第Ⅲ章
独創の技術・製品

第3節 パワープロダクツ 第4項 4ストロークの船外機

第3節
パワープロダクツ 
第4項
4ストロークの船外機

水上を走るもの
水を汚すべからず

「働く人を少しでも助けるため開発した汎用エンジンが仕事場の環境を汚すことなどあってはならない」
創業者本田宗一郎の信念のもと、ホンダは環境性能に優れた4ストローク船外機を一貫して開発し続けている。
パワーウエイトレシオやコストに大きなハンディを負う4ストロークを船外機に採用する他社メーカーが現れない中
先駆者としての苦難に立ち向かいながら独自のメカニズムを創造していった。
環境規制の高まりを受けて他社が4ストローク船外機を投入したのは
ホンダが初の船外機GB30を発売してから20年あまりが経過した後のことだった。
今では4ストロークが世界の主流となっている。

他社がやらない4ストローク船外機に挑戦

汎用エンジンG30を搭載したホンダ初の船外機GB30 汎用エンジンG30を搭載したホンダ初の船外機GB30

 船外機は、エンジンと燃料タンクやプロペラを回す駆動装置などが一体となっており、動力を持たない船舶の後部に取り付けるだけでモーターボートとして機能させる動力ユニット。漁業用・フィッシングなどのレジャー用として広く使われている。2馬力から400馬力以上までラインアップがあり、製品型番に記されている数字は馬力を表している。
 船外機は騒音を抑えるために、プロペラの中心部から排気ガスを排出する構造となっている。長らく船外機の主流であった2ストロークエンジンは、潤滑オイルを燃料に混合して燃焼させるため、オイルを含んだ未燃焼ガスが水中に排出され、4ストロークエンジンと比べて環境負荷が高いとされる。ホンダはこれをよしとはしなかった。
 1964年、ホンダ初の船外機として4ストロークエンジンのGB30を発売。ホンダは1954年に発売したT型エンジンを皮切りに、さまざまな機械の動力として使用可能な4ストローク汎用エンジンを独自に進化させてきた。GB30は本格的な国際商品として開発された汎用エンジンG30をそのまま搭載し、動力チェーンでプロペラを駆動する業界でも類を見ない方式を採用。エンジンを取り外して、他の仕事にも使用できるように工具なしで脱着できるユニークな構造だった。GB30は、2ストロークと比べ、低速での粘り強さ・静粛性・低燃費等、4ストロークならではの良さが広く評価された。

主力である中型機市場へ参入

 GB30の発売以降もホンダは唯一の4ストローク船外機メーカーとして、汎用エンジンをベースに独自のメカニズムの数々を開発しながらラインアップを拡充していった。
 ホンダはポータブル船外機から小型船外機のシリーズがほぼ出そろった後、マリンビジネスへの本格参入を目指して中型船外機の開発をスタートした。まず着手したのはBF35A・BF45Aである。北米・欧州・日本をはじめとする世界の市場で、漁業からレジャーまで幅広い用途に使用されている主力馬力帯への参入であり、市場の強い要望を受けてのことだった。
 商品のコンセプトは、2ストロークと同等の動力性能を有しながら、燃費の大幅な低減を図り、静かで快適であり、クリーンなことであった。また、ホンダ4ストローク船外機の特徴をよりいっそう強調したデザインとカラーリングで市場でのプレゼンスを高めることも狙いの一つに置かれた。

ひと目でホンダと分かるデザイン&カラー

デザインの初期イメージスケッチ デザインの初期イメージスケッチ

 当時の船外機は角ばったデザインが主流だった。BF35A・BF45Aも当初のデザイン案はそれまでのBFシリーズに沿ったものだったが、環境問題で2ストロークを疑問視する市場の機運も背景に「ひと目でホンダの4ストロークと分かる、新しいデザイン」に挑戦することになった。担当デザイナーはデザインスタジオを飛び出し、アメリカのマリーナで一日中船を見てはヒントを探す日々が始まった。
 何日も海を見続けるうちに、人と自然と技術との一体感を表現できるイメージが形づくられていった。そのイメージをもとにしたスケッチに描かれたのは、イルカのような流線型の船外機。それまでの常識であった、直線的で四角い造形の船外機とはまったく異なるデザインが生まれた瞬間だった。しかし、まだ何か足りない。
 さらにマリーナからマリーナへ、アメリカ中を旅して視察し、帰国後に写真を整理していた時に目にとまったのは、現地で借りて乗っていたシルバーのアコードの車体にモントレー湾の夕陽が映った1枚だった。銀色のボディーカラーなのに、夕陽を浴びてゴールドにも見える写真を見て「これだ」と確信した。銀色は夕陽の橙や海の青など、自然の色をすべて取り込み、海でこそ美しく輝く色だった。
 船と一体化したイルカのような曲線フォルム、自然に映える銀色のカラーで、新デザインは決定した。その後、ベストな銀色を選定するために、塗板(候補の色を試験的に塗った金属板)を持って世界中の海で確認。銀色の見え方の微妙な差異を調べ、さらにアメリカの海で試作機を浮かべてテストも実施。すると銀色の船外機は、上部は空を映して青に、下部は水しぶきを映して白に見えた。やはり、実際に海に出ないと分からないことは多い。現場・現物・現実、ホンダの三現主義たる所以である。

世界一の中型船外機にするために

 BF35A・BF45Aは1990年に欧米およびニュージーランドで発売して以来、高い評価を受け、同年のシカゴボートショーにおいて最も革新的な技術に対して贈られるIMTEC イノベーションアワード*1を受賞している。しかしこの開発には5年を要し、そのうち仕様の熟成に丸4年が費やされた。これは商品企画はもとより、技術課題などの、個々のテーマに対し徹底的に試行錯誤を繰り返した結果としての生みの苦しみであった。出すからには世界一の商品をという、技術者の矜持がそうさせたからであった。BF35A・BF45Aの開発を通して、ホンダ船外機のコンセプトが確立され、蓄積した数々のノウハウが、その後の開発を短期間で完了させることを可能としたと言っても過言ではない。
 こうして、2ストロークエンジンと比較して優れた燃料経済性や低環境負荷・静粛性などとともに、耐久性・操作性にも配慮した高性能船外機が完成した。その性能を表現し、スポーティーなプレジャーボートにもマッチする流線型のインテグレーテッドフォルムデザインは、四角い船外機が多い中で、世界のどのマリーナでもひと目でホンダだと分かるほど際立っていた。BF35A・BF45Aのデザインコンセプトを踏襲しながら、四輪車のエンジンをベースに大型化したBF75・BF90、およびBF115・130を開発し発売した。これらは、すでに2度にわたりIMTECの賞やグッドデザイン賞などを受賞し、ホンダ船外機シリーズのアイデンティティーを形づくっていった。さらに、その後の他社船外機にも影響を及ぼし、クリーン船外機のデザイントレンドを創り出すものとなった。

  • :世界一の規模を持つマリントレードショーIMTEC(International Marine Trades & Convention)が選定する、世界のマリン業界で最も権威ある賞
ひと目でホンダの船外機と分かるデザインを確立したBF35A・BF45A

ひと目でホンダの船外機と分かるデザインを確立したBF35A・BF45A

ボーデン湖の環境規制に世界初適合

ボーデン湖の環境規制に対して世界初の適合モデルとなったBF8B ボーデン湖の環境規制に対して世界初の適合モデルとなったBF8B

 スイス・オーストリア・ドイツの3カ国にまたがるボーデン湖は人気の観光地であるとともに、下流に住む住民の飲科水の水源として利用されている。1960年代以降、汚水(生活排水・工業排水など)の流入で汚染が進み、強い危機感を覚えた3つの国が国境を越えて保全委員会を設立し、同湖の水質改善に乗り出した。
 上流域での汚水処理が徹底されるとともに、湖上を航行する船のエンジンにも1993年から排出ガス規制が課せられることになった。このボーデン湖規制では、一酸化炭素(CO)・炭化水素(HC)・窒素酸化物(NOx)のそれぞれに規制値を設定。段階的に厳しくしていく案も考えられたが、事が飲料水の問題であるだけに、最初からあえて厳しい規制が設けられることになった。
 当時、船外機市場は2ストロークエンジンが主流であり、4ストロークエンジンと比較してNOxは少ないものの、HCの排出量は桁違いに多く、この規制をクリアすることは極めて困難だった。これに対して4ストロークエンジンは、燃焼が安定しているため2ストロークエンジンと比較して、NOxは多少多いものの、HCの排出量は極めて少ない。もちろん、一朝一夕にはいかなかったが、数週間にわたってセッティングテストを繰り返し、扱いやすい出力特性を維持しながら規制値がクリア可能なキャブレターセッティングと点火タイミングの最適値を導き出した。1992年、北欧4カ国で発売のBF8Bが世界初の適合モデルとなり、翌年にはBF6B・BF40Bも続いた。
 その後、1998年にアメリカで施行された、米国環境保護庁(以下、EPA)連邦大気基準船舶規制(2006年を最終年として段階的に排出ガスを削減するプログラム)についても、全機種が1998年モデルから最終年規制値を楽にクリアする実力を持って発売され、欧州のみならずアメリカ、そして全世界に「ホンダ 4ストローククリーン船外機」とのイメージを強くアピールすることに成功。水を汚さぬよう4ストローク船外機を一貫してつくり続けてきたホンダ。環境意識の高まりとともに、時代がようやく追いついてきたのである。

4ストロークエンジンの高出力化に挑戦

 湖海の環境問題が世界的に高まりを見せるようになっていた中で、「クリーンで高品質な4ストロークエンジン」として、ホンダ船外機シリーズに対する市場認知が進んだ一方で、高出力の4ストローク船外機の市場ニーズが高まっていた。特に市場規模の大きいアメリカで、中・大型ボートで主流だった船内機に代わり、メンテナンス性に優れた船外機の需要が拡大。ホンダ船外機も高出力モデルの開発が急務となった。
 そこで、市場分析・使用方法調査・営業部門の要望などを総合的に分析した結果、まずはターゲットを90馬力・75馬力に決定。ヒット作となったBF35A・BF45Aの基本コンセプトや、長年にわたり蓄積した数々のノウハウをもとに開発をスタートした。小型機と比較して台数が少ないこともあり、信頼性の高い船外機を、いかに開発コストをミニマイズしつつ短時間で開発するかが課題であった。
 高出力化には排気量を大きくする必要があるが、ホンダには四輪車事業を持つ強みがある。そこで、エンジンで最も投資が大きいクランクシャフトにシビックのものを流用するなど、性能や信頼性を担保しながら短期間での開発に成功。1995年にこのクラス初の4ストローク船外機、BF90・BF75が誕生した。
 発売後、経済性、信頼性が高く評価され、予想をはるかに超えた販売台数を記録。BF90・BF75により、4ストロークの魅力がいっそう認知され、小型から中型シリーズの販売台数も急伸した。

BF90・BF75は高出力の4ストローク船外機の市場ニーズに応えるため開発されこのクラス初の4ストローク船外機となった

BF90・BF75は高出力の4ストローク船外機の市場ニーズに応えるため開発されこのクラス初の4ストローク船外機となった

四輪車技術の適用拡大で
さらなる高出力化と低環境負荷を実現

 BF90・BF75の発売からほどなくして、さらなる高出力モデルの開発に着手した。これまで90馬力が上限だった4ストロークエンジン船外機の出力を一気に130馬力にまで引き上げ、しかも、圧倒的な低環境負荷をも目指すものである。こうして開発がスタートしたBF130・BF115には、四輪車で性能や信頼性が確立された技術の数々をマリン用に転用する「四輪車技術のマリナイズ」が積極的に行われた。
 ベースとなったのはアコードに搭載される、2254cc SOHC 直列4気筒16バルブエンジン。四輪車とは異なり、船外機ではクランクシャフトを直立させて搭載するため潤滑機構を変更。水冷機構も海水で冷却を行うためまったく異なるものになる。こうしたマリナイズを経て船外機エンジンとして最適化していった。
 BF130・BF115で最大の技術的トピックは、大型4ストローク船外機初の電子制御燃料噴射装置(PGM-FI)。四輪車で熟成された電子制御燃料噴射技術を駆使し、さらにさまざまな観点から変更を施してマリナイズ化した制御システムなど、新しいシステムを開発した。これにより、キャブレター仕様の船外機では限界のあった排出ガスエミッション低減と始動性・低速安定性などのドライバビリティー向上を高次元で両立するだけでなく、今後ますます複雑化・多様化する顧客ニーズ・社会ニーズに適切に対応可能な技術の礎を築くことができた。
 1998年にBF130・BF115を販売開始。高出力を発揮するとともに、EPAのマリンエンジンに対する排出ガス規制の最終年である2006年規制値を大幅に下回る数値を達成した。また、エンジン内部の四輪車用エンジン部品の流用や、BF90のフレーム部品の流用により、高い信頼性と製造コストの低減を実現した。

エンジンのベースはアコード。四輪車で熟成された技術PGM-FIを大型4ストローク船外機として初めて採用したBF130・BF115

エンジンのベースはアコード。四輪車で熟成された技術PGM-FIを大型4ストローク船外機として初めて採用したBF130・BF115

さらに高性能に、さらに低燃費に

 ホンダは4ストローク船外機の先駆者として、「常に業界を一歩リードしたエンジン技術の創造と具現化」を追求。2001年に、米国カリフォルニア州大気資源局(California Air Resources Board〈以下、CARB〉)の2008年排出ガス規制値を大幅にクリアするBFシリーズのフラッグシップBF225の販売を開始した。BF225はラグレイトなどに搭載されていた、VTECやPGM-FIを採用した3.5L V型6気筒エンジンをベースに開発した。
 VTECはエンジンの回転数が上昇した時にバルブの開閉量とタイミングを切り替えて吸気効率を高める、可変バルブタイミングリフト機構。PGM-FIと高度に連携させることで、直噴2ストローク船外機とほぼ同等の動力性能を発揮しながら、クラスで初めて、当時世界で最も厳しいCARBの2008年排出ガス規制値を下回る高い環境性能を実現した。

VTECを採用したV型6気筒エンジンを搭載のBF225

VTECを採用したV型6気筒エンジンを搭載のBF225

 また、この出力帯の船外機は、1つの船に2基の船外機を取り付ける2基掛け比率が高い。その際、旋回時にプロペラが水面から出にくいように、なるべく中央寄りに2基並べて取り付けるのが一般的である。4ストローク船外機は、2ストローク船外機に対して出力確保のために排気量が大きめの設定となる上、バルブやカムシャフトなどの動弁系を持つため、V型エンジンの場合、全幅が大きくなる傾向があった。既存のボートは、ほとんどが2ストローク船外機の2基掛けを想定したエンジンマウント幅となっていたため、幅の広い船外機を取り付けると船外機同士が干渉してしまう。そこで、エンジンカバーの前方の幅を絞り込むV-Wingフォルムの採用により、200馬力クラス4ストローク船外機として世界で初めて、2基掛け取り付けスパン660mmという、従来の2ストローク船外機における業界標準スパンでの搭載を可能とした。
 2006年には、BF90・BF75をフルモデルチェンジ。フィットの1.5Lエンジンをベースに、VTEC機構*2、PGM-FIやリーンバーン制御をはじめ、燃料供給量と点火時期を最適に制御することでトルクを増幅し、立ち上がり加速を向上させる知能化技術BLASTを船外機において世界初採用。燃費を20%*3向上させるとともに、先代モデルBF90・BF75に対し、最高速や加速性能を向上。従来の船外機の概念を打ち破る低騒音や振動の少なさ、軽くコンパクトなボディーと優れた動力性能が高い評価を得た。
 さらに、2011年には、BF225をベースに、新開発の3.6L V型6気筒VTECエンジンと、船外機としては世界初*4の技術となるダイレクト吸気システムを組み合わせたBF250を発売した。

  • :BF90に採用
  • :旧型BF90比、EPA EM測定モード燃料消費率において ホンダ調べ
  • :2011年10月ホンダ調べ
船外機として世界初の技術、ダイレクト吸気システムを採用したBF250

船外機として世界初の技術、ダイレクト吸気システムを採用したBF250

海のカーボンニュートラルを目指して

 ホンダが市場へ参入した当時1%未満だった4ストローク船外機の市場占拠率は、現在では98%にも及ぶ。ホンダは船外機の4ストローク化への礎を築き、海の環境改善をけん引してきた。2021年時点で日本を含めた59カ国に各国・地域のニーズに合わせた製品を供給し、同年に世界累計生産200万台を達成。クリーンで低燃費、静かな4ストローク船外機が、世界の海で、川で、湖で、大活躍している。
 2050年にホンダの関わるすべての製品と企業活動を通じてカーボンニュートラルを目指す、という目標実現に向け、次世代のクリーンな船外機の提案として2021年に小型電動推進機のコンセプトモデルを発表。電力源に着脱式可搬バッテリー、Honda Mobile Power Pack e:を採用し、ゼロエミッションであることに加え、低騒音・低振動・発進時からの高トルクといった特長は、船外機の使い方をさらに広げる可能性を秘めている。このような取り組みをはじめ、海のモビリティーでもカーボンニュートラルの実現に取り組んでいる。
 信念を貫き、他メーカーではやらないことをやる。「世の中にないものをつくる」というホンダのDNAを受け継ぎながら、これからもお客様の期待を超える船外機をつくり続けていく。