宮城
今日RC213Vに乗らせてもらって感動したことのひとつは異次元のスタビリティなんですよね。加速しながら2速、3速、4速……とシフトアップしていくと、フロントがグッと浮いて、ウィリー状態になりますよね。そのとき、ちょっとバンクしていたとしても、体勢を保ったまま安定して加速できる。これは驚きでした。遅くなってしまうのは承知の上で、意味も無く前輪を持ち上げたくなってしまうほどでした。これも、タイヤのグリップを安定して発揮させるという設計のなせる技なのでしょうね?
佐藤
そうです。この例で言えば、タイヤのグリップというのは、チェーンによって「回される」力と「ケンカ」をしていると言えます。回される力が強すぎればスピンしてしまう。スピンが大きすぎれば加速が鈍ります。そのギリギリのところで唐突に滑らないようにするにはどうするか。あるいは滑ったときにはどうすれば挙動が不安定にならないか。そこの特性を作り込む必要があります。加速で唐突に滑ったとき、もしバイクが少し左に傾きかけていたら……
宮城
滑って右に出てしまう。リアの動きがフロントに伝わって、不安定になりますね。
佐藤
はい。なので、バイクが傾いた状態でも、安定してリアタイヤをグリップさせるのが重要です。ご存知の通り、MotoGPでは、ストレートでみんな蛇行しながら走行していますよね。あれは、普通に直立させて走るよりも傾いて走っていた方が、バイク自身の遠心力によってタイヤのグリップが出る、ウィリーもしにくいことによるんです。他にも、いかに加速時のチェーンの暴れを少なく保つか、スイングアームの垂れ角を適切に設定するか、など。
ライダーからのフィードバックを受けながら、データを見ながら、一つずつ丁寧に造り込んでいくわけです。
大切なのはライダーが安心して
「チャレンジ」できること
宮城
なるほど……理論としては理解できます。でも、バイクの運動性能を作り込むときは、常にものごとが動的に推移しますよね。「こうすればこうなる」という間違いの無い計算式があるわけではなく。
佐藤
はい。ライダーがバイクの上で移動するわけですから、重心位置だって常に変化しています。
宮城
つまり、四輪と比べて「乗り手」の存在が非常に大きくなります。彼らがどう感じるか、どうしたいのかというのも開発の上で重要です。ライダーからのフィードバックをどのようにバイクに反映させるかというのも、開発陣の腕の見せ所になりますね。
佐藤
たとえば、ブレーキングでリアタイヤが上がって一輪車状態になったとします。当然、「タイヤの性能を100%使う」という観点からすればリアタイヤも接地した状態で同じ減速度が出るのが好ましいので、ライダーは「ブレーキングでリアが上がるからなんとかしてほしい」とコメントしてくる。いちばん簡単な対処方法は、リアにウエイトを積むことです。
宮城
そうですね。でも、それでは速くなりませんね?
佐藤
はい。ライダーからのコメントをかみ砕いて、データを見て、解析をして、本当にしなくてはいけないのは何なのかを具体的な「技術」として落とし込んでいく。
そこまでブレーキングで突っ込まなくてはいけないのはなぜなのか。それはトップスピードが足りないからではないのか。トップスピードが足りないのはなぜなのか。立ち上がりが遅いのではないか。立ち上がりが遅いのは、コーナリングスピードが足りていないからではないのか……。
宮城
堂々巡りですね。ライダーから上がってくるひとつひとつのリクエストに対して、無数に考えられる手法の中から本当に適したものを選び出すというわけだ。
佐藤
ときには、これまで正しいと思っていたことをリセットするということもあります。少し前まで、RC213Vのエンジンはクランクシャフトとタイヤが同じ方向に回転する「正回転」のエンジンを採用していました。ハイパワーな他メーカーに対抗し、「もっとパワーを」と求めるライダーの声に応えるために必要なことではあったのですが、2016年からはふたたび「逆回転」のエンジンに戻しました。
宮城
私が現役時代に乗っていたNSRも逆回転だったし、Hondaにはノウハウもありますね。