CBR1000RR-R FIREBLADEと伊藤龍、呉 雨翰
本記事の画像はCBR1000RR-R FIREBLADE HRC WORKS EDITION

デザインの判断基準は「速くなるか」

「レースで勝つ」をデザインの基準に

――FIREBLADEは、スーパーバイク世界選手権(WSBK)での勝利を目標に開発されたマシンです。初代(CBR900RR、1992年発売)から受け継ぐ「Total Control(操る楽しさの追求)」に加え、2世代前からサーキットを重視した「Total Control for the Track」をメインテーマに掲げています。これを踏まえ、スタイリングデザイン担当・伊藤がデザインチームとともに設定したデザインコンセプトが「RACE-WINNING」でした。

CBR1000RR-R FIREBLADE
伊藤龍

伊藤
実際には公道も走るバイクを開発するわけですから、「レースで勝つ」という極端なデザインコンセプトは、量産車としては異例です。しかし、デザインの良し悪しを「かっこ良いから」ではなく、「速くなるから」という客観的な基準で評価するために、このコンセプトを掲げました。抵抗値やダウンフォースといった数値に基づいてデザインをジャッジしていく今回の開発プロセスは、このコンセプトから生まれたものです。

――速さを求めた象徴的な造形が2つあります。一つは、先代モデルより面積を拡大したフロントカウルです。ライダーに当たる風を効果的にコントロールし、空気抵抗の悪化を抑えるため、プロテクション性能(走行風からライダーを守る性能)を大きく進化させました。もう一つは、二重のレイヤー構造を採用したミドルカウルです。プロテクション範囲を広げると、カウル内に抱え込む空気が増え、走行抵抗も大きくなります。レイヤー構造でその空気を外へ逃がすことで、プロテクション性能の向上と抵抗の低減という、相反する要素の両立を実現しました。さらに、揚力(車両を浮き上がらせようとする力)の抑制にも貢献。こうした勝つための姿は、「過去モデルの表現や形状は踏襲しない」という伊藤の姿勢から生まれました。

CBR1000RR-R FIREBLADEのフロントカウル
伊藤龍

伊藤
従来モデルに似て見えるということは、デザインを進化させられていないということです。少しでも既視感を感じれば、納得できるまで徹底的にデザインを磨き直しました。デザインアイデアの判断プロセスも通常の開発とは異なりました。通常はデザイナーが、機能・性能を踏まえつつ、「デザイン観点で良い形」を検討しますが、今回はエンジニアが「性能的に一番良い形」を判断し、それをベースにスタイリングを推進する流れでした。スタイリングしたデザインをベースに性能を達成するのではなく、数値でその土台を先に築いていく。このデザイン制作の過程で重要な役割を担ったのが、モデラーの呉です。

デザイナーが解析を担うことの価値

スケッチ段階から数百回を超える解析

――伊藤のデザインに性能の裏付けを与えたのが、デジタルモデリング担当の呉です。今回、通常は開発チームのエンジニアが担うCFD※解析を、デザインチームの一員が担うことになりました。

※CFD(Computational Fluid Dynamics):数値流体力学。コンピューター上で空気の流れや圧力分布をシミュレーションし、可視化する解析手法
呉 雨翰
呉 雨翰
学生時代にコンピューターによる構造解析を学び、同時に趣味でバイクレースに親しんだ呉。スーパースポーツの開発にいつか携わりたいという夢を、今回のFIREBLADEでかなえた

呉
レースに出場するマシンであるがゆえ、デザイン評価の場では設計チームから性能の良し悪しを必ず問われます。「このデザインでなぜ速くなるのか」を証明するのが私の役目でした。CFDは、デザイナーのスケッチをもとにモデラーが3Dモデルをつくり、それを使って開発チームが測定するため、平面図しかないスケッチ段階では行わないのが一般的です。しかし、今回の目的は勝てるデザインを生み出すこと。そこで、私がスケッチ段階でコンピューター上に3Dモデルをつくり、CFD解析にかけて性能データを抽出していきました。

――伊藤のスケッチを呉がモデリング・解析し、風圧や風速などを数値化して、その結果から再度形状を練り直す。このサイクルを、トータルで数百回以上繰り返しました。従来はクレイモデルで複数の形状を検証するのに数週間かかっていましたが、このサイクルでは1~2日にまで短縮されました。

圧力係数マップと流線図
圧力係数マップと流線図
CBR1000RR-R FIREBLADEのミドルカウル

呉
解析で評価するのは、空気抵抗やダウンフォース、コーナリング中のサイドフォース(コーナリング中に車体が横方向に受ける空気の力)などの指標です。この部分の抵抗をもっと下げたい、流速をもっと速くしたいと思えば、形状を変えて再び計測していきます。例えばミドルカウルを数ミリ単位で調整することで、直線時の空気抵抗を低減でき、車体やライダーが受ける風の流れが大きく変わりました。それぞれのパーツで細かな調整を繰り返したことで、デザインに「勝てる造形」と言い切れる説得力を与えられました。

分厚い一枚翼から二段構造のウイングレットへ

――解析と調整が生んだ象徴的なパーツが、フロントサイドの「ウイングレット※」です。走行風でダウンフォースを生む翼状パーツで、フロントタイヤを路面へ押し付けて直進・コーナリングの安定性を高め、加速時のフロントリフトも抑えます。先代モデルから採用しているこのウイングレットを、今回は一から見直しました。

呉
最初は、分厚い大きな一枚翼を付けていましたが、不要な部分を少しでも削るために、ダウンフォースを保ったままどんどん薄く、細くしていきました。ただ、その作業の中で空気の流れがウイングに沿わず、どうしても剥離してしまうんです。試行錯誤してたどり着いたのが二段構造の形状で、翼の間の空間によって空気の流れを狙い通りコントロールできました。

※HRC WORKS EDITION仕様
CBR1000RR-R FIREBLADEのウイングレット
CBR1000RR-R FIREBLADEのウイングレット

呉
走行中のバイクは姿勢の変化が大きいので、翼の断面には様々な角度に対応できる迎角特性の広い翼型を選んでいます。加えて、ウイングの下面を谷型にし、上下の圧力差から生まれる風の渦を少しずつ外側に逃がすことで抵抗を減らして、軽快性向上と空気抵抗低減の両立も狙いました。

風を外側へ逃がすトンネル構造

――もう一つ呉が特に工夫したのが、ロアカウルのトンネル構造(空力デバイス)です。MotoGPで採用されているサイドポッドをヒントに、株式会社ホンダ・レーシング(HRC)から得た情報も踏まえ独自の形に落とし込みました。

呉
曲がるときに車体を内側に傾けると、受ける風の向きが変わります。コーナリングの空力効果を最大化するためには、その風を車体の内側から外側へ逃がしてやりたいんです。そこで風の通路をラジエーター(冷却装置)のダクトと外側のロアカウルに一体化し、後付けしたダクトではなく最初からそこにあったかのような造形に落とし込みました。

CBR1000RR-R FIREBLADEのロアカウル
CBR1000RR-R FIREBLADEのロアカウル

呉
この解析をしていた際に、副産物もありました。トンネル構造をつくるためにロアカウルの内側を絞ったことで、オイルクーラーを通り抜ける風の流速が上がり、冷却効率が向上したんです。これは自分で解析していたからこその発見でした。実は、ミドルカウルのレイヤー構造もその一つ。当初は放熱を狙って設計されたものでしたが、解析してみると空気抵抗の低減という副次的な効果も生んでいて、性能向上のための重要なディテールになりました。

解析が支えたフォルムの進化

言い出せなかった「かっこ良さ」を数値が後押し

――データに裏付けられた性能のあるデザインを生み出す。性能目標の達成が何よりも優先されるFIREBLADEの開発で、伊藤が葛藤したのはフロントボディーの形状でした。初期案で性能目標は達成したものの、横方向のボリュームを起因とするデザイン的な重たさが課題に。呉に解析を頼みながらその形に向き合っていきました。

伊藤
解析上での目標性能は出ていました。でも、むっくりとしたフォルムで正直あまりかっこ良くはありません。FIREBLADEのコンセプト上、目標の数値が出ている形状を見た目のために変えるとは、なかなか言い出せませんでした。ただ、やはり納得はできない。意を決して、スリムにするスケッチを描き直して呉に見せたら「かっこいい」と言ってくれて。すぐに解析してもらうと、抵抗値もダウンフォースも維持したまま、より速さを感じられるフォルムにすることができたんです。

CBR1000RR-R FIREBLADEのDRL(デイタイム・ランニングランプ)
DRL(デイタイム・ランニングランプ)は法規上の最小面積という制約の中で薄さとデザイン性を両立できるよう調整
CBR1000RR-R FIREBLADE

人が乗って完成する1本の軸線

――性能とデザインの両立を模索する中、性能と直接関係のない部分でもこだわったのが、速さを伝える佇まいです。それを表現する要素の一つがライダー乗車時のシルエットで、「レースで勝つ」というコンセプトを外観全体でも体現しています。

伊藤
こだわったのは、ライダー乗車時にサイドから見た際のシルエットです。フロントの頂点からライダー、そしてテールの先端までを結ぶラインにおいて、人とマシンが一体となるような塊感を意識しました。フロントを大胆に低く構成することで、ライダーが車体に潜り込むような前傾姿勢となり、前方へ突っ込んでいくような印象を生み出しています。性能はもちろんですが、コンセプトを外観でも表現したいと考え、FIREBLADEのアグレッシブな姿勢そのものをデザインしたという感覚です。

アウトラインで機能を語る

――もう一つのこだわりが、ミドルカウルとロアカウルをつなぐ「アウトライン(輪郭)」です。ミドルカウルのスリット(空気を側方へ流す開口部)は、機能面では小さな開口一つで足りるところを、あえて大胆な意匠にしました。

CBR1000RR-R FIREBLADEのミドルカウル
CBR1000RR-R FIREBLADEのロアカウル

伊藤
とにかくアウトラインをシンプルに表現したかったんです。複雑にラインを引くのではなく、一つの塊としてきれいに見せたかった。スリットによって輪郭が複雑になると視点が分散してしまうので、本当はスリットもなくしたかったほどです。しかし、機能としては絶対に必要なので、サイドビューではなるべくスリットが目立たないよう、前後にずらしたカウルの隙間をスリットとしました。

ロアカウルも同じ考え方で、全体を大きく見せてアウトラインを際立たせることを狙いました。内部造作を見せて性能を語るのではなく、カウルのアウトラインで機能を語りたい。私が言い続けていたことを、呉が解析で裏付けながら一緒に形にしてくれたのです。

操る楽しさを最大化して戦いに挑むFIREBLADE

デザイナーの意思を守る、データという共通言語

――FIREBLADEで実践した「デザイナー×CFD解析」は、社内の二輪における量産開発では極めて稀なプロセスです。レーサーなどの開発での先例はあるものの、量産モデルのスケッチ段階からの導入は「ほとんどない」と2人は目を合わせます。

呉
ポジティブな変化は、早い段階から、データという共通言語で設計チームと会話できるようになったことです。デザイナーが性能で語れることで、後の工程で形状変更を要望されることは格段に減ったと思います。それは、デザイナーの意思やこだわりを最後まで貫き通せるということ。一度、この方法を経験すると、従来のやり方には戻れないかもしれませんね。

CFD解析の資料
CBR1000RR-R FIREBLADE

――こうして生まれた新型FIREBLADEは、誰もが操れる自由自在な操作性を提供しながらレースに挑み続けてきた歴史に、新たな1ページを刻みました。完成したバイクを前に、伊藤は開発コンセプトに立ち返りながらこう語ります。

伊藤
FIREBLADEが掲げる「Total Control」が目指すのは、ライダーとマシンが一体となる「操る喜び」を最大化することです。デザイナーとしては、その価値が走りの中で体感できるだけでなく、ひと目見た瞬間から伝わることが大切だと考えました。開発初期から最後まで、性能に特化した造形でデザインを進めてきましたが、結果的にデザイナーとしてやりたかったことを全部表現できました。今回のFIREBLADEは、これまでにはない、ちょっと生意気なぐらいのアグレッシブさをかたちにできたと感じています。

CBR1000RR-R FIREBLADE
CBR1000RR-R FIREBLADE

――見た目の印象を判断基準から一度封印し、数値と対話しながら磨き上げられた新型CBR1000RR-R FIREBLADE。速さを突き詰めた先に現れたのは、レースマシンならではの本質的な「かっこ良さ」でした。

Profiles

伊藤龍

伊藤龍

モーターサイクル/パワープロダクツ
プロダクトデザイナー

呉 雨翰

呉 雨翰(ウー・ユーハン)

モーターサイクル/パワープロダクツ
モデラー