Hondaはこれまで、クルマの運動性能を向上させるさまざまな技術を実用化してきた。1987年にはプレリュードに世界初の舵角応動型4WS(4輪操舵システム)を設定。1996年にはやはりプレリュードにATTS(アクティブ・トルク・トランスファー・システム)を採用した。フロント左右輪の駆動力配分を行ない、曲がる力を高めるシステムである。
2000年には、車速と舵角に合わせて無段階にギアレシオを変化させるVGS(バリアブル・ギアレシオ・ステアリング)をS2000に適用。2004年には、前後輪と後輪左右の駆動力を自在にコントロールする世界初のシステム、SH-AWD(スーパー・ハンドリング・オール・ホイール・ドライブ)をレジェンドに適用した。このSH-AWDは2014年のレジェンドで、エンジンと3つのモーターによって高度なトルクベクタリングを可能にするSPORT HYBRID SH-AWDに進化している。
SPORT HYBRID SH-AWDを適用した2016年のNSXでは、モーターの駆動力で曲がるトルクベクタリングにより、従来のスーパースポーツではできなかった低中速の切れの良さと高速の優れたスタビリティを両立。驚くほどの回頭性とオン・ザ・レール感覚を提供した。
ダイナミック・パフォーマンスを向上させ、操る喜びに満ちた新たなハンドリング体験を提供するには、駆動にまつわる技術だけでは不十分で、ボディやサスペンションを鍛えてクルマの基本性能を高める必要がある。操作しやすいコックピットや視界も欠かせない。つまり『人間中心』に考える必要があり、その思いは創業者の本田宗一郎が残した次の言葉に集約されている。
「技術というものは、人間に奉仕する一つの手段でございます。その技術によって人に喜んでいただくことこそ、本当の技術でございます」
「私は研究所で何を研究しているかと言えば、技術ではなく、どういうものが人に好かれるかを研究しているのです」
Hondaは創業以来、人間中心の考え方に基づき、お客様の感性に響くクルマづくりを目指し、Hondaの四輪が商品をまたいで一貫して継承する価値創出を強化する活動を行なっている。価値創出の大きな柱のひとつが、4WSやSH-AWDなど数々の技術で進化させてきたダイナミック・パフォーマンスだ。ダイナミック・パフォーマンスは走る/曲がる/止まるだけでなく、乗り心地やNVH(騒音・振動・ハーシュネス)の各領域に分類することできる。
Hondaが掲げるダイナミック・パフォーマンスのコンセプトは「自由な移動の喜び」であり、英語で表記すれば「Enjoy the Drive」になる。「Driving」ではなく「Drive」としたのは、ドライバーが安心して信頼できるクルマであれば、同乗者も安心できるとの考えからだ。Driveは運転者だけを指すのではなく、同乗者も含んでいる。お客様を自由な移動の喜びに誘うコンセプトは、決してドライバー目線ではないということだ。
Hondaのダイナミック・パフォーマンスの考え方は、開発する技術者たちの間で暗黙知として存在していた。機種ごとのコンセプトを大事にし、そのとき最高の技術を投入してクルマを作り上げると、結果としてHonda独自の味になり、それがお客様に伝わり、広く浸透していくと信じていた。作り手についても同じで、マニュアルが存在するわけではなく、一子相伝のような形でそのときの技術者から次の技術者へと、開発する姿勢を通じて伝わっていった。
2015年頃から、感性値や情緒的な価値を尺度に取り組んでいたダイナミック・パフォーマンス領域の暗黙知を形式知にする取り組みを始めた。代々受け継がれてきたコンセプトを集約したワードがEnjoy the Driveであり、Enjoy the Driveが意味するところを性能ポリシーに置き換え、ドライバーが「意のまま」と感じられるようなハンドリングを意味する「オン・ザ・レール感覚」と定めた。
思いどおりにクルマを動かせるから楽しいし、ストレスがなく楽だから、満足感が高まる。移動することをお客様に躊躇させず、乗れば乗るほど、また使いたくなるし、乗りたくなる。そして、軽やかにすっきりした気持ちになれるし、心地いいと感じる。それが、Hondaの考えるダイナミック・パフォーマンスの本質だ。
そのダイナミック・パフォーマンスの本質を走る/曲がる/止まる/NVHの領域に分解し、それぞれのコンセプトを次のように定めた。
走る
軽快感のある加速とサウンド ──レスポンスと伸び──
曲がる
一体感のあるハンドリング ──レスポンスとリニアリティ──
止まる
コントロールしやすいブレーキ ──効きとリニアリティ──
NVH
オン・ザ・レール感覚が際立つ ──クリアでスムース──
要約すれば、お客様からの信頼を得るための安全を担保したうえで、走る/曲がる/止まる の基本性能を高め、受け身となるNVHの性能をすっきりさせ、止まるコントロール性、曲がる一体感の高いハンドリング、走る軽快感のある加速とサウンド。これらをお客様が移動する際にハーモナイズされた操作感覚として提供し、同時にクルマの動きを質の高いフィードバックとして提供することで、ドライバーが「意のまま」と感じられるようなクルマづくりを実現するということだ。
このコンセプトをまとめるにあたっては、暗黙知として受け継がれていた伝承をホワイトボードに書き出し、あるいは付箋に記して貼り、原始的な方法で言語化していった。物理値で示そうともした。それでも、「意のまま」の本質を伝えるのは難しく、シンボルとなる開発車両「Dynamic Studyモデル」を製作。評価部門に限定せず、エンジン、トランスミッション、サスペンション、ブレーキなど、およそダイナミック・パフォーマンスに影響する部門を横断的につないで感覚を共有した。
各部門に「意のまま」の本質が浸透していくと、そのコンセプトを実現するためにハードウェアはどうあるべきか、ブレイクダウンして考えるようになった。走る/曲がる/止まる/NVHの各領域に分解して理解を深めたように、各部門が「どうあるべきか」を定める分解作業が行なわれた。
物理値だけではなく、感覚で「意のまま」の本質を伝えるDynamic Studyモデルは、次のような考え方が反映されていた。例えば、手で感じる5kgと足で感じる5kgは同じ5kgの荷重でも感じ方が異なる。物理値だけが重要なのではなく、人間の感覚としてクルマが動いてくれる操作感が統一されていることが重要で、そのことをDynamic Studyモデルは伝えていた。
また、クルマの動きはアクセルペダルとブレーキ、ステアリングのコンビネーションで作っているので、それらの動きのつながりが良いこと。さらに、クルマの状態を感じられるフィードバックがあること。そして、クルマがスッと動く軽快感を備えていること。これらを1台のクルマで表現。ダイナミック・パフォーマンスに影響を与える部門の技術者が実際に体で感じることで、ドライバーが「意のまま」と感じられるようなクルマづくりの本質を体得していった。
Hondaが理想とするダイナミック・パフォーマンスを明確化し、開発に携わる技術者が共有することで、例えば、パワートレーンの開発部門は狙いどおりに「曲がる」領域をより深く理解するようになった。駆動力の出し方いかんで旋回中の挙動が安定しなくなる。ステアリング操作はコーナー内側を向かせるためのきっかけで、あとは安心してアクセルペダルを踏ませることが気持ちいいドライブにつながる。手(ステアリング操作)で向きを変えるのではなく、足(アクセルペダル操作)でコントロールすることが気持ち良さにつながる──。
ボディは外乱を受け止め、力の流れを確実に伝える剛性を確保することが重要。サスペンションは人の身体や視点をブレさせず、荒れた路面でも路面に追従し、荷重移動をスムースに行なうのが理想。操舵系はこぶし1個の操作で応答良く反応し、インフォメーションを確実に伝えること。アクセルペダルは操作に応答良く反応し、インフォメーションの高い加減速フィールを実現することが重要だ。
ドライバーが「意のまま」と感じられるようなクルマづくりは同時に、信頼に裏づけられていなければならない。不安定要素を楽しむドライブもあるが、それは限られたシーンで体験できるものであり、乗り手を選ぶ。クルマに対する信頼があるからアクセルペダルを踏んでいくことができるし、安心して走らせることができる。
「自由な移動の喜び」には3つの思いが込められている。1つめは、スニーカーを履いて気軽に出かけるような感覚で移動できること。2つめは、リラックスしている状態で楽に移動ができること。3つめは、時が経つのを忘れてしまうかのように楽しく移動ができることである。誰でも肩肘張らずに運転を楽しめるのが、Hondaが作るクルマだという考えだ。それに、姿勢コントロールがしやすいクルマであれば、助手席や後席の乗員にとっても楽しいドライブになり、クルマに乗る人すべてを幸せにできる。
気軽に扱えるのがHondaのクルマの良さ。安全性能の強化などによって物理的には重くなっていく傾向を避けることはできないが、スッと動く軽快感を味わえるのもまた、Hondaのクルマの良さである。これまでHondaが投入してきたダイナミック・パフォーマンスに影響するすべての技術は、「Enjoy the Drive」を実現するためのものである。
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