Part 2 <前編> グランドツアラーコンセプトが創り上げたゴールドウイング独自の世界。

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アメリカのユーザーに響く、「6」というマジックナンバー

つじ:山中さんがGL1500の開発を任された時の心境を教えてください。それまではゴールドウイングには直接関わってなかったのですよね。

山中:そうですねぇ……。私はRCBという耐久レーサーを開発した後、直4エンジンのCBシリーズ、まずシリンダーヘッドの構造をDOHCにしたCB750FとCB900Fですね、それから今でも伝説的な存在として語り継がれているCB1100Rを手がけました。その後はV型4気筒エンジンのスポーツ車シリーズの立ち上げ。そうした経緯がありまして、バイクというものは機能をできるだけコンパクトに集約して軽く作り、価格も手ごろにと。そういう設計をしなければという感覚が染みついていました。

山中:そんな経緯の中で、他のチームがやっていたゴールドウイングの設計図を見た時には、これは私が目指してきた設計手法とは違う手法で設計されて、こういうのは私には無理かな、と思っていたのが正直なところですね。

山中:それでGL1500開発の責任者を命じられた時、最初はお断りしたんですね。私は適任じゃないと。ツアラーとなると、私が従来やってきたバイク作りとは違う領域ではないかというのもあったんですけど……。それに過去のゴールドウイングの経緯を振り返れば、こうした特別なツアラーは、やっぱりユーザーの声を長い期間にわたって聞き取って、それを製品に生かす。その積み重ね、蓄積が開発者の内側に必要ではないかと。ユーザーとメーカー両方で育て上げてく必要があると思いましたから。

つじ:それまでの、ゴールドウイングの開発の経緯はわかっておられたのですね?

山中:はい。根布さんの場合、以前からたびたびアメリカに行かれたり、経験や積み重ねを多く持ってらっしゃるからできたんであって、私が途中で入っても、そうそう簡単にコトは進まない。だから、できませんって言った。ほかの人にしてくださいってお断りしたんですが……。

山中:最終的にはゴールドウイングの開発を引き受けることになりました。やるとなったら、従来のゴールドウイングを超えた新次元のゴールドウイングを作ろうと決めたんですよ。それこそヤマナカ流のゴールドウイングを作ろうってその時、決めたんですね。1500ccの6気筒っていうのは最初から分かっていて……。

つじ:その時点では6気筒って、もう決まっていたんですか?

山中:GL1500を出す2年くらい前に、日本の各社がGL1200より大きい排気量のモデルを次々に出してきたんですよ。ライバルを超えるには1500ccが必要。そしてアメリカの駐在員たちが言うには、とにかくまわりのアメリカ人は6っていう数字について、マジックナンバーって意識があると。6=シックスがあればライバル他社を凌駕できるって言うんです。ならば、まさにアメリカ人が好きな数字を盛り込んだ『フラットシックス』(水平対向6気筒)でいこうっていう話になった。技術的には始めから数多くの難問が予測されたのですが、アメリカで多くの人々がいいイメージで受け入れてくださるなら6気筒にしよう、と上層部の役員も決断したわけです。

つじ:若い皆さんはフラットシックスってどう思いますか?

黒須:バイクでは今までにないエンジン形式なのかなって。私が初めてゴールドウイングに出会ったときの衝撃。パーキングにすっごく大きなバイクが停めてあるので、興味を引かれて見に行ったら、横にエンジンが突き出していて、これは何だろうって。強烈なインパクトがあったのを覚えています。

山中:インパクトって、それは4気筒のモデルだね?

黒須:はい、4気筒のほうだったと思います。

山中:GL1500はあまりエンジンを表に出さないようなデザイン処理をしていましたからね。

黒須:でもそのあと、私がHondaに入ってからですけど、1800になったゴールドウイングを間近で眺めると、ほとんどがカウルに包まれていて、それでもエンジンの存在感がシッカリある。あの初めてゴールドウイングを見たときの興奮がよみがえりました。

つじ:井上さんはどうですか?

井上:完全にアメリカがメイン市場のバイクなんで、やっぱり現地の方々の価値観にフィットさせたんだなと、率直に思うんですよ。サイズも排気量も大きくて水平対向6気筒。オーナーの方々に喜びを感じてもらえるのかなって。アメリカ人は、クルマでも大きくて押し出しの強いもの、分かりやすい美しさを好みますよね。ヨーロッパなどとは嗜好が異なる。そのあたりを1980年代の半ばにうまく捉えて、結論が導き出されたのかなと想像していました。

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GL1500

アメリカの大地が求める 水平対向6気筒エンジンとは?

つじ:6気筒となると、量産性への配慮も含めて開発は難しかったんですか?

山中:そうですね、完成車としてまとめるのは難しかった。まず人の座る位置がかなり後ろになってしまうんですね。左右の足もとに、水平に3気筒ずつあるんですから。若い皆さんは開発現場ですでに、いろんなバイクで経験してるから分かると思うんですけど、乗り手が前輪に近いほどバイクの基本性能を確保しやすいんです。

山中:操作性だけではない。操縦安定性を高めるとか、ハンドリング性能を向上させるとか、フレーム剛性を確保するとか、そういうバイク作りの基本的な各要素でも、ライダーを後方に座らせると難しくなる。それから私がやった最初の6気筒モデルは吸気系にキャブレターを使ったんですけど、6キャブとなると、きちっと同調を取るなどメンテナンスも大変になるんですね。

山田:結局は2バレルのキャブレターで3気筒ずつになったわけですね?

山中:そう。最初は6キャブの構想もあったんですけど、ライポジやら機械的な構成スペースなど商品コンセプトから導き出された結果、というところです。

古川:とはいえ、6気筒となれば非常にスムーズになりますよね?

山中:それはスムーズです。しかもスロットルレスポンスがいい。それは工学的な理屈として最初から分かっていたんです。だから私がGL1500を開発するのにあたって「スムーズな発進加速を持つ新時代のツーリングスポーツ」ってコンセプトを掲げたんですよ。アメリカサイドにも、こういう方向性でいいですねと、すり合わせを何回もやった。それに基づいて具体的なモデルを試作し、テストを繰り返した上で総合的に判断する。

山田:そのテストはベンチ台上で?

山中:いやいや、ちゃんと走ってますよ。さらに、テストライダーもこちらの研究所のエキスパートだけではなく、アメリカでテストをやっている駐在員を呼んだり、さらには現地人のライダーにも来てもらって栃木のテストコースなどで実走行を重ねました。

古川:結果的には、国内での開発はまず順調だったと言えますか?

山中:いやいや、そうは言えないですよ。たとえば中速域のトルクが細い、もっとトルクをアップしたいという話がたびたび出ましたね。そうした要求に合わせて、アレンジを重ねていきました。そうこうして、これならいいんじゃないかってレベルまで持っていった。次には現地の環境で確認しましょう、となる。いわゆる現地テストですね。正式には現地適合性確認テストっていうんですけど、そこに試作車を持って行ったら国内で担当していたテストメンバー以外のアメリカ人のライダーも何人か加わるわけですよ。

つじ:話がツーカーになってない人たちが加わる(笑)

山中:そうそう。それでその人たちが乗ると、皆が同じことを言う。「これはツーリングバイクではないね」と。スロットルレスポンスが俊敏すぎる、スポーツバイクのようだ、と言われたんです。日本に来てテストしてたアメリカ人は「これでいい」としていたのに……。でもそんな言い訳はできない。現地での声は絶対ですからね(笑)

服部:単純にピックアップが良すぎるとか、回転上昇が速すぎるということなんですか? それとももうちょっと違うフィーリングを表現しようとしてたんですかね?

山中:表現的なところでは、登り坂でもギアチェンジなんかしなくたって、ぐいぐい登っていくようなフィーリングが欲しいと言ってましたね。底力感とでもいうのかな。

つじ:そんな場面でギアをシフトダウンしたり、スロットルをグイッとひねれば済むじゃないか、ではダメなんだ?

山中:そうそう、余裕感タップリで、ぐいぐい走っていくようなフィーリングが欲しいと。

古川:以前にどこかで読んだんですけど、最初の現地テストを終えてから、エンジンのボア・ストローク比をロングストローク化する大幅なモディファイも実行したんですって?

山中:それも含めていろいろやりましたね。

古川:ロングストロークにすると、エンジンの基本設計から車体構成まですべて変わっちゃうのではないですか?

山中:いえいえ。この段階でそんなことはしません。大変なことになりますから。許される条件の中で、できるだけのことを徹底的にやる。細かい工夫と努力の積み重ねっていうことですよ。

服部:量産直前にそういう現地の注文が出ると、もう事件ですね。

井上:新型機種の開発過程では、何かしらの事件は起きたりします。こないだやった機種でも金型をひとつ作り直さなければならなくなって……。

つじ:事件は起こるもの、ですか。吸気系にもかなり手を加えた、と聞いていますが?

山中:そうですね、キャブレターというよりマニホールドを長くするとかね。その時点では、まだ金型の手配をしていなかった。金型製作の手配前に現地テストでの指摘が出たので、設計変更ができた。

山田:小径化ですか?

山中:いや長さですね。吸気マニホールドを長くして、トルク変動を穏やかにしたんですね。そうしてピックアップの鋭さ感を抑えたのです。

山田:それに、吸気慣性の効果が低中速域でもっと効くようになり、そこでのトルクも増えたということですか。

山中:それと、GL1500はオートクルーズ機構の装備を前提として開発していたんですが、日本国内には長く続く登り坂などがなくて、セッティングが結果的に十分ではなかった。二人乗りで荷物をフル積載にして、さらにトレーラーまで引っ張るという、かなり過酷な状態のテストもしていましたが、現地では坂道をうまく登れないときがあったんです。

つじ:アメリカは、平らに整地しないでアスファルトをひきますものね。直線路でもアップダウンの連続。乗り手は景色と風を感じながらゆったりと走りたいのに速度変化が出て「何だこれ?」となったわけですか?

山中:そうそう。そんなところまで改善の要望が出ましたね。

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