オートマチック機構に対する情熱
ギアチェンジとクラッチの自動化に対する取り組みに関して、Honda二輪の歴史は75年以上に及んでいます。1949年の初代ドリームD型はクラッチ操作を必要とせずチェンジペダルだけで変速ができる2速トランスミッションが採用されていました。1961年に発売したジュノオM80ではイタリアのバダリーニ油圧伝達会社が開発した無段変速機のHMT(Hydraulic Mechanical Transmission)を改良した、オートマチック機構のHRD(Honda R&Dの頭文字)を導入しています。
Honda初の無段階変速機を採用したジュノオM80
もっとも、ジュノオM80のスクーターとしてのスタイルや、当時のライバル勢が駆動系に無段階変速機のトルクコンバーターやVベルトを採用していたことを考えれば、オートマチックの導入は自然な流れでした。
バダリーニ式をベースにHondaが開発した二輪車用ATのHRD
以後もHondaのオートマチック機構の開発は続き、1970年代末には四輪で実績を積んだ、トルクコンバーターのホンダマチックを装備するCB750エアラとCB400Tを発売しています。そして1990年代初頭には、HRDの発展型となるHFT(Human Fitting Transmission)を導入したRC250MAで全日本モトクロス選手権の最高峰クラスに参戦し、1991年に全12戦24ヒート中8勝を挙げて王座を獲得しました。
オートマチックモトクロッサーのRC250MA
しかし、HFTは量産が非常に難しい技術で、以後はNSR250RやGL1500などを用いてテストが行われたものの、市販化には至りませんでした。
そして長年に渡る開発を経て、2000年にはHFT第1号車としてATVのTRX500FA、2008年に二輪で初採用車となるDN-01を発売したHondaは、それ以降は四輪で普及が進んでいたDCT(Dual Clutch Transmission)に切り替えていきました。
HFTを搭載したDN-01
HRDと同様にオイルで駆動力を伝えるHFT
二輪の世界でいち早くDCTを導入
DCTの特徴は、油圧を用いたオートマチック機構に匹敵するスムーズな変速と、マニュアルミッションと同等のダイレクトな駆動感です。
このシステムには奇数ギアと偶数ギアを受け持つふたつのクラッチと、変速に特化したECUが備わっていて、例えば1速から2速に変速する際は、走行状況を判断したECUからの指令で奇数ギア用クラッチを切りながら、偶数ギア用クラッチの接続を行います。そういった動作を自動制御することで駆動力の途切れが発生しない、自然な変速と加速を実現します。
DCTを採用したVFR1200Fのクランクケース
マニュアルミッションと比べるとDCTは重量と体積の増加を招く傾向ですが、Hondaはメインシャフトの二重管化や直列配置クラッチの採用、エンジンカバーへの油圧回路の集約などで、二輪に適した小型軽量化を達成しました。シフトスケジュールは、オールラウンドに使えるDモードと高回転を維持するSモードを準備し、ライダーの意思で変速できるMTモードも設定しています。
2010年モデルVFR1200FのDCT構造図
長い先行開発期間を経て、二輪初のDCT採用車となったのは2010年から発売を開始したVFR1200Fです。そして2012年モデルのニューミッドコンセプト三兄弟、NC700X・NC700S・インテグラへの導入を契機にして、DCTは小型軽量化を推し進め、制御プログラムを洗練させた第二世代に移行しました。また、2016年以降の CRF1000/1100Lアフリカツインでは、慣性計測ユニットの6軸IMU(Inertial Measurement Unit)から得た情報を取り入れ、DCTのより緻密な制御を行っています。
DCTを採用したCRF1000Lアフリカツインのエンジン透視図
クロス+ワイドの7速ミッション
2018年から発売したゴールドウイング(SC79)では、マニュアルミッション仕様と並行して新たにDCTを開発。「スムーズ&アグレッシブ」というパワーユニットの狙いに加え、さらなる扱いやすさと操作フィールの向上を図りました。
第三世代となったゴールドウイングのDCTの主な特徴は、7速トランスミッション(先代までのゴールドウイングは5速で、VFR1200FやCRF1000Lアフリカツインが採用したDCTは6速)と微速での前進・後進を可能とするウォーキングスピードモードを導入したことです。それらに加えて、騒音の低減や4種類のシフトスケジュールも、先代以前とは異なる要素です。
7速ミッション用のギアとリバースチェーンを採用した第三世代のDCT
7速ミッションを導入した最大の理由は、高速巡行時のエンジン回転数を下げるためです。トップギア・100km/h巡航時のエンジン回転数は、先代が2600rpm前後だったのに対して、第三世代のDCTは2100rpm前後になりました。もちろんこの変化は静粛性の向上に貢献しています。
2017年型以前の5速マニュアルミッションと2018年型以降の7速DCTのギアレシオ
また、第三世代のDCTは1~3速をクロスレシオとして、ギアチェンジ時のエンジン回転数と駆動力の変化を少なくし、変速ショックと作動音を抑えています。その一方で、走行騒音が高まると相対的に変速ショックと作動音が希薄になるため、4~7速はワイドレシオを採用しました。
画期的なウォーキングスピードモード
1975年から発売しているゴールドウイングシリーズのエンジンは水平対向4気筒ですが、水平6気筒に変更した1988年モデルからはリバースシステムを搭載しています。ただ、そのシステムは、スターターモーターを反転させる電動式だったため、駐車場などで車体を切り返す際はR⇔N⇔1速という動作を繰り返す必要がありました(GL1500では後退時にレバー操作が必要)。
シリーズ初のリバースシステムを採用した1988年モデルのゴールドウイング
そういった数段階の動作を解消するべく、第三世代のDCTはエンジンの駆動力と電子制御クラッチを使用するウォーキングスピードモードを導入し、左スイッチボックスに備わる+/-ボタンの操作だけで、微速での前進・後進を可能としています。
ウォーキングスピードモードを使用中のDCTは、前進と後進で駆動力の経路が異なります。前進時の起点は、偶数ギア用クラッチとメインシャフトのアウターで、2速ギアを介してカウンターシャフトに駆動力を伝えます。そして後進時の起点は奇数ギア用クラッチとメインシャフトのインナーで、1速ギアとリバースチェーンを通してメインシャフトのアウターを逆回転させる駆動力が、2速ギアを介してカウンターシャフトに伝わります。
ウォーキングスピードモードの駆動力の経路
ただしウォーキングスピードモードは、実質的に2速発進と同様の状況になるため、クラッチ関連パーツにはかなりの負担がかかります。その課題に対応するべく、開発中は過積載状態や勾配の急な坂道などで徹底的なテストを実施し、クラッチスプリングやクラッチプレートの最適化を図ることで、マニュアルミッション仕様と同等の耐久性を確保しました。
もちろん、7速ミッションとウォーキングスピードモードの導入には、重量と前後長の増加を招く可能性がありました。とはいえ、高強度素材の採用や各ギアの最適設計、さらには既存の四輪用DCTのようなリバースシステム専用のシャフトを設けないことで、第三世代のDCTはマイナス要素の発生を抑制しています。5速マニュアルミッションの先代と比較した場合、パワーユニット全体では3.8kgの軽量化を実現し、前後長はほぼ同等に収まりました。
DCT仕様のパワーユニット全長はマニュアルミッション仕様と同じ
静粛性の向上と4種類のシフトスケジュール
DCTの利点はスムーズな変速とダイレクトな駆動フィールですが、SC79用として開発した第三世代はそのふたつの要素に加えて、フラッグシップのグランドツアラーにふさわしい、上質なフィーリングを徹底的に追求しています。
第三世代のDCTは2種のダンパーラバーを追加
シフトフォークを保持する2本のフォークシャフトの左右端面と、変速時にギアを切り替えるマスアームダンパーとストッパーピンの接面には、打音を低減するためのダンパーラバーを追加し、クラッチセンターには、ドグクラッチの勘合音を低減するスプリング式のダンパーを設置しました。
ドグクラッチの勘合音を低減するスプリングダンパー
また、第二世代以前のDCTのシフトスケジュールが2種類だったのに対して、第三世代はエンジン特性・トルクコントロール・サスペンション・ブレーキのアジャスト機能と調和を図る形で、ツアー/スポーツ/エコノ/レインの4種類を準備しました。そしてSC79は電子制御式のスロットルバイワイヤを導入しているので、より緻密な変速時のスロットルバルブ開度制御が可能になり、第一/第二世代を上回るスムーズな変速とダイレクトな加速を実現しています。
スロットルバイワイヤの導入にともないSC79は4種のライディングモードを準備
2010年から導入を開始したDCTは、年を経るごとに世界中で支持層が広がり、選択可能なモデルの場合、今ではDCTを選択するライダーが多数派になりました。
その事実は、創業のころからギアチェンジとクラッチ操作の自動化に注力してきたHonda、ひいては「多くの人に喜ばれるものを作りたい」と、誰よりもオートマチック機構に熱心だった、創業者の本田宗一郎が描いた夢の結実であるとともに、モーターサイクルならではの操る楽しさの進化でもあります。
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