普通のレイアウトのバイクであれば燃料タンクがある位置に、NV0Aでは4本のエキゾーストチャンバーがひしめいている。ステアリングヘッドのそばにある黒い箱は燃料フィルターケースで、ダイアフラムポンプがエンジン下のタンクから吸い上げた燃料がここへ入り、そしてキャブレターへと送られていく。
初代NSR500ならではの技術的ディテール
チャンバーがエンジンの上ゆえの厄介ごと
NV0Aでは、低重心化を図る狙いで燃料タンクをエンジンの下に位置させたが、そのためにエキゾーストチャンバーはエンジンの上へ取り回すしかなかった。そして、このレイアウトに起因した厄介ごとがいろいろあった。
例えば熱だ。ライディング時であれば両腕で抱え込むような位置に、アツアツの排気管が4本通っているわけで、その熱さが問題にならないはずがない。対策としてHRCは、GFRP製で二重構造のチャンバーシェルター(ダミータンク)を開発した。そして、アッパーカウルの上部両サイドに小さなNACAダクトを設け、そこから取り込んだ外気をシェルターの中に吹き込むようにした。だが熱気の抜け口がなかった。
そこで、シーズン後半には、シェルター後部の上端にスリットを追加した仕様を用意したのである。
チャンバーの設計と製作も難しかった。4つのシリンダーにつながるチャンバーの最大膨張部が、通常の燃料タンク程度の大きさのスペースに収まるよう、ねじれた形に作らねばならなかった。ゆえに、排気口に接続される口元の後のパイプ部を90度ほど一気に折り曲げた格好にせざるを得ず、その部分にクラックが入らないようにする工夫も必要だった。また、出来上がった4本のチャンバーを組み付けるのにもコツを要した。
エンジン下の燃料タンクの作り
NV0Aの燃料タンク単体を右斜め後ろから見る。容量32ℓを何とか稼ぎ出すため、タンクの上面は、エンジンの下面に沿わせた実に複雑な形状とされている。この製造も簡単ではない。アルミ板をいくつものピースに分けて成形し、溶接して組み上げられている。中央に見える円盤は、タンク内に防爆材のスポンジを詰め込むなどの作業を行うためのサービスホールのフタ。燃料は本体左前の注入口から入れる(黒いキャップがあるところ)。
NV0Aの燃料タンクはエンジン下にレイアウトされるがゆえに高さの制約が大きく、よって32ℓの容量を確保するためには前後方向に目一杯長くしなくてはならない。また、バンク角を確保するために、船底のような形とされた。ちなみに、NV0A設計時の想定最大バンク角は45度と、すでにかなりの深さであった。
タンク内には、燃料の揺れを抑えるための仕切り板がいくつも設けられた。また、タンク底部の中央には、前後に高さの違うスロープが設定されていた。燃料の残量がわずかとなっても、前後方向の動きによってスロープを越えた燃料がその中に溜まり、それを吸い上げるのだ。通常位置の燃料タンクと違って、燃料の自由落下を利用できないエンジン下配置のタンクならではの工夫だった。
使用された材料は、板厚0.8mmのアルミ材A5052P-O。部位を細かく分けて部材を成形し、溶接して組み上げている。単体重量は2.58kgで、前後左右の4カ所でフレームから吊り下げられる。
この特別な燃料タンクは、中島省一という職人の技の賜物である。複雑な作りであるうえに、満タン時の重量は燃料+タンク重量で26kg以上になるため、かなりの強度が必要。求められるものは多かったはずだが、その製造について中島は「そんなに大変ではありませんでした。あれより難しい仕事が、他にたくさんありましたから」とサラリと言った。
なお、エンジン下にタンクを配置したNV0Aにおける燃料は、2基のダイアフラムポンプによってタンクから吸い上げられると、チャンバーカバー(ダミータンク)の前に置かれている燃料フィルターケースに入り、ここから折り返して長いデリバリーホースを駆け下り、キャブレターに入っていく。ダイアフラムポンプはエンジンが回っていないと作動しないので、エンジンを始動させる際は、キャブレターに向かうデリバリーホースに直に燃料を注入しておく必要があった。