2001年1月号

  人と技術の共存

吉村 クルマ自体について見ると、非常に知能化しています。つまりハードの技術が大変なスピードで進んでいる一方で、人間がそのスピードについていけないという感を受けます。これからのクルマづくりは、どのような方向にいくとお考えですか。
吉野 第一にインターネットやカーナビゲーションなどの情報端末的な機能がますます増えていくでしょう。第二に衝突事故を未然に防ぐ、または最小限に抑えるクルマづくりが求められます。第三に地域内で小型電気自動車などの低公害車両を共有化し、環境や交通渋滞などの交通問題の解消をめざすという近未来型地域交通システムICVS(インテリジェント コミュニティ ビークル システム)の実現です。クルマはかつてのように一つのステイタス、憧れだった時代から、ますます使いたいときに使いたいものを使うという時代になっていくと思います。それに合わせたクルマとそのシステムが求められるのではないかと思いまして、現在ICVSの開発に取り組んでいるわけです。
吉村 21世紀の日本の交通分野で確実に変わらざるを得ないのは、都市における自動車文明に対する価値観だと思います。ヨーロッパではこうした価値観に対して1960年代あたりから徐々に見直されつつあります。つまり、これまで都市の空間をクルマのために削ってきたのに対し、これからは人のために削っていかなくてはいけないという発想の転換ですね。
吉野 シンガポールでは、すでに中心部に入ってくるクルマに対して通行料をかけて抑制しています。そうした交通量の規制をしながら、たとえば電気自動車のような小さなクルマをお互いに使い合うような姿がこれからの都市像だと思います。とくに、日本の都市のように非常に公共交通機関が発達しているところでは、それなりのアドバンテージがありますから、いろんな構想が描けると思います。
吉村 ところで、クルマの情報化、自動化がどんどん進むと、安全に対してはあくまでも人間が責任をとるべきなのに、その意識が薄れてしまう懸念があります。一方で、もう50年ぐらい前からクルマは将来、目的地のボタンを押すと、自動的にそこに連れていってくれる時代がくるといわれていたのですが、実現しそうにない。なぜなら、人間にとってハンドルを握って運転することが楽しいからだと思います。すべて自動化したクルマを作って人間から楽しさを奪うことは不可能ですね。
吉野 運転する楽しみを奪うようなクルマは不要ではないかと思っています。たとえば、一度に多くの人が被害を受けるのは、トラックやバスといった大型車両が絡む事故です。ハードな運転状態が原因と思われる事故を技術で排除していく、危ないときには自動ブレーキが働くといった、そうした自動化の方向は必要だと思いますね。

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