2014年にSUPER GT GT500クラスに導入された新規定に対応した車両を開発するにあたり、Hondaは第2世代NSXをベース車に選択した。共通部品に指定されたカーボンモノコックはFR(フロントエンジン、リアドライブ)を前提としていたが、Hondaは市販NSXと同じMR(ミッドエンジン・リアドライブ)の駆動方式にこだわり、ルール統括団体および競合メーカーの同意を得、共通部品の変更を最小限に留め、かつ性能調整を課すことを条件に、MRでの参戦が認められた。

Hondaのこだわりはもうひとつあった。ハイブリッドシステムの搭載である。やはり、市販NSXがハイブリッドシステムを搭載しており、GT500車両も同じであることを重視したのである。この件についてもMR化と同様、ルール統括団体および競合メーカーの同意を得て搭載が認められた。

モノコックをはじめ、多くの共通部品で構成される新規定の車両は、当然のことながらハイブリッドシステムを搭載するようには設計されていなかった。ハイブリッドシステムはモーターとバッテリー、バッテリーの直流電流をモーターの交流電流に変換するインバーターに加え、バッテリーのみと、インバーターとモーターを冷却する2系統の水冷システム(電動ウォーターポンプとラジエーター)で構成される。これらのコンポーネントをどこに搭載するかが、大きな課題だった。

Hondaは2012年からGT300クラスに参戦しているCR-Z GTにハイブリッドシステムを搭載していた(2015年まで)。新規定に合わせて開発する2014年のNSX CONCEPT-GTはこのシステムを受け継ぎ、手を加えることにした。モーターの出力は10kW向上させ、60kWの最高出力を発生できる仕様としたのが一例だ。そのモーターをギヤボックスの左側面に搭載。インバーターはモノコック背後のエンジンルームに搭載し、インバーターとモーター兼用のラジエーターを近くに置いた。

2012年からGT300クラスで参戦したCR-Z GT

2012年からGT300クラスで参戦したCR-Z GT

衝突時の安全性確保と、重量物は重心点近くに置きたいとする車両運動性能の観点から、CR-Z GTは重量物であるバッテリーを助手席側のフロアに搭載していた。ところが、GT500の共通モノコックは燃料タンクが助手席側に張り出しているため、搭載は不可能だった。そこでやむなく、バッテリーはモノコックの前に搭載することにした。

NSX CONCEPT-GT ハイブリッドシステムのレイアウト

NSX CONCEPT-GT ハイブリッドシステムのレイアウト

NSX CONCEPT-GTの先行開発車は2013年夏に完成したが、MR+ハイブリッド車に定められた最低重量(第4戦まで1090kg、第5戦以降1077kg)に対して未達であることが判明したため、設計しなおすことにした。

重量増の要因となっていたのは、バッテリーを搭載する構造だった。先行開発車はバッテリーボックスを金属製のサブフレームに収める二重構造としていた。クラッシュ荷重に耐えられる強度を確保するための採用だったが、これが結果的に重量増を招いていた。

そこで、実戦投入車両では構造を変更。共通部品に指定されているフロントのクラッシャブルストラクチャーが正しく機能するよう設計したCFRP(カーボン繊維強化プラスチック)製のバッテリーボックスを設け、これにサスペンション入力を支えるフロントフレームの機能を持たせた。サブフレーム+バッテリーボックスだった二重構造を一体構造にし、強度を確保しながら軽量化を図ったのである。

バッテリー冷却用ラジエーターはフロントバンパー右側開口部の後方に搭載。インバーター/モーター兼用のラジエーターと同様、ウォーターポンプで冷却水を循環させる仕組みである。バッテリーとインバーターが離れたレイアウトとなったため高圧ケーブルが長くなったこともあり、冷却水なども含むハイブリッドシステムの重量は約70kgになった。

バッテリー バッテリー
インバーター インバーター
モーター モーター

NSX CONCEPT-GTが実際に搭載したハイブリッドシステムの重量は約70kgだったが、ルール統括側はハイブリッドシステムによる重量増を28kgとみなし、その28kgを補う形で使い方が規定された。つまり、差し引き42kg分は実質的に重量ハンディとなった。モーターは60kWの最高出力を発生する実力を備えていたが、最高アシスト出力は21kWに制限され(回生側は制限なし)、1周あたりのアシストエネルギー総量は880kJに規定された。規定最高出力で運用した場合、1周あたり約42秒間アシストすることができる計算である。

ただし、アシストできるのはエンジン回転数が7500rpm以上で、スロットル全開時のみという条件が設けられた。たとえスロットル全開であっても、アシストの効果が高いコーナー立ち上がりではエンジン回転が低いため使えないことを意味した。

富士スピードウェイ(全長4.563km)や鈴鹿サーキット(全長5.807km)など、全長が長いコースではアシスト総量が足りず、すべての全開区間でアシストできるわけではないことがわかった。そこで、アシスト実施領域を設定し、1ラップ全体を通して効果的にエネルギーを使い切るマネジメントを探った。

量産ハイブリッドシステムの場合はドライバーの要求制動力に対し回生ブレーキと油圧ブレーキの配分を自動的に調節する協調回生ブレーキを適用しているケースがある。市販NSXもこの技術を適用している。ところが、GT500では協調回生ブレーキの適用が認められなかったため、リヤは回生ブレーキと油圧ブレーキが作動するうえ両者の配分は調節できず、制動時には前荷重になってリヤの荷重が抜けるため、リヤがロックしやすい症状に見舞われた。これについては、ドライバーの乗り方でリヤがロックしないよう調整して乗り切きるしかなかった。

2014年、2015年とハイブリッドシステムを搭載した状態でシーズンに臨んだが、不可抗力により、2016年はハイブリッドシステムを降ろした状態で参戦した。ドイツに拠点を置くバッテリーセルメーカーが買収され、バッテリーセル事業から撤退することになったからである。同じサイズのセルを他社から入手できるか調査したが見あたらなかったため自社開発の可能性を模索したがコスト面で折り合わず、継続を断念した。

そのため2016年はハイブリッドシステム搭載用に設計した2015年仕様をベースにしながら、ハイブリッドシステムを降ろした状態で走った。車両左側のサイドエアインテークの一部はインバーター/モーター用ラジエーターの冷却に充てていた。この部分の開口部はハイブリッドシステムを降ろしたため不要になったが、2016年は空力開発が凍結されていたため変更することはできず、そのまま走行。ハイブリッドシステム非搭載に最適化したサイドエアインテークの割り当ては2017年仕様に持ち越しとなった。

2014年シーズンに向けては、FRを前提にした車体にハイブリッドシステムをいかに効率良く搭載するかに開発のリソースを割いた。翌2015年シーズンにかけては、ハイブリッドシステムをきちんと機能させるためのデータを収集し、検証を重ねた。2年間の活動期間で学んだことがある。バッテリーに組み込まれているセルの1つでもコンディションが悪くなると、性能が出し切れないことをあらためて痛感。また、レースにおいては更なる軽量で高出力なハイブリッドシステムが必要だと実感した。

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テクノロジーモータースポーツテクノロジーSUPER GTハイブリッドシステムの搭載と開発(2014-2015年)