第5章 場と機会の拡がり
地域に根ざした活動を定着させる
地区普及ブロックの発足
2008年の交通事故死者数は5,155人、負傷者数は94万5,504人と「2010年までに交通事故死者数を5,500人以下、負傷者数を100万人以下にする」という第8次交通安全基本計画の目標を2年前倒しで達成。さらなる死者数、負傷者数の低減に向け、交通安全対策も子どもや高齢者、自転車利用者に重点が置かれるようになる。
こうした課題に対応していくためには、ライダーやドライバー以外の交通参加者に活動範囲を拡大する必要があった。ライダーやドライバーとは異なり、幼児や小・中・高校生、高齢者に対しては、地域と連携しながら活動を進めていかなければならない。そこで、地域に根ざした交通安全活動を全国に展開するため、2008年から新たな取り組みを開始する。
まず、熊本製作所内に熊本安全運転普及グループ(専任メンバー4名)を設置。熊本製作所はHondaの二輪車生産が集約されており、世界に二輪車を発信していくマザー工場として位置づけられていた。交通安全活動においても、そのノウハウを熊本から発信し、九州さらには日本全国に展開していこうという考えがあったのである。
熊本安全運転普及グループだけでは九州全体をカバーすることはできないため、九州のHonda関連会社が組織する「熊輪会」に呼びかけ、協力会社内に18人のHondaパートナーシップインストラクター(以下、HPI)を養成した。
九州での活動の第1弾は、2008年7月に「熊輪会」の一員である九州武蔵精密(株)と同社のある熊本県球磨郡錦町や近隣の人吉市など6市町が共催した「親子交通安全教室」。小学生とその保護者を中心に251人が参加した。指導は熊本安全運転普及グループのスタッフと「熊輪会」のHPIが担当。ダミー人形による飛び出し事故や大型車両を使った自転車の左折巻き込み事故の再現、クルマの死角の確認、シートベルトコンビンサー体験などを行った。
先行していた熊本に加え、2009年には栃木、埼玉、浜松、鈴鹿の各製作所に地区普及ブロックという組織を設置。熊本安全運転普及グループも熊本普及ブロックと名称を変更した。5ヵ所の「地区普及ブロック」は自治体や警察など関係諸団体に「あやとりぃ」シリーズをはじめとするHondaの交通安全教育プログラムとその指導ノウハウを提供し、地域の交通安全指導者の支援をしたのである。
地区普及ブロックによる交通安全教室
二輪から四輪、自転車へと拡がったシミュレーター
1996年に発売したHondaライディングシミュレーターが教育機器として自動車教習所から高い評価を得ていたため、四輪シミュレーターの登場も待ち望まれていた。1998年、四輪シミュレーターの開発に向けたプロジェクトが立ち上げられる。四輪シミュレーターはすでにいくつかのメーカーでつくられていたが、運転者のシミュレーター酔いが問題となっていた。このシミュレーター酔いを緩和するため、初心運転者教育用シミュレーターとしては初の6軸モーションベース(揺動装置)を採用。これにより加速・減速感もリアルに体験できるようになった。そして2001年4月、「Hondaドライビングシミュレーター」として発表。その後、ドライビングシミュレーターの教育ソフトをオーダーメイドで提供できる体制を整備したことから、自動車教習所だけでなく、大学などの研究機関や企業などへの導入も進んだ。こうして培われたシミュレーター技術は、様々な教育機器の研究開発に活かされていく。
2001年に発表された「Hondaドライビングシミュレーター」
2001年に自転車の安全運転教育ができるシミュレーターの開発に向けたプロジェクトが始まる。まず小学生を対象に教育できるものを想定。単なるシミュレーターの体験で終わらないよう、自転車乗用中の安全行動をいかに子どもの身体に覚えさせるかということが開発テーマの一つとなった。そこで、前方だけでなく後ろや左右の状況も確認できる仕組みをつくり、発進時の後方確認や、見通しの悪い交差点で左右の安全確認、左足着地・右足ペダルといった動作を身につけられるようにした。
2007年に完成した試作機を使って様々な検証を重ねていくと、小学生だけでなく、中学生や高校生、高齢者にも対応できることが確認できたのである。その後、色々な体格の方が利用できるように、ハンドルやサドルだけでなく、モニターの位置も調整できるように改良を加えるとともに、様々な場所で使用することを考慮し、持ち運びのしやすい構造にした。こうして、2009年に「Honda自転車シミュレーター」を発表。折しも社会的に自転車事故への関心が高まり、自転車教育の普及が求められていた時でもあり、発表以来、警察や自治体などに導入され、子どもや高齢者への自転車教育に活用されている。
2009年に発表された「Honda自転車シミュレーター」
さらに、より多くの人に四輪のシミュレーターを体験してもらうことをめざし2009年に「Hondaセーフティナビ」を開発。パソコンと市販のハンドルコントローラーを組み合わせた簡易型のシミュレーターで、手軽に安全運転のポイントとエコドライブが学べるようになっている。Hondaの四輪販売会社や企業などに導入された。
また、危険予測トレーニング(KYT)で受講者に提示する危険場面も静止画から動画へと進化させている。「Honda動画KYT」は集合教育において、実際の交通状況に近い動画を活用し、認知・判断を伴うKYTができるように開発された教育機器で、2006年から交通教育センターでの安全運転研修に取り入れられた。その後、2010年11月に発売し、企業・団体内での安全運転教育に活用されている。
2009年に発表された「Hondaセーフティナビ」
2010年に発表された「Honda動画KYT」
交通参加者の相互理解を促す
安全啓発小冊子「トラフィック」シリーズ
交通安全には立場の異なる交通参加者同士の理解が大切であるという考え方のもと、2001年から2007年まで毎年、安全啓発小冊子「トラフィック」シリーズを発行。Hondaの四輪販売会社や交通教育センターでお客様に配布した。
2001年に第1弾として発行されたのは「トラフィック・バリアフリー」。障がい者の方が交通社会に参加するにあたって何に困り、何を必要としているかをライダー・ドライバーに知らせ、すべての人にとってバリアのない安全で快適な交通社会の実現を目的としている。この「トラフィック・バリアフリー」は(公財)消費者教育支援センターが企業・業界団体を対象に実施している消費者教育教材資料の優秀賞を受賞した。
●「トラフィック」シリーズ
発行年 | テーマ | 監修者(役職は当時) | |
---|---|---|---|
トラフィック・ バリアフリー |
2001年 | 障がい者 | 徳田克己 筑波大学助教授 |
トラフィック・ パートナー |
2002年 | 子ども | 蓮花一己 帝塚山大学教授 |
トラフィック・ シニア |
2003年 | 高齢者 | 鈴木春男 自由学園最高学部長 |
トラフィック・ マナー |
2004年 | ルール・マナー | 芳賀繁 立教大学教授 |
トラフィック・ コミュニケーション |
2005年 | ライダー | 長江啓泰 日本大学名誉教授 |
トラフィック・ タウン |
2006年 | 生活道路 | 久保田尚 埼玉大学教授 |
トラフィック・ サイクル |
2007年 | 自転車 | 岸田孝弥 中京大学教授 |
トラフィック・バリアフリー
発行年:2001年
テーマ:障がい者
監修者(役職は当時):徳田克己 筑波大学助教授
トラフィック・パートナー
発行年:2002年
テーマ:子ども
監修者(役職は当時):蓮花一己 帝塚山大学教授
トラフィック・シニア
発行年:2003年
テーマ:高齢者
監修者(役職は当時):鈴木春男 自由学園最高学部長
トラフィック・マナー
発行年:2004年
テーマ:ルール・マナー
監修者(役職は当時):芳賀繁 立教大学教授
トラフィック・コミュニケーション
発行年:2005年
テーマ:ライダー
監修者(役職は当時):長江啓泰 日本大学名誉教授
トラフィック・タウン
発行年:2006年
テーマ:生活道路
監修者(役職は当時):久保田尚 埼玉大学教授
トラフィック・サイクル
発行年:2007年
テーマ:自転車
監修者(役職は当時):岸田孝弥 中京大学教授
「トラフィック」シリーズ
二輪を中心に参加体験型の実践教育が拡大
2000年までに、海外12ヵ国で21の交通教育センターが活動を実施しているが、2000年代に入ってからも、ポルトガル(2000年)、トルコ(2005年)、ブラジル・レシフェ(2006年)、フィリピン(2008年)、カンボジア(2008年)、オーストラリア ビクトリア州・サマートン(2009年)、タイ・バンコク(2009年)、スペイン・バルセロナ(2009年)、ロシア(2009年)と、世界各国で交通教育センターの開設が相次いだ。2004年には、タイの交通教育センターが民間施設として初となる政府公認の免許発行施設となったほか、2008年には中国にて五羊本田安全運転トレーニングコースが開設された。
1980年から安運活動を始めたHondaモトール・デ・ポルトガルは、二輪車の交通教育センターを2000年にオープンさせた。Honda販売店の安全指導者養成と地域の高校生対象のスクールを行い、店頭では、お客様への安全アドバイスやバイクに初めて乗る若者へ「参加・体験型」安全運転教育を提供し、ポルトガルの交通安全へ貢献することをめざした。
タイのA.P. Hondaは、2001年に交通教育センターの敷地を2.5倍に拡張するリニューアルを行った。これを機に活動は「二輪免許取得者に対する教育」に加え、これから二輪免許を取得しようとする人への教育など、幅広い交通安全運動に関わることとなった。日本の交通安全運転教育手法や、タイで初となる「ライディングシミュレーター」の導入に加え、国内の交通状況に合わせた教育をめざし、交通事故調査に基づいた教育手法の開発に取り組んだ。また、これまで蓄積されたノウハウ、人材をベースに新しいステップに踏み出した。その一つは、警察、運輸局、厚生労働省、二輪振興会で行った「飲酒運転撲滅キャンペーン」。9ヵ月の期間中、負傷者は約17%、死者は約38%も減らすことに成功した。もう一つは文部科学省とのタイアップで学校の教員を二輪インストラクターとして養成する事業だった。2つの事業は、タイとアメリカの大学が共同実施した二輪車の事故分析結果をもとに、事故率の高い飲酒運転と若者の事故対策を政府に提案した結果だった。
2004年に年間販売台数1,100万台の二輪大市場に成長した中国では、販売店での手渡しの安全活動をスタートさせた。広大な土地に活動を浸透させるために、現地3社は「中国二輪車安全運転普及委員会」を設置。Hondaの販売店ならどこでも同じ内容でお客様に安全運転活動ができるよう活動の方針や内容を決めた。納車時安全アドバイス用のSafety Guide、安全運転のポイントをまとめたSafety Points、シンボルマークなどすべて共通のものを使用した。
2005年には、四輪製造・販売会社である広州本田が安全運転の模範となるドライバーを養成する従業員を対象とした安全運転教育を開始。KYTなど、日本の交通教育センターの研修を受けたインストラクターが中心となって進めた。
お客様に車と一緒に安全を手渡す活動は世界共通のテーマとして、Hondaの安全運転普及活動は世界中に拡がり、2010年には、35ヵ国で多彩な取り組みが展開された。
2006年、ブラジルで2ヵ所目となる交通教育センターがオープン
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2001 米国同時多発テロ
2002 日韓サッカーW杯開催
2004 新潟県中越地震
2005 JR福知山線脱線事故
2009 裁判員裁判開始