ホンダの技術で砂浜のゴミをなんとかできないか
「技術で人の役に立ちたい」それこそが、ホンダで働く仲間たちの心に刻まれている「想い」だ。ゴミだらけの砂浜を見たATV開発者たちは、1つの使命感を抱く。
「走破性と機動力があり、さらに、小回りも効くATVなら、きれいな砂浜を取り戻すための画期的なアイテムを生み出せるのではないか?」
ATVの市場性を探る調査で全国の山間地や牧場・砂浜などを転々とする中、これほど汚れた砂浜を目にしたのは運命だったかもしれないとさえ開発チームのメンバーたちは思った。
集めるのに手間がかかる
小さなゴミの回収機をつくろう
ATVは、砂浜を走るのにはうってつけのモビリティーだ。ホンダにはものづくりの技術力も経験もある。ATVでけん引し、ほかに動力を使わずゴミを集められる画期的な機材をつくれるのではないか。
大きなゴミを回収する大型のビーチクリーナーはすでに世の中にある。ならば、それでは回収しきれない小さなゴミを集める機材をつくろう。広い砂浜で小さなゴミを見つけながら拾い集めるのは大変な労力が必要で現実的ではない。そこをわれわれが生み出す機材が担うのだ。メンバーはそれまでの業務と並行して兼任業務で取り組んでいたため、通常業務の合間を見つけては議論を交わし、ゴミ回収機の方向性を定めた。
そして小さなゴミの代表を、コーヒー用ミルクの容器と定めた。さっそくサンプルとなるゴミを集めた。開発のためとはいえ、未使用のミルクを無駄にするわけにはいかない。担当は、研究所の食堂に行き、周囲から好奇の目で見られながらゴミ箱をあさり、空の容器を集めた。それを喜々として開発室に持ち帰ったのは、製作担当となった(株)本田技術研究所の試作部門 技術員の橋本泰次だった。
見事なまでの失敗。すぐに別のアイデアを実行
プロジェクト発足から間もない2000年、橋本はさっそくゴミ回収機の試作機をつくった。組み立てた金属の枠にピアノ線を張り、籠状にして砂から小さなゴミをふるいにかけながら回収する機材だ。脚部には砂の上を滑走するソリを付けた。
「これなら、小さなゴミをどんどん集められるぞ」
チームのメンバーは期待に胸を膨らませて砂浜へと出掛けた。試作機材をATVで引っ張って実地検証を行うためだ。結果は、期待を裏切り散々なものとなった。ATVでけん引したとたん、回収機の先端が砂に潜ってしまい1mも動かなかったのだ。ゴミを取るなんてまったくできなかった。見事な失敗である。机上の空論があえなく散った。現場に行かないとわからないことがあるとメンバー全員が痛感した。
メンバーは、次のアイデアの具現化に着手。最初の籠状のモデルとはガラリと形を変えたレーキ型の機材だ。牧場などで、トラクターで引っ張って牧草を集める熊手のオバケのような農具を参考にした。金属製パイプで組んだイカダの下にゴミを絡め取るためのピンを多数配置した。これをATVで引っ張ってみると、砂の上に散乱した空き缶やペットボトルなどの大きめのゴミ、砂に埋まったロープやビニール袋などがピンに引っ掛かり、効率良く回収することができた。
さらに、40kg以上もある鉄製のレーキを持ち上げてゴミを取るのは大変なため、ATVで引っ張ることでレーキを持ち上げるブリッジ状のレール機材をつくった。山型のレールを左右に配置し、ATVはその間を通過する。後方のレーキは、左右の山型のレールより幅が広いため、引っ張られることでレールの上に乗って持ち上げられる。引っ掛けたゴミは砂地に残るというわけだ。レールは山型なので、持ち上げられた後は徐々に下がり砂地に戻る。この機材はのちに、ゴミ回収ステーションへと発展することになる。
こうして、現在のサンドレーキの原型ともいえるビーチクリーナー1号機が2000年に完成した。
技術をとことん追求するホンダのテスト屋魂が
小さなゴミを回収する課題を解決
レーキ型のビーチクリーナー1号機は成功した。しかし、当初方向性を定めていた小さなゴミは回収できていなかった。それどころか、レーキをかけると砂の下に埋もれていたゴミが表面に現れるため、かける前よりゴミが増えて見えたのだ。
レーキをかけた後の砂地を見つめた橋本は、「何度も繰り返しレーキをかければ、ゴミはある程度取れるが効率が悪い。やはり当初考えた小さなゴミを集めなければならない」とメンバーに打ち上げた。
チームはさまざまなアイデアを試したが、小さなゴミをうまく集めることができないでいた。海岸でそんな失敗を繰り返していたある日、ビーチクリーナーのテストを担当する研究員の木村嘉洋は、レーキ掛けをしていたATVを走らせるスピードを上げた。ホンダの技術者はいろいろとトライをしなければ気が済まない性格なのだ。
気を配りながらレーキを観察していた木村は、砂の動きに変化があることに気付く。
「スピードを上げると、レーキのピンで砂がかき上げられ、勢いよく飛び上がったんです」
木村は、「砂が飛ぶのなら、ゴミも一緒に飛ばされているはずだ」と考えた。チームは早速レーキの上に網を敷いてみた。ゴミも砂と一緒に飛ばされていれば、網にゴミが残り砂は下に落ちるに違いない。試してみるとその予想は的中。小さなゴミが網の上に載っていた。まさに、現場で発見した予想もしていなかった解決策だった。
「乾いた砂であればどんどん飛ぶし、小さなゴミもきれいに取れました。大きなゴミはレーキで取って、小さなゴミは網でふるい取るという、1つのシステムとして成立すると思いました」と木村。
こうして、レーキのほかに「砂とゴミを一緒に飛ばして網でふるいにかける」スクリーン方式のビーチクリーナーも開発された。
底部の多数のピンが砂を掘り起こし、埋もれたゴミを回収するサンドレーキ
生物に配慮し、
どんな砂にも対応できる
ビーチクリーナーを目指せ
チームは次にレーキのピンの長さを模索した。15cmでは抵抗が大きくなり、補強を入れてもピンが曲がってしまう。だが5cmでは短すぎて、砂の中からゴミをしっかりと回収できない。同時に、生態系など環境への影響を考慮する必要がある。砂浜の生物について調べたところ、その多くが地表から10cmより深い場所に生息し、ウミガメの卵なども50cm前後の深さにあることがわかった。その事実を踏まえてテストを繰り返し、生態系に詳しい大学教授にも相談した結果、最終的にピンの長さを10cmと決めた。
ビーチクリーナーの方向性が定まってきたので、チームは大きなトラックに機材を載せ、テストをするために全国各地へ出向いた。現物を現場で試し、現場で現実を考える。細かい問題を解決しながら、ビーチクリーナーを少しずつ進化させていったのである。
その中でも開発者を悩ませたのが、砂浜ごとに違う砂質がビーチクリーナーに与える影響だった。砂の粒子が細かいサラサラの砂浜や、土のように固い砂浜、小石が多く混ざった砂浜など、砂質は千差万別である。
「日本全国の砂浜で使ってもらうためには、どんな砂質にも対応できるものにする必要がある」
開発チームは、南は沖縄、北は北海道まで、全国の砂浜を回って改良を続けていった。そして改良に改良を重ねた結果、ビーチクリーナー1号機が完成してから約1年半が過ぎたころ、ついに、レーキ・スクリーン・ゴミ回収ステーションからなる、ビーチクリーナーの基本仕様を固めた。これに、ATVとビーチクリーナーを積んで運ぶトレーラーとを合わせて、「ビーチクリーンセット」が完成した。
トレーラーの荷台にレール状のパイプを組み
ゴミを回収するステーション
サンドレーキやサンドスクリーンで集めたゴミをここで回収・分別
前部の鉄のピンが小さなゴミを砂とともに跳ね上げ、スクリーン(網)をバタバタと振動させて砂をふるい落とし、ゴミだけを回収するサンドスクリーン 通称「バタバタ」
活動の発展とともに
ビーチクリーナーも進化が必要だ
チームのスタッフは、ビーチクリーンセット完成後も自主的に活動を続けていた。各地の砂浜を清掃するボランティア活動を続けていたのだ。そうした中で2003年後半、転機が訪れた。これまで自主的に続けてきたビーチクリーナー開発と砂浜の清掃活動が、会社の正式な取り組みとして認められたのだ。
2006年には「ホンダビーチクリーン活動」という名称で社会貢献活動の1つとしてスタート。地域の人たちとの共同活動へと発展し、ビーチクリーナーの性能を広く発揮していくことになった。
ところが、ホンダの社会活動へと発展したことで新たな課題が浮上。現場からたびたび、雨天でも使える機材を望む声が上がってきたのだ。スクリーンは砂がぬれていると網目が詰まりやすいという弱点があった。
これまでは雨が降ったら使わなければよかったが、地域の人々が関わるようになった今は、それでは済まなかった。せっかく集まってもらった地域のボランティアの皆さまとともに活動し、ホンダの想いを伝えるためには、少々の雨で中止するわけにはいかない。
しかし、課題は、ボランティアに参加したOBの方の何げないひと言で解決へと向かった。
「そんなもんは、こうやって網をバタバタすれば砂が落ちるじゃないか」
湿った砂を相手に苦戦している開発チームの様子を見て、事もなげにスクリーンの網の部分を持ち上げたり下げたりしてみせた。
時には難しく考えず、素直なアプローチを行うことが有効な場面がある。
バタバタの様子を見たチームのメンバーは、その実現方法をすぐに考案。スクリーンの後方にタイヤを装着し、車軸にカムを取り付けてタイヤの回転力を上下運動に換え、スクリーンを振動させる装置をつくった。さまざまな検証の結果、4枚のカムでスクリーンを上下に振動させる方式が有効だった。こうして、湿った砂でもビーチクリーン活動ができる振動式スクリーン、通称「バタバタ」が2009年に誕生した。くしくも「バタバタ」とは、ホンダ黎明期の製品である自転車用補助エンジンが装着された、バタバタと音を立てて走る自転車の愛称と同じである。
夢はビーチクリーナーのいらない世界
素足で歩ける砂浜を目指して
砂浜では、目につく大きなゴミは手拾いし、手拾いが済んだエリアでホンダビーチクリーナーを使用し、ゴミを回収していく
少しの雨でもスクリーンを使った活動が行えるようになり、地域と協力し合うビーチクリーン活動は、2006年5月から回を重ねて全国に広がっていった。2009年からは全国の県ホンダ会*2を中心に社会貢献活動として取り組んでいる。
そうして活動が発展・継続する中で、機材にも新たな進化があった。ミキサー車をヒントにして、ドラムの中に回転式スクリーンを仕込んだ通称「ぐるぐる」である。回転式スクリーンの中に砂ごとゴミを入れ、ぐるぐると回して砂をふるい落とす装置。もともとは、レーキ・スクリーンが使えない波打ち際のぬれたゴミの除去を目的に開発したが、ゴミ回収ステーションの周りに落ちたゴミも回収できる。この「ぐるぐる」の導入によって、回転式スクリーンに砂混じりのゴミを投入したり、手でドラムを回したり人力でけん引したりと、機材に触れ、楽しみながらビーチクリーン活動ができるようになった。
また2013年には、シニア層対象の運転免許のいらない電動カートモンパルを砂浜で走れるように改修し、「ぐるぐる」をけん引するようにしたビーチモンパルを開発。ATVは講習を受けたホンダのスタッフしか運転できなかったが、ビーチモンパルは、簡単な事前説明だけで、誰もが気軽に運転することができた。
ビーチモンパルには、「より多くの人たちに、ホンダのビーチクリーナーに直接触れていただき、楽しみながらビーチクリーン活動を体験してほしい」という、開発者たちの願いが込められているのだ。
ビーチクリーナーの開発は「人の役に立ちたい」という想いのもと、挑戦の連続であった。改良を重ね続け、現在のビーチクリーナーは全国の砂浜の清掃活動を支えている。2006年5月から2023年3月の期間に実施したビーチクリーン活動は、216カ所の砂浜で延べ406回である。
そこまで成長した今でもホンダは、ビーチクリーン活動へ変わらない想いを抱いている。それは「ビーチクリーン活動をすべて機械任せにすべきではない」ということだ。機械はあくまでサポート役で、参加者一人ひとりが自分の手でゴミを拾うことがなにより大切であり、そうすることで「砂浜をきれいに使おう」という気持ちが育まれる。そしてきれいになった砂浜を見て、「ゴミを捨てない、見つけたら拾う」という意識をみんなが持ってくれるようになるとホンダは考えている。
人の力をホンダの技術が助けるこの活動は、今後も進化を続ける。
いつの日か、すべての人に「環境を美しく保とう」という心が根付き、素足で歩ける砂浜が当たり前になることを願って。
- :全国のホンダ四輪車販売会社で構成する組織。2021年には、自主運営の組織となる
「ぐるぐる」をけん引するビーチモンパル
ホンダ ビーチクリーン ユニバーサルプロジェクト
車いすの従業員と一緒に行ったビーチクリーン活動。普段は遠くから見ることしかなかった砂浜に、初めて踏み入れた方がほとんど。波の音・潮の香りを楽しみながらのビーチクリーン活動は格別だったと感動の声が上がった。2022年6月5日