Part 1 <前編> グランドツアラーというコンセプトを完成させるまでの道のり。

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パッセンジャーシートは最重要項目 それは家族のありかただった

根布:GL1200を作るときベースになるのはGL1100ですが、後付けでやってたカウリングやサイドケース等は違うと感じていました。本当のツアラーにしたかったというか、やはり最初からフルカウルやサイドケース、トップケースなど、外装もすべて込みの内容とデザインで作っていきたいと。

つじ:エンジンは基本的に継承しつつ、さっきおっしゃられたよりトルクフルに、回転を上げずに走れる余裕感と静かさから1200ccに。でも、シャーシは全く別物になったんですか?

根布:当然アライメントも変わりますしね。ゼロからです。

黒須:ここまでのカウルになると他社を参考にしてとかじゃないですね、もう。

根布:まったくのオリジナルです。この1200になる時点では1100の経験もあるんで、後ろに乗る奥さんの快適性をいかに大事にしなきゃいけないかがわかって、パッセンジャーの快適性、居住性、後方に乗せてもらってる立場でいかに楽しく過ごせるか、そのためにどうしたらいいかって装備を考えました。

つじ:黒須さん、なんで奥さんを大事にするか、わかりますか?

黒須:どうなんでしょう?

服部:普段の生活を上手くすごせるように。自分が好きなことができるようにっていうのは、そのためには奥さんのご機嫌とか……財布も握ってるからかな(笑)

つじ:そもそもゴールドウイングを買っていただけないですよね。

根布:奥さんが財布を握っているから、というのも事実。それとアメリカの夫婦のあり方っていうのは日本とはちょっと違うところがあって、やはり基本的に結婚して、所帯もったら一生を夫婦で楽しむ。どんなときでも家庭を大事に考える。仕事は仕事でやるんだけど、仕事を離れたらとにかく家庭が大事。で、そのためには奥さんと旦那さんがいつどんなときでも一緒に楽しく過ごせるかが大切なんですね。

根布:バイクを買うにしても二人で乗って、二人で楽しく快適にって考えると、奥さんが満足できれば購入の後押しをしてくれる。二人が納得して満足するものを買う。そういう世界ね。それをGL1100やってる中で知って、やっぱり後席をとにかくよくしてあげなきゃいけない。そこを中心にいろんなものごとを考えるようになりました。

黒須:旦那さんがハンドルを握って、その後ろで同じ風を受けながら同じ目線で景色を楽しんでっていう世界、やっぱり四輪とは違いますね。箱の中での同乗とは別世界。なんて言えばいいのかなぁ……奥さんは運転してないんだけど一緒に走らせてるというか……。一体感を楽しめるっていうのがあるかなと。

根布:最初のころはやっぱりそういう意識が少なかったのね。その辺がわかるようになってきてから、後席のためにアームレストつけたりバックレストを高くしたり、それこそ後ろで居眠りしそうになるくらい。それぐらい安心して乗れるようにしました。

黒須:GL1200は乗ったことがないんですけど、最近の12年モデルのリアシートに乗せてもらったことがあって、私も寝そうになりました(笑)

根布:スピーカーなんかも最初は前だけだったんです。後ろにもつけて、フルスピーカーで、パッセンジャーもちゃんと聞こえる。もちろん音量調整も後席側で自由にできるようにしました。

黒須:すごく快適!

根布:ライダーとの会話も大丈夫。最初はそういう装備がなかったんで、大声でしゃべったり耳元まで顔を近づけたり。でもそれじゃ会話が楽しめない。だからインターコムつけて、走行中も普段どおりに会話ができるようにしたんです。それでライダーもパッセンジャーも、両方がずっと楽しめるようになりました。「あそこのあれがいいわ」、「景色が素敵」とか。そういう世界を作ってあげたかったんですね。

つじ:服部さんが先ほどいわれた、普段の生活をうまく過ごすために奥さんを大事にするんじゃないかって、実は日本男性の感覚なんですよ。バイクに乗るときは家庭を置いてける、自分の世界に入れるみたいな。そんな世界もアリです。だけど、ゴールドウイングに乗られる方々は違うんですよね。

根布:アメリカにも今話に出た日本男性みたいな人、いると思いますけど(笑)

GL1200 SE-i

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さらなる装備を開発しよう GLの未来を見据えた数々の新機構

つじ:85年に限定版のLTDを作られましたよね。あのモデルは上層部からのオーダーがあったんですか、それともご自分で?

根布:具体的なオーダーはないですね。

根布:初代GL1000の登場から10周年で、GL1200になって3年目。そこで急遽、限定車を作ろうということになったんです。当時はアメリカ側からも「こういう装備にしてくれ」っていうオーダーは一切なし。ただ、将来を見据えながらFI(電子制御燃料噴射)にしようというのはありました。しかも、FIだけじゃつまらないからオートクルーズもつけようと。

つじ:LTDって、チームで企画したんですね。

根布:さらにオートクルーズで延々と走り続けるんだから、アメリカは西から東まで標準時が4つもあるしドライブコンピューターも一緒につけようよ、とか話は進んでいってね。

つじ:ドライブコンピューターは何ができたんですか?

根布:地図が出て、時間がかわるんです、刻々と。

つじ:マッピングまではいかない?

根布:そこまではいかなかったですね。ナビのだいぶ手前段階です(笑)。以前からリアサスはエア式があったけど、車高調整が簡単にできるようエアコンプレッサーもつけて、サスセッティングを自動的に変えられるようにしました。例えば、後方に荷物をいっぱい積むとその重量が60kgくらいになる。すると車体が後ろ下がりになる。操縦性の問題もあるし、ライトが上を向いたりする。その姿勢変化を抑制するために、リアサスを自動的に伸ばす。もちろんマニュアル調整もできるようにしました。

つじ:オートレベライザー?

根布:そう、オートレベライザーですね。それこそ新機構は二輪車では全部初めてなんですよ。FIそのものは、以前の別のモデルでちょっとやっていましたけど、ゴールドウイングに付けるFIって初めてだったし、FIの他にも新機構満載の中で開発責任者としてやってきた苦労っていうのは相当なものでしたね。

山田:やはり二輪のFIは難しかったんでしょうか。特にラグジュアリータイプということの難しさもあるんでしょうか?

根布:一番最初のGL1200LTDでつけたFIでは、スロットルレスポンスのリニアリティーという面ではわりとうまくできたんですよ。難しかったのは、最後の最後まで、ベーパーロック(ガソリンが沸騰し配管内に気泡ができる現象)を起こしちゃってね。

山田:温度の問題ですか?

根布:そう、まず配管温度が上がるんです。で、FIってガソリンが循環している。必要量だけ使って余った分は戻しているんですね。1回エンジンに行って、余ったガソリンが戻るもんだから、ガソリン温度がどんどんあがっていくんですよ。フルカバードで車体が覆われ燃料配管も複雑なGLだからという面もありますが。とにかく温度が上がってくると、やっぱりどっかの配管の中で気泡が噛み込んで、その気泡が溜まってくる。そうなるとガソリンが流れない。走らない。試行錯誤して、これならいいかなってところで製品にして、なんとか販売できたと思ったら、その直後にお客さんの使い方に想定よりもっと過酷なところがあって。

つじ:砂漠の中とかですかね?

根布:そういうところへ行くと、やはり再検討は必須。それこそ必死で燃料配管の全てを見直し、改善することができました。

GL1200 SE-i

つじ:でもそこでチャレンジしたからこそ現在のFIが存在するわけですよね。とはいえ、作ってる最中はご自分でここまでバイクでやるのかな、クルマになっちゃうんじゃないかって思ったりはしなかったんですか?

根布:それはありましたよ。FIに限らない。いやそれ以上に各種の豪華装備。四輪と同等かそれ以上の装備なんです。それを、二輪のものとして開発するんですけど……。勉強のために当時、Hondaで四輪開発をしていた和光研究所とか栃木研究所に出向いて、目指す装備のついたモデルに試乗してみるわけです。なるほど、こういう使い勝手か。でも、そのまま二輪に装備してもダメなんだろうな、とか思って。二輪は跨って乗るし、走行風圧や風切り音、振動、雨やホコリ……四輪とは違う環境。そういう影響をモロに受ける中に配置する各装備はどうあるべきかと、勉強しながら二輪専用のものとして作り上げていったんです。

根布:もちろん、アフターパーツもいろいろありました。でも、問題をいっぱい抱えてるわけです。やはり二輪車開発の経験がない人にはわからない、できない部分がある。Hondaとして出すならちゃんとしたものにしなきゃいけない。そういう問題の一切ないものを作ろうと。二輪の使い勝手の中で一番いいものを作ろうと。で、作ったんですね。

根布:そう言えば、オートクルーズはアフターパーツになかった。メーカー純正でも……。

つじ:あったのはスロットルグリップを固定しちゃう方式くらい。ハーレーとかの。

根布:それを使ってたのね、みんな。長い間走ってると疲れちゃうからね。だからなんとかしてできないかと思った。この少し前の時期から四輪のオートクルーズはアメリカで一般化してたし、日本メーカーもやり始めた頃でしたから、その四輪の機構を研究して二輪のオートクルーズを作ろうって。

山田:構造的には当時の四輪と同じようなものだったのですか?

根布:基本的には似てますね。ただ、違うのはキャンセル機構、クルーズの解除機構が違っています。四輪の場合にはアクセル/ブレーキ/クラッチを足で操作する。ブレーキかクラッチを踏めばクルーズが解除される。一方で、二輪のクラッチは手で操作する。ブレーキは足でも手でも操作。スロットルは手だけ。二輪車の操作って結構複雑なんですよ。

山田:キャンセル機構って盲点でした。

根布:それとね、二輪で減速したくなった時って、普通ライダーは意識してスロットルグリップを戻すじゃないですか。この操作でもクルーズ機能を解除できればいいんじゃないかって。それで、ゴールドウイングで初めてグリップキャンセルって機構をつけた。以後の二輪用では他社も含めこれが当たり前になっちゃいました。

つじ:この限定車が出た85年からスタンダードが廃止になりますね。

根布:その時にはスタンダードはもうほとんどが売れてなかったですからね。ユーザーが求めるのはインターステートやアスペンケイドに変わってく。それだけ欲しがっていたと。このまま行くんだったらちゃんとしたものを作ってあげて、スタンダードはもういいんじゃないの、ということですね。その方が開発に集中できる。それにユーザーと一緒になっていいもの作れるし。

つじ:この限定版、限定のつもりだったら売れちゃったので翌年からSE-iとして売り出した。

根布:そう、お陰様でLTDは販売してすぐ完売しちゃったんです。あっという間に。

つじ:人々がゴールドウイングに求めるものが、そこにあったわけですね。

砂漠での開発風景根布:ええ。我々が必死に考えたところをユーザーの方々が受け入れてくれて、やっと待っていたものが出たという感じだったようです。

つじ:それでスペシャルエディションの登場ですね

根布:ニーズがやっぱりいっぱいあったんで、やはり豪華バージョンもつくれないかと。一度はLTDと称してやったから、名前を変えて別の上級グレードを作ろうと。

つじ:このあたりでゴールドウイングの方向性が決まり、先々の進化が続くわけですね。

砂漠での開発風景

GL1200 SE-i / Aspencade / Interstate 3台の走り(1986年カタログより)

GL1200 SE-i / Aspencade / Interstate
3台の走り(1986年カタログより)

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そして現地生産 メイドインUSAがもたらすもの

アメリカでの生産風景(2001年)

つじ:ちょっと話は違うんですが、1100と1200の2モデルを通して完全現地生産のシステムができるじゃないですか。それまでも小型バイクの現地生産はあったと伺ってますけど。大型バイクも現地で生産するってどういうところから出てきたんでしょうか?

根布:Hondaはニーズのあるところで作るっていう基本方針、ポリシーがあるんですね。 とくにゴールドウイングはアメリカがメインで、当時は日本では売ってない。ヨーロッパはちょっと出してたけど、でもほとんどアメリカですね。

つじ:需要があるところで作る、需要があるところの人と物で作るという方向で本格的に現地生産。二輪界では非常に先進的なことでしたよね。

根布:ユーザーの方々の力でしょうか。自分たちの好きなバイクが自国アメリカで作られるようになって、100%メイドインUSAになっちゃったんですね、結果的に。

つじ:それって、ユーザーは意識しますよね。

根布:そう。それでね、工場に来るわけです。

つじ:ユーザーが見学に?

根布:自分が買って乗っているバイクはここで作られているんだと、わざわざ見に来る。それが浸透しちゃって、一年に一回、そういう日ができてしまいました。この日はユーザーに開放ですよ。「メイドインUSAのゴールドウイングはここでこうして作られてるんですよ」「ここが生まれた場所ですよ」って。ものすごい人気ありました。

つじ:Hondaは日本の会社だ。だから日本のバイク……という感覚ではないんですね。

根布:まさにメイドインUSA

アメリカでの生産風景(2001年)つじ:ここまでくると、さっきのカウルの話で出ましたけど、オンリーワンのゴールドウイングワールドになってますね。もう何かとの比較じゃない。

根布:このちょっと前くらいに競合メーカーもアメリカ流ツアラーを目指して次々と作ってきた。でも、少しずつ志向が違う。スポーツ傾向だったり個性の主張がよく見えなかったり。結果的に4年、5年とやって、他社もどんどん良くなっていったとは思いますけどね。

つじ:でも最後に残ったのはゴールドウイングで、なおかつ今だに続いてる。

根布:他社もゴールドウイングは徹底的に研究したと思うんですがトータルバランスで一番優れていたのがゴールドウイングだったと自負しています。それと、アメリカという風土やアメリカ人を「知る」ことについては、Hondaがずっと先を行ってたのが大きいのではないかと。

つじ:ゴールドウイングという存在、またそのライダーたちが生み出していく世界は、完全に唯一無二のものになりましたね。

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