世界的にも注目度が高く、日本で最も人気のあるレースカテゴリーといっても過言ではない「SUPER GTシリーズ」。NSX、CIVIC TYPE Rなど、市販されているスポーツモデルの名前を冠したマシンがしのぎを削り、日本一をかけて激しいバトルを繰り広げます。
今回は、ドライバーやチームの活躍の裏側で、NSX-GT、CIVIC TYPE R-GTといったレース専用マシンの開発に向き合うエンジニアに取材。マシン開発の最前線では、いったいどのような仕事が行われているのか。熱い想いをお届けします!
株式会社ホンダ・レーシング(HRC) もっと見る 閉じる 鈴木大介(すずき だいすけ)
さらに表示サーキットに5万人が詰めかける!SUPER GTシリーズとは?
約30年にわたる長い歴史を持ち、日本で最も人気のレースカテゴリーとも言われるSUPER GTシリーズ。量産車をベースとした車両を使用するため「箱車レース」とも呼ばれ、クルマ好きにもレース好きにも愛されるレースカテゴリーです。
元F1チャンピオンをはじめ、海外のトップドライバーの参戦もあり、世界中から注目が集まります。予選、決勝の2日間合わせて、多いときには約8万人ものファンがサーキットを訪れ、レース観戦はもちろんのこと、当日開催されるイベントなどを楽しみます。
そんなSUPER GTの魅力の一つが、速さの異なる2つのクラス(GT500とGT300)が混走するという独自ルールです。
スピードの異なる40台を超えるマシンが同時に同じサーキットでレースを繰り広げることで、同クラスのライバルとのバトルだけではなく、GT500クラスは「GT300のマシンをいかにスムーズに追い越すか」、GT300クラスは「迫りくるGT500のマシンにいかに無駄なく抜かれるか」といった勝敗を大きく左右する要素が存在。変動の激しいハラハラドキドキなレースが展開されます。
箱車において、世界トップクラスのスピードともいわれるGT500クラスには、Honda、TOYOTA、日産の自動車メーカー3社が意地とプライドをかけて参戦。GT300クラスでは、様々なチームが、海外メーカーのスーパーカーや国内自動車メーカーのスポーツカーをGT車両に仕立て参戦します。年間を通して日本各地のサーキットでレースを行い、総合獲得ポイントでチャンピオンが決定。各メーカー、チームのコースごとの得意不得意や、勝利チームへのウエイトハンディルールなどにより、最後の最後までどのチームが優勝するかわからず、1年を通して楽しめるシリーズなのです。
そんな、SUPER GTの2023年シーズン、Hondaは「NSX-GT」で参戦。「NSX-GT」は10年間にわたってHondaを代表するスーパースポーツカーとしてSUPER GTシリーズを牽引してきました。その間、2018年、2020年にはシーズンチャンピオンも獲得。ファンの皆さんの熱い声援を受けて戦ってきました。
そして、2024年シーズンには、ベース車両の販売終了をきっかけにNSX-GTの後継マシンとして「CIVIC TYPE R-GT」がデビューします。
多くの人々を驚かせたCIVIC TYPE RでのSUPER GTの参戦。気になる理由について、Hondaのレース専門子会社 株式会社ホンダ・レーシング(通称、HRC)の渡辺社長は以下のように語っています。
「まさか自分がレースに関わるとは!」担う若手エンジニアのキャリア
レースマシンを開発し、参戦チームへ供給するのが、栃木県さくら市に研究開発拠点を置くHRC Sakura。SUPER GTマシンのほか、F1で戦うパワーユニット等、四輪モータースポーツの精鋭が集い、日夜開発に励んでいます。
そのHRC Sakuraに勤める若手エンジニアの一人が、鈴木大介。2019年からHondaの四輪モータースポーツ開発拠点 HRC Sakura(当時HRD Sakura)へ異動し、SUPER GTマシンの開発を担っています。
小さい頃からクルマが大好きでした。当時は、F1で佐藤琢磨選手が活躍していて、F1日本グランプリをTV観戦した際に「F1マシンってこんなに速いんだ」と思い、そこからレースに興味を持つようになりました。SUPER GTも、ダイジェスト放送を見ている中でどんどん興味が高まっていきました。
レースの魅力を知った鈴木は、大学選びや就職活動でもモータースポーツに携わることを意識していたと言います。
学生フォーミュラという、自らの手でレーシングマシンをつくり、性能や技術力、企画力などの総合力を競う大会があるのですが、その大会に出場している学校を選びました。学生フォーミュラでは、マシンのフレーム設計を主に担当。そして、当時HondaはF1に参戦していなかったものの、またいつか参戦するのではという期待を胸に、Hondaへ入社しました。ただその頃は、まさか自分が開発を担当して、サーキットでも仕事をして、ということになるなんて具体的にイメージできていませんでした。
入社後、鈴木は量産車の開発部門に配属されました。担当分野はサスペンション設計。そこで様々なモデルに関わります。
FITやACCORDなど、様々なモデルを担当していました。そして、LEGENDを担当していたタイミングでHRC Sakuraへの異動の話が出てきたんです。
約10年に及ぶ量産車開発では、学びの連続だったと言います。
サスペンションというのは、クルマの乗り心地だけでなく、ハンドルを切ったときに気持ちよく曲がれるかといった性能にも影響してきます。試行錯誤してどれが良いのかを見極める開発の繰り返しでしたね。しかも、サスペンションは常に負荷のかかる部品なので、強度や耐久性も確保していかなければいけません。テストをする中で、時には予想していなかったような壊れ方をすることもありました。そこから仮説を立てて原因を突き詰め、改善していくという開発の連続で、苦労はたくさんしましたが、そこからエンジニアとして学んだことも多くありますね。
仕事に没頭していく中でも、レースへの興味は尽きなかったという鈴木でしたが、自身がレース開発に参加できるとは思っていなかったとのこと。HRC Sakuraへの異動のきっかけは、何だったのでしょうか。
Hondaには「チャレンジ制度」という社内公募のような仕組みがあり、そこでモータースポーツを運営する部署の募集が出ていたんです。結局、当初その希望は叶わなかったのですが、それがきっかけとなって上司にもレースが好きというのをわかってもらうことができました。そして、普段の上司との面談の中で、レースをやりたいという希望を粘り強く伝えていくうちに、上司が、SUPER GTの開発部門の話があるからと勧めてくれて異動になりました。
私の担当はサスペンションからステアリング、ブレーキ、燃料系など、シャシー部品を主とする多岐にわたる分野でした。これらの部品の使い方を試行錯誤して、速く走らせることはもちろん、レースを走り切れるように耐久性の確保も考えて取り組んでいます。試行錯誤の連続ですが、量産車開発での経験が活きていることを実感しています。
レースの仕事は「楽しい」。CIVIC TYPE R-GTへの熱い期待に応えたい!
こうしてSUPER GTの車体開発を担当するようになった鈴木ですが、日々試行錯誤を続ける仕事は苦労も多いはず。普段はどんな流れで仕事をしているのでしょうか。
2022年からはSakuraでの仕事に加えて、レース開催時にはサーキットに行き、車体や走行データを確認したり、トラブルシューティングしたりと、現場の仕事もやるようになりました。
私の主な役割は、信頼性を確保してレースが終わるまでクルマが壊れないようにすることです。走行が終わるごとにデータを確認して、問題が起きていないか、もしくは起きる予兆がないかを細かく確認しています。私たちもそうですが、チームの皆さんは勝利にすべてをかけて臨んでいるので、まさに真剣勝負。時に厳しい言葉をもらうこともありますが、そういう志を持った方々とのコミュニケーションを経て、勝利を掴むことができたときは最高の気分ですね。また、ファンの皆さんの熱さを感じられるのもすごく励みになっています。HRCのユニフォームを着ていると、ファンの方が「応援してるよ」って声をかけてくれるんですよ。すごくうれしい気持ちになりますし、その期待に応えるためにも勝利を目指さなきゃいけませんよね。
サーキットから戻ってきても、仕事は山積み。ですが、そんな多忙な日々を楽しんでいると語ります。
レースが終わると、すべてのマシンを一度バラして、問題がないかをチェックしています。Sakuraに来てから知ったのですが、何事もなく優勝したように見えるマシンでも、実はトラブルが起きる寸前だったということも珍しくないんです。そういったものを発見して、想像力を働かせてその原因を突き詰め、問題を解決していく。次のレースが控えているので、短いサイクルで高速PDCA(Plan Do Check Action)を回さなくてはならないのですが、解析担当のメンバーも頼りながら、チームワークで取り組んでいます。量産から異動してきた直後はレース開発ならではのスピード感についていくのが大変でした。
2024年シーズン、HondaはSUPER GTにニューマシンCIVIC TYPE R-GTを投入します。ベースとなるCIVIC TYPE Rは5ドアのハッチバック車。GTマシンの開発にあたっては、難しいポイントもあったそうです。
NSXは、レーシングマシンに近い、純粋なスポーツカーの形でしたが、CIVIC TYPE RはこれまでGT500クラスで採用されたことのないハッチバックのボディ形状のため、私たちにとっては大きなチャレンジでした。SUPER GTのマシンは、“車両のイメージを残したまま形状変更をするルール”が導入されているため、空力部品を施せるエリアも限られてしまうのですが、ベースとなるCIVIC TYPE Rのデザインを活かしつつ、最終的にどのような性能にもっていくかを見定めながら、開発するのはとても苦労しました。
こうしてシーズン中から精力的に開発を重ねてきた中で、鈴木もこのマシンに期待を寄せています。
今年までGTで走っていたNSXは、Hondaを代表するスポーツカーでしたが、高額のため誰もが手の届くクルマではなかったのも事実です。CIVIC TYPE Rもたくさんの方からオーダーをいただき手に入りづらい面もありますが、歴代モデル含めTYPE Rに乗ってくださっているオーナーさんも多いので、より身近に感じてもらえるのではないかと思っています。ファンの方々にもっと熱くなってもらえたらうれしいですね。
実は、量産車のCIVIC TYPE Rにも、レースの技術が活かされているのだそう。
レースで培った技術が、量産車にどんどんフィードバックされているのもうれしいですね。レース開発部門と量産車開発部門の間で、人と技術の交流が行われ、量産車とレース活動の双方がともに進化できていると思います。
また、Sakuraにおける、過去のレーシングカーの開発で培った、ドライビングシミュレーターの技術も活用して開発されたのが、現行のCIVIC TYPE Rなんです。そんなクルマが、今度はSUPER GTで走ることになり、私たちの手元にやってくるというのが面白いですよね。さらに、この先のスポーツモデルの開発に我々の経験が活かせたらと考えるとワクワクしてきます。
レースが好きでエンジニアになった鈴木、いきいきとこれからの目標を語ってくれました。
レースの仕事は本当に楽しいです。担当分野が幅広いのもやりがいにつながりますし、「より速くするために」「信頼性を高めるために」という思いで浮かんだアイデアをすぐ形にできて、上司も挑戦するよう背中を押してくれます。順位という結果がはっきり出る残酷な面もありますが、そんな中での優勝という結果を残せると、すべてが報われた気持ちになります。
希望が叶いHRCでマシン開発に携わっていますが、今まさに夢の真っただ中にいる実感があります。TYPE Rの名前を背負って戦う最初のシーズン、皆さんに喜んでもらえるように、初年度からチャンピオンを目指して頑張ります!
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Hondaのレースの歴史を振り返ると、様々なレースにおいてCIVICで参戦してきており、CIVICはいつもHondaのレースの中心でした。そうした活動を通じて、レースと量販車が結びつき、皆さまに愛される“CIVICブランド”が育っていったと考えています。
TYPE Rも原点をたどると、サーキットでの極限のパフォーマンスを実現できるようにと開発したのが始まりです。そのような時代を振り返りつつ議論を重ねた結果、ファンの皆さま、お客さまに、より身近なCIVICが戦う姿、究極の走りを追求するTYPE Rが勝利する姿をお見せしたい、という考えにたどりつきました。
国内最高峰の舞台で戦えるCIVIC TYPE Rを開発しSUPER GTシリーズに出場することで、CIVICとTYPE Rの魅力を最大限に引き出していきたい。
「CIVIC TYPE R-GT」を通じて我々HRCの活動に共感していただくことで、四輪事業はもちろんのこと、Honda全体の事業に貢献したいと思います。