SUPER GT GT500クラスは2014年に新しいエンジン規定を導入した。2013年まではポート噴射の3.4LV8自然吸気エンジンの使用と、出力を規制するため吸気リストリクターの装着が義務づけられ吸気流量を制限していた。

空気の通り道を物理的に制限する吸気リストリクターを装着すると、あるエンジン回転数で吸入空気流量は頭打ちになる。そのため、出力を向上させようにも、回転数を上げて単位時間あたりの吸入空気流量を増やし、それに見合った燃料を噴射して出力を向上させる手法は使えない。そのため、出力空燃比あるいはパワー空燃比と呼ばれる、燃料と空気が過不足なく燃焼する理論空燃比(λ=1)よりも燃料の比率が高いリッチ(λ<1)な領域での運用が常態化していた。

2014年からは2.0L直列4気筒直噴ターボエンジンの使用が義務づけられることになった。さらに、燃料リストリクターによって最大燃料流量を規制することになった。流量は7500rpmで100kg/hに規制される(2016年から95kg/hに変更)。

吸入空気流量規制から燃料流量規制に変わり、熱効率を追求する開発へと、エンジン開発の方向性ががらりと変わった。燃料流量規制によって、単位時間あたりに噴射できる燃料の量に上限が設けられることになる。言い換えれば、単位時間あたりに使える燃料のエネルギー量が決まる。限られたエネルギーをいかに効率良く出力に変換するかの競争になる。

ガソリンエンジンを含むオットーサイクルの理論熱効率を求める式は、圧縮比と比熱比を上げれば熱効率が向上することを示している。比熱比は空燃比を理論空燃比よりもリーン(λ>1)にしていくことで向上する。そのため、2014年以降のGT500クラスのエンジン開発は、圧縮比の向上とリーン化の促進を軸に、燃焼改善や冷却およびフリクションなどの各種損失低減を図っていく方向となった。

(上)空燃比と出力の関係/(下) 空燃比と熱効率の関係

 (上)空燃比と出力の関係/(下) 空燃比と熱効率の関係

エンジンはボア径が88±2mm、全長は最大500mm、最低重量は85kgに規定された。また車体側と同様、エンジンも開発コスト低減の観点から、共通部品が多く指定された。ターボチャージャーはそのひとつだ。ただし、タービンのA/Rやコンプレッサーのトリム(入口)径にはバリエーションがあり、選択の余地は残された。

※A/R: ターボチャージャーのタービン部分のノズル面積(A)と、タービンの入口部分からノズルの中心までの距離(R)の比

直噴インジェクターの最大噴射圧は200barで、インジェクターと高圧燃料ポンプを含む燃料供給系は共通部品に指定。ただし、インジェクターの噴孔数や径、配置に関しては自由に設計することができた。

共通部品であるターボチャージャー

HR-414E のスロットル/インジェクター。インジェクターはサイドに配置

  • 共通部品であるターボチャージャー
  • HR-414E のスロットル/インジェクター。インジェクターはサイドに配置

2014年に投入したHR-414Eに関しては、ガス(混合気)温度の低減に取り組んだ。熱効率向上を図るためリーン化を強めようとした場合、シリンダーに空気をたくさん入れ込むことになる。すなわち、過給圧は上げていく方向だ。過給圧を上げていくと、筒内の圧力が高まるため混合気の温度は上昇し、ノッキングを誘発しやすくなる。

2014年に投入したHR-414E

2014年に投入したHR-414E

筒内の混合気温度を低減させる技術として、HR-414Eではミラーサイクルを適用した。吸気バルブが閉じるタイミングを調整することにより、圧縮行程より膨張行程を長くとる高膨張比サイクルである。ミラーサイクルには吸気行程の下死点より手前で吸気バルブを閉じる「早閉じ」と、圧縮行程に入ってから閉じる「遅閉じ」のふたつの方法がある。

HR-414Eでは早閉じを選択した。気体は圧縮すれば温度が上昇するが、膨張すれば逆に冷却される。早閉じの場合は吸気バルブを閉じた後で断熱膨張するので、下死点では吸気した際の温度よりも低くなる。そのため、圧縮上死点での温度は通常サイクルより低くなり、ノッキング限界の引き上げにつながる。

ミラーサイクルの適用により、燃焼サイクルの効率向上に加え、混合気の冷却効果によるリーン化の促進や幾何学的圧縮比の引き上げ、最適点火進角での点火が可能になり、熱効率の向上につながった。

2015年仕様に向けては、混合気の予混合改善に取り組んだ。空気と燃料をよく混ぜた状態にして燃焼速度を高め、熱効率向上を図るアプローチである。具体的には、タンブルを強化した。タンブルは、吸気ポートからシリンダーに入ってきた流れが壁に沿って回転する、水平方向に軸を持つ渦(縦渦)のことだ。

吸気ポートで燃料を噴くポート噴射はシリンダーに達するまで距離と時間があるので、予混合に向いている。対照的に直噴の場合はシリンダーとの距離と時間が短いため、ポート噴射に比べて予混合に対して不利だ。その不利な予混合を促進するために、タンブルの力を借りることにした。タンブルを強めることで着火後の火炎伝播が速くなり、圧力への変換効率が高くなって熱効率の向上につながるのも、タンブル強化を図った理由である。

ミラーサイクルやタンブルの強化などで熱効率が向上すると、それにともないP-MAX(最大筒内圧)が上昇する。その結果ピストンがシリンダー壁面を押すスラスト力が強くなるため、耐久性が課題になる(フリクションも増えて効率が低下する)。P-MAXの上昇にともなって増加したスラスト力を低減するため、2015年仕様ではクランクオフセットを適用した。シリンダーの中心とクランク軸をずらしたレイアウトで、大きな負荷がかかる膨張行程でコンロッドの傾きを抑え、スラスト力を低減する技術だ。

また、信頼性向上の観点から2014年仕様では2本だったピストンリングを3本にした。量産エンジンは3本リングを適用するのが一般的で、トップリングとセカンドリングは主にガスシールの役割を担う。一番下はオイルリングで、シリンダー壁面のオイルが燃焼室側に入り込まないよう掻き落とすのが主な役割だ。レーシングエンジンの場合はフリクション低減の観点からトップリングとオイルリングの2本で済ませるケースが多い。

HR-414Eの2015年仕様で3本リングに変更したのは、信頼性向上だけでなく、シール性を向上させる狙いもあった。膨張行程でピストンリングからクランクケース側に逃げるガスを減らすことで出力アップにつなげる考えである。

2016年仕様は前半と後半で仕様が大きく異なる。シーズン前半に投入した仕様では、圧縮比の向上とフリクション低減に取り組んだ。フリクション低減は、オイルシステムの給油量低減で実現している。2014年、2015年の2シーズンの運用を通じて必要な給油量を見極めることができ、余剰分を削ることでオイル撹拌抵抗が減り、出力向上に結びつけた。

2014年に投入したエンジンでミラーサイクルの適用により大幅な出力向上を果たすと、2015年から2016年前半にかけては、主に燃焼速度の向上に軸足を置いて開発を行ない、コンスタントに出力向上を果たしていった。

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