POINTこの記事でわかること
- ・ UMIAILE(ウミエル)は「海の見える化」で社会課題の解決を目指すHonda発のスタートアップ
- ・ Hondaに根付く三現主義によって、海洋観測情報提供というビジネスモデルを構築
- ・ 地震研究や海洋調査に貢献し、100年後の地球環境に寄与していく
Hondaが手掛ける新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」で起業を実現したのは、「海の見える化」を通じて平和で豊かな地球を守ることを目指すUMIAILE(ウミエル)。創業の経緯とUMIAILEが目指す未来について話を伺いました。
航空機とロボティクスの技術を応用した小型無人ボート

Hondaの新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」より、「海の見える化」を通じて平和で豊かな地球を守ることを目指す「株式会社 UMIAILE(ウミエル)」が誕生しました。UMIAILEは、小型無人ボート「UMIAILE ASV(ASV:Autonomous Surface Vehicle、自律航行型無人船)」の開発・販売ならびに、同ボートで収集した海洋観測情報の分析・提供を手掛けるHonda発のスタートアップ企業です。UMIAILE ASVは無線通信による遠隔操縦や事前に設定されたプログラムによる自律航行によって海洋観測を行います。
「海の見える化」とは何なのか。創業者でCEOの板井亮佑(いたい・りょうすけ)氏は次のように語ります。

板井氏は、これまでHondaの研究所でロボットや電動モビリティのハードウェアの開発・設計に携わる一方で、社内の特別自己啓発グループのひとつである本田航空研究会にも所属。人力飛行機や電動飛行機の研究を行っていました。
UMIAILE ASVの「水中翼ASV」というコンセプトは、水面上を飛行するドローン(無人航空機)のようなイメージです。船体を水面から浮かせて進めば、水の抵抗が少なく、効率よく走れる分、船体は不安定になります。そこで、Hondaのパーソナルモビリティ「UNI-CUB(ユニカブ)」や二足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」に使われていた、不安定な機体の安定を助ける姿勢制御技術を応用できないかと考えるようになりました。

姿勢制御技術を応用するというアイデアを思いついてから、まずは手で持てるサイズのスケールモデルを製作し、来る日も来る日も朝イチで荒川に行っては模型を走らせ、日中の業務の空き時間に何がダメだったのかを模索し、帰宅後に模型を手直し、翌朝また荒川へ……。そんな生活は1年ほど続きました。何度荒川で朝日を見たことか(笑)。
Hondaの三現主義で新たな事業可能性を見出す
IGNITIONに応募して一次審査を通過後、現在に至るまでの最も大きな苦労のひとつに、事業性とビジネスモデルの構築がありました。
姿勢制御という技術への純粋な興味からスタートしていたので、はじめは海や湖で遊ぶための電動サーフボードとして検討していました。しかし、具体的に事業化するために情報を整理していく中で、この技術と機体は漁業の効率化に貢献できるのではと考えました。
ところが、身近に漁師の知り合いがいるわけでもなく、どこまで需要があるかはわかりません。そこで立ち返ったのが、「現場・現物・現実を見て物事を判断する」、Hondaの「三現主義」でした。
そこでまずは、実際に漁師さんに話を聞きに行こうと考えました。知人のつてで紹介してもらったり、自治体主催の「漁師体験」に参加したり、養殖の手伝いをしたりと、なるべく幅広い情報を入手するために色々な機会を活用してヒアリングしました。
実際に話を聞いてみると、自然災害や生態系の変化による不漁、人手不足など、さまざまな課題を把握できた一方で、機体の製造コストや売価の関係で、漁業領域ではビジネスとして成立させるのが困難であることが見えてきました。
そんなとき、地震研究の専門家の方に話を聞く機会があり、そこで地殻変動の観測が地震の研究に役立つことを知りました。驚いたのは、彼らは次の地震被害を防ぐために研究をしているわけではなく、次の地震で地殻変動を精緻に観測することで、次の次の地震の被害を最小限に抑えるために研究しているんです。100年後、200年後の世界を救うためにこの人たちはいま必死に研究をしている。海についてまだまだ何も分かっていないんだと気付いたら、「海の見える化」が加速すれば地震研究だけでなく、ブルーカーボン※観測、気象観測、水産業の効率化などが進み、地球を救えるのではないかと思うようになりました。
※沿岸・海洋生態系が光合成によりCO₂を取り込み、その後海底や深海に蓄積される炭素のこと
「ある日を境に、板井さんが漁業と言わなくなった」と語るのは共同創業者の1人、海野暁央(うんの・ときお)氏。板井氏とはHondaの入社同期にあたり、UMIAILEではCTOとして、主にソフトウェア開発を担っています。
海野氏はHondaで船舶エンジンの電動化研究に携わったのち、多様な社会経験を積もうとIT企業に転職。AIを活用した生体認証技術の開発など、最先端のソフトウェア技術に携わってきました。
板井さんとはものづくりをテーマとしたTV番組に一緒に出演して、ロボット製作に取り組んだのがいちばんの思い出ですね。僕は電気まわりの統括、板井さんがハードウェアと全体の統括をしていました。その番組からのちょっと変わった要求に技術で応えるという企画だったのですが、板井さんも含めたメンバー全員で楽しみながら取り組めたことがとても印象的でした。

そんな海野氏に板井氏は二度、UMIAILEへの参画を打診しています。
電装技術、ソフトウェアエンジニアリング、制御システムなど、自分にない強力なスキルを持っている人を探していて、それは海野さんしかいないと思っていました。何より一緒に番組出演したときに、無茶ぶりとも思える課題を楽しみながら挑める人はこの人しかいない! と確信したんです。
最初にUMIAILEのことを聞いたときはHondaを退職するタイミングだったこともあり断りましたが、IGNITION制度に応募するタイミングで再度声をかけてもらったときには迷わず参画することを決めました。もともと海洋研究に興味があってHondaでもその研究を担当していましたし、僕自身、自分で手を動かしながら開発・検証をしたいタイプだったので、まだ完成されていない技術を一緒に作り上げていけることはとても魅力的でした。
板井さんはリーダーシップがあって常識にとらわれずにいろいろなアイデアをポジティブにカタチにしていける人。いつだって楽しそうに開発していたことが強く印象に残っていました。TV番組出演当時の思い出もよみがえり、この人とだったら困難や無茶ぶりも楽しみながら乗り越えられるだろうな、と思えたことも決断を後押ししました。

そこに、Honda社内のIGNITIONを運営する部署で事業開発の支援に当たっていた中島亮平(なかしま・りょうへい)氏がプロジェクトマネジメントを担うCSO兼COOとして参画。チーム一丸となって取り組む中で、海洋事業特有の難しさとして、実証実験をするにも誰に許認可を取るべきものなのか、ルールや常識について知見やノウハウが不足していたのです。
海洋観測のノウハウが豊富な大学や研究機関などと一緒に研究を進めていくことで管理や許諾関連もスムーズになり、行政との実績を積み重ねていくことでその次の顧客も見えてきました。順番を整理したことで大きく前進した手ごたえを感じました。
海の見える化で、100年後も平和で豊かな地球に住み続ける
創業メンバー3名に加え、IGINITIONの社外アドバイザー、そして業務外でもアドバイスしてくれる協力者がHonda社内に数多く存在していました。協力者の存在だけでなく、「やりたいと手を挙げた人に寛容で、応援して送り出してくれる気風がHondaにはある」と板井氏は語ります。
100年、200年先の未来を豊かにする秘密が海には眠っているのではないかと思うんです。それを知っていくこと、未開の海を見える化し、人類が地球に住み続けられるようにすること。その未来を見据えながら、この事業を社会に役立てていきたいと思います。
UMIAILEが見据えるのは遠い未来の地球。3人の挑戦はまだ始まったばかりです。

<関連記事>
- 評価する
Index
島国に住む僕たちにとって海はとても身近に感じるものですが、実は「海か宇宙か」と言われるぐらい、海の研究はまだ進んでいません。海底プレートの動きを精密に測定することは地震研究に大いに役立ちますし、海底に生える海藻や海草の生息地を正確に観測できれば地球温暖化解決の糸口にもなり得ます。ところが、そもそも海洋観測が可能な調査船は数が少なく、調査船の建造に数百億円規模の予算が必要という課題があります。
その点、小型無人ボートのUMIAILE ASVは製造・運搬コストも安く、それでいて機動力もあります。搭載している太陽光パネルで発電し、その電力で航行するため、長期間にわたる調査も可能です。また、無人艇なので有人では近づくことの難しい気象状況や海域での観測にも対応できます。