開発責任者の石川譲は「目標としたのはMotoGPマシンだ」と断言し、開発ライダーを務めた伊藤真一氏は「こんなにすごいバイク、他に無い」と話した。初代「FireBlade」のデビューから28年、まったく新たな世界へと踏み出したスーパースポーツ、「FIREBLADE」。その誕生までの過程はいかなるものだったのか。開発ライダー、開発陣の言葉から探ってゆく。

聞き手:関谷守正(モーターサイクルジャーナリスト)
聞き手:関谷守正(モビリティアナリスト)

聞き手:
関谷守正(モビリティアナリスト)

二輪専門誌編集部、広告代理店を経て独立。レーシングマシンから市販車まで、そのメカニズムや製造技術、材料などに関する豊富な取材経験を活かした活動を行っている。

第一印象

跨がった瞬間から、これまでと違う

伊藤さんは、開発初期からプロジェクトに携わられたと聞いています。初めて試作車に乗ったときの印象がどうだったのかを伺いたいのですが。

伊藤:跨がった第一印象は「でかいな……」と。先代モデルはもっとコンパクトですし、正直なところ、本当にこれで大丈夫なのかな、と思いました。

伊藤 真一

伊藤 真一

全日本ロードレース選手権で1990年、1998年、2005年、2006年にチャンピオンを獲得。ロードレース世界選手権・GP500クラスでの6度の表彰台獲得経験に加え、鈴鹿8時間耐久ロードレースでは4度の総合優勝を果たしている。CBR1000RR-R開発ライダーを務めた。

開発陣からは、どんな説明を受けましたか?

伊藤:走行安定性に関するHondaのノウハウが活きるのがこの大きさであり、レースに勝つためのディメンションである、と。それを聞いて「おお」と思いました。Hondaとしての、これまでにない意気込みを感じたというか。

一般的に、スポーツバイクは「コンパクト」であることこそ正義という声もあるかと思います。それについては、どのように?

石川:コーナー進入時の安定性や、高荷重をかけたときの車体安定性に関して、レーサーを範とする。そうすると、おのずとホイールベースや重心の置き場所などが決まって来ます。確かに従来のモデルに対しては「大きく」はなります。しかし、それも決して幅が大きくなったり、無駄な部分があったりするというわけではないんです。サーキットパフォーマンスの理想を追い求めたがゆえの大きさ、ということですね。

伊藤 真一

伊藤 真一

全日本ロードレース選手権で1990年、1998年、2005年、2006年にチャンピオンを獲得。ロードレース世界選手権・GP500クラスでの6度の表彰台獲得経験に加え、鈴鹿8時間耐久ロードレースでは4度の総合優勝を果たしている。CBR1000RR-R開発ライダーを務めた。

石川 譲

石川 譲(開発責任者)

1993年入社。車体設計としてCBR1100XX、RC211V、CBR1000RRシリーズ、RC213V-Sなどを担当。開発責任者としてCBR1000RR/600RRシリーズ、CB125/150/250/300R などを歴任。愛車は2012年モデルのCBR1000RRとCB150R。

エンジン

なによりも、パワー

サーキットパフォーマンスの追求。その出発点はどこでしょうか?

石川:最初に考えたのは、エンジンのパフォーマンスの目標をどこに設定するのかということでした。とにかく、ライバルを圧倒するためにエンジンパワーを出せるだけ出しましょうと。その上で、それを受け止められる車体はどういったものなのか、ということを考えていきました。

ではエンジンについて伺いましょう。どのように開発を進めたのでしょうか?

森:最高のお手本はMotoGPマシンでした。V4と直4でエンジン形式は違うとは言え、RC213Vのボア×ストロークをベースにすれば、だいたいこのくらいの馬力が出せるだろう、という見通しは立ちます。

森 健祐(エンジン設計担当)

森 健祐(エンジン設計担当)

2006年入社。L4エンジンの設計チームに配属。07年モデルからCBR1000RRに携わり12年モデルよりエンジン設計を担当。社内チーム(ブルーヘルメットMSC)で鈴鹿8耐にも13年~18年まで参戦(19年は怪我のため不参加)。2020年は、新型モデルで鈴鹿8耐に参戦予定!

「RC213V-S」にキットパーツを付けた状態のスペックを上回ろうというのが目標だったと聞きましたが。

森:はい。そのために必要な技術を挙げて、このくらいの目標性能にします、という資料を作りました。でも、こういう気持ちも起こるわけです。「なんか想像の範囲内だなあ、これでお客様に驚いていただけるかなあ」と。そこで、これなら驚いてもらえる!という馬力を目標として定めました。正直なところ、達成手法は「気持ち」でした。

気持ち……とは何でしょう?

森:ハートです。

(笑)。

森:夢をいっぱい詰め込むには、頭がからっぽなくらいのほうがいいんですよ(笑)。既存の技術では到達できない高みに行くとき、やってやる!という「気持ち」が無ければ何もできないじゃないですか。

伊藤:その、自慢のエンジンがなかなかできあがらないので(笑)、最初は新しいフレームに旧型のエンジンを載せてテストをしていたんです。すごいパワーが出るらしい、と聞いて「そんなパワー出るわけないでしょう」と思いながらも、「本当にできたら、えらいことになるな」と、楽しみにしていました。

出口:ビッグボア・ショートストロークなので往復部重量が増えて、なおかつピークの回転数も上がるので、とにかくピストンを軽量化する必要があります。従来はRC213V-Sだけに使っていた高強度材でピストンを造り、強度を上げつつヘッドを薄肉化して、スカート長も限界まで短くしています。

出口 寿明(エンジン研究担当)

出口 寿明(エンジン研究担当)

2000年入社。03年モデルのCBR600RRを担当したのち、CBR1000RR、CB400 SUPER FOURなど主に大型FUNモデルを担当。08年から4年間HRCに在籍、09~12シーズンのMotoGPマシンの開発に携わり、RC213V初年度のエンジン研究を担当。その後は量産開発でRC213V-S、GL1800などを担当。

石川:センターダクトの採用もそうですね。RC213Vと同等サイズにして吸気効率向上を狙いました。結果的にフレームも作り替えましたし、従来のイグニッションキーの位置ではこの巨大なダクトと干渉するため、必要に迫られて左側面にスマートキーを移動させるに至りました。トップブリッジにキーシリンダーが無くなったぶん、RC213Vと同じ、薄くてプレーンなタイプにできたというオマケ付きです(笑)。

森 健祐(エンジン設計担当)

森 健祐(エンジン設計担当)

2006年入社。L4エンジンの設計チームに配属。07年モデルからCBR1000RRに携わり12年モデルよりエンジン設計を担当。社内チーム(ブルーヘルメットMSC)で鈴鹿8耐にも13年~18年まで参戦(19年は怪我のため不参加)。2020年は、新型モデルで鈴鹿8耐に参戦予定!

出口 寿明(エンジン研究担当)

出口 寿明(エンジン研究担当)

2000年入社。03年モデルのCBR600RRを担当したのち、CBR1000RR、CB400 SUPER FOURなど主に大型FUNモデルを担当。08年から4年間HRCに在籍、09~12シーズンのMotoGPマシンの開発に携わり、RC213V初年度のエンジン研究を担当。その後は量産開発でRC213V-S、GL1800などを担当。

Sekiya's Eye

FIREBLADEのエンジンは、いわゆるレシプロ系(往復部分)の基本的なディメンションをRC213Vから転用している──もう少し正確に言えば、バルブ作動制御を圧搾空気のニュウマチックからスプリングにしたRC213V-Sとほぼ同じレシプロ系を使っているのだ。市販車でこれまでにない高出力エンジンを作ろうとするなら、2012年〜2019年の8年間で6度のMotoGPチャンピオンを獲得したRC213Vを規範とすることは、理想的であり非常に合理的でもある。したがって、FIREBLADEの81×48.5mmというボアストローク寸法の根拠は、“最大ボアは81mmまで”というMotoGPのレギュレーションにある。FIREBLADEのエンジンは、RC213VのV型4気筒を並列4気筒のレイアウトに並べ替えたものと理解すれば良い。

Sekiya's Eye

市販される並列4気筒エンジンでは最大サイズのボアとなるため、それを横一列に並べるレイアウトでは、エンジンサイズのコンパクト化に苦労したという。FIREBLADEでは、レースでの使用や耐久性の保証を考えて最初の設計段階から潤滑性を担保する事も大きな課題だった。そのため、使用する材料や表面処理、加工なども、ほぼファクトリーマシンのレベルであり、非常に手間がかかった仕様となっている。例を挙げればコンロッド小端部のブッシュにはベリリウム銅を使い、カムシャフトやフィンガーロッカーフォロワーにはDLCコーティングを施し、クランクケース両端(クランクシャフト大端部周辺)には追加工でオイルラインを設けている。

CBR1000RR-R FIREBLADE 車種情報CBR1000RR-R FIREBLADE 車種情報
CBR1000RR-R FIREBLADE 製品説明書 【FACT BOOK】CBR1000RR-R FIREBLADE 製品説明書 【FACT BOOK】

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