Social contributions 2024/12/16
世界一の車いすレーサーに、さらなる進化を──未開拓ゾーンを切り拓く飽くなき探究心
国際大会で躍動する、Hondaがスポンサー契約を結ぶ車いす陸上の選手たち。この活躍に貢献しているのが、Honda製の車いすレーサー(競技用車いす)です。「最高の進化を遂げた」現行モデルをさらに進化させるべく奮闘するふたりの開発者の想いに迫ります。
五味 哲也Tetsuya Gomi
電動事業開発本部 四事戦略統括部 ICEBUICE商品 事業企画部商品 事業戦略課
1991年 Hondaに新卒入社。構造設計からキャリアをスタート。その後、研究領域と設計領域を行き来しながら衝突CAEや車体の軽量化を研究し、その成果を自ら設計に反映させる。2019年から福祉領域に先進技術を活かすために企画部門へ異動し、車いすレーサーの開発に従事。2023年には大学院の後期博士課程を卒業。
池内 康Yasushi Ikeuchi
本田技術研究所 先進技術研究所(安全安心・人研究)
2000年 Hondaに新卒入社。パワードスーツなど装着型ロボットの開発を担当した後、歩行動作計測システムや車いす漕ぎ力計測システムの開発に従事。2021年からは車いすレーサーの開発に取り組む。「車いす陸上競技者のための漕ぎ力計測システムの構築」 で2023年度バイオメカニズム学会論文賞を受賞。
新たなメンバーでゼロベースの開発に挑戦。皆の知見を混ぜながら「型」を進化させる
現在、車いすレーサーのフラッグシップモデルとなっている「翔(かける)」 は、Hondaが長年積み重ねてきた研究と技術の結晶。その次のモデルを開発すべく奮闘しているのが、五味と池内です。
「開発総責任者の池内さん、構造設計を担当する私、デザイン担当の田中 純の3名が中心となり、製造を担当するマザーサンヤチヨ・オートモーティブシステムズ株式会社(以下、ヤチヨ)、販売を担当するホンダ太陽と共に取り組んでいます」
「私たちは、先輩方が翔を開発する姿を側で見てきました。現在の翔は、最高の進化を遂げたモデルだと思っています。でも、それを超えるものを作りたい。そのために、新たなメンバーでゼロベースから開発に挑戦しています」
選手それぞれで体格や麻痺の症状が異なるため、一人ひとりに合わせた調整はヤチヨが担当。そのベースとなる基礎技術を作るのが池内らのミッションです。
「選手の体型データを集めた上で、最適な形状にしたり、選手の負担を減らすために軽量化したり、全体として『こうあるべき』というベースを作る必要があります。選手それぞれに合わせた調整をしやすいことはもちろん、調整を入れても性能が大きく変わることのないようなベースを作る必要があるのです」
「車いすレーサーには、二輪・四輪のレーシングマシーンやHondaJetなど、 Hondaが培ってきたさまざまな領域の技術が詰まっています。さらに、池内さんは人を計測するスペシャリストで、田中さんは二輪でキャリアを積んできたデザイナー。私は四輪で構造設計やCFRP(炭素繊維強化プラスチック)による車体の軽量化に取り組んできました。皆の知見を混ぜながら、まったく新しいものを作ろうとしています」
「これまでの技術や知見はありつつも、しがらみや思い込みがないメンバーだからこそ、何が最適なのかをピュアな視点で考えられるのではないかと思っています」
先進技術こそ福祉で使うべき。培った技術と研究データの相乗効果を生み出したい
五味は1991年、池内は2000年に新卒でHondaに入社。長年研究や設計に携わってきました。
もともとクルマやバイクが好きだったという五味。Hondaに入社を決めたのは、事故で亡くなる方を減らすために構造設計に挑戦したいと考えたことがきっかけでした。
「当時、完成車メーカーのなかでもHondaはとくに安全性にこだわりを持っていました。一方で、ボディの弱さを指摘されていたため、『俺がHondaのボディを強くする』という想いでした。面接でも、そんな話をしましたね」
入社後は、宣言通り四輪領域でボディの研究と設計を担当。CIVICやLifeなど、多くの人に愛されるクルマの安全性を高めてきました。
「骨格設計から始まり、衝突CAE(コンピューターを利用したシミュレーション)に興味を持ってからは研究部門に異動してクルマ全体の板厚、材質、形状などを初期検討する業務を担当。Lifeは、世界初の屋内型全方位衝突実験施設でCar to Car(クルマ相互)の衝突実験を実施したクルマです。この研究成果を活かすために再び設計部門へ。自分で研究した構造を設計して商品化して、ということを繰り返していました」
福祉車両の企画に携わるようになったのは、2019年。軽量化のために新しい構造の研究に取り組んだことがきっかけでした。
「超軽量素材のCFRPを使ってクルマを作る研究をしていて、車両の完成までこぎつけました。ただ、これだけ素晴らしい素材であれば、もっと人間に近いところに活かせないか。先進技術こそ福祉で使うべきだ──そう思い至ったのです。
その後、素材を共に研究していたHonda Jetのメンバーが車いすレーサーの開発に携わっていた縁で、車いすレーサーに関わることになりました」
池内は、「工学と医学の間に未開拓ゾーンがあるのではないか」という興味から、学生時代は生体医工学を専攻。人の状態や動物を測定する研究をしていました。Hondaを志望した理由は、二足歩行ロボットに興味を持ったことでした。
「Hondaが初めて人間型ロボットとして発表した『P2』を見たことがきっかけです。当時、理系出身の多くの新入社員は、P2に関わりたくて入社していたのではないでしょうか。
私は入社後、二足歩行ロボットではなく、パワードスーツやリハビリロボなどの装着型ロボットの開発からキャリアをスタート。学生時代の研究を世の中に役立てるための最初の目標ができました」
その後、歩くメカニズムや歩行の質を数字で示すため、歩行動作計測システムの開発に従事。さらに2019年からは、現在の仕事につながる車いす漕ぎ力計測システムの開発に携わるようになります。
「力を測ることで、運動の質がわかります。これが、車いす陸上競技選手のパフォーマンスの改善点を見つけることに役立つのではないかと、漕ぎ力計測ホイール(※)の研究を開始。2024年11月に開催された大分国際車いすマラソンで、世界初公開することができました。
前任の開発総責任者から引き継ぎ、車いすレーサーの開発に本格的に関わるようになったのは2021年。人を測るという研究をベースに、レーサーのあるべき姿との相乗効果をイメージしながら開発にあたっています」
※ 車いすレーサーのホイールに装着して走行することで、漕ぐ力の左右差や、最高速度の出るタイミングなど、走行に影響を与えるあらゆる情報を数値化することが可能なる計測機。
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言い訳はできない。世界一をめざせる環境で、何度も基礎に立ち返りながら挑戦する
やるからには世界一をめざすのがHondaの文化。それがやりがいにもつながっています。
「会社は世界一を本気で取りにいくための環境を用意してくれる。しかも、自分が携わったものを世界中の選手に乗ってもらえる。だからこそ言い訳ができないプレッシャーもありますが、そういった環境で研究を続けられていることは本当にありがたいですね」
「Hondaは、福祉事業に対する本気度も高いんです。それは本田宗一郎から脈々と受け継がれてきたものです。そのため、福祉事業においてもトップマネジメントとの距離が近く、ボトムアップの提案にもしっかり耳を傾けてくれます。ある意味『町工場』のような文化があるところが好きですね」
これまで、Honda がスポンサー契約を結ぶ多くの車いす陸上選手が世界を舞台に活躍。国際大会で優勝するなど、文字通り「世界一」となる数々の結果を残してきました。
「選手から『素晴らしいレーサーをありがとう』という言葉をもらえることが嬉しいです。何より、選手が持っている実力をそのまま発揮できたことが良かったと思います」
「勝つためにはスピードを出す必要があり、それは恐怖心に打ち勝つ勇気がいることだと思うんです。私たちの技術を信じてくれて、その勇気を出し切ってもらえたことは、研究者冥利に尽きます」
そんな輝かしい実績を上げた翔を超えるモデルをどう生み出すか──それこそが、ふたりが現在向き合っている高い壁です。
「まったく新しい構造にチャレンジしているので、これまでのノウハウが通用しないのです。技術力があっても、構造そのものは何が正しいのかがわからない。暗中模索の状態です」
現行モデルがあるからこそゼロから考えることが難しいとも言える状況で、どのように思考するのか。そのヒントは「基礎に立ち返ること」だと五味は語ります。
「理論的に正しいことを一つひとつ愚直に確認していくしか成功への道はありません。パッと思いついた発想ではなく、とにかく理論という1本の筋を全部に通すことが大切です。
自分が正しいと思っていることと逆だとしても、理論的に間違っていないのであれば、その方法を試してみるのです」
そして、理論上の正しさという道筋に、池内が培ってきた漕ぎ力測定のデータを組み込むことで、新たなモデルへと進化させることをめざします。
「車いすレーサーは人の力がエンジンです。人の力でしか進みませんから、いかに全力を出してもらえるかがカギ。ベストなパフォーマンスを発揮できるためのポジションや構造を決めるために、漕ぎ力測定の役割が重要になると考えています」
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Hondaと車いす陸上の歩み
知れば知るほど終わりがない。自らの技術を証明しながら世の中に貢献していく
池内は、論文「車いす陸上競技者のための漕ぎ力計測システムの構築」で2023年度バイオメカニズム学会 論文賞を受賞。五味は2023年に大学院の後期博士課程を修了するなど、衰えることのない探究心で進化するふたり。その原動力は、どこから来るのでしょうか。
「これまで取り組んできた『人の計測』によって世の中を良くしたいという想いが一つ。もう一つは、自分の技術を証明したい、自分が関わったという痕跡を残したい。この両方が根底にあります。
車いすレーサーは事業規模としては決して大きくはないのですが、この技術が広げられそうな領域が見えています。Hondaには幅広い事業領域がありますから、一つの技術が証明されると、そこからさまざまな展開の可能性があり、終わりがありません。そうやって自分の技術を証明しながら世の中に貢献したい。それが私のモチベーションです」
「技術は終わりがないので、知れば知るほどわからないことが出てきます。そうなると探究し続けるしかありません。さらに、コンピューターが進化してきたことで、これまで解明できなかったことが解明できるかもしれない。この先、量子コンピューターが使えるようになったら爆発的に技術は進化するはずですから、興味が湧いて仕方がありません(笑)」
あふれ出す探究心と行動力で歩み続けるその先に描く夢とは──
「車いすレーサーを見て『自分も外へ出てみよう』と思える人を増やしたいですね。また、私自身も年齢を重ねていますから、高齢になっても安全に運転を続けられるための技術も生み出したい。皆が元気に社会に出ていく機会を、モビリティを通して実現していきたいと思っています」
「私の会社員人生の前半は、研究の出口がかなり遠くにある好きなことを担当させてもらいました。だから、そこで培った技術で会社にしっかり貢献したい。そのためのキーワードは『未開拓ゾーン』。今の技術の延長線上には、さまざまな未開拓ゾーンがあります。技術を進化させながら、そこにどんどん踏み込んでいきたいと思います。
車いす陸上も、科学的なトレーニングはまだ発展途上ですから、ある意味未開拓ゾーン。一つのスポーツを進化させることに関われている喜びを感じています。選手からパワーをもらいながら、スポーツとしての魅力を高めることにも貢献していきたいですね」
「不断の研究と努力を忘れないこと」。飽くなき探究心でHondaフィロソフィーを体現し続けながら、さらなる夢に向かいます。
※ 記載内容は2024年11月時点のものです
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