過去から継承するAfrica Twinの本質
シリーズを貫くコンセプトとAfrica Twinの進化・拡張
――Africa Twinは、1980年代にパリ・ダカール・ラリーを4連覇した「NXR750」に由来し、1988年の市販化でアドベンチャーバイクという新カテゴリーを切り拓きました。一度は生産を終えましたが、2016年に「CRF1000L Africa Twin」として復活。路面を選ばず走り抜ける“万能”を体現してきました。
今回のフルモデルチェンジは、Africa Twinの魅力と価値をさらに進化・拡張していくために、各タイプのスタイリングがどうあるべきかを検討していきました。その中で導き出されたシリーズを貫くデザインコンセプトが「Go Anywhere, Everywhere, Versatile(どこへでも、どこまでも、万能に)」でした。
吉冨
スタイリングにおいては、インポージングなプロポーションなど、Africa Twinの個性を受け継ぎながらも、新世代のAfrica Twinへと大きく進化させたいと考えました。そのため、目指すべき方向性を模索する中で、個性の異なる各タイプの方向性の検討と並行してスケッチを展開。スタイリングの議論を重ねる中で見えてきたAfrica Twinの本質や価値をコンセプトへと還元し、再構築するプロセスを繰り返しました。そうした試行錯誤の末に導き出したシリーズ共通のデザインコンセプトが、「Go Anywhere, Everywhere, Versatile」です。
3つの「個性」と、
共通するAfrica Twinらしさ
吉冨
新型のモデルバリエーションには、「Go Anywhere, Surpass Yourself」をテーマに、卓越したオフロード性能とツーリング性能を高次元で両立したスタンダードモデル、「Limitless Freedom」をテーマに、先進装備の充実によってツーリング時の快適性をさらに高めたAdventure Sportsモデル、そしてAfrica Twinの世界観をさらに広げる存在として新たに加わった、「Fun Anywhere, Blaze a Trail」をテーマとする軽快でアジャイルな本格オフロード仕様のEnduro Sportsモデルがあります。それぞれ異なる個性を持ちながらも、その違いは各モデルの役割や目指す体験から生まれたものです。一方で、オフロードをどこまでも走り続けられる機能・性能と、フロントからタンクまわりにかけての力強く象徴的なプロポーションは、全モデルに共通するAfrica Twinの本質として継承しています。
――フルモデルチェンジに伴うレイアウト変更は、全モデル共通の大きな課題も生み出しました。先代モデルから継承した吸気効率に優れたダウンドラフト構造※に加え、エンジン出力のさらなる向上を狙ってエアクリーナーボックスを大型化したことで、燃料タンクに割り当てられるスペースが大きく制約され、容量確保が大きな課題となったのです。これは単なるパッケージングの問題ではなく、Africa Twinが掲げる「どこへでも、どこまでも」という本質的な価値を成立させるための、極めて重要なテーマでした。
※ダウンドラフト構造:シリンダーヘッド上方から吸気を直線的に導入し、吸気抵抗を低減することで高い充填効率を実現する構造
吉冨
燃料タンクの上部を削り込んだことで、当初は小型車1台分に相当する燃料容量が失われる計算でした。しかし、容量を諦めてしまえば、Africa Twinが掲げる「どこへでも、どこまでも」という価値は成立しません。この問題をブレークスルーしたのは、デザインチームから提案したシート下にサブタンクを配置するパッケージングです。燃料をメインタンクだけでなく車体後方にも分散配置することで、必要な燃料容量を確保しながら、さらなる低重心化も実現しました。実は、このアイデア自体は今回初めて生まれたものではありません。過去のAfrica Twinの開発においても、Maurizioをはじめとするデザインチームから、車体上部のスリム化と低重心化を両立する提案として同様のレイアウト案を提示したことがありました。当時は、開発スケジュールなどの理由から検討は見送られましたが、新型Africa Twinでそのアイデアが活かされています。長年にわたるAfrica Twin開発の積み重ねと開発チームの知見が結実し、新たな進化へとつながっているのです。
万能であり続けるための静かな進化
スタンダードモデルが挑んだ、継承と変化の両立
――シリーズの中でも、スタンダードモデルとAdventure Sportsモデルは先代からのアップグレードという立ち位置にあります。スタンダードモデルを手掛けた辻が最初に考えたのは、万能なアドベンチャーモデルとして高い信頼を獲得してきたAfrica Twinの魅力をさらに進化させることでした。リッタークラスのアドベンチャーでありながら、軽快に扱えること。この身のこなしの軽さ(アジリティ)こそ、市場がAfrica Twinに見いだしてきた価値でした。
辻
具体的な部位を挙げるとすれば、フロントカウルの顔まわりからラジエーター横までに尽きます。2眼のヘッドライトがあり、しっかりとしたショルダーがある。表現したかったのは、資料や言葉には表れない継承してきた造形、デザインから感じ取れる往年のAfrica Twinらしさです。
――最も苦労したのは、継承と進化のバランスでした。過去に縛られすぎると新しさは表現できません。Africa Twinらしさを残しつつ、今回の新しいレイアウトの燃料タンクと低重心化を成立させるために、辻は、フロントのプロポーションの調整に多くの時間を割きました。
辻
軽さやアジリティをどう表現するか。低重心化のためにヘッドライトの取付位置を高くできない制約もあり、思わぬ難題となりました。機能をそのまま形にするとショルダーの張り出しに顔が埋まり、不格好に見えてしまいます。どうデザインするか非常に苦慮した点でしたが、クレイモデルで微調整を重ね、機能と個性を損なわない最適なプロポーションに仕上げました。
――デザインディテールにも創意工夫が隠れています。ラジエーター横に設けられたスリットは、スケッチの段階にはなく、実機テストに端を発して生まれた造形です。
辻
実機テストでは、熱によるカウルの変形という課題も発生しました。これは3モデル共通の問題で、エンジン性能向上に伴って発熱量が増えたことが原因でした。もちろん事前にコンピューター解析で検証は行っていますが、実機でなければ見えてこない課題もあります。スリット形状やカウル内側の造形を繰り返し検討し、空気の流れを最適化することで問題を解決しました。
Adventure Sportsが目指した、先進装備の搭載と気品や風格を備えた佇まい
――一方、“大陸を越えてどこまでも行ける”ロングツーリング仕様のAdventure Sportsモデルを担当したのは、Honda R&D Europe Italiaに所属するMaurizioです。2016年に復活した第2世代からAfrica Twinを手掛け、自身の「集大成」となった新型モデルの開発を振り返ります。
Maurizio
この最新世代のAdventure Sportsモデルは、長い歴史の積み重ねの中から生まれました。「Adventure Sports」という名称は、1980年代後半に登場した初代Africa Twin(RD03)で初めて採用されたものです。新たな「Adventure Sports」の開発にあたり、私たちはこのモデルを、その歴史と欧州市場で長年愛されてきた実績にふさわしい、より上質で洗練されたモデルへと進化させたいと考えました。そこで重視したのが、「テクノロジー」「快適性・プロテクション性能」「卓越した品質」という3つの要素です。歴代モデルではこれらの価値を高い次元でバランスさせてきましたが、最新モデルでは特に「テクノロジー」の強化に注力しました。先進装備を積極的に取り込みながら、長距離ツーリングでの快適性やAfrica Twinらしい信頼感をさらに高いレベルへ引き上げることで、「Adventure Sports」の名にふさわしいフラッグシップを目指したのです。
Maurizio
新型Adventure Sportsモデルのデザインは、新しいレイアウトから必然的に導き出されたものです。性能や快適性の向上、さらには先進技術の搭載といった数多くの進化を実現する一方で、プロポーションの再構築が求められました。スタイリングは、従来の車体中央に重心を置く構成から、よりダイナミックで前方かつ上方へと伸びるプロポーションへと進化しています。この変化によって、力強い存在感を高めながらも車体をよりコンパクトに感じさせるとともに、堂々とした直立気味のスタンスを表現しました。その結果、新しいAdventure Sportsモデルならではの気品と風格を備えた佇まいを実現しています。
――快適性と安心感を支える「DCT※」や、先進安全運転支援システム「Honda SENSING RIDE※」を搭載。先進装備の充実によってツーリング時の快適性のさらなる進化を目指したAdventure Sports。
※DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション):Honda独自の有段式自動変速機
※Honda SENSING RIDE:フロントおよびリアにミリ波レーダーを搭載した先進安全運転支援システム。車両周辺の状況を検知し、ライダーの快適性、安心感の向上に寄与する(CRF1150L Africa Twin Adventure Sports DCTモデルのみ搭載)
Maurizio
フロントまわりは、統合と簡素化を目指しました。フロントレーダーは電動アジャストスクリーンと統合されており、全体的な外観がよりダイナミックになり、フロントエンドをより軽快に感じさせます。
レースシーンに裏付けられたEnduro Sportsのデザイン
Enduro Sportsの源泉、CRF450 RALLY
――2つのモデルが進化を遂げる中、新たに加わったのがEnduro Sportsモデルです。オフロード経験者や上級ライダーに向けた“どこでも楽しめる”モデルで、マスの集中化や21インチホイールの採用、軽量化により、軽さと俊敏さ、高い走破性を追求しました。この開発で、辻が最も大切にしたのは「本物」であることです。
辻
強く意識したテーマは、レースシーンに裏付けられたデザインをどう取り込むか、でした。その源泉となったのが、Hondaのラリー系最高峰マシン「CRF450 RALLY」です。最も重視した要素は、フロントからリアへ横一文字に抜ける「CRFストリームライン」です。
辻
CRFストリームラインは、フロントフェンダーからリアフェンダーにかけて横一文字につながるラインです。オフロードマシンのかっこ良さは、このラインで決まると言っても過言ではありません。足つき性を向上させようとすると、シート座面が下がり、一直線のラインが途中で折れてしまいます。できる限りそう見えないよう、フロントからリアへスパッと一本につながる造形を目指しました。
――Enduro Sportsモデルを手掛けるにあたり、辻は自社他社を問わず数多くのラリーマシンを見て回ったと振り返ります。CRF450 RALLYの開発担当者にも、各パーツの形状が持つ機能や意味を細かくヒアリングし、本物のラリーマシンに通じる機能美とは何かを徹底的に研究しました。
辻
本物としての機能美を引き上げるために、使えるアイデアは積極的に取り入れました。そのまま反映した一つがスクリーンの角度です。通常はスクリーンをくの字に曲げませんが、ラリーマシンではプロテクション性能を高める形状として成立しています。Enduro Sportsモデルでは、同じ機能ではないものの、ライダーに流れる風を調整する機能を担っています。
辻
他にも、ヘッドライトからメーターまでをブラックアウトし、コンパクトな機能部品に見せたのもラリーマシンからインスピレーションを受けたデザインです。アップフェンダーやキャリアレスなど、その思想は随所に取り入れられています。
――そのラリーマシンらしさを象徴するのが、Enduro Sportsモデル最大の魅せるパーツ、メータータワーです。スクリーン裏にあり、ヘッドライトからメーターまでをつなぐ機能部品で、辻個人として初めての挑戦でした。
辻
ラリーマシンのレイアウトを参考に、メーターはスタンディング時でも視認しやすい高さに配置しました。これほど大きな樹脂ステーでメーターやスクリーンを支える構造は、Hondaとしても初めての試みです。前例のない構造だったため、どのような形状にすべきか手探りの状態からスタートしましたが、設計部門の協力もあり、機能性とデザイン性を高いレベルで両立することができたと思います。
辻
何気なく見逃してしまうディテールにも、こうした創意工夫が隠れています。課題に直面しても当初の狙いを崩さず最後のプロダクトまでつなげられるか。それがバイクデザイン開発の醍醐味だと考えています。もちろんどうにもならないこともありますが、今回のようになんとかできたときは、手応えとやりがいを感じますね。
新型に込められた「Africa Twinらしさ」
3人のデザイナーが、3つの形に込めた意志
――第3世代として生まれ変わったAfrica Twinには、3つのモデルそれぞれにデザイナーが忍ばせた個性が光っています。スタイリングを手掛けた2人は、そのデザインに込めた想いをこう話します。
Maurizio
従来世代のAfrica Twinは、「美しいアドベンチャーモデル」との高い評価をいただいています。私は、その美しさの本質は、均整のとれたプロポーションにあると捉えています。だからこそ今回のフルモデルチェンジは大きな挑戦でした。バイクにとって、プロポーションは、ひと目見た瞬間に人の心を捉えるかどうかを決定づける、極めて重要な要素だからです。
Maurizio
重心を下げるためのヘッドライト位置の変更。より前方にボリュームを必要とするウインドスクリーンの調整機構。さらに、新型エアクリーナーボックスの搭載に伴う燃料タンクショルダー部のレイアウトの見直し。こうした数々の新しい要件を、ダイナミズムと全体的なバランスを維持しながらAfrica Twinとしてのプロポーションに統合することは、極めて困難な挑戦でした。その結果生まれたデザインは、単なるモデルチェンジではなく、革命的な進化と言えるものだったと考えています。
辻
私はバイクというプロダクトを「機能部品の集合体」だと考えています。そのため、デザインする上では、すべての造形に理由を持たせたいと思っています。小さなディテールであっても、これまでの開発で培った知見をもとに、操縦安定性の向上など明確な意図をスケッチ段階から織り込みました。実機テストではテストライダーにもその狙いが伝わる場面が多くありました。最終的に、私が描いたスケッチとほぼ同じ姿で実車が完成したときは、造形と機能的な意図が高いレベルで一致した結果だと感じ、とても感慨深かったですね。
――今回のAfrica Twinは、Honda二輪における次世代の先進装備と全面刷新したHMI※の導入モデルです。灯火器のアップデートは、「Africa Twin」の進化において最も重要なテーマの一つであり、Honda SENSING RIDEの搭載を実現する上でも不可欠な要件でした。HMIは、メーターやハンドルスイッチなどを完全刷新。これは単なるモデル単体の進化ではなく、他のモデルへも展開を図るHonda二輪全体の動きと連動しています。吉冨がそこに込められたデザインの想いを語ります。
※HMI(Human Machine Interface):ライダーと車両をつなぐ操作・表示系全般を指す言葉
吉冨
過去のイメージにとらわれることなく、新しいAfrica Twinの「顔」を表現することで、ひと目でわかる進化を目指しました。ヘッドライトは、これまでの親しみやすい表情から、コンパクトなレイアウトによる無機質で精悍な顔立ちへと刷新しています。一方のテールライトは、新たに粒状発光を採用した一文字形状とすることで、先進性と存在感を高めました。いずれも最新の先進装備との調和を図りながら、Hondaのフラッグシップにふさわしいモダンさと上質感を追求しています。
吉冨
HMI刷新の軸は「瞬間認知」と「直感操作」です。HMIの基本価値そのものを見つめ直し、ゼロベースで徹底的に磨き上げました。ボタンが並ぶメカニカルなデザインも個人的には大好きですが、ライダーが本当に求めているのは、操作を意識することなくライディングそのものに没頭できることだと思います。新世代のHMIでは、見た瞬間に必要な情報を認知でき、使う瞬間に迷うことなく操作できることを追求しました。ライダーの認知負荷や操作ストレスを最小限に抑え、ライディングへの没入感を高めるUXを目指しています。ライダーがマシンに合わせるのではなく、ライダーとマシンが自然にシンクロすることで、「操る喜び」を最大化する。それがHondaの目指した次世代HMIです。さらに新型Africa Twinでは、CRF450 RALLYのエンジニアやオフロード領域のエキスパートのフィードバックをベースにデザインされた、オフロード走行に最適化された専用画面も選択可能になっており、インターフェースデザインにおいてもAfrica Twinの卓越したオフロード性能を表現しています。
吉冨
今回のフルモデルチェンジは、欧州で高い人気を誇るAfrica Twinにおいて、デザイン刷新、先進装備搭載、そして次世代HMIの投入を一度に実現した大きなターニングポイントとなりました。様々な価値を一つのプロダクトとして統合し、お客様へ届けることが私たち開発者の責任です。「乗ればわかる」とよく言われますが、デザイナーとしては、新型Africa Twinに込めた価値を「見ればわかる」レベルまで高めることを目指しました。ぜひその姿を見ていただき、そして実際に乗っていただくことで、私たちが込めた価値や想いを感じていただければと思います。
――日本とイタリアのデザイナーが、それぞれのモデルに込めたもの。それは、Africa Twinが継承してきた美しいプロポーションと卓越したオフロード性能を、さらに進化させて届けたいという想いです。ひとたび新しいAfrica Twinにまたがれば、どこへでも、どこまでも、駆け抜けることができる。それこそが次世代のAfrica Twinに込められた本質です。ぜひ、Africa Twinでしか味わえない自由と冒険を体感してください。
Profiles

Maurizio Carbonara
(マウリツィオ・カルボナーラ)
Honda R&D Europe Italia
プロダクトデザイナー




