“勝てるレーススペック”“ストレスフリーのTotal control”をコンセプトに、CBR600RRは復活を果たした。「直列4気筒という概念を捨てていい。何がベストか単気筒からエンジン形式を検討し直せ」。開発責任者(LPL)の石川は、開発スタート時に、そう若手エンジニアに申し渡した。そうして2019年全日本ロードレース選手権ST600のチャンピオン小山選手をテストライダーに迎え、何と量産モデルではなく、レースモデルから開発をスタートさせたのだ。いかなる想いでつくり上げたのか、開発チームにじっくりと伺った。
小山 知良(プロフェッショナルライダー)
2000年の全日本ロードレース選手権GP125クラスチャンピオン。2005年から2010年までロードレース世界選手権125ccクラスにフル参戦した。2011年から2012年までMoto2に参戦。2013年から2017年までアジアロードレース選手権に参戦。2018年からCBR600RRで全日本ロードレース選手権 ST600に参戦し、2019年にチャンピオン獲得。今回、CBR600RRの開発ライダーを務めた。
石川 譲(開発責任者)
1993年入社。車体設計としてCBR1100XX、RC211V、CBR1000RRシリーズ、RC213V-Sなどを担当。開発責任者としてCBR1000RR/600RRシリーズ、CB125/150/250/300R、CBR1000RR-R などを歴任。愛車は2012年モデルのCBR1000RRとCB150R。
“勝てるレーススペック”をめざす
—開発スタートの経緯からお聞かせください。
石川:
アジアロードレース選手権(ARRC)など、レースが盛り上がりを見せているなかで、当時はHondaの戦闘力がだんだん厳しい状況になっていました。Hondaとして戦闘力を上げるために何かできないかという話が出たとき、アジアのレースで勝つことを目標にCBR600RRを開発しようと。“レースで勝つ”が起点です。
小山:
ARRCで勝つことを目標に600のバイクを開発すると伺い、開発ライダーに指名いただきました。僕自身、バイクの開発にどっぷりと関わるのは初めてですごく楽しみでした。
石川:
当時、小山さんもARRCに出ていて、タイにレースを見に行ったとき悔しい思いをしながら小山さんと話をして、目指すべきはこういう方向だよねと意気投合しました。小山さんと一緒につくっていけたら、いいものができるんじゃないかと開発参加をお願いしました。
—それで、コンセプトを練り上げられた。
石川:
レースに勝つために開発をスタートしたのですから、“勝てるレーススペック”というコンセプトは当然です。それと、この600というクラスは、何というか我々が乗っても、振り回しやすいサイズで、スーパースポーツのなかで一番楽しめるクラスだと思います。私自身このバイクに乗って、スーパースポーツの楽しさとか操る喜びを経験できたので、こうした喜びを絶やすことなく、ぜひお客様に、操る喜びをより高い次元で楽しんでいただきたいと思っています。そうした歴代からの想いもありますし、レースマシンとしての性能を突き詰めていきながらも、ベストバランスで誰もが扱いやすいというCBR600RRが本来持っている魅力は消さずに進化させようと思い、“ストレスフリーのTotal control”をもうひとつのコンセプトに掲げました。
堂山:
2015年にデビューしたRC213V-Sで、僕は制御系のプロジェクトリーダー(PL)をやっていて、その開発がきっかけとなってHondaの電子デバイスが急速に進化しました。そのときに、エンジンのドライバビリティがものすごくよくなって、こんなに気持ちいいエンジンがあるのかと思ったんです。それで、このフィーリングを600に入れたら最高のバイクになると思っていたときに、CBR600RRの話があり、ARRCにも携わっていたので、ぜひ開発させて欲しいと言って、アシスタントラージプロジェクトリーダー(ALPL)として参加しました。
堂山 大輔(開発責任者代行)
2007年入社。VT1300CX、CB1100、CBR1000RR、CBR600RR、RC213V-Sなどの燃料研究を担当。今回のCBR600RRで開発責任者代行と燃料系研究を兼務。
重松 慶多(エンジン研究担当)
2004年入社。直列4気筒スーパースポーツエンジン研究のチームに配属。05年モデルのCBR600RRを担当したのち、CBR1000RR、CBR600RR、CBR250RR、CB1100など主に大型機種を担当。Moto2、ワールドスーパースポーツ選手権、全日本選手権ST600のレースエンジン開発を歴任。
14年の想いが込められたエンジン
—エンジン部門では、具体的にどのような開発を。
重松:
まず石川さんから、「レースで絶対勝つために、ストック状態でのレースポテンシャルを高めたい、エンジン形式を一度ご破算にして柔軟に考えて欲しい」という指示がありました。驚きましたが、とにかくV型、L型、並列、単気筒など各形式で、回転数が上げられるか、馬力は出せるのかといったところをゼロベースで一度考え直しました。結果的には直列4気筒の現行型に近い形式をチョイスしましたが、やはりこの形式が一番馬力を出せるということが改めてわかりました。そこに具体的にどんな技術を入れて高回転、高出力を実現しようかという面では、これまで600が市販車のラインアップに存在していなかった時期がありましたが、我々は何もしていなかったわけではなく、“いつか”に備えて、水面下で技術を蓄積していたのです。具体的には、カムの諸元、ピストン、スロットルボディーなどについてです。僕自身14年分くらいの技術の蓄積を、今回のエンジンに注ぎ込みました。
石川:
レースの面では、当然小山さんに色々お話を聞いて、本当に必要なことは何か、というアドバイスをいただいて具現化していきました。一方、我々としても何もやっていなかったわけではなく、色々な研究を水面下でずっとやっていたので、みんな色々思っていることはたくさんあって、それが今回、いいタイミングで合体できました。
重松:
目標値を定め、本当にその馬力が実現できるかを実験していくのですが、今回の開発で一番大きく違ったのは開発手順です。普通、量産開発がある程度終わってからレース開発を行うのですが、絶対に勝つということで、試作のときからレースマシンで仕様を決めて、量産開発に移行しました。馬力が目標通り出せたのは、そういうやり方がポイントになったと、いま振り返って感じています。
—レースマシンから始めると難しい開発になる?
重松:
量産開発で理想的なトルクカーブを実現してからであれば、レースマシンは、そこからピークを高めていくので比較的やりやすいんです。一方、最初からレースマシンで勝つピーク性能を求めたあと、量産車としても使いやすいトルクカーブにするには、シミュレーションでは追いつかない繊細な開発になり、点火時期やカムの諸元を1°2°変えたり、エアファンネルの長さを1ミリ2ミリ変えながら、何度もトライアンドエラーを繰り返して、ようやく現在の仕様にたどり着いたという感じです。
14年間で蓄えた、実験数値をたくさん持っていたんですね。だからどこまで行けるかというのは、おおよそ予想がついたのがよかったです。限られた開発期間で成し遂げられたのは、ずっと蓄えてきた技術が今回ようやく実を結んだからだと思います。
小山:
いまお話を伺って、みなさんの想いが詰まっているエンジンだなと感じ入りました。僕が今年乗っているレースマシンと乗り比べて、高回転がとてもよく回るエンジンで、しかもスロットルの開け始めのフィーリングもすごくマイルドでした。
電子制御もすごく助けになったのが驚きでした。自分としては、スロットルワークをしっかりと自身でコントロールして乗っているつもりでしたが、実際電子制御を搭載した今回のテスト車に乗ってみると、すごく乗りやすくて速かった。菅生サーキットでテストをしたのですが、一番驚いたのが、パッと乗って、エンジンの速さもびっくりしたんですけど、僕がレースマシンで出した菅生のコースレコードのコンマ5、6秒落ちで、ずっと走れたことです。テストでは転倒してはいけないので、リスクを背負わないギリギリのところで走ります。
なのに、リスクを背負って攻めている僕のレースマシンのタイムに肉薄して安定していたことに驚きました。菅生は、最終コーナーを立ち上がって10%の上り勾配のあと平らになりますが、このバイクだと、そこで一瞬体がフッと浮くくらいの感じでした。これはパワーがある証拠です。
塩崎 英子(エンジン設計担当)
エンジン設計としてCBR1100 XXをはじめとする直列4気筒を中心に多気筒エンジンの開発を担当。近年はCRF1000L、GL1800などを経て、14年ぶりにCBR600RRを担当。今回はPLとして開発に携わる。
—具体的な技術進化を教えてください。
塩崎:
エンジンの基本的なレイアウトは、前モデルからほとんど変わっていませんが、14年の間に他機種を通じて進化していること、たとえば材料変更などを取り込んでいます。あとはヘッドを新規設計し、ポートまわりをより丁寧につくり込んで吸気効率を高めています。
重松:
塩崎さんが、このパッケージを壊さずに、高回転化するために、バルブスプリングに高強度部材を採用してくれました。また、カムシャフトやクランクシャフトは、レース仕様として16,500rpmの高回転まで回せる高強度材を採用しています。当然、高出力化して勝てるマシンにするわけですが、壊したら元も子もありません。このエンジンは、Moto2(2010~2018年)やワールドスーパースポーツ選手権、全日本選手権ST600クラスなど様々なレースで使われていて、それらのレースの現場からフィードバックされた技術のすべてを注ぎ込んでいます。
開発中は、仮説を立ててそれが立証されるのが一番の醍醐味だと僕は思っています。今回の開発では、エンジンのシリンダーヘッドに特に強い思い入れがありますね。エンジンは、どんどん高回転化していくと、燃焼室が割れたりするトラブルが発生します。今回の高回転化は、そうした領域に踏み込んだので、シリンダーヘッドを十分に水で冷やせばトラブルを起こさないという仮説を立てて取り組みました。
しかし、レイアウト上ウォータージャケットの拡大が不可能な状態でした。そこで、塩崎さんがロングリーチプラグという長いプラグで設計を検討したところ、ウォータージャケットの容積を稼ぐことができました。エンジンを冷却水でちゃんと冷やすという、ごく普通のことなんですけど、限られたスペースのシリンダーヘッドの内で実現するのは難しいことです。それを、ほんの7ミリ長いだけですが、ロングリーチプラグの採用を前提としたレイアウトに変更することでウォータージャケットを増やしたら、熱の課題が劇的に解決しました。やはり冷却は大切だとあらためて思い、僕たちの考えが間違っていなかったことが、エンジン開発の3人で共有できたのはうれしかったですね。
—ロングリーチプラグってよく使われるものなんですか?
塩崎:
最近多いですね。
重松:
最近採用するモデルが増えてきています。高回転時の熱でシリンダーヘッドが歪んでしまうと、ガスケット交換のときなどエンジンを分解したときにシール性が低下してしまい、長く乗っていると馬力の低下が著しくなったりするので、そこをなんとかしてあげたいなと思ったのです。
塩崎:
ロングといっても7ミリくらい長くなるだけですが、エンジンを搭載した状態でのプラグメンテナンスの整備性を保つため、工具の組合せと着脱時の軌跡の確認を行い、見えないところで工夫しています。冷却性能の向上が実現できたおかげでエンジンとしては求めるスペックを実現できたと思います。
—本当に、エンジン形式をゼロベースで考えられたのですか?
重松:
石川LPLが、開発の初期段階で「考えてみてくれない?」って、すごいラフな形で指示されたんです。石川さんは、そういうアプローチが多いLPLですね(笑)。一度しがらみを取り払って一番馬力が出るエンジンを考えるという。もちろん、本当にすべての形式を考えました。
堂山:
石川さんはそう言いましたが、きっと彼が一番好きなのは直4なんです。重松がどんなエンジン形式をチョイスしたとしても、最後は直4で馬力を出すと言うでしょうね。石川さんが単気筒から検討し直せと言っていましたけど、僕の中では単気筒は選択肢になかった。仮に2気筒がよかったなら、なぜ2気筒でよくなるんだというところから、多分もう一回直列4気筒に反映させる方法を考えたと思います。
—直4がいい。それはなぜですか。
堂山:
先輩たちが引き継いできた“600魂”は、この直4しかないからですね。乗っていても、極めてスムーズな回転フィーリングで、それは直4でしか味わえないものです。V型4気筒はV4で気持ちいいフィーリングはあるんですけど、これほどの回転フィーリングは、直列4気筒しかないからですね。みなさん、CBR600RRの製品サイトのビデオをご覧いただいていると思いますが、菅生の10%勾配を駆け上がった直後のストレートの音は、多分このCBR600RRしか出せない音です。
—重松さんも同じ?
重松:
はい、直4が一番好きですね。入社して直4が9割、2気筒1割しかやったことがないことも影響していると思います(笑)。いろいろなエンジン形式を考えはしましたが、やっぱり直4ですね。このCBR600RRは、堂山さんとも入社したときからずっとやってきて、たしかに、600と言われると、このボアストローク67.0×42.5mmがやはりいいですね。
北野 孝喜(エンジン研究担当)
2016年入社。CB1000R、CBR650R、CBR1000RR-R等のエンジン研究を担当。入社以来直列4気筒エンジンの開発に携わり、今回CBR600RRで初めてPLを経験した。チーム最年少の23歳。
—北野さんは今回どういうところを。
北野:
僕は型物の開発を担当しました。そのなかで一番苦労したのは、バルブスプリングですね。高回転で出力も上がっているので、当然動弁系にかかる負荷は高まっていて、当初インナースプリングに折損が発生しましたが、高強度部材の採用で目標とする出力と耐久性を両立する仕様をつくり出すことができ、量産に繋げられて本当によかったと思っています。
—LPL、最初ゼロベースで考えろと言ったのは?
石川
CBR600RRの開発は、いままで水面下で研究は続けていたものの、久しぶりに始まったわけです。なので、前提ありきで始めるのではなく、現在の技術で、2気筒だったらどうなの?3気筒だったらどうなの?っていうのをちゃんと考えた上で、だからやっぱり僕たちは直列4気筒を選択するんだっていう風にまず一回考えないと、何であのとき2気筒を選ばなかったんだ、何であのとき3気筒をやらなかったんだろうってなるのは絶対よくないんです。自分たちで覚悟を決めて、これでやっていくんだっていうのを一回は必ず仕切るべきかなって思ってのことです。
重松
最後までブレずに開発できたのは、最初に石川さんがそういう検討をさせてくれたからかと思います。
レースで勝てる車体仕様を投入
—車体の方はいかがですか。
若松:
車体も同様で、ARRCの状況を見に行き、特に減速区間で負けていることが見えてきたので、自分たちが考えるセッティングの方向性を試してもらいました。若いレースライダーが多くて、なかなか成績は上がらなかったのですが、だんだんと慣れてきて、2020年は勝つところまで来ることができました。
若松 邦明(車体設計担当)
1997年入社。CRシリーズ足まわり設計を担当。2002年~2009年までレースマシン(RC211V、RC212V)の車体設計担当。一番の思い出は、2006年ニッキー・ヘイデンのMotoGPチャンピオン獲得。量産開発に戻ってからは、RC213V-SやCBR1000RR-Rを担当。
—そのレースの傾向を参考にしながら・・。
若松:
サーキットでの開発テストの中で、フロントまわりで減速の安定性を出したんですけど、それだけでなく、スロットルコントロールがしづらいところの改善が必要と考え、さらにスイングアーム長の変更を検討しました。スイングアームの長さは、チェーンのリンクがあるので、16ミリごとの単位でしか変化しないんです。そこで、リアアクスルまでの長さを3ミリ伸ばすと、色々なサーキットに行ったときのギアレシオを考えても、狙っているリアアクスル位置に設定できることを、足まわりの設計と確認し、スイングアームを3ミリ伸ばしました。安定性を高めるための変更として、フロントフォークの全長を15ミリ伸ばして車体姿勢の自由度を向上しています。
—それで制動時の安定性、スロットルを開けたときの安定性を確保した。
若松:
そうです。制動時に安定しますし、スロットルの開けやすさが確保できました。それが実現できたのは、ウイングレットでフロントの接地圧が安定して、旋回力を引き出せたことが効いています。その旋回力があるからこそ、全長が伸びたマシンでも許容できて、先ほどのエンジン性能も相まって、トータルとしてタイムに結びついたと思います。
小山:
速く走るには、どれだけ短い距離でブレーキングして、どれだけ早くブレーキを離してコーナリングスピードを上げていけるかが勝負になります。フロントフォークの全長を長くすることで、フロントの突き出し量を減らして、フロントを高くセッティングすることができ、しっかりブレーキを握っても後ろが持ち上がらずにブレーキングスタビリティが高まります。単純にそうすると、今度は、早くブレーキを離してフロントが持ち上がってきたときに、コーナーの外側に膨らんでしまいます。そこでウイングレットがいい仕事をしてくれて、グッと思い描いたラインで旋回してくれるんです。
高いレベルでいいとこ取りができたのかなと。あと細かいところで、リアアクスルの締結トルクとか色々なものをテストして変更していくなかで、小さな変更なんですけど、ライダーにとっては体感がすごく大きかったりする変更を現場で行っていきました。たしか、スイングアームを長いタイプにしてから、リアアクスルのカラーを剛性が高いものに変えただけで、秒単位でタイム変わりましたよね?
西山 尚吾(操縦安定性研究担当)
2006年入社。熊本製作所 車体製造課に配属。レース経験を生かした完成車機能テストの仕事を希望し、認証試験課・製品技術課を経て、現在の完成車研究課に異動。2015年までのレース活動では、九州選手権とスポットで全日本、アジア選手権に参戦。2012年、2015年は鈴鹿8耐に参戦。
西山:
車体のディメンジョンを検討するなかで、ホイールベースを変更した仕様を確認するために菅生に持ち込んだんですけど、最初はタイムが悪かったんです。いくつかのパターンを試してもう諦めようかと堂山さんと話をしていました。でも、あと1パターンやって、これで結果に繋がらなかったら諦めようってときに、リアアクスルまわりの剛性を高めるような仕様を入れたら、ポンっとタイムが上がったんです。それで、もうちょっとやってみようかと、そのあと2〜3段階試しました。そうしたら段階的にタイムがよくなってきて、これなら大丈夫そうだという結果が得られました。レースマシンで使えて、かつ量産車にも流用できる仕様をスイングアームのエンドピースまわりで実現できました。量産車のハンドリングの軽快性と、レースマシンのリアの接地感向上に貢献できてよかったです。
—そこで仕様を発見したわけですか。
西山:
そうですね。我々がもう少し低速域でテストしたときは、これくらいでいいだろうと考えていたのですが、レーシングスピードで小山さんにテストをやってもらったおかげで最適な仕様を構築できました。
600ccは操る喜びを味わうベストパッケージ
—やはりこの600のサイズは扱いやすいですか?
石川:
パワー不足も感じなければ、決して操り切れないほどの、とんでもない馬力が出るわけでもない。車重もそんなに重くなく、人が乗るという意味でサイズ感がちょうどいいと思います。スポーツバイクに乗って楽しいのは、やはり、意のままに操れることだと思っています。なので、ジャストサイズがこの600だと思っていますね。
—堂山さんも同様ですか?
堂山:
まさにその通りで、ちょうど良いサイズと、ちょうどいいスロットルコントロールが可能だと思います。低回転からの出力があり過ぎるわけでもなく、かといってちゃんと高回転まで回したら気持ちよく回り切るエンジンとこの車体のパッケージング、600ccならではのサイズとエンジンのフィーリングが、操りやすさに繋がっていると思います。
小山:
僕自身、1000ccだとエンジンパワーもあるし、車体も大きくなって車重も増えて、扱うのが結構大変なんですよ。600ccの大きさですと、小柄な男性や女性でも楽しく乗れると思います。
—ライディングポジションは変更しましたか?
若松:
量産車のポジションは従来から変えていません。バリバリのレースマシンでもない、スポーティなポジションなので、量産車として様々なシチュエーションで乗るにはこれくらいが扱いやすいと考えています。
フューエルタンクシェルターの形状は小山さんにテスト走行をしてもらう中でかなり作りこみました。スリムにするだけでなく、コーナリング中に腕や太ももでホールドしやすい形状を具現化できています。
小谷野 翔(動力研究担当)
2011年入社。CBR150R、CB125/150/250/300Rなどを担当。初の大型機種として今回のCBR600RRを担当。愛車は2009年モデルのCBR600RR。
—新しい装備としてウイングレットが装着されていますね。
小谷野:
防風性能、プロテクション、走行抵抗やトラクションコントロール、ウイリー制御を主に担当しました。そのなかでも苦労したのはウイングレットです。自分の部門としては、最高速を出すためにいかに走行抵抗を少なくするかということが課題でした。しかし、ウイングレットがある分、前面投影面積はどう工夫しても増えるので、ライダーに着目しました。タンクに窪みをつけ、ライダーの頭の位置を下げ、スクリーンを立て、できるだけライダーに風が当たらないようにすることで、全体として走行抵抗を低減しました。
一方で、ウイングレットは、そもそもコーナリングで、フロントタイヤの接地圧を安定させるパーツです。なので、抵抗を下げるだけでなく、操縦安定性を高めなければなりません。ところが、操縦安定性を高めると走行抵抗が増えるという背反関係にあります。そこで、西山と風洞に籠もって、ウイングレットの形状や位置、角度などを工夫し、走行抵抗と操縦安定性を高い次元でバランスさせていきました。
小山:
防風性能は全く別物ですね。従来モデルでは、高速サーキットの直線で、頭を下げて伏せても、風が当たるため、首がかなり疲れますし、頭がフラれることがありました。風切り音も結構あります。エンジン音が聞こえないくらい。一方でこの新型なら、身体が肩も含めてすっぽりスクリーンに入るので、乗っていて頭が押されることがないんです。これまでは、直線でもきつかったですけど、新型なら直線で休めます。これは大きな違いです。
あのRC213V-Sと同じ制御を搭載
—扱いやすさをさらに高めているのは制御?
堂山:
先にお話したように、RC213V-Sでは、RC213Vの本物そのままを量産車にしていくというコンセプトで開発しました。ですので、RC213V-Sは、きっと乗りづらいんじゃないか、MotoGPに参戦しているライダーしか乗れないんじゃないかってイメージされている方もいますよね。でも実は、あのマシンは本当に誰が乗っても乗りやすいんです。逆に、乗りやすくないとあんなに速く走れないんだよっていうことを皆さんに味わっていただきたかったのがRC213V-Sでした。その、RC213V-Sについている電子デバイスを、CBR600RRに入れたら最強のものになるんじゃないかと。それで、いまあるHonda先進のデバイスを、全部詰め込んだのが、このCBR600RRなんです。RC213V-Sと同じですよ。この乗りやすさを試さない手はないと思います。
石川:
機能として付けられると思われるものはすべて付いています。パワーセレクター、トラクションコントロール、ウイリー制御、エンジンブレーキ制御、アシストスリッパークラッチなどが搭載されています。車体の姿勢を検知するIMUをABSやHonda セレクタブル トルク コントロールに活かし車体の安定性を高めていますし、オプションでクイックシフターがあります。
堂山:
お買い得。ぜひ一台(笑)。
—小山さんもテストで扱いやすさを感じられた。
小山:
これは予想を超えていましたね。実は、トラクションコントロールとか、ウイリー制御とかいらないんじゃないかと思っていたんです。1,000ccなら、パワーモードなどがあるといいとは思っていました。実際、僕はすべてない状態で600に乗っていて、それなりに乗れていましたから。
でも、実際制御を作動させて走ってみると、体感できる部分が大きかったんです。たしかに、パワーモードで出力を落としたりすると、バーッと勢いよくスロットルを開けられるんですけど、ちょっと実戦では物足りないなって思ったりもしました。ですが、しっかりとグリップしてコーナーを立ち上がっていける感覚は相当気持ちよかった。そのあと、フルパワーモードにしてみると、パワーが出て速いので、乗っていていいタイムが出ていそうな気がするんです。でも、パワーモードを落とせば落とすほど、実は同じタイムが楽に出せたんです。すごい手前からバーンってスロットルをわざとラフに開けても、すごく綺麗に曲がってとてもラク。それが、フルパワーにしちゃうと、自分でコントロールしないといけないんですけど、速く走ろうと思うと気持ちが先行して、早く開け過ぎて無駄に滑らせたり、ちょっとした挙動でバイクの向きが変わらないことがありました。そういったところで制御を入れることによって、バイクの向きが綺麗に変わってくれたり、スロットルを早めに開けてもきれいに立ち上がってくれたりと、すごく乗りやすいことを実感しました。正直に言います。600でもすべての制御があった方が楽しく走れると思います。
—最初に「電子制御もすごく助けになった」とおっしゃっていたのはそういうことなんですね。
小山:
すごく乗りやすかった。菅生のテストの2日前、岡山で雨のレースに出ていたんです。そのとき自分の今年のレースマシンに乗って、2日後に菅生で新型のCBR600RRのレインモードで乗ったとき、すごく乗りやすかったんです。本当に制御ってすごいんだなって。細かく気を使わなくても、変な挙動が出ないし、スロットルを開けたときに自分が思っている以上に勝手に開いちゃって向き変わらないとか、うまくタイヤをグリップさせられなかったとかがなく、自然とグリップしてくれるし、自然とバイクの向きが変わってくれて。なので、他のことに集中できるんです、走っていて。
—バイクと格闘しなくていい。
小山:
速く走るために何をしようかと、他のところに気を回していける。逆に自分の今年のレースマシンに戻ったときの戸惑いが大きかったですね。
秋吉 洋行(制御系開発担当)
2013年入社。CBR1000RR SP2、CBR1000RR、CRF1100Lなど主に大型機種を担当。CBR1000RRレースキット車や鈴鹿8耐用レース車両の開発にも携わる。「買う買う詐欺」を返上すべく、今度のCBR600RRは購入予定。
—すごい制御ですね。
秋吉:
小山さんのようなライダーにそう言っていただけると、すごくありがたいです。たとえばバイクで走るとき、ライダーはマシンに対してできる操作は、スロットルを回すことしかできません。ブレーキングではなく、加速する場合です。加速の状態をどのように解釈し、ライダーの意思に近い動作をマシンにさせるか、そのためには車体姿勢を検知するようにして、こういうシーンでこう開けたんだったらこういう風にすべきだなというようなところを、我々がプログラムしています。そのプログラムにしたがって電子制御が解釈してくれて、ライダーの意思を読み取ってパワーをコントロールしてくれたり、そういうことをいろいろやって、そのおかげで乗りやすい状態ができています。チームのみんながいろいろな走行シチュエーションをテストして、ここはこういうセッティングにしようと、いろいろ調整してくれて、そういう制御のパッケージを作ることができました。
—もともとの素性がいいから制御もやりやすい。
秋吉:
もちろんそれもあります。でも、それでもやはり角は出てきます。たとえば、高いところから水彩絵の具をつかって円をトレースしようとしたときに、どうしてもはみ出ると思います。そのはみ出たところを、制御が補って削ってくれる、そういうのが電子制御のデバイスです。ちょっと手元がブレて外に出ちゃったときに、ちょっとだけ削ってくれる。だから人間の思いはそのままに、制御がちょっと行き過ぎだよねって戻すんです。本来ならライダーとマシンが1対1でやっているなかに、翻訳者としての電子制御がいることで、よりライダーの意志に近い動きができるようになる。そういうことを目指してやっています。
—思いがあって、その思いを確実に実現するサポートを。
秋吉:
小山さんのようなプロフェッショナルなライダーばかりではなく、一般ユーザー、僕みたいなライダーはそうなんですけど、普通のあまり訓練されていないライダーはどうしてもブレるんです。そういうときに制御がおさめてくれることで、普通の人はもっと扱いやすく感じるし、ある程度なら守ってくれるシステムにできていると思います。もちろん、あんまりオーバーすると救えないですけど。
人がどうしたいと思っているかに対して、実現するための手助けをする手段です。人がいて、それを優しく支える。それがHondaの電子制御の思想です。あくまで人間第一です。
—今回の開発で実際に乗って走られた堂山さん、小谷野さん、西山さん。扱いやすさについて具体的に教えてください。
小谷野:
私は、電子制御が付く前のCBR600RRに乗っていますが、進化は十分に感じられます。扱いやすさ、パワーもそうですけど、自分で担当しましたが、先ほどお話ししたトラクションコントロールなどは、小山さんのように速く走りたい人のサポートでもあるんですけど、モードが9まであって、一番下は、一般ユーザーが雨の日にマンホールで滑りそうになるところを救ってあげるようなモードもあります。
それこそ大型免許取りたての人も乗りやすいバイクです。初心者の方、経験の少ない方が一回の転倒でバイクから離れてしまったりとか、安いバイクじゃないので修理代かかったりとかっていうところまで、今回救えることをめざしたので、そういう点でもよくなったと思います。開発中は、マンホールで滑るようなシーンを再現するテストで怖い思いをしましたけど、その成果をみなさんに喜んでいただければ嬉しいですね。
—西山さんは、乗った印象をどう感じられましたか。
西山:
私は、もともとCBR600RRでレースやっていたってこともあり、操縦安定性確認の担当になりました。ですが、ウイングレットの翼端板といわれる突起の高さが1ミリ異なっただけでハンドリングが変わってくるという繊細なチューニングを今回の開発で初めて体験しました。ウイング以外にも見えないカウルの内側とかでも、随所にそういうチューニングのポイントがあって、微少な変化でこんなにも変わるんだという、信じられないような経験をしました。そのように繊細なチューニングを行い、乗りやすさを実現しています。おそらく、乗られた方は驚かれると思います。
若松:
開発の期間中、設計と研究の間でやりとりが色々あって、テストの度にミーティングして、話をするんですけど、本当か?みたいな話がいっぱいありました。そこやる?何ミリ?1ミリ?まじ?みたいな話が結構最後の最後までありました。でも、そういう細かいことって大事だと、いま振り返ると思うんですけど、当時は時間もないなかで、図面を出さないといけなくて。そういう細かいところへのこだわりは、やはりテストを行う乗り手にしか気付けないんです。設計としてそこは半分納得していないんですけど(笑)、そのこだわりを実現させてあげたいという思いでやりました。
—堂山さんはいかがですか、乗り味として。
堂山:
この量産モデルで一般ユーザー、いわゆるオートバイの免許取りたての方から小山さんみたいな頂点のライダーまでを想定しないといけないバイクをつくるわけです。やはりさっきの1ミリとかトラクションコントロールの怖いところを味わいながらつくり、そのバイクをサーキットに持っていって小山さんにタイムを出してもらうという開発は、非常にやりがいがありました。本当に乗りやすいし、曲がりやすいし、乗っていて気持ちよく、それでいて速い。バイクのおいしいところが詰まった一台だと思います。
—曲がりやすいのはウイングレットが効いているからでしょうか?
堂山:
もちろん。小山さんに菅生でウイングレットありなしでテストしてもらいました。多分そのとき小山さんは、ものすごく味わっているし、僕も最初テストしたとき、ウイングレットってこんなに効くのかと思いました。全然違いますね。何で飛行機に羽根が付いているのかわかるなという感じです。
—めざした“勝てるスペック”“操る喜び”が満たされた。
石川:
そうですね。もともとこのクラスのパッケージングはすごくよいものがありましたから、最初の話じゃないけど、14年ぶりに大きく進化できたと思っていますし、十分競争できるハードになったと思っています。
—小山さんとしても、タイムが期待できると感じられた?
小山:
レースには決められた周回数があって、40周なら40周で、20周なら20周を速く走りきった人が優勝です。その20周をいかにコンスタントに速く走るかがすごく重要なんです。ですが、一定したリズムで走るのはすごく難しい。やはり、トラクションコントロールだったり、パワーモードなどいろいろな制御をしてくれることによって、一定のタイムがすごく刻みやすくなりました。安定してタイムを出せる人がレースで勝てるので、勝つためのバイクということになりますね。
菅生でのテストのときに、最後は一応決勝レースを想定した20周ロングランを行ったんですけど、コンマ1秒もずれずに一定のタイムを刻めました。しかも、最終ラップにポンって、ベストラップを出せたんです。当然、最終ラップはタイヤが苦しくなってきましたが、モードを1から2に下げてアタックしたら、タイムが最後上がったんです。これはすごくないですか?
また、レースってものすごい速い速度でギアを落としていきます。そのとき、前後のブレーキをかけながら、クラッチを握ってギアを落とし、しかもクラッチレバーをコントロールしてリアのホッピングを抑え、リアタイヤが滑ったときに、どういう風にグリップを回復するかなど、自分でやらなきゃいけないことがものすごく多いんです。ですが、オプションのクイックシフターがあれば、何も考えずに落とせば自動的にスリップ制御も行い、本当に単純にブレーキに集中できるんです。
そのブレーキングでアドバンテージがすごく出ますし、実際にクラッチを握るバイクとクイックシフターがついたバイクで比較すると、ブレーキングポイントが圧倒的に違うんですよ。こっちのほうが圧倒的に突っ込めるので、クラッチを握るバイクで同じところまで突っ込むと止まれなかったりします。そういうところも、実戦ではすごく活きてきます。
—もちろん、ワインディングを楽しむ人にとっても。
小山:
そうですね、実際ウイングレットありなしでこの車両でテストして、ウイングレットを付けたときピットロードから出ていった時点でわかりました。ピットロードに出てピットスイッチを入れると60km/hでバババっとリミッターがかかるんですけど、菅生のピットロードを出て行ってすぐ1コーナーを曲がったときのフロントの接地感が全然違うので、その時にびっくりしました。ウイングレットは結構高いスピードで効いてくるのかなと思っていて。60km/hくらいからちょっと加速してすぐ進入するレベルの1コーナーでわかりましたから。なので、ワインディングでも十分その効果を楽しめると思います。
—最後に、検討されている方にメッセージを。
石川:
ベテランライダーだけでなく、初心者の方も含めて、多くのみなさんに乗ってもらいたいです。とにかく、操る喜びを体感できますので、CBR600RRでスポーツバイクの楽しさを知ってもらうだけではなく、将来的に長く付き合えるバイクになると思いますので、ぜひ体感してください。