第Ⅱ章
世界に広がる事業展開

第Ⅱ章  世界に広がる事業展開

第1節 日本
第3項 パワープロダクツ事業

ホンダのパワープロダクツ事業の始まりは
自転車用補助エンジン技術の農機への活用だった。
人力に頼る農作業の重労働を軽減し、日本の食を支える力となった。
ホンダはエンジン動力を、さまざまな用途に展開させて
仕事の現場や人々の暮らしの中に、新たな便利を生み出してきた。
これからもホンダは、その志と技術の力で
人と社会に役立つ喜びを広げ、社会に貢献していく。

農作業を楽にするためのエンジン動力

 1950年代初頭、自転車用補助エンジンの評判を聞いた小型農機メーカーから、背負式散粉機用の小型エンジンが欲しいとの要望がホンダに届いた。人の役に立ちたいとの想いから、動力付きの乗り物で事業を始めたホンダが、農作業の重労働を軽減するために、持ち前のエンジン技術で応えるのは当然の流れだった。食糧増産に取り組む現場で役立つことを通じて、日本の復興に貢献したいとの想いもあった。
 ホンダは、1953年に出力1馬力の2ストローク汎用エンジン・H型を発売した。当時画期的だったアルミダイキャストが、エンジンのクランクとコンロッド以外の主要部品に採用されたH型は、小型・軽量で耐久性も優れ、背負式噴霧機の動力源として活用された。翌年には、汎用エンジンとして日本初のJIS規格適合となる、高性能な2.5馬力の空冷4ストロークT型が完成した。低速で粘り強く、高回転と高出力のT型エンジンは、水冷式ディーゼル全盛の時代にあって、軽量・高性能を実現。各種の農業機械に対応できる汎用性が特徴だった。

VN型エンジンを搭載した耕うん機の試作機と本田宗一郎

VN型エンジンを搭載した耕うん機の試作機と本田宗一郎

廉価・軽量・一体構造の耕うん機誕生

 わが国の農業は機械化の途上にあったが、主役のトラクターは高価だったため、より安価で作業効率の良い製品が求められた。ホンダは二輪車の開発・生産で培った技術と最新の生産設備を活用し、農機の完成機開発に取り組んだ。
 1959年に誕生した耕うん機F150は、独自の機構を持つ画期的な製品だった。ロータリー付きで12万円以下と、他社製品を5万円から10万円も下回る価格を実現した。廉価・軽量・一体構造のF150は爆発的な売れ行きをみせた。ちょうど前年に発売した二輪車スーパーカブC100が、材木商や乾物商など、地域密着型の異業種も販売ルートにしており、地方部を含む全国各地でホンダの知名度が高まりつつあった。まさに絶妙なタイミングで農機の完成機を市場に投入したのである。

F150

F150

「水上を走るもの、水を汚すべからず」
船外機へ込めた想い

ホンダ初の船外機4ストロークエンジン搭載のGB30 ホンダ初の船外機4ストロークエンジン搭載のGB30

 四輪事業に進出し、軽トラックのT360が活躍し始めていたころ、ホンダが次に目を向けたのは漁業の現場だった。耕うん機に続くホンダの完成機として、4ストロークエンジン搭載のGB30という船外機で1964年に市場参入する。本格的な漁船用ではなく、沿岸部の養殖や河川・湖沼の漁で利用される小型船の動力だった。農機にも使用される汎用エンジンG30の回転軸をスクリューの動力に活用する設計で、まさに汎用エンジンならではの製品展開である。
 当時の小型船外機は、構造がシンプルで低コスト・軽量の2ストロークが主流だったが、4ストロークエンジンの選択には、水上を走るもの、水を汚すべからずという、本田宗一郎の考えが色濃く反映されていた。2ストローク船外機は、潤滑オイルを燃料に混合して燃焼させるため、オイルを含んだ未燃焼ガスが水中に排出されるというデメリットがあった。働く人を助けるための汎用エンジンが、ノリや魚介類などの養殖環境を汚すことなどあってはならない。その理念は揺るぎないものだった。
 以後、この想いは変わることなく、製品ラインアップの広がりとともに進化を続けるホンダの4ストローク船外機は、漁業用や商用のみならず、マリンレジャーにも広く使用されるなど、人々の豊かな暮らしに貢献している。

携帯発電機で、どこででも「使う喜び」を

 耕うん機、船外機に続き、1965年、ホンダはパワープロダクツ事業の3番目の完成機として、携帯発電機E300を発売した。片手で持ち歩ける出力300WのE300は、照明器具から生活家電・ラジオ・扇風機・工具に至るまで、幅広い製品に対応していた。発電機といえば業務用で、据え置き型が当たり前の時代に、一般家庭での電化製品の普及、レジャー時代の到来など社会生活の変化を見据え、個人ユーザーが日常で使用することを想定した新発想の発電機だった。

携帯発電機 E300

携帯発電機 E300

OEM展開により事業拡大へ

MEエンジンシリーズのG150 MEエンジンシリーズのG150

 汎用エンジンと完成機により、パワープロダクツ市場への浸透を進めてきたホンダは、1963年、新たな展開として、汎用エンジンのOEMメーカー向け販売の拡大に取り組んだ。農機具用・イカ釣り機搭載用を主体に、販売店とOEMメーカーへGエンジンシリーズの供給を開始。中でも足踏み脱穀機にエンジンを搭載したものは、労力の大幅軽減と作業効率向上につながるとして、農家の人々に好評であった。
 その後、OEM展開が拡大する起爆剤となったのは、世界展開を目標に開発されたMEエンジンだった。二代目社長の河島喜好が打ち出した三本柱構想において、パワープロダクツ事業が三本目の柱となるべく課せられた目標の「100万台売れるエンジンを開発する」を受け、Million Seller Engineの名を冠したME計画が発足した。
 開発段階で多くの苦労を経験したが、その奮闘の中から、エンジンオイルが規定量より少なくなると自動的にエンジンを停止し、焼き付きを未然に防ぐ「オイルアラート」など、新機構が生み出された。部品共通化などのコスト競争力を高める改善も図られ、1977年のG200を筆頭に新製品を次々に投入。水ポンプ・動力噴霧機用としてOEM展開し、1982年には、MEエンジンという名の通り、世界における年間販売台数100万台を達成した。
 パワープロダクツ市場への参入以来、自社の完成機と競合しないOEM製品に限定して汎用エンジンを供給していたホンダだったが、OEMエンジン事業のさらなる展開を目指して、1989年にGXエンジンを中心に、自社の完成機と競合する製品領域も含めた全方位OEMによる販売を展開。パワープロダクツ事業が大きく成長する転換点となった。産業機械・建設機械・レジャー用品など、さまざまな用途に対応することが求められるOEMエンジン事業では、エンジンと各社の完成機のマッチングが特に重要となる。ホンダは技術者を営業組織に加えて、営業マンとともに全国キャラバン隊を組み、納入先の開拓を進めた。
 日本での活動がルーツとなった、エンジンと完成機のマッチング活動は、その後、北米・欧州・アジアをはじめとする世界各地域に水平展開され、汎用エンジン販売に不可欠な活動として定着した。
 2016年、大きな環境変化が起こった。小型建設機械用エンジンとして国内市場で大きなシェアを持っていたメーカーが、汎用エンジンの生産終了を決定し、2017年に生産・販売を終了した。従来、同社のエンジンを使っていたOEMメーカーは搭載エンジンの変更を迫られ、ホンダへの問い合せが相次いだ。ホンダはそれに対応すべく、マッチング体制を強化し、OEMメーカーと一体でエンジンの換装検討に取り組んだ。その結果、建機メーカーを中心とする取引先が増え、汎用エンジンの出荷台数を伸ばすことにつながった。

F150シリーズは農村にホンダ旋風を巻き起こした

F150シリーズは農村にホンダ旋風を巻き起こした

小型携帯発電機E300はさまざまなシーンで活躍

小型携帯発電機E300はさまざまなシーンで活躍

足踏み脱穀機に汎用エンジンGシリーズを搭載したものは農家の労力を大幅に軽減

足踏み脱穀機に汎用エンジンGシリーズを搭載したものは農家の労力を大幅に軽減

独自の技術で雪国の暮らしを守る

HS35 HS35

 1953年、汎用エンジンでパワープロダクツ市場に参入したホンダは、その後、汎用エンジンを活用した完成機を開発し、商品化することで、日本のお客様の喜びの拡大に貢献していった。日本の販売店や、完成機を購入したお客様からのさまざまな声が、次の商品へ、新しい技術へとつながり、ホンダがグローバル商品を生み出す肥沃な土壌となっていった。
 ホンダが除雪機の開発に着手したのは、主に北米や日本で二輪車を取り扱う販売店から寄せられた「冬の季節でもホンダ製品で商売したい」という要望に応えるためだった。
 家庭用の小型除雪機があれば、降雪地帯の人にきっと役立つだろう。その想いの下、除雪機スノーラHS35が1980年に誕生した。外気温がマイナス25℃でも容易に始動する4ストロークエンジンを搭載し、低燃費・静粛性を備え、手元のレバー操作だけで除雪・投雪・停止が可能。ガレージ脇に保管できるサイズも好評だった。また、国内外で雪質を調査し、除雪機に大きな負荷がかかる日本の重い雪に耐えられるレベルまで除雪能力を高めて誕生したのが、1982年発売のスノーラHS50である。手元操作で車速や前進・後進が簡単に制御でき、雪を砕くオーガと投雪するブロワを分離した本格的なモデルだった。
 さらに、大型建設用機械で実用化されていたHST(ハイドロ・スタティック・トランスミッション〈油圧式無段変速機〉)を小型化し、その上、寒冷地でも使える仕様を開発し、1989年にスノーラHS870S/660Sに採用するなど、次々と新技術を除雪機に導入した。2001年発売のスノーラi HS1390iは、走行は電動モーター、除雪はエンジンが行う世界初*1のハイブリッド除雪機として誕生。除雪機の飛躍的な進化を実現した。

HS660S

HS660S

HS1390i

HS1390i

 こうした除雪機開発の背景には、「お客様の困りごとを解決したい」という想いが常にあった。2005年発売のスノーラi HS1390iは、モーターとエンジンの両方を制御して最適なエンジンの回転数で作業でき、狙った位置への投雪も可能だった。複雑な操作を自動化した2013年発売のスマートオーガシステム搭載の大型除雪機HSL2511や、耕うん機で培った技術で正逆両方向に回転するクロスオーガの採用で除雪反力による機体の浮き上がりを抑えた同年発売の小型機HSS760n(JX)/970n(JX)/1170n(JX)など、さまざまな工夫が実用化された。一方、2008年に販売を開始したユキオスSB800は、商店や病院などで女性がスコップで一生懸命に除雪するのを開発担当者が通勤途上で見かけたことがきっかけだった。
 お客様の声を反映しながら進化を続け、ラインアップを広げたホンダ除雪機。扱いやすさに加え、信頼性と耐久性の評価も高く、ホンダのパワープロダクツのDNAである「重労働からの解放」を体現して、ガソリンエンジン搭載の歩行型ロータリー除雪機では2005年から日本国内でトップシェアを維持し続けているだけでなく、競争力の高いグローバル商品として世界各地に広がっている。

  • :ホンダ調べ
ブレード除雪機 ユキオス SB800

ブレード除雪機 ユキオス SB800