Honda Super Handlingへの挑戦 第3回

2023.11.27

VGS(車速応動可変ギアレシオステアリング)の
テクノロジー 2000年

Hondaは世界初のステアリング機構であるVGS(Variable Gear-ratio Steering:車速応動可変ギアレシオステアリング)を開発し、2000年7月14日に発売したS2000 type Vに搭載した。FRリアルオープンスポーツカーのS2000は1999年4月15日に発売しており、機種追加した格好である。

S2000 type VS2000 type V

VGSは車速と舵角に応じてステアリングギアレシオを可変制御するシステムだ。これにより、低速走行時はステアリングを切る量が少なくて済み、ワインディングロードではレスポンス良くクルマの向きが変わる。また、低速で行う車庫入れなどでは操舵角量が減少するため、従来システムと比べて取り回し性が向上する。一方、微小舵角となる高速走行時は従来のステアリングギアレシオと同等のため、高速道路でのレーンチェンジや旋回時は安定した操作が可能である。

VGSの効果

ラック&ピニオン式を例にとると、従来のステアリング装置のギアレシオはピニオンギアとラックギアの歯数の比で決まっており、車速によらずおおむね一定である。そのため、高速走行時に最適なステアリングギア比に設定すると、車庫入れ時などでは必要な操舵角が大きくなり、ドライバーの操作負担が大きくなってしまう。逆に、ステアリングギアレシオを低速時に最適化すると、高速走行時に車両のヨーレートゲインが高くなり(わずかな操舵角で過敏に反応してしまう)、正確に運転するのが難しくなる。

固定ギアレシオのステアリング装置の場合、操舵角入力(ステアリングの切り込み量)が同じでも、車両のヨーレートゲインは車速や横加速度の大きさによって変化する。車速が低いときはヨーレートゲインが低く、車速の上昇につれて大きくなるなど、車速や横加速度の大きさによって変化する。その傾向は、駆動方式やサスペンション特性によって異なるため、車両ごとにドライバー自身が学習し補正する必要がある。

低速であっても高速であっても、操舵角入力に対する車両のヨーレートが変化しないよう、車速の増大に応じてステアリングギアレシオを大きく(スローに)していき、かつ、操舵角の増大に応じてギアレシオを小さく(クイックに)していけば、運転のしやすさが向上するのではないか。この仮説がVGS実用化の出発点である。

実車両での検証でドライバーの注視点解析を行ったところ、「ドライバーは曲線路に進入する際、平均で約1.2秒先を注視し、しかもこの予見時間は車速によらない」という結果を得た。この結果から導き出されるのは、ドライバーは1.2秒後のあるべき自車位置に到達するための走行経路を脳裏に描き、車速や横加速度などによって変化する車両のヨーレートゲインを経験則に基づいて補正しつつ操舵角を入力しているということだ。

操舵角の入力に対する車両のヨーレートが変化しないようにすれば、自車の運転を通じて体得したヨーレートゲインに基づいて操舵力の入力を補正する必要はなくなり、運転の負担は軽くなると考えた。このような観点から理想的なステアリングギアレシオを求めてみると、車速と操舵角に応じて変化するギアレシオ特性を選定する必要があることがわかった。最終的に選定したのは、車速の増大に応じてギアレシオを大きくしていく(スローにしていく)基本特性に、操舵角の増大に応じてギアレシオを小さくしていく(クイックにしていく)補正をかけた特性だ。

20km/h、80km/h、120km/hの3種類の車速でレーンチェンジのシミュレーションを行ってみると、低速では固定ギアレシオよりも可変ギアレシオのほうがオーバーシュート量は減少し、高速では発散せず安定して走れることが確認できた。また、滑りやすい路面でスピンモードに入ってから操舵を開始するまでの反応をシミュレーションしてみると、可変ギアレシオの場合は固定ギアレシオと同じ反応時間で大きな操舵角入力が可能なため、修正のしやすさにつながっていることが確認できた。

低速時はステアリングギアレシオを大きくし、高速時はギアレシオを小さくする。さらに、大舵角時はギアレシオを大きくする補正をかける。この特性を実現するのがVGSだ。ラック&ピニオン式ステアリング装置のピニオンギア上部にギアレシオ可変機構を一体化した構造で、電動パワーアシストユニットはラック部に搭載されている。

可変機構透視図

作動原理概念図

ギアレシオはステアリングホイールの入力軸とピニオンギヤの回転軸のオフセット量を変えることで変化させる。ギアレシオ可変機構に組み込まれたDCモーターがウォームギアを回転させると、ステアリングホイールの入力軸とピニオンギヤ回転軸とのオフセット量が変化する。オフセット量を小さくすると(軸間最小1.25mm)入力軸の伝達比が高くなり、ステアリング操作に対してピニオンが大きく動き、ラックストロークも大きくなる(クイックになる)。逆に、オフセット量を大きくすると(軸間最大5.0mm)入力軸の伝達比は低くなってピニオンギアの動きも小さくなり、ラックストロークは小さくなる(スローになる)。

VGSを試作して実車による100km/hでのダブルレーンチェンジテストを実施したところ、VGS搭載車は固定ギアレシオの車両に対し、修正操舵量が少なくて済むことが確認できた。また、駐車コースでは、必要な操舵量が半分以下になることが確認できた。滑りやすい路面で不意にスピンモードに陥ったときは、収れんまでに要する時間とそのときの最大操舵速度および操舵角から、挙動の乱れに対して回復する能力が高いことがうかがえた。

VGSは低速ではステアリングゲインが高くなる。従来のステアリングシステムに習熟したドライバーが初めて、低速時にヨーレートゲインの高いVGSを運転しても、ヨーレートゲインの位相遅れを小さく設定すれば、最初から適応できることがわかった。

こうした綿密な研究とテスト結果から、車速と操舵角に応じて変化するギアレシオ特性をステアリングシステムに持たせると、運転のしやすさを飛躍的に向上させる確認がとれ、S2000への適用につながったのである。

この記事は面白かったですか?

  • そう思う
  • どちらともいえない
  • そう思わない


テクノロジー連載VGS(車速応動可変ギアレシオステアリング)のテクノロジー 2000年