Honda F1 2026年参戦特集
2026年、HondaはAston Martin Aramco Formula One™ Team(アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラワン・チーム)とともにF1へワークス参戦。電動化時代に技術と人を鍛える場として、世界最高峰の舞台に挑みます。
本特集では、その決断に至ったHondaの想いをはじめ、テクノロジーやHonda F1の歴史などを紹介します。
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Honda StoriesHonda、F1新章へ。2026年ワークス参戦で切り拓く“変革”への挑戦モータースポーツ2026年、HondaはAston Martin Aramco Formula One™ Team(アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラワン・チーム)にワークスパートナーとしてパワーユニットを供給することで、F1へワークス参戦します。この決断は、世界最高峰の舞台で技術と人を鍛え、次の時代へつなげていくための選択です。2026年1月20日 都内で発表会を開催し、三部社長が電動技術と脱炭素へと進むF1に挑む決意と真意を…
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MotorsportsHRC渡辺社長からのメッセージモータースポーツ2026年はF1全体にとても大きな節目となるシーズンになります。そしてHondaにとっては、新たな挑戦のスタートになるシーズンです。Hondaは2021年シーズンをもって一旦F1活動に区切りをつけ、新たなレギュレーションによってF1が生まれ変わるこのタイミングで再びF1に参加し、アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラワンチーム(AMAF1)へのパワーユニット供給を開始します。新レギュレーシ…
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MotorsportsHRC角田哲史LPLが語る新規定PUの注目点とHonda製PUの開発ポイントモータースポーツ2026年からのパワーユニット(PU)の難しさやポイントとなりそうな部分を、開発エンジニアの立場から教えてください。「難しさという点では、もう全部です(笑)。エンジンの骨格、つまりICE(内燃機関)のV6ターボという以外はすべて新しいので、全部やり直しになりました。骨格については、エンジンマウントの距離とか位置が変わりますが、全体としては従来のものと大きく変わらずにいけます。しかし…
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Honda Technologyなぜ、HondaがF1パワーユニットに挑むのか?2015年~2026年に向けてモータースポーツHondaは二輪、四輪ともにモータースポーツへの長い挑戦の歴史がある。挑戦のベースにあるのは、創業以来連綿と伝わる「失敗を恐れるな」という精神だ。失敗を許容し、反省することに進歩があるという考え方である。何もしなければ失敗もしないが、何も生まない。Hondaはこの考え方をベースにモータースポーツに挑戦し、新しい技術を生み出してきた。Hondaにとってモータースポーツへの挑戦はDNAの…
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MotorsportsF1とは?世界最高峰のモータースポーツの魅力を解説モータースポーツF1(エフワン)の正式名称は、FIAフォーミュラ・ワン世界選手権(FIA Formula One World Championship)です。国際自動車連盟(Fédération Internationale de l’Automobile)が管轄するモータースポーツの世界選手権は2026年には4シリーズ開催され、そのうちのひとつがF1で、世界最高峰の自動車競技とされています。2026年は世界21カ国で24大会が開催されるF1グランプリは、世界最大規模の…
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MotorsportsF1グランプリとは?大会の仕組みを解説モータースポーツF1の大会はグランプリ(Grand Prix)と呼ばれます。グランプリの語源はフランス語で、最高の賞を意味する言葉です。1906年フランスグランプリが開催され、自動車レースの最高峰にグランプリの名が付けられるようになりました。F1の大会はFIA(国際自動車連盟)、FOM(Formula One Management)、各大会の主催者(プロモーター)の三者がそれぞれの役割を果たして行われます。FIAは、F1競技のルール(レギュレーション)を制定し、そのルールに基づいて競技を管理、統括、裁定を行います。FOMはF1の商業権を一括して管理、運営…
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Motorsportsレースとは?F1の基本フォーマットモータースポーツF1はフリープラクティス(F P)、公式予選(Q1―Q3)、決勝レースというフォーマットで行われます。グランプリウィークの金曜日から始まり、日曜日に決勝レースというのが基本的なスケジュールです。F Pは日本語では公式練習となります。金曜日に2回、土曜日に1回の3回が、それぞれ1時間で設定されます。このF Pを使って、各チームはマシンのセッティングの詰めや、シミュレーションとの差を調整し…
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MotorsportsHonda F1 Historyモータースポーツ1962年、日本ではまだ「F1」という言葉すら馴染みがなかった時代。本田宗一郎はこう語りました。「できるかどうかはわからない。ただ、どうしてもやりたいんだ。」二輪車メーカーとして、一台のクルマも販売したことがなかったHondaの挑戦は、まさに無謀とも言えるものでした。しかし、その情熱と決意が原動力となり、F1への道が開かれました。1964年8月のドイツグランプリで初めてF1に参戦。そして…
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