MotoGPのものを20年先取りしていたような、ウェッジシェイプのシートカウルを備えたNV0A。両サイドにサイレンサーが2本ずつ並んで後方へ突き出すデザインも、このマシンならではのものだ。
上下逆転レイアウトで図った低重心化だったが、反作用も大きかった
ウイリー、そしてリアタイヤのホイールスピンの抑制が、NV0Aの車体開発のテーマとして掲げられ、そこで低重心とすることが追求された。その最も大きな手立ては、満タン時では32ℓ≒24kgの燃料を内包した重量物となるタンクを、エンジンの下に配置することだ。実際、燃料20ℓ搭載時のNS500とNV0Aの重心高(重心点の地上からの高さ)を比較すると、NV0Aのほうが30mm近く低重心となっていた。
ただし、車両の重心点より下に燃料タンクを配したNV0Aのレイアウトでは、燃料がなくなった状態では、車両の重心高は逆に30mm以上も高くなるのも確認されている。レースが進んで燃料が減るにつれ、車両の重心高が上がっていくという特性をNV0Aは持っていたわけである。また、燃料が減るほど、タンク内の重心点が車両の重心点から遠ざかっていくという、このレイアウトならではの問題もあった。
つまり、通常レイアウトの比でない度合いでハンドリングや挙動が変わっていく車両がNV0Aであり、そうした変化に対応しながらレースを戦うことをライダーに求めるマシンだった、と言えるのだろう。
さらに、タンク内で燃料が大きく揺れ動き、ハンドリングに悪影響を及ぼすという難点もあった。揺れをできるだけ抑えるために、タンク内には仕切り板をいくつも設けたうえにスポンジを詰め込んでいたが、それでもハードブレーキングではタンク内を燃料が動くのが分かったとフレディ・スペンサーは証言している。
では、NV0Aはまったくダメなバイクであったのかというと、そうではない。何しろ、スペンサーは、世界グランプリの決勝レースで同車に乗った5戦のうち3戦で優勝を飾っている。もちろん、絶頂期を迎えていた天才ライダーの能力があってこそのリザルトだが、その走りを持ってすれば世界最高峰での勝利を何度もつかめるポテンシャルをNV0Aは持ち合わせていたのだ。
ただ一方で、当時のHRCは新しい手をどんどん打って突き進むべし、という空気に満ちていた。そのため、時間をかけてNV0A特有の弱点を解決していくことは選択されず、ゆえにこの上下逆転レイアウトは一代限りのものとなった。
車体設計主務者もワン&オンリーのNV0A
NV0Aの車体設計の主務者は鶴見保之。彼は、モトクロッサーの車体で知られた技術者である。そんな鶴見が、ロードレーサーの車体丸ごとの新規設計を担当した最初で最後の車両がNV0Aだった。「CR250R/125Rの2000年モデルで初めて入れた第2世代のモトクロッサー用アルミフレーム。あれが、一番思い入れのある自分の作品です」と言う鶴見だが、「NV0Aの仕事も楽しかった」と語った。
彼がNV0Aでこだわったポイントのひとつに、シートカウルの造形があった。「私が自分の頭だけで勝手に作ったデザインです。シュッとした形にしたかった。手描きで引いた線図の紙を切って、三次元で合うように組み立てて、それをもとに型を削ってもらいました。その型を見たHRCのみんなが『カッコいい!』って感動してくれていましたよ」
製法も形状も異例であったフレームに加え、シートカウル形状も唯一無二のNV0A。このマシンの車体関係のデザインがNV0B以降のNSR500と一線を画しているのは、実は設計主務者もワン&オンリーであったことも影響していたのだ。そして、トップカテゴリーのワークスマシンであっても、個々のエンジニアの考えが、コンセプトや設計を大きく左右させられた時代であったことも確かなのである。
NV0Aテクニカルディテールギャラリー
エンジン左側のカバーを外してクランクギア等を露出させた状態。NV0AのV型4気筒の軸構成は、逆回転(前進時のタイヤ回転と逆方向)のクランクシャフト+プライマリーシャフト+メインシャフト+カウンターシャフトの4軸だった。
シリンダーヘッドの内側。スパークプラグは、全長が49.6mmしかないNV0A専用品を使用した。
4本のチャンバーは、取り回しの兼ね合いから形状は少しずつ異なるが、断面径や断面形状は同じ諸元で作られており、容積はすべて等しく、最大膨張部の直径もすべてφ110mmという苦心の作。
2気筒分を一体にし、それを2個つなげたキャブレターユニット。サプライヤーはケーヒンで、円筒バルブ型のPEタイプ。メインボアはオーバル形状で、φ34mmが標準。ボディはマグネシウム製だ。
NV0Aのキャブレターが位置していたのはエンジン背面で、当初はメインジェットを交換するのにも、4本のチャンバーを取り除き、キャブレターをインシュレーターから外して取り出すという、途方もない労力を要した。その対策として、4種類のメインジェットを仕込んだホルダーを持たせ、車体の外から差し込んだレンチで回転させて希望のジェットにセットできるリボルバーシステムを開発。シーズンの途中から導入された。