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イノベーション 2024.11.08

Honda発のベンチャー「Ashirase」が 量産化実現に向けて大切にした3つのこと

Honda発のベンチャー「Ashirase」が 量産化実現に向けて大切にした3つのこと

株式会社Ashiraseは、視覚障がい者の歩行を手助けする靴装着型ナビゲ―ションデバイス「あしらせ」を開発し、Honda発スタートアップ第1号案件として創業。2024年10月1日、新モデル「あしらせ2」をリリースし、初回生産台数300台を突破、量産化に成功しました。取材を通して見えてきた起業から量産化実現までの取り組みを紹介します。

Hondaが加速させる起業家支援の取り組み

起業を目指す人々のアイデア・夢を実現する新事業創出プログラム「IGNITION」。IGNITION制度の現在地について教えてください。

中原
中原

IGNITIONは、Honda社員の独創的なアイデア・技術とデザインで社会課題の解決と新しい価値を生み出すことを目的に2017年に始まった社内プログラムです。2020年には社内での事業化だけでなく、起業しての事業化を目指せるプログラムを追加。さらに昨年度は対象を社外にも拡大し、社内外からのアイデアを募集しています。

 

昔は良いものを大量に作って大量に売ることでビジネスが回っていましたが、今はHonda1社で複雑な社会・環境に対応するソリューションを提供するのは難しい時代。そこで、IGNITIONを通じて皆さんと一緒によりよい社会をつくりあげていきたい。そんな思いで審査・運営をしています。

本田技研工業株式会社 コーポレート戦略本部 コーポレートデベロップメント統括部 コーポレートベンチャリング部 イグニッション推進課 課長/IGNITIONプロジェクト統括 中原大輔 本田技研工業株式会社 コーポレート戦略本部 コーポレートデベロップメント統括部 コーポレートベンチャリング部 イグニッション推進課 課長/IGNITIONプロジェクト統括 中原大輔
千野
千野

IGNITIONではHondaとの事業連携や協業に加え、独立系VCや金融機関、CVCなど、さまざまな領域の投資家から支援を受けて事業を育成できます。実際、僕がIGNITIONを利用して立ち上げた株式会社Ashiraseは、Honda第1号案件となれたことで金融機関や部品メーカーとのやり取りもスムーズでした。非常に感謝していますね。

株式会社Ashirase 代表取締役CEO 千野歩 2008年大学卒業後に本田技術研究所に入社。電気自動車やハイブリッド車のモーター制御、自動運転システムの開発を経て2021年4月Ashiraseを創業、代表取締役CEOに就任。 株式会社Ashirase 代表取締役CEO 千野歩 2008年大学卒業後に本田技術研究所に入社。電気自動車やハイブリッド車のモーター制御、自動運転システムの開発を経て2021年4月Ashiraseを創業、代表取締役CEOに就任。

IGNITION制度の歴史

2017 研究開発子会社・本田技術研究所にてIGNITON制度開始
2020 「社内で事業化する」手法に加え、「起業して事業化する」手法を制度に追加
2021 対象を全社に拡大してIGNITION制度第1号案件として、株式会社Ashiraseが設立
2023 対象を社外にも拡大して、公募を開始

製品を日常生活で使いこなすまでのハードルを知る

靴装着型振動ナビゲーションデバイス「あしらせ」。「あしらせ」は視覚障がい者の歩行をサポートするナビゲーションデバイスで、靴にデバイスを取り付け、iPhoneアプリ「あしらせ」を起動させ、目的地を設定するとナビゲーションが始まり、靴に取り付けたデバイスの振動で目的地まで道案内する 靴装着型振動ナビゲーションデバイス「あしらせ」。「あしらせ」は視覚障がい者の歩行をサポートするナビゲーションデバイスで、靴にデバイスを取り付け、iPhoneアプリ「あしらせ」を起動させ、目的地を設定するとナビゲーションが始まり、靴に取り付けたデバイスの振動で目的地まで道案内する

IGNITIONの選考も担当される立場として、改めて、あしらせの強みはどこにあると感じますか。

中原
中原

IGNITIONの審査基準は非常にシンプルで、成長するマーケットであること、勝てる商品であること、製品・サービスを早く市場に投入できることの3点に加えて、提案者の成長性・可能性を審査しています。

 

視覚障がい者をサポートする器具なら目や顔のまわりにデバイスを装着しようと考えそうなものなのに、あしらせは足につけるデバイスを考えた。常識や枠組みにとらわれずに柔軟な発想ができるという点でHonda社員らしい独創性だと思います。

 

また、足に装着するデバイスにしたことでビジネスの可能性も広がったと思うんです。

 

車のナビはタイヤの情報からGPSの精度を高めて道案内のルートを補正していきますが、あしらせは歩行の情報からナビの精度を上げていく。あしらせが集約していく歩行、経路、視覚障がい者がもつ日常生活の課題といったあらゆるデータにビジネス活用の経路があり、大きな強みになっています。

2024年10月、いよいよあしらせは量産化に成功。初回生産台数300台を突破されました。量産化に向けて最も困難だったのはどのような点でしたか。

千野
千野

アイデアを製品として形にした後、体験会を開催して300人近い方々に利用していただき改善を図ってきました。その後、量産化の最終テストとして、2023年3月にクラウドファンディングを実施し、そこでの高い満足度を持って同じモデルの量産化へ進む予定でした。

 

ところが実際にはクラウドファンディングに参加してくださった製品利用者の方々のうち30%の方しか製品に満足して頂けておらず、しかも「振動で経路を伝える」という基本性能に不具合が発生して120台全台回収するという事態に陥りました。

【課題1】試作品の体験会と、日常生活の場はまったく異なる

千野
千野

ハード面での不具合もさることながら、それまで何度も試作品の体験会を実施して改善を図ってきていたソフト面においてもクラウドファンディングでの満足度が得られなかったことに驚きました。ですがそれまで得ていた高い満足度の正体は、体験会という安全な場所で、メーカー側によって完璧に設定されたデバイスを装着して歩く程度の「この製品は使える」に過ぎなかったんだと次第にわかってきました。

【解決のヒント1】利用者の声に真摯に耳を傾け、ともに開発を進めていく

千野
千野

そもそも今まで世の中にない全く新しい形状の製品について、届いて箱を開け、靴に取り付けスマートフォンとペアリングし、アプリで目的地を設定し振動の意味を覚えるという事前準備は、当事者にとって非常に複雑で難しいものだったんです。

 

さらに、日常生活で使うなら、目的地までのルートは歩き慣れた道がいい。多少遠回りであっても、歩道がしっかりある大通りや点字ブロック・音の鳴る信号機が整備された場所を通りたいですよね。

 

でも、当時のあしらせは、目的地までの最短ルートしか表示されませんでした。日常生活で使用して使いこなすところまでいくのに、どれだけ大きな壁があるかを考えられていなかったことに気が付いたんです。

複雑な経路や曲がり角を少なくし、横断歩道のないルートを避けて歩きやすいルートを案内 複雑な経路や曲がり角を少なくし、横断歩道のないルートを避けて歩きやすいルートを案内

次モデルの無償提供を約束し、顧客の声を引き出す

浮かび上がった問題に対し、どのように対応していったのでしょうか。

千野
千野

ハード面の不具合を回収して再発送できる7月までの間にアプリケーションやウェブサイトといったソフトウェアの改修を進めてソフト面のアップデートを図りました。具体的には、僕らが体験会で説明するような使い方のフォロー音声が聞けるように設定を変更し、マイルートを登録できるようにしました。

【課題2】知らず知らずのうちに自分の常識に囚われている

千野
千野

僕らは「知らない場所に行くための道案内システム」を開発していたので、歩き慣れた道にはそもそもナビは不要だと思っていました。でも実際には何かに気を取られたり、考えごとをしていたりすると曲がり角を一つ間違ったりするんです。

 

彼らにとっては道を一つ間違えた瞬間にそこは知らない場所。歩き慣れた道であっても、安心して歩くためにはナビが必要だったんです。彼らの生活の中にある本当のニーズがどこにあるかを理解してアップデートしていったというのがこの1年間の取り組みで、半年後には、70%以上の方にご満足頂ける状態に引き上げることができ、今回の量産化にこぎつけることができました。

中原
中原

これは千野さんの大きな強みだと思っているんですが、利用者はもちろん投資家や社内外の人間に対しても「聞く」力がある。間違ったりわからなかったりすることに対して、「じゃあそこは教えてください」と素直に聞いて受け入れることができるんですよね。

【解決のヒント2】開発に協力して頂ける仕組みをつくり、相手の常識を引き出す

千野
千野

実はクラウドファンディングに協力してくださった方には、次のモデルも無償でプレゼントすることを約束していたんです。そのため、改善を期待されるご利用者からの非常に勉強になるアンケートの回答を多くいただきました。一緒に開発している仲間といった感覚のユーザー様も多くいたのではないかと感じています。

 

また、投資家のことも仲間だと思っているので、データを隠したりよく見せようとしたりすることもありませんし、その人たちに誠実に真摯に向き合っていくのが大切だと思っています。そのうえで、同じ目線でどう進むべきか一緒に議論してもらいたいですね。

量産化のスケジュールは一度引き直しをされており、当初の予定より少し遅れています。

【課題 3】さまざまなプレッシャーから当初のスケジュールに固執する

中原
中原

量産するというのは投資家はじめ、さまざまなステークホルダーのからのプレッシャーがありますよね。あしらせも1度引いたスケジュールでやろうと思えばできたんですよ。でも千野さんは顧客ファーストできちんと課題に向き合った。

 

このソリューションはどうすれば顧客に便利に使ってもらえるのかについて真摯に向き合った3年だと思います。当初我々が思っていたよりも量産化には時間がかかりましたが、非常に重要な時間だったなと改めて感じますね。

【解決のヒント3】量産化を急ぐ前に、目の前の顧客の課題に真摯に向き合う

千野
千野

製品開発は投資家や工場など多くの人を巻き込んでいるので、もともとのスケジュール、ストーリーを遵守したくなりますが、顧客の価値を上げられていない状態であれば、売り上げ目標を抑えてスケジュールを引き直す勇気も必要だと思いますね。

 

また、スタートアップはPMF(Product Market Fit)といってプロダクトがマーケットにフィットすることを性急に目指してしまいがちですが、その前段にはちゃんと顧客の課題を解決できているかを考える段階・PSF(Problem Solution Fit)があり、ここがおろそかだとその後もうまくいかないと思っています。

創業の4つのフェーズ

CPF:Customer Problem Fit
顧客の課題を検証する

PSF:Problem Solution Fit
顧客の課題を解決する製品を提供する

SPF:Solution Product Fit
持続的にソリューションを提供し続けられる

PMF:Product Market Fit
適切な市場に受け入れられる

Ashiraseの描く未来はどこにつながっていくのでしょうか。

千野
千野

視覚障がい者の情報の非対称性をどうすればなくしていけるかというと、視覚障がい者の方が社会の中で生活する姿を日常的に見かける環境をつくっていくことだと思っているので、まずは視覚障がい者の方がもっと自然に社会に溶け込んでいける状態をつくっていきたいですね。

 

そのために売り上げも上げていきたいし、利益も上げたい。そして海外進出もしていきたい。今回の量産化はその第一歩だと思っています。

ありがとうございました。

→IGNITIONの一般公募についてはこちらのサイトもチェック!


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