現在、65歳以上のシルバードライバーは約720万人を数え、免許保有者全体の10%近くを占めています。高齢社会の進展を控え、今後この比率の増加が懸念される中、高齢者の事故防止は交通安全施策の最優先の課題とされています。 その重要施策となるのが参加体験型の交通安全教育の推進です。SJ2月号では、高齢ドライバー教育に意欲的に取り組んでいる実践事例を紹介し、交通事故防止により効果的な教育のあり方について考えます。 高齢者講習 月の輪自動車教習所 将来の 交通社会のために いま高齢運転者 教育の仕組みを作る 帝塚山大学教授 蓮花一己 一般ドライバーに較べ、高齢ドライバーは問題行動のパターンに個人差が大きい。そのため、一人ひとりの問題点を抽出し、類型化して、繰り返し教えることが大切になってきます。 いま、(財)国際交通安全学会で高齢ドライバー教育のプログラムづくりを進めています。例えば、「一時停止と確認」を教えるのも、まず、トレーニングコースでテスト走行をしてみる。ビデオを使って事実を確認させ、それをもとに小集団でディスカッションをさせる。その意見を参考にしつつ、自らの力で考え、その後もう一度走行する。具体的な運転の仕方を例に取りながら教え、習慣づけていきます。 前回の調査では、年齢層別にわけて走行実験を行ないました。その結果、中年層(25〜54歳)も、信号無視、合図をしないなど、いろいろな問題を抱えて運転しているというのが実感です。できるならば、高齢者に準じた年齢段階から、定期的に運転診断をして安全運転の習慣を身につけることが大切です。たとえば、定年退職前に会社で、必ず運転チェックを行なうなど、早め早めに自分の運転を振り返る機会を作ることが必要です。 自信過剰の自分を見つめ直す 高齢者は概して、自分の運転ぶりに対する評価が高く、実際の運転行動と意識に差があります。そのため、自分の能力がどの程度なのか、自ら気づかせることが重要です。その手法として、高齢者の年齢に近い指導員をアドバイザーとして活用するとよいでしょう。同世代の指導者の方が高齢者も話を聞き入れやすいと思います。 もちろん高齢者が安全で豊かな老後を送っていくために、社会も環境もクルマづくりといったハードも変えていかなくてはならないのですが、その前に高齢者自身も、自分でできる範囲で変わっていかなければなりません。クルマの運転が生活の自立に深くかかわっている以上、それを末長く続けられるように、私たちもサポートしていく。そのサポートが、高齢者の方に納得して、理解していただけるものであれば、高齢者講習にも積極的に参加してくれるようになると思います。 これは、高齢者だけの問題でなく、高齢者予備軍である私たち自身、ひいては社会全体の問題でもあります。いまこそ、高齢者に対する交通安全教育の仕組みを作る時なのです。 いまの運転能力を自覚してもらい 重点を絞ったアドバイス 1月16日(木)午後1時。月の輪自動車教習所(滋賀県大津市)で高齢者講習が行なわれました。これは、免許更新期間の満了日における年齢が70歳以上の高齢者に義務づけられているもので、受講時に運転適性指導を受けることにより、高齢者が加齢に伴って生じる身体機能の低下を自覚して、安全に運転することを目的としています。 開講式の後、休憩をはさんで視力検査(静止視力・動体視力・夜間視力など)と運転適性検査へ。 休憩の後、実車指導。「まず、周回します。車線の変更してください。一時停止の交差点を左へ」。「狭い所へ行ってみましょう」。クランクを出て交差点へ。「あ〜あ、出すぎた」「うまいもんや」と後部座席に乗っている参加者から声があがります。 「たしかに運転はお上手ですが、少し気になる点があるので、運転を変わりましょう」と指導員。見通しが悪く、信号のない交差点に来て、「一時停止する意志をここでみせて」と交差点手前で確実に止まります。 「右を確認しながら、カーブミラーを見て、じわじわと出ていきます」。相手にも自分の存在を気づかせ、自分も相手を見る方法をアドバイスします。続いて特別課題(スラーロム走行)へ。高齢者の言葉には必ず応えて、身体機能への自覚と共に自信がつくようにアドバイスするそうです。 クルマの運転は十人十色と、学科指導課長の谷川幸男さんは言います。「一人ひとり性格が違うように、一人ずつ運転特性は違うので、アドバイスの内容も違ってきます。いろいろ伝えるのではなく、『これだけは』とひとつだけに絞る。ご自分のいまの状態を素直に見極めていただき、教えるのではなく納得してもらうのです」。 視野計を使った視力検査 運転適性検査 実車指導 シニア・ドライバーズスクール (社)日本自動車工業会 (財)全日本交通安全協会 (社)日本自動車連盟(JAF) 楽しみながら自分の運転レベルを知る シニア・ドライバーズスクールは、1996年からスタート。対象は50歳以上で、昨年は北海道から鹿児島まで17都道府県で開催しました。 JAF公益事業部交通安全推進課の稲垣昇さんによると、スクールは「技術、ノウハウの習得ではなく、自分の運転能力を再確認し理解してもらう」ことをねらいとしています。 このスクールでは、現実の交通場面を想定し、一人ひとり認識や判断が違うことを理解してもらうための工夫を凝らしています。 距離感の錯覚では、交差点の中央に立って、左右それぞれ100m離れた地点に大型トラックと小さなバイクを配置、参加者にどちらが遠くに感じるかを答えてもらいます。結果は「バイク」が大半。実際の交通環境ではこうした錯覚が至るところに存在していることを理解してもらいます。 シニア・ドライバースクールの様子 また、クルマの死角では、クルマに1人乗って、その他の参加者はクルマの前に集まり、クルマの後方から来るバイクやクルマが他の参加者からは見えても、運転者は気がつかないことを体験します。続いて、クルマの後ろで小さな子どもが遊んでいる場面を想定。参加者たちがクルマの後ろに回って、初めて子どもの存在がわかる設定にしています。こうした工夫に共通するのは、自分の目で見て、自分でやってみて、納得してもらうことです。また、いま稲垣さんが重視しているのは、参加者が運転能力を試されていると思わせない雰囲気づくりです。そのための指導方法の研修にも、今後力を入れていきたいそうです。 鈴鹿市高齢者交通安全研修会 鈴鹿サーキット交通教育センター 客観的な視点 身近な設定を大事にした内容を展開 鈴鹿市高齢者交通安全研修会は、1994年から始まりました。 カリキュラムの1つである横断歩道の渡り方は、高齢歩行者の事故が多いことから、実際に横断歩道を渡るだけでなく、ドライバーの視点も盛り込んだ内容になっています。 「高齢者に横断歩道を渡ってもらい、その様子を横断歩道手前に止めたクルマの運転席からビデオで撮影、横断後ドライバーからどう見えていたかをビデオで確認します。歩行時はクルマが見えていても、運転席からは歩行者がよく見えないことがわかる。免許を持っていない方が多いので、車両特性を理解していない人が少なくない。相手の視点から訴えると、理解も大きいようです」。 橋田さんは、無事故ドライバーや運転に自信のある受講者の運転行動から発見が多かったそうです。このような受講者に話を聞いたところ、日頃クルマに乗るのは本人だけか、免許を持たない奥様が同乗するくらいだといいます。橋田さんはお子さんやお孫さんが積極的に同乗して、気づいたことは率直にアドバイスするという、身近にいる家族だからこそ、できるアドバイスに期待しています。 また、橋田さんはこれまでの講習指導の経験から、いくつかの提案をしています。 1つは、認知能力の低下に対する自覚を促す「交通健康診断」です。「現状では、運動や反応の低下を知っていただく講習会が多いのですが、運転に影響が大きいのはむしろ認知能力の低下だと思います。健康診断のようにいろいろな側面から身体機能をチェックして、それを補うための手段を学べたらと思います」。 鈴鹿市高齢者交通安全研修会の様子 2つめは、「プレ高齢者講習」。第三者の事例であれば客観的に見ることができ、受けとめやすいということから、60歳頃からの「プレ高齢者教育」の実施する。「企業の定年退職者を対象とした講習会があってもいいのではないでしょうか。いつまでもOBとしてイキイキと活躍してもらうために、企業がそうした環境づくりを行なえたらと思います」。
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