第Ⅲ章
独創の技術・製品

第3節 パワープロダクツ 第5項 世界のニーズに応える芝刈機

第3節
パワープロダクツ 
第5項 世界のニーズに
応える芝刈機

世界のお客様に
高品質なホンダ
パワープロダクツを

1970年代半ばまでに、ホンダは独創的な技術をベースに
汎用エンジンをはじめ、耕うん機、発電機、船外機などをラインアップしていたが
パワープロダクツ製品の全世界での存在感は決して大きいとはいえなかった。
こうした中で、世界に大きく広がるローン&ガーデン市場
すなわち芝刈機市場に挑戦する機は熟していた。
ホンダには、企業理念の一つに「需要のあるところで生産する」という考えがあり
このローン&ガーデン分野では早い時期から現地開発・生産に取り組み
現地ニーズを的確に反映した製品を次々と送り出していった。

巨大な芝刈機市場への進出

 1970年代半ば、世界の汎用(パワープロダクツ)製品市場は年間2,000万台規模で推移し、その中で芝刈機市場は、約850万台と4割以上を占める大きな市場を形成していた。
 当時のホンダ汎用事業部門は、国内とフランスだけで完成機ビジネスを展開しており、30万台に届かない規模。そこで、巨大な芝刈機市場への参入によって、フランス以外の欧州やアメリカなどの未開拓地域を含めた全世界にホンダのネットワークを築き、ホンダ汎用製品の大幅な拡販を目指すことになった。
 芝刈機の開発に当たって、北米、欧州を中心に市場調査を行った結果、この時代の主流は、「性能はそこそこで、とにかく廉価な芝刈機」だった。これらの芝刈機は始動性に問題があり、故障も頻繁に生じ、安全性にも課題を抱えていた。一方で、アメリカの中でも芝の生育が良い地域では 「高性能で安全性と耐久性に優れた芝刈機」を望む市場があることも分かった。まさしくホンダの強みを生かせる市場があることに気づいたのである。
 こうして、ホンダは「性能・安全性・耐久性に優れた世界ナンバーワンの芝刈機」を目標に、初の芝刈機HR21の開発をスタートさせた。

まずは芝を知ることから

世界各地の芝をサンプル収集し、ホンダ独自の芝刈機の要件を固めていった。左はフランスノルマンディー地方の一般住宅、右はパリ郊外の一般住宅のサンプルであるが、同じフランス国内でも長さや太さが大きく違う 世界各地の芝をサンプル収集し、ホンダ独自の芝刈機の要件を固めていった。左はフランスノルマンディー地方の一般住宅、右はパリ郊外の一般住宅のサンプルであるが、同じフランス国内でも長さや太さが大きく違う
欧州各地でプロトタイプによるテストを行い、改良を続けていった 欧州各地でプロトタイプによるテストを行い、改良を続けていった

 しかし、当時の日本では一般的に芝刈機は普及しておらず、ホンダにとって芝刈機の開発は大きな挑戦だった。そこで、アメリカ、欧州での実態調査から始めることになった。
 1976年2月より、イギリス、ドイツ、フランス、スイス、そしてアメリカなど、芝刈機市場の国のほとんどを見て回り、他メーカーや販売店の実態、メンテナンスの実情などを探った。それと同時に、現地で催される展示会で既存の商品情報を収集した。また、年間の使用時間や芝の面積、使用実態を調べた。パリ近郊やロサンゼルスでは、販売店に紹介されたユーザーの庭の芝、コテージのほか、道端の芝に至るまでサンプルとして収集するなど、各地の芝の特性を調べることにも注力。さまざまな角度から、ホンダ独自の芝刈機の要件を固めていった。
 帰国後、直ちにプロトタイプの試作が始まった。それと並行してテストする場所を探し、性能評価の方法などを含めたノウハウを積み重ねる作業が、ほぼ1年間にわたり続いた。完成したプロトタイプが現地に適合するのか、どう評価されるのかを確認するために、1977年6月、テスト担当者とともに再度渡欧。地域ごとに異なる芝の条件に適合させるための部分改良作業が続いた。

二輪車・四輪車が築いたホンダブランドの重さ

 欧米各地を回る中で開発スタッフは、改めてホンダというブランドのすごさを目の当たりにした。現地法人のスタッフに連れられて販売店へ行くと、どこでも歓迎され、有益な調査を行うことができた。ホンダの二輪車専門店から、商売に直接関係のない芝刈機のユーザーを紹介してもらったこともある。
 このような経験から、二輪車・四輪車の築いたホンダブランドに対するイメージを決して汚すわけにはいかない、そして、10年、20年満足して使っていただく芝刈機をつくる必要性を痛感した。
 二輪車・四輪車のホンダ専門店で販売する形式とは異なり、芝刈機は家庭用のローン&ガーデン製品として、メーカー数社の製品を同じ店で販売する併売が、欧米の一般的なスタイルだった。そのためアフターサービスも十分に行われていなかった。
 しかし、ホンダとして二輪車や四輪車と同等の満足を提供するためには、アフターサービスを充実させた専門店で販売することが望ましい。廉価とまではいかないが耐久性に優れ、部品交換で長期間にわたり使用できる高品質な芝刈機を、質の高い専門店で販売することにより、ホンダの高品位イメージを維持することが可能となる。

扱いやすさと安全性を両立した世界をリードする芝刈機

ホンダ初の歩行芝刈機HR21
1978年、アメリカをはじめ海外市場へ投入され高い評価を得た

HR21はバキュームアクション機構を採用し、コントロール類を手元に集中配置した HR21はバキュームアクション機構を採用し、
コントロール類
を手元に集中配置した
手を放すと3秒以内にカッターブレードが停止するBBC機構世界で初めての芝刈機の安全装置であった 手を放すと3秒以内にカッターブレードが
停止するBBC機構
世界で初めての芝刈機の安全装置であった

 基本構造がまとまった段階で、他社を超える性能と、他社がユーザーニーズに応えられていない部分に狙いを絞った。具体的には、隣家にも気兼ねなく使用できる「静粛性」、誰でも手軽に使用可能な「操作性」、積極的な安全思想に基づく「安全性」を併せ持った高品質な芝刈機だった。
 HR21は、静粛性が高く圧倒的な始動性を誇るGV150エンジンを搭載。ブレードの回転により強い風を発生させ、刈り取った芝の収集や、寝ている芝を立たせて効率良く芝を刈るバキュームアクション機構を採用した。また、操作性の向上を目的として操作関連のコントロール類などは手元に集中配置した。
 そして、安全面に関しては積極的な安全思想に基づき開発した独自のBBC(Blade Brake Clutch)機構を開発。芝を刈り取るブレードが高速で回転する芝刈機は、扱い方を誤れば事故につながる。しかし、当時の一般的な芝刈機には安全装置がほとんど装備されていなかった。このため、エンジンを停止させずに、カッターハウジングに詰まった芝を取り除こうとして生じる事故が多発していた。当然、安全装置の法制化も検討されていたが、技術的な課題が多く先送りされていたのが実態であり、安全性と扱いやすさの両立を求める声が次第に高まっている状況にあった。
 BBC機構は、クラッチレバーを握ることでカッターブレードが回転し、クラッチレバーから手を放すとカッターブレードにブレーキがかかり3秒以内に停止する安全性に配慮した技術だった。また、安全性に対してだけでなく、利便性にも配慮した構造を採用。カッターブレードが停止してもエンジンは停止せず、作業再開時に再始動を必要としない機構とした。BBC機構は、世界で初めての芝刈機の安全装置として、アメリカにおける安全基準の策定を促進する要因となった。同時に、歩行芝刈機全体の安全性を飛躍的に向上させるきっかけとなるなど、他社を大きくリードするものとなった。

年間33万台の大ヒット

 ホンダ初の歩行芝刈機HR21は、1978年8月にアメリカをはじめとする海外市場へ投入された。現地ニーズを的確に反映し、ホンダの技術力と細部に至る配慮が施されたHR21は、高い評価を受けて好調に売り上げを伸ばし、シリーズ化された1985年には、年間で33万台を売り上げるまでのビジネスへ成長した。
 HR21の基本的な構造や機能は、その後改良と熟成を重ねて後継モデルに受け継がれ、HR21から継承するコンセプトである高性能・高品質に加え、より軽量で扱いやすい芝刈機HRS21に進化した。軽量化と扱いやすさを実現するため、専用開発のOHV片持ちクランクシャフトの軽量・高性能な新エンジンGXV110を搭載。刈り取った芝の処理方法を用途に応じて使い分けられるサイド放出・リア収納両立ハウジングや、メンテナンスフリーなシャフトドライブ自走機構などの新構造を採用し、ユーザーの評価を確実に高めていった。

独自設計によって優れた
操作性・快適性を実現した乗用芝刈機

 ホンダが世界での汎用製品メーカーとしての地位を築くためには、年間80万台に及ぶアメリカの乗用芝刈機市場への進出は避けて通ることのできない道だった。歩行芝刈機HR21の評価は高く、現地の販売店からも乗用芝刈機への期待が高まってきたこともあり、1982年に開発をスタートさせた。
 当時の乗用芝刈機はエンジンやミッションなど、機能部品を既製品で構成した製品が主流であり、芝刈作業部の上にシートとハンドルを取り付けただけといったものがほとんど。操作は複雑で乗車スペースは狭く、長時間の作業を快適に行える商品とはいえなかった。
 ホンダは他社製品とは異なった発想にこだわり、すべて独自の設計で開発をスタートした。まずはスムーズな発進を可能とするMAT(Mechanical Automatic Transmission)機構に取り組んだ。当時、他社製品で油圧ポンプとモーターを組み合わせてスムーズな発進・変速を可能とする機構が高級モデルでは存在していたが、MAT機構は一般的なギアミッションにクラッチを組み合わせる機構と同レベルのコストで実現した。1985年、レバー1本で発進と変速を可能とし、運転者が運転席から離れると自動的にエンジンが停止するなど安全性にも配慮した乗用芝刈機ライディングモアHT3810の販売を開始した。MAT機構のほかにも、他社がベルト駆動としていた走行用の動力伝達機構には、耐久性を考慮してシャフトドライブを採用。他社がフレームにリジッドで固定していたエンジンには、ラバーマウントを採用することで低振動を実現した。
 以降、水冷エンジン搭載のHT3813・HT4213・HT-R3009・HT-R3811を発売し、ホンダの乗用芝刈機シリーズは、高性能・高品質が支持され、順調に販売台数を伸ばしていった。

MAT機構のほか、動力伝達機構へのシャフトドライブ、エンジンへのラバーマウントなど、他社にはない機構を採用したHT3810

MAT機構のほか、動力伝達機構へのシャフトドライブ、エンジンへのラバーマウントなど、他社にはない機構を採用したHT3810

需要のあるところで開発・生産する

 1985年9月のプラザ合意をきっかけとした急激な円高の進行や、ホンダが築いた高級芝刈機市場への他社の参入という情勢変化を受け、1989年に、NAD(NORTH AMERICA DEVELOPMENT)と名付けられた、現地生産化を推進するプロジェクトがスタートした。
 ところが、いきなり現地調達に向けたメーカー探しの苦労が始まった。アメリカ進出の日系企業は四輪車用部品への対応で精いっぱいで、とても汎用製品の部品に対応する余地がなく、現地ローカルメーカーを中心に交渉していくことになる。インチ表示に慣れたアメリカのメーカーにホンダの図面を理解してもらうのも大変で、ホンダフィロソフィーを説明しても、理解してくれるメーカーなど皆無。幾度も悔しい思いを経験しながら、次第にメーカーとの信頼関係をつくり、長い時間を費やしながら、対等に話し合いができる基盤をつくっていった。
 現地開発と部品の現地調達の礎を築いたのは、1991年発売の歩行芝刈機HRB215。日本のレイアウト図面をベースにアメリカでコストと品質のバランスのとれたメーカーを探し、同時に現地メーカーに通用する図面へと調整を重ねた。こうして、部品機能の一体集約化と現地の手法に対応し、アメリカ市場で初めての樹脂カッターハウジングを採用した。

NADプロジェクトのもと、現地開発と部品の現地調達の礎を築いたHRB215

NADプロジェクトのもと、現地開発と部品の現地調達の礎を築いたHRB215

 高い評価を得ていた乗用芝刈機の現地化にも取り組み、H1011/H2013を開発、1992年に発売した。現地メーカーの手法に対応した部品の共用化や一体化、溶接レスフレームや塗装の見直しなどさまざまな手法にも挑戦。図面を持って現地ローカルメーカーを訪問し、メーカーの設備に合わせた図面仕様への最適化を行った。こうして、手頃な価格で性能と品質のバランスがとれた、商品競争力のある乗用芝刈機が完成した。
 1997年発売の歩行芝刈機HRS216では、アメリカの研究所(ホンダ R&Dノースアメリカ 以下、HRA)による基本レイアウト案をベースに、日米共同プロジェクトで完成させた。日本で開発してアメリカで現地調達するという形で始まった現地化も、HRAが自らの芝刈機ビジネスとして、責任を持って取り組む現地開発の実現に至ったのである。
 需要のあるところで開発・生産するというホンダの理念に基づき、その後もグローバルに生産拠点の展開を行い、各地の需要に応えている。

乗用芝刈機で初のアメリカ現地生産となったH1011

乗用芝刈機で初のアメリカ現地生産となったH1011

HRAによる現地開発で発売され、後に日本にも輸入されたHRS216

HRAによる現地開発で発売され、後に日本にも輸入されたHRS216

トップメーカーならではのロボット芝刈機

 欧州の都市部は住宅が密集していることからバックヤードの深い家が多く、芝を奇麗に保つことが慣習となっている。庭の芝刈りは家主の腕の見せどころの一つで、休日には一生懸命に自分の庭を美しく刈り整えて、それを自慢し合うような文化もあった。しかし2000年代になると若い世代を中心に、そうした作業時間をむしろ家族との時間や、芝地でくつろぐ時間として使いたい、といったニーズが生まれてきた。
 そうした中、自動で庭の芝刈りを行うロボット芝刈機が1995年に登場し、2009年頃には主要芝刈機メーカーも次々と参入。ホンダは販売店による細かなサービス体制を構築した上で、2013年に全自動ロボット芝刈機Miimo(ミーモ)の販売を開始した。Miimoは「安心して任せられる」(安全性)、「簡単に使える」(操作性)、「快適に過ごせる」(高品質と耐久性)という3つをコンセプトに開発。ロボット芝刈機としては後発の参入であったが、高い技術力で既存メーカーの魅力を上回った。

 Miimoは、芝に設置したエリアワイヤーからの信号を受信し、作業エリアを認識して芝刈りを行う。ホンダは独自開発の高質な信号により、周囲に電波ノイズがあった場合でも確実に作業を継続できるようにした。スキルや知識が必要とされていた設定も容易で、コントロールパネルに表示される順に必要な情報を入力すれば、Miimoが自動で作業プログラムを設定するセットアップウィザード機能を採用。プログラムによりエリア内を巡回して、芝の伸びた部分を刈り取り、刈った芝は芝の根元に落とすことで回収を不要としている。また、充電は自らステーションに戻って実施し、充電完了後は再び作業に着手する。
 安全面にも配慮を施している。万が一、本体が転覆や持ち上がるような状況となった場合、芝刈り用のブレードが自動で緊急停止。さらに、障害物と衝突した場合も、自ら障害物を回避して作業を再開する。これらの異変を感知するセンサーはすべて二重配置。1つのセンサーが故障した場合でも、別のセンサーにより故障検出を行い、安全に停止できるようになっている。
 また、単なる作業機械ではなく、家族の一員として暮らしになじむ存在を目指し、芝生の上を走るペットを連想させる優しい曲線を基調としたスタイリングを追求。Miimoの大きな特長となっている。
 Miimoは、安全性に対する配慮や、高い品質と性能により欧州で高い評価を獲得。2017年には日本や北米での販売を開始した。
 1953年のH型エンジン以来変わることのない「技術で人を幸せにする」という、ホンダパワープロダクツの理念が目指したのは、労力や作業時間の軽減。芝刈りにおいて全自動化を実現したMiimoは、この目標を達成した一つの形といえる。しかし、これが終着点ではなく、より質の高い作業を効率よく実現する芝刈機への新たな出発である。
 実用性に加えて趣味領域としての人気も根強い歩行芝刈機、常に奇麗な状態を保つロボット芝刈機、広い敷地でも快適に作業できる乗用芝刈機。「早く・ラクに・美しく」芝刈り作業が行えるホンダの芝刈機は、今後も幅広いラインアップで世界中のニーズに応えていく。

エリアワイヤーからの信号を受信し、正確に作業エリアを検知

エリアワイヤーからの信号を受信し、正確に作業エリアを検知

従来スキルや知識が必要とされた設定を容易にしたセットアップウィザード機能

従来スキルや知識が必要とされた設定を容易にしたセットアップウィザード機能

二つの検出センサーにより、ブレードの自動停止、障害物の回避などを行う

二つの検出センサーにより、ブレードの自動停止、障害物の回避などを行う

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