Africa Twin Stories
パリ-ダカールラリー3連覇の
ワークスマシンをベースにした
本格的なアドベンチャーモデル

日本販売モデル

欧州販売モデル
日本販売モデルには無いヘッドライトガードや、オフロード用タイヤを採用
ロングセラーブランドとなったアフリカツインの原点はパリ-ダカールラリーにあります。
パリ-ダカールラリーは、パリからアフリカのセネガル・ダカールまで、総走行距離1万キロ以上を走破する壮大なスケールのアドベンチャーラリーです。1979年に第1回大会が開催されました。
Hondaが二輪クラスで初優勝を飾ったのは1982年、フランスホンダチームのシリル・ヌブー(Cyril Neveu)選手によるもので、マシンは本田技術研究所とRSC(レーシングサービスセンター)が手がけた「XR500R改」でした。

1982年 パリ-ダカールラリー優勝 XR500R改 空冷・4ストローク・単気筒500cc
その後、ラリー出場マシンの高性能化が進んだことにより、さらに高い次元で操縦安定性と耐久性に優れた専用マシンを開発する必要性に迫られました。
HRC(ホンダレーシングコーポレーション)はワークスマシンNXR750を開発しレースに投入します。水冷・4ストローク・OHC・V型2気筒エンジンを搭載し、オフロードマシンとしては特異なカウリングを装備していました。
このマシンはデビュー戦となる1986年に優勝すると、なんと1988年まで3連覇を達成。オフロード車の王者となったそのワークスマシンのノウハウを反映して、本格的な市販車のアドベンチャーモデルとして開発されたのがアフリカツインです。
アフリカツインのアイデンティティであるビッグタンクは24リットル容量で、長距離を無給油で走行が可能。ほかにも走行風からライダーの疲労を軽減するカウリングなど、ワークスマシンのスタイリングや装備を踏襲した姿は、欧州を中心としたオフロードファンに人気を博しました。
この市販車であるアフリカツインも数々のフィールドで活躍しています。発売翌年である1989年には、パリ-ダカールラリーの市販車無改造クラスのマラソンクラスにて、1位と2位の栄冠に輝きました。これは同年、フランスホンダが一般ライダーを公募しアフリカツインでダカールまで走破するオブジェ・ダカールという企画でした。選抜された50名のライダーが、フランスホンダのサポートを受けて、過酷なパリ-ダカールラリーに挑みなんと18名が完走しました。
こうして、アフリカツインのラリーマシンとしての高いポテンシャルが実証されました。