Part 1 <前編> グランドツアラーというコンセプトを完成させるまでの道のり。

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スポーツモデルからツアラーへの転身 それはユーザーからはじまった

つじ:根布さんは小型というか軽量なオフロード車メインで開発してこられて、そこで次はゴールドウイングを開発することになった時、どう思われましたか?

根布:当時GL1000の開発をやっているのを横目で見て、水冷の水平対向4気筒エンジンを積んで。とんでもなく大きいものだし、今まで見たことないような部品というか、図面の大きさを含めて。すごいことやってるなと。その後、私が所属していたグループのリーダーがそのGLをやることになり、私も部下としてGLを担当することに……。とはいえ他にもいろいろな機種をやってたんで、えっGLやるの?!っていう感覚はとくになかったですね。

つじ:ゴールドウイングはこういうものだからこういうふうにやりなさいという上からの指示というのはあったんですか?

根布:初代GL1000はツアラー指向のコンセプトとはいえ、今振り返れば実質スポーツモデルだったんですね。で、アメリカをメイン市場にしていると、ユーザーの方々がアメリカで走るためのバイクとして、どんどん改造されていくんですね。アメリカで実際に走ったことがある、あるいは行ったことのある人ならわかると思うんですけど、あの広い、まっすぐな道をただひたすら走るってやはりネイキッドのスポーツバイクじゃちょっと辛いんですよ。疲れるし、飽きちゃう。

つじ:開発の現場も過渡期だったんですね(笑)

根布:GL1000はアメリカ流の大陸移動バイク、そういう意味でのロングツアラーとして愛されて、ユーザー自身がその方向で快適にするにはどうしたらいいか考え、それを形にしていた。そのための市販アフターパーツっていうのはカウリングであったり、サドルバッグであったり、後方に付けるトレーラーであったり。それをユーザー自身が購入してカスタマイズして、いわゆるゴールドウイングの基礎を作ってた。スポーツモデル的だったGL1000を販売していた当時のアメリカンホンダとか、アメリカの研究所がそういうバイクの使い方を見て、改めてリサーチしてみたら、やっぱり改良が必要だ、と。

根布:GL1000のカスタマイズがどんどん広がっているので、そういう方向にしてほしい、という実際に売る営業サイドと現地の研究所からの要望があって、これが私がGLに関わる出発点でした。

古川:アメリカへは根布さん自身も行かれたんですか?

根布:実は私がアメリカを見た経験があるのは別のモデルで1ヵ月半くらいリサーチというか、テストしながら現地調査をやった時です。その時にアメリカの中で走ってるバイクってどんなんだっていうのをその場で見せてもらったりしました。やっぱりそれが最初にあった。一番のアメリカでの使われ方が、かすかにでも分かったわけですね。

つじ:やはりアメリカ流っていうものはあったんですね。

根布:当時はそういうのを見てたんで、じゃあカウリングを付けたらどうなるんだと、市販のベッターのカウリングを買ってきて実際付けて走ったり。

古川:アフターパーツですね。

根布:そのままだとやっぱりいろんな問題、ネガもある。そこで新しい独自のカウリングの開発を始めたりして、テストはずっとやってました。そこへアメリカンホンダからGLのカスタマイズの情報が来たっていうので、それではそれに見合う車両を作ろうとなったんです。ただ、スタンダードっていうスポーツモデル的なベースがまずあって、加えてそれにカウリング付けたのが欲しいっていう注文だった。そこからスタンダードモデルと、そこにカウリングとケース類を付けたインターステートの両方を作ることになりました。

根布:案の定、作り始めの初期はやはり後付けみたいな感じは否めません。どうしてもベースのスタンダードを先にちゃんと作っちゃってる。そこから部品を外したり付けたりして、後付けのそのカウリングもボルトオンってカタチだったですからね。

GL1000

GL1000

古川:そうこうしてGL1100の時代にフルカウルのインターステートが出ました。それはスタンダードに対してやっぱり売れ行きはよかったんですか?

根布:最初の売れ始めってそんなに変わらないんですけど、徐々に差がついてきて1年経ってみると結局インターステートの方が売れていた。スタンダードに関しても全然ダメってわけじゃない。でも、2年目になるとインターステートがもっと売れてましたね。

つじ:インターステートって金額的にはずいぶん高かったんでしょう?

根布:高いですよ、もちろん。高いけどやっぱりそういう装備のバイクがみんなほしかったんでしょうね。それに、スタンダード買って、あとから部品付けるよりはまだ安くつきますし。

根布:でもねぇ、ユーザーの改造レベルより格段にまとまりをよくする努力は精一杯したんですけど……。後付けするとどうしてもいろんなところに問題が出るじゃないですか。GL1100のときはまずスタンダードがあって、インターステートはそれをベースにしなけりゃならない。ものすごく苦労しました。

根布:スタンダードってヘッドライトとかウインカーなどがハンドルの前に付いてるんです。ステアリング系の挙動がそれで成り立ってるのに、ヘッドライト類をボディーマウントのカウリングに付けるとバランスがおかしくなる。

つじ:やっぱり基本をどこに置いて作り始めるか、なんですね。

古川:このGL1100というのはターニングポイントだったんですね。ターニングしつつあるポイントを経過したGL1200では最初からフルカウル設計にしたと。

根布:1200はもう基本がフル装備。サイドケース、トップケースも全部つけて。それでインターステートとアスペンケイドの2タイプで立ち上がったわけです。

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アメリカを知るということ そのためには開拓者魂をつかむ

独自のカスタマイズで楽しむユーザー

服部:最初にユーザーさんがカウリングをつけたりバッグをつけたりっていう、そのムーブメントは自然発生的に盛り上がってきたんですか?

根布:元々アメリカ社会ではバイクといったらやっぱりハーレーが、メインじゃないですか。でもハーレーではGLの発展型みたいな方向のバイクにならなかった。そもそもアフターパーツメーカーがいっぱいあったんですね。だからベースの車両さえあればどんどんエスカレートしてく。考えると、アメリカ人ってやっぱり開拓精神があるじゃないですか。東から西へ開拓していったと、馬に乗って、ああいう感覚をバイクにも求めてるんですね。

根布:それで今考えると、とくにGLシリーズって年齢の高い人が乗ったんですね。これもやっぱり昔からずっとバイクに乗っていて、仕事もずっとやってきて、そして退職。そう、ハッピーリタイア。さてこれからどうやって余生すごそうかなってなった時に、お金も時間もある。じゃあ奥さんと二人でどこかツーリングに行こうってことになる。それに似合うものを求めていたんですね。それがやっぱりGLを育てたベースじゃないかな。

つじ:アフターパーツなんかに出てたもの、あるいはハーレーのカウリング類なんかでも、ヨーロッパのカフェレーサーなんかとはまったく違う世界ですよね。

根布:やはり重要なのは走りの余裕ですね。それで装備を増やすと重たくなるじゃないですか。するとパワー、というよりトルクを増さなきゃいけない。静粛性も含めて、余裕を持った走りができるようにしたい。だから1000ccから1100ccへ上げたのは必然ですかね。

つじ:静粛性とは、高回転化しないで、っていう意味ですね。

根布:排気量を増せば低中速トルクを増しやすく、回転を上げなくても走れます。

服部:水平対向エンジンっていうのも、回転の味とか車体構成とかがツアラーというバイク形態にマッチしているんでしょうか。

根布:メリットは振動が非常に少ないこと、そして静粛性と低重心ですか。とにかく重心が低い。でもデメリットもあります。居住スペースの足元が窮屈。楽な乗車姿勢と車両としての走行機能のバランス調整では苦労しましたね。最初のGL1000は普通のバイク的、つまり1100以降の考え方からすればスポーツ指向なんで、開発時の発想では、ステップはちょっと後ろに下げておけばいいと。だけどGL1100のゴールドウイングになると、ステップは前へ出したいわけですよ。ところが左右にシリンダーとヘッドが水平に伸びている。そう、水平対向ですからね。そこをどうやって楽にするかというと、まずエンジンをできるだけ前方に配置する。前へ前へ出そうと考える。

根布:このエンジン位置の検討から、最初のレイアウト作業が始まるのね。でも車両全体をレイアウトしていくのに、エンジン位置を前へといっても限度はある。その上で、足の位置を楽にしたい。そこから着座位置が決まる。座る位置が決まるとハンドルが決まる。そうするとフレームのヘッドパイプや前輪、後輪とエンジン、そうした関係をこうしなきゃいけないと……。そうやってこう少しずつ決まってく。

つじ:初代のGL1000が作られた時のコンセプト、走りの内容はGTというか、CBとは違う。後に伺った初代のねらいも、バイクとして王様の中の王様であり、また明確に『欧州型とは違うツアラー指向』との言葉もありました。ですが日本で考え得るものは、アメリカ人の思うツアラーとは違ってたんですね。そもそも70年代初頭、日本で本格ツアラーというものを理解していた人は、メーカーにもユーザーにもいなかったのではと思います。そこにHondaがGLでチャレンジし、ライポジ、カウリング、物入れ……。何から何まで改良していってアメリカ流ツアラーに育っていった。

根布:そうですね。

GL1100GL1100 INTERSTATE

井上:僕が見てて一番違うのはダブルシートですかね。こういう包み込むような鞍型になったっていうのは、どんな経緯なんでしょうか?

根布:これも発端はアフターパーツなんですよ。アメリカのアフターパーツメーカーって、何でも作っちゃうんですよね。

井上:それはGL用にですか?

根布:GL用はもちろん他車用にもやっぱりそういうのがある。アメリカで長距離走るためにはとにかく快適に座れなきゃいけない。中には馬の鞍そのものをちょっと改造して、とかね。そういう鞍型っていう発想は彼らの心の奥底、DNAみたいなものにあると思う。それで、GL1100の時に鞍型シートでダブルになったのは、やっぱり鞍型そのものが欲しいっていう声があって、せっかく鞍型にするんだったら後席も同じように鞍型で座り心地もホールド性もよくしようと。必然的にそういうカタチに向かって仕上がっていったんです。でもGL1100の時には、まだまだ後ろに乗る人、奥さまのことってあんまり気を遣ってないんですよ。

つじ:この段階ではってことですか?

根布:やっぱりそのぉーーー、運転する側のライダーが優先されたなぁ。

山田:そういえば、アメリカのウィングディングっていうゴールドウイングのイベントに参加したことがあるんですが。

つじ:ウィングディング?

山田:全米のゴールドウイングのオーナーさんたちが年に一回集まるイベントの名前です。たしか1979年から毎年開催されていて1000台くらいゴールドウイングが集まるんです。

つじ:カルチャーショックみたいなのは?

山田:衝撃的、でしたね。自分たちでGLワールドを楽しんでる、自分たちのバイクを作っていくっていう意識がすごい強い。

つじ:Hondaに作ってもらおう、よりは作っちゃう。

山田:そうですね。その文化というか、自分たちでアレンジをして楽しみをもっと広げていこうってスタンスがすごく伝わってきます。それにエンジニアに対する期待もすごい高いってすごく感じましたね。

つじ:アスペンケイドってイベントもありましたよね。

根布:いやそれ、ニューメキシコ地方の名前なんですけど、そこにやっぱり毎年1回ゴールドウイングユーザーが集まるんですよ。アスペンケイドって名前もすごくいいし、ゴールドウイングが集まるってことで、そこの会長さんにお話をして許可をもらったうえでアスペンケイドってグレード名をつけたんですよ。

つじ:アスペンケイドで毎年集まろうよってことでやってるクラブっていうか、仕切ってる会長さんがいるわけですね。

つじ:文化の違いもあるけど、体重の違いもあるってお聞きしましたが?

根布:日本での法的基準をベースに、GL1000の頃はアメリカ人はもっと重いと想定して設計していました。ところが実際に乗っている人は、想定以上の体重があった。車両が売れ始めた途端に、体重差による乗り心地の問題とか、サスペンションがフカフカしすぎるとか、いろんな苦情が出てくるんです。それで実際に乗っているアメリカの人たちの話をHonda関係の現地法人の人たちに聴きにいってもらい、話し合ってみるとやっぱり明らかに体重が違う。根本的にイチから作り直さなきゃいけないってね。

根布:だからGL1100の時はある程度そういうことがわかっていて、フルカウルもついたし、従来とは基準を変えて最初から作り込みました。さらには体重差をカバーするため、前後サスをエア圧調整式にして、空気圧の調整で乗り手に合わせられるようにしました。最上級グレードのモデルはエアコンプレッサーを車載して何時でも好みに合わせられるようにしました。

黒須:それがアスペンケイドですね。

GL1100 Aspencade

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