活動
交通教育センターで実施している安全運転研修やHMS、HDSの内容も、企業・団体や個人のお客様のニーズに合わせて常に進化させている。
企業・団体向けでは2003年、フォローアップ研修を開始。インストラクターが社員の業務に同行し、日常のクルマの使用状況や運転行動などを観察し、企業・団体の指導者に今後の安全活動の進め方についてアドバイスするというものである。
一般のライダーを対象にしたHMSでは2001年にナイスミドルコースを新設。リターンライダーや二輪免許を取得して間もない中高年ライダーに、同年代の方々と落ち着いた雰囲気のなかで受講できるようにした。2005年には高速道路二輪車二人乗りのスタートに対応したタンデムコースを新設。一方、ドライバーを対象にしたHDSでは2001年、より運転を楽しんでいただくため、レーシングドライバーや自動車評論家など特別講師によるスクールを新設した。
また、交通教育センターでは交通社会の模範となるようなグッドライダーの育成にも力を入れている。2001年7月には「HMSクラブふれあいミーティング」を初開催。参加するクラブ員はHMSの受講者である。会場となったもてぎ、鈴鹿、熊本の3ヵ所の交通教育センターでは二輪・四輪のミニスクールや親子でのバイク体験などのメニューを用意。バイクやクルマの魅力と安全の大切さを再認識してもらうことで、クラブ員一人ひとりが交通安全のオピニオンリーダーとして活躍することをめざした。
交通教育センターのインストラクターには安全運転技術だけでなく、質の高い指導力が求められる。世界トップクラスのインストラクターづくりをめざして毎年、開催しているセーフティジャパンインストラクター競技大会では、2000年(第4回大会)から交通教育センターのインストラクター部門に、企業研修やスクールの受講対象に合わせたカリキュラムの開発や指導力アップにつなげることを目的として、指導の的確さ、指導内容のわかりやすさを評価する「指導力」の審査を加えた。
教習指導員が質の高い安全運転技術と
指導力を身につけられる競技大会
2001年6月、鈴鹿サーキット交通教育センターで、全国の自動車教習所の教習指導員を対象に「自動車教習所指導員安全運転競技会(現、全国自動車教習所教習指導員安全運転競技大会)」を初開催。Hondaは1997年からセーフティジャパンインストラクター競技大会を実施しており、それを見学した教習所の関係者から「教習指導員にも運転技能や指導力のレベルアップを図る場をつくってほしい」という要望が寄せられていた。また当時、教習所は免許取得を目的とした初心運転者教育だけでなく、地域の交通安全教育の場としての役割も期待されていた。そこで、教習指導員の指導力向上へ向けた自己研讃への動機づけと、教習所間の情報交換と交流を目的とした競技会を創設したのである。
第1回自動車教習所指導員安全運転競技会の様子
第1回大会には全国50校から96人が選手として参加した。選手は二輪部門と四輪部門に分かれ、教習指導員としての運転技術の正確さや走行タイムなどを4つの種目で競う。2日にわたって競技を行い、二輪・四輪各種目別の優秀者が表彰された。第1回大会の参加者は「全国の教習指導員が一堂に会する競技会は前例がないので、参加できたこと自体がうれしい。ここで得たものを当校の教習生や教習指導員にフィードバックしていきたいと思います。教習生へのアドバイスや日頃の練習内容について、他校の教習指導員と情報交換できたことも収穫です」と感想を語っている。
2007年(第7回)には指導力の向上を目的として、すでに運転免許を保有した方を対象とした講習会での運転に対するアドバイス、安全運転の知識に関する筆記レポートを加えた。2009年(第9回)には二輪部門をこれまでの普通二輪部門に大型二輪部門を加え、大会の充実を図った。また、2011年(第11回)から(一社)全日本指定自動車教習所協会連合会が大会を後援。2013年(第13回)からは教習指導員が審判員としても参加することで、一体感のある大会となった。
高齢者の交通事故を防止するための
プログラム開発に取り組む
2000年の交通事故死者数(9,066人)に占める高齢者の割合は34.9%と少なく、高齢者への交通安全教育は現在ほど活発に行われてはいなかった(2019年は交通事故死者数が3,215人で、そのうち高齢者が占める割合は55.4%)。
Hondaが最初に高齢者向けの交通安全教育プログラムを開発したのは2004年。三重県鈴鹿市内で高齢者が歩行中に被害者となる交通事故が増え始め、鈴鹿モビリティ研究会が同市から事故を防ぐための教育手法について相談を受けたのがきっかけだった。当時、高齢者向けの啓発パンフレットなどはあったが、歩行中や自転車乗車中の事故防止を目的とした本格的な教育プログラムはなかったのである。
同研究会は、幼児・児童を対象にした交通安全教育プログラム「あやとりぃ」シリーズの基本である「止まって、左右を観る」を発展させ、高齢者向けのプログラムの原型を作成。それをもとに交通安全教育の有識者のアドバイスを受けながら修正を重ねた。
2004年から運用が始まった「あやとりぃ 長寿編」
重点指導項目は「歩く」「止まる」「よく観る・聞く」「まっすぐ渡る」の4つ。これらの重要性を高齢者に納得してもらうための具体的な指導方法をマニュアルとしてまとめ、高齢者のための交通安全教育プログラムを完成させた。「あやとりぃ」シリーズの一つと位置づけ、「あやとりぃ 長寿編」と名づけられた。
このプログラムの中で、特にこだわったのは「まっすぐ渡る」。高齢者に「横断歩道のないところを渡る時は、まっすぐ渡ってください」とお願いすると、「どうして、まっすぐに渡らなければいけないのか」と質問を受けることがある。この時、大切なのはすぐに答えを教えるのではなく、なぜかを高齢者に考えてもらうこと。そこで、ストップウォッチを持たせた高齢者に道路をまっすぐと斜めに横断してもらう。その後、それぞれの横断にかかった時間を比較してもらうのだ。こうしたプロセスを加えることで、「なぜ斜め横断をしてはいけないのか」納得してもらえるようにしたのである。
「あやとりぃ 長寿編」と並行して、高齢ドライバー向けの安全運転教育プログラムの開発も進めていた。高齢者が安全に長く運転を継続できるようにすることをめざして、2005年から2006年にかけて試行を重ね、2007年5月から「Honda健康ドライブスクール」として交通教育センターで実施された。高齢ドライバーは運転経験が豊富で自信もある。このプログラムは教え込むのではなく、事故につながる運転行動の問題点に気づかせ、それを補う行動を自ら考え、実践してもらうことに重点を置いている。受講者3人ごとにインストラクター1人がつくという少人数制で、具体的には受講者一人ひとりが実車で指定されたコースを運転し、その様子を車内外に設置したカメラで撮影。速度や加減速の変化も記録される。その後、受講者は3人1組となり、グループ記録された映像やデータをもとに各々の運転を振り返る。自分の運転行動を客観的に振り返る自己観察法※と、受講者同士の自発的な発言から自ら答えを見つけ出すコーチング手法が特徴となっている。
※太田博雄・東北工業大学名誉教授らが(公財)国際交通安全学会などで研究成果を報告している手法。自分の運転をビデオで録画して観察し、「我が身振り見て、我が振り直す」手法。
2007年に始まった「Honda健康ドライブスクール」の様子
また、高齢者が日常生活の足として利用するモビリティに電動車いすがある。電動車いすは、道路交通法上は歩行者として位置づけられ、運転免許は必要がない。1999年6月、Hondaは「モンパルML100」を発売。2000年には、お客様が安心かつ快適に利用できるよう、販売時に正しい取り扱い方と乗り方のアドバイスを行う体制を整備した。取り扱い説明ビデオ、指導者用の乗り方指導の手引書などのツールを作成し、モンパルを販売するHondaの二輪・四輪・汎用販売会社のスタッフを対象に全国各地で研修会を実施したのである。
二輪・四輪・汎用販売会社のスタッフを対象に行われたモンパル研修会
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2001 米国同時多発テロ
2002 日韓サッカーW杯開催
2004 新潟県中越地震
2005 JR福知山線脱線事故
2009 裁判員裁判開始