Innovation 2023/08/03
空飛ぶクルマをつくる!Honda eVTOL用パワーユニット開発に挑戦する技術者一人ひとりの想い
滑走路を必要とせず垂直に離着陸できるeVTOL(イーブイトール)が、公共交通や物流の新たな担い手として注目を集めるなか、Hondaでも独自開発を進めています。本田技術研究所先進パワーユニット・エネルギー研究所では、Hodna eVTOL用のパワーユニットの開発を担っています。キャリア採用入社者やHondaJetに搭載されているエンジンの開発技術者、F1パワーユニット開発技術者など、さまざまな経験を活かしながら新技術にチャレンジするプロジェクトメンバーに、仕事のやりがいや夢を聞きました。
石井 卓也Takuya Ishii
本田技術研究所 先進パワーユニット・エネルギー研究所 GT*開発室 第1BL
大学の機械・航空工学科を卒業し、新卒でHondaへ入社。ターボファンエンジンの開発に従事したのち、現在のHonda eVTOLのパワーユニット開発を兼務。安全性や信頼性の評価を担当。
中野 津Minato Nakano
本田技術研究所 先進パワーユニット・エネルギー研究所 GT開発室 第1BL
大学で物理工学を学んだ後、大学院の機械系専攻へ。国内航空宇宙メーカーで、ロケットの機体システムの開発に携わったのち、2019年にHondaへ転職。Honda eVTOLの推進システムの開発に関わる。
山内 理沙Risa Yamauchi
本田技術研究所 先進パワーユニット・エネルギー研究所 PUシステム開発室 第2BL
大学で機械工学科を卒業後、大学院へ進学。卒業後、憧れだったF1に携わるためHondaへ入社。モータースポーツ用エンジンの開発に従事したのち、現在の所属に。Honda eVTOLの推進システムおよび発電機システムの開発を担当。
小林 龍三郎Ryuzaburo Kobayashi
本田技術研究所 先進パワーユニット・エネルギー研究所 PUシステム開発室 第2BL
大学で航空宇宙工学科を卒業後、トランスミッションメーカーでギアボックス(変速装置)の開発を担当。2022年にHondaへ入社し、Honda eVTOLのプロペラ駆動システムにおいてコンポーネント設計に携わっている。
*Gas Turbine(ガスタービン)の略。圧縮機で圧縮した空気を燃料と混合させて燃焼し、発生した高温高圧のガスでタービン翼を回転させて動力を得る熱機関
航空産業に示された新たなフロンティア。続々と集まる技術者たち
近年、先進各国で注目を集めるeVTOLとは、滑走路を必要とせず垂直に離着陸できる航空機のことです。電動化によって部品点数を少なくし機体価格や運航費を下げ、自立制御技術によって簡単に操作できるようにすることで、たとえば東京のような都心でもクルマのように気軽に利用できる乗り物になると期待されています。
「HondaJet(ホンダジェット)」および「HF120ターボファンエンジン」で航空産業に進出したHondaは、2019年ごろからeVTOLの開発を本格化させ、21年9月には「Honda eVTOL」という名称とともに開発計画を公にしました。エンジンも機体もすべてが独自開発です。
「歴史を振り返ると、日本の航空産業は世界に比べてそれほど大きな規模ではありません。私が働いてきた航空宇宙の領域だって非常に狭き門なのです。それでも航空機の開発に携わりたいという夢を持つ学生は多い。そんな日本の若者たちのために航空産業の間口を広げたいという想いも、HondaでeVTOLの開発に挑戦したいと思ったひとつの理由なんです」
入社理由をこのように振り返る中野は、前職でロケットの機体システムの設計に携わっていました。先進パワーユニット・エネルギー研究所では、Honda eVTOLの推進システムの開発に概念設計から取り組んでいます。
中野と同じように、eVTOLのパワーユニット開発に携わるために外部から参画するメンバーは少なくありません。モーターとプロペラを連動させるギアボックスなどのコンポーネント開発に携わる小林もそのひとりです。
「自動車向けトランスミッションメーカーでギアボックス(変速装置)の開発をしていました。自動車の電動化が急激に進み、自動車の商品価値が乗り物というよりは生活空間としての利便性を求められるなかで、自分が培ってきた技術の生かしどころに悩んでいた際、HondaがeVTOLに挑戦するという話を聞いたんです。
もともと人がワクワクするモノの開発に携わりたいと思っていたなかで、空飛ぶクルマは『これだ』と思わせてくれる目標でした。『eVTOLができないのだったら、Hondaには入らない』ぐらいの姿勢で面接を受けましたね(笑)」
もちろん先進パワーユニット・エネルギー研究所には、Honda生え抜きの技術者もいます。電動モーターだけでなくガスタービンエンジンを組み合わせたハイブリッド型の開発をめざすなか、エンジン開発で培われた経験は貴重です。
「もともとF1が好きで、Hondaには新卒で入社しました。入社後は念願叶って、F1エンジンの開発に携わり、年間チャンピオンの獲得という目標に向かって技術課題と向き合ってきました。eVTOLのパワーユニット開発においては、中野さんと同じく推進システムの開発に携わっていますが、最も効率の良いエネルギーバランス設計をするという根本的な考え方はF1エンジン開発と同じです。」
また、なかにはHondaJetに搭載されているエンジンの開発に携わってきた熟練の技術者もいます。
「2007年からHondaJetのエンジン開発に携わってきました。eVTOLのパワーユニット開発も兼務していて、パワーユニットの安全性や信頼性の評価を担当しています。エンジンが壊れる確率を最小化し、万が一壊れた場合でも、安全性に影響しないようにすることが主なミッションです」
“スタンダード”がないからこそのやりがい
社内外のスペシャリストを集めたHonda eVTOLのパワーユニット開発チームは複数のチームで開発を進めていますが、これまで一般に運航していない航空機の開発であるため、すべてがゼロからイチを生み出す挑戦です。
「Hondaでは、世界で初めて航空機にハイブリッドシステムを導入しようとしているんです。普通だったら、現状の法規に合わせて設計するものですが、まったく新しいものとなるとそういうわけにもいきません。今までの常識が通用しないというところに難しさとおもしろさがありますね」
特に法規に関しては、世界基準でのルールづくりにも関わっています。
「会社としてアメリカのFAA*という評価機関とやりとりをしています。航空機の法規はやはりアメリカとヨーロッパが厳しいので、その市場で認可されるように、開発段階からHondaの設計理念をしっかりと伝えていき、一緒にeVTOLの評価基準・法規をつくっていく必要があるんです。実際に、FAAの代理人の方と議論することで、安全性基準をクリアしながら部品点数を大幅に削減して機体の重量削減につなげることができた事例もあります」
*アメリカ連邦航空局。民間航空機の運航、管制、安全管理などを統轄する(Federal Aviation Administrationの略)
推進システムの設計に携わる中野も、“スタンダード”がないからこそやりがいがあると語ります。
「われわれがやっていることが、未来のスタンダードになるかもしれないんです。やりがいも感じますし、責任も感じます。ちょうどいま機体の設計とパワーユニットの設計のすり合わせを行っているのですが、機体側の要望に合わせるだけでなく、われわれとしてもパワーユニットの設計にポリシーを持って、安全性や機体性能を維持するための提案をしていかなくてはなりません」
「システム設計となると、本当にいろいろな領域と関わりがあります。視野を広く持ち、それぞれのバランスをとっていくことは難しくもあり、おもしろみを感じる部分ですね。まだ世にないものをつくっているからこそ、手ざわり感のあるやりがいを感じにくいときもありますが、実現できてはじめて感じられるものがあると信じ、いまは一歩一歩前進しているところです」
「私も皆さんと同じで、手探り状態だからこその魅力を日々感じていますね。プロペラの試験を行うにしても、試験設備をつくるところからはじめなくてはなりません。歴史のあるHondaにおいて、誰もつくったことのない設備を立ち上げたときは非常に達成感がありましたね」
技術者の挑戦を支えるHondaの文化
技術者として新たなスタンダードをつくるという挑戦に対し、大きなやりがいを見出し、それぞれの専門性を発揮するメンバーたち。しかし、そのモチベーションを支えているのは、未来にある目標だけではありません。
「Hondaの良いところは、技術を『正義』とする文化だと感じています。会話の軸が技術なんです。原理、原則に則って説明をした場合は、どんな立場でも、若い人の意見であっても尊重される。偏見や社内政治もなく、技術を共通言語にしてコミュニケーションできる点が、技術者としての働きやすさを支えてくれていると思いますね」
「そもそもの企業文化として夢を大事にする企業なんです。eVTOLという試みにも夢があります。絶対的な安全性を示すことができれば、東京の都心上空をHonda eVTOLが当たり前に飛ぶ時代がやってくる。一気に世界が変わることでしょう。そうした夢を共有しているからこそ、ベクトルを合わせて、本質的な議論をしようとするのではないでしょうか」
「日々業務をしていくなかで、Hondaはさまざまな考えを持つメンバーが集い、一人ひとりが個性的だと感じます。われわれメンバーの経験や経歴もさまざまです。それでも一致団結して取り組むことができるのは、向かう先がどこなのかという『夢』でベクトルを合わせているからなんでしょう」
空飛ぶクルマの実現に重ねるそれぞれの想い
4人のメンバーはこれからどんな経験を積んでいきたいと考えているのでしょうか。
「ひとりでできる仕事には限界があるし、得られる知識にも限りがあります。チームで取り組むからこそ得られるものがあるんです。だからこそ、自分がやりたいことに関して、チームメンバーに理解してもらい、協力してもらえるよう働きかけることを大切にしてきました。
Hondaでも同様に、私がどんなことをやりたいのか、しっかりと周囲に伝えながら、自らのキャリアをデザインしていきたいですね。もちろん、Honda eVTOLを空に飛ばすというチームの夢も心から実現を願うところです。いつか自分の娘を乗せて、『これはパパたちが作ったんだ』と自慢できたらいいなと思います」
「働くうえで自分が楽しめることをまず大事にしています。それと同時に、社会に役立っているという実感も欲しい。今私たちがやろうとしているのは、世界初のものをつくろうという試みですが、それが本当に人の役に立つものでなければ意味がありません。eVTOLのパワーユニット開発を通じて、自分の働きがいと社会貢献性のある開発を結びつけるような経験をし、技術者としての自信に変えていきたいですね」
「『自分でやったことしかできるようにならないし、分かるようにはならない』と前職の上司から教わりました。いまHonda eVTOLのパワーユニット開発に携わっていて、その言葉をよく思い出します。
さまざまな技術が関係し合うため、自分の持っている特定領域の知識だけでは仕事がなかなかうまくいかないと感じるときもあるんです。せっかく多くの技術者が集まっている環境なので、自ら歩み寄って知見を共有してもらい、知識の幅を広げることが目下の目標ですね」
「Honda eVTOLを普及させることで、空に自由にアクセスできるような時代にしたいというのが大きな夢です。そのためには、教科書に載っているようなことをやるのではなく、自分の確固たる物差しを持って、性能を評価していかなければならないと思っています。
失敗を恐れずにどんどんと新しいことをしていきたい。その先に、名機『スーパーカブ』のように、頑丈で長持ちする、誰もが信頼してくれるようなHonda eVTOLを世の中に送り出したいですね。スーパーカブに触発されてHondaに入った私のように、僕らがつくるパワーユニットを搭載したHonda eVTOLが新しい技術者の夢につながってくという期待を抱いています」
キャリアのため、家族のため、社会、そして未来のために。Honda eVTOLには、技術者一人ひとりの想いが託されています。
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