Hondaの研究開発施設 第6回

2024.12.25

極限の環境でHondaを仕立てる「環境試験施設①」

極限の環境でHondaを仕立てる「環境試験施設①」

厳しい環境を人工的に再現し、開発の密度を上げる

Hondaのクルマは世界のさまざまな地域で利用されている。なかには冬期にマイナス20℃を下回る地域もあれば、標高が3000mを超える地域もある。そうした厳しい環境でも安心してHondaのクルマにお乗りいただくため、狙いどおりの性能が担保されているかどうかを確認する現地テストが欠かせない。しかし、遠く離れた地に人や物を送り出すのは時間とコストがかかるうえ、現地に出向いたからといって期待すべき条件がそろうとは限らない。自然現象が相手なので、開発期間のなかでできることは限られてしまう。

寒冷地の低温環境や標高の高い地域での気圧の低い状況を人工的に再現する施設が、栃木にある四輪開発の中心拠点に設置した低温NVベンチと環境型(負圧・低温)シャシーダモメーターである。ここで年間を通じて基本性能の確認やセッティングを行うことで、開発の密度が上がると同時に現地テストの負担が減り、開発効率の向上と商品性の向上に結びつけている。

低温エンジンNVベンチ

寒冷地の環境を人工的に再現し、エンジンの音と振動を計測するテスト装置が低温エンジンNVベンチだ。NVはNoise(ノイズ=振動)とVibration(バイブレーション=振動)の頭文字を組み合わせたもの。低温エンジンNVベンチは部屋の中をマイナス20℃以下の極低温に設定できるだけでなく、冷却水や潤滑油、燃料の温度も極低温に設定することができ、クルマが実際に使われている寒冷地と同じ環境を再現することができる。人工的に再現した低温環境で繰り返しテストを行うことにより、現地テストの負担が減るとともに開発の効率が上がるため、より品質の高い製品をお客様に届けられるようになる。

金属は温度が低くなるにつれ収縮する性質があるため、ピストンとシリンダーライナーをはじめ、部品同士のクリアランスが広がることにより、低温始動時は暖機後とは異なる音が発生することがある。暖機後は滑らかになる潤滑油が低温時は硬くなっていることも音に影響を与える。例えば、カタカタカタという金属質の音が普段より目立って聞こえたりすることがある。

常温時はもちろん、低温時もお客様に音の面で違和感を感じさせることなく、安心してクルマに乗っていただきたい。そこでHondaの開発陣は低温環境を求め、冬期は寒さが厳しい地域、夏期は日本とは季節が逆の南半球にある寒冷地に向かい、低温環境でのNVを評価していた。現場、現物、現実を確かめるため現在でも現地テストは行っているが、自然が相手だけに再現性に難があり、必要な作業ではあるが効率が良いとは言い切れない。

例えば、現地での冷間始動テストは一日1回しかできないこともあり得る。テストを行ったらエンジンが暖まってしまうため、冷却水や潤滑油を含め、エンジン全体が冷え切った状態を正確に再現する必要があるからだ。完全に冷え切るまで、長ければ翌朝まで待つ必要があるし、翌日が狙いの温度条件になるとは限らない。

低温エンジンNVベンチは狙いの温度環境に制御し、短いインターバルで繰り返し評価を行うことができる。改善すべきアイテムが持ち上がった際は、現地テストのように国内の開発拠点に持ち帰って対策を施し、再び現地テストに赴くというプロセスをたどることなく、栃木の開発拠点内で完結し、スピーディに評価を繰り返すことができる。天候などの外乱に左右されることなく同じ条件で繰り返し評価することができるので、新たな発見につながることもあるし、見落としが減るのも低温エンジンNVベンチのありがたみだ。

低温エンジンNVベンチは、冷凍機で低温環境を再現するだけでなく、低温環境下での実車の暖機スピードを再現するため、ヒーターも設置している。
音を精度高く計測するため、部屋は無響室としている。音と振動はマイクとGセンサーで計測することが基本だが、良し悪しの判断は計測したデータだけに頼らず、必ず人の耳でも確認する。耳で捉えた現象がデータで表現できていることを確認し、現象を解析。目標値に到達するまで評価を繰り返し、最終的には現地テストで確認する。

低温エンジンNVベンチではエンジン単体で音と振動を計測するだけでなく、要素テストも行う。例えば、シリンダーブロックとヘッドだけを組んだ状態で徐々に冷やしていき、温度が低くなるにつれてボアがどのように変形するのか、その変形形態を細かく計測する。さらに、暖機過程で暖まっていく過程でどのように変形するのかも計測。温度変化による変形形態を把握することで、音発生のメカニズムを解析する。こうした要素テストをさまざまな領域で行うことで基礎データを収集し、CAE(コンピューターを活用した設計および解析)との擦り合わせを行い、計算の精度を高めていく。

設備の進歩が技術の進歩に結びついている事例のひとつが低温エンジンNVベンチだ。低温環境をベンチ室の中で精密に再現できるようにしたことと、計測技術の進化が融合することで、これまで捉えられなかった事象をより細かく捉えられるようになり、音や振動の課題に対してよりスピーディに、かつ的確に手を打てるようになった。それが、Hondaの四輪車の商品性向上に貢献している。

低温エンジンNVベンチ

低温エンジンNVベンチ

Gセンサーとマイク

Gセンサーとマイク

コントロール室

コントロール室

主冷凍機

主冷凍機

環境型(負圧・低温)シャシーダイナモメーター

空気が薄くなり、それにともない気温も低くなる高地の環境を再現し、実走行を模擬したテストを行う施設が負圧低温エミッションシャシーダイナモだ。気温・気圧が低くなる高地でもHondaのクルマは利用されている。厳しい環境でもお客様に安心して乗っていただけるよう、エンジン車やハイブリッドシステム搭載車をシャシーダイナモ(ローラーを通じて車両の動力を計測する装置)に載せて走行性能や排気エミッションを確認することが、この施設の役割だ。

標高が高くなるにつれて気圧が低くなると、エンジンの燃焼に必要な空気の密度が低くなり、エンジンでは空気密度の低下に比例して出力は低下する。センサーで検知した情報をもとにエンジンやハイブリッドシステムを制御し、その動きが、狙いどおりになっているかどうかを確認する。それが、この施設の役割のひとつである。

標高の高い場所で気圧が低く、気温が低い厳しい環境でエンジンが始動しないと、最悪の場合は命にかかわる。そのため、低い気圧・低温環境下における始動性の確認は、重要な評価項目のひとつだ。また、加速、減速、定常走行など、ドライバーが日常的に行う操作に対して狙いどおりの動きになっているかどうか、ドライバビリティの観点でも評価を行う。高地ではエンジントルクの低下によって平地とはドライバビリティが変化する場合がある。また、低温環境では路面が凍っていて、滑りやすい状態の場合もあり、意図しない僅かな挙動の変化がドライバーの不安につながる。そうした状況でもお客様に安心して乗っていただけるよう、細心の注意を払って計測・評価に取り組んでいる。

負圧低温エミッションシャシーダイナモは部屋から空気を抜いて気圧の低い状態をつくりだすため、外からの相対的に高い圧力に耐えられるよう頑丈なつくりとしている。テスト室は実車を載せるシャシーダイナモの横にもクルマ1台を置いておけるスペースが確保されており、テストしたり、待機させたりするのに用いる。始動やアイドル状態の確認だけなら、このスペースで行うことも可能。シャシーダイナモに載せた実車には、車速に応じた走行風が当てられるようにしてり、実車と同じ条件でのテストが可能になっている。

テスト室の隣にはソーク室があり、ここでテストする車両を充分に冷やしておく。テスト室だけ低温の環境を再現できていても、肝心の車両が常温のままの状態では正確なデータを収集することはできないので、時間を惜しまず芯まで冷やしておくのだ。低い気圧・低温環境下で発生しやすい不具合や課題については、過去の経験からノウハウが蓄積されており、それらを元に確認すべき条件をさまざまに設定。厳しい使われ方をしても破綻しないよう、念を入れて確認していく。

低い気圧・低温下での作業は身体への負担が大きい。作業者はまず減圧室に入り、時間を費やして低い気圧に体を慣らしてからシャシーダイナモがある部屋に入る。限られた時間での作業を終えると、今度は復圧室に入って徐々に大気圧に上げながら体を慣らし、コントロール室側に戻る。シャシーダイナモ側で作業する側もコントロール室側でオペレーションを行う側ももしもの場合を考慮し、必ず2人以上配置している。

負圧低温エミッションシャシーダイナモで高地の環境を再現し、低い気圧・低温環境でのエンジンやハイブリッドシステムのセッティングを進めていくが、それで充分ではないことは熟知しており、最終的な確認は現地テストで行う。現地でなければ確認できない事象は必ずあるからだ。一方で、負圧低温エミッションシャシーダイナモで基本的なセッティングを済ませているため、多くを現地で確認していた頃に比べ、現地テストでの負担が軽くなっているのは事実。開発の密度が上がっているため、品質の向上はもとより、商品性の向上にも寄与している。

環境型(負圧・低温)シャシーダイナモメーター レイアウト

環境型(負圧・低温)シャシーダイナモメーター レイアウト

テスト室

テスト室

ソーク室

ソーク室

減圧室

減圧室

圧力計

圧力計

コントロール室

コントロール室

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