「二輪デザイン公開講座」とは
メーカー5社による
学生が二輪デザインと出会う場
――今年で14回目となる自動車技術会主催の「二輪デザイン公開講座」。この講座では、普段は競合関係にある二輪メーカーが一丸となって学生に二輪デザインの本質と魅力を伝えます。開催地は年ごとに変わり、今年は初めて関東(東京造形大学)での開催となりました。
開催概要
第14回「二輪デザイン公開講座」
日時:2026年8月20日〜21日
会場:東京造形大学
主催:公益社団法人自動車技術会
企画:デザイン部門委員会
参加企業:カワサキモータース株式会社、株式会社GKダイナミックス、スズキ株式会社、本田技研工業株式会社、ヤマハ発動機株式会社(五十音順)
協賛企業:株式会社ケイテック、株式会社小糸製作所、株式会社榛葉鉄工所、株式会社トゥールズインターナショナル、東京貿易テクノシステム株式会社、ファブリケーター、株式会社PHIAROコーポレーション、ヤンマーホールディングス株式会社、株式会社ワコム(五十音順)
後援:八王子市、(公社)八王子観光コンベンション協会
――2日間で行われるこの公開講座。1日目の前半は、基調講演や展示車両の紹介などを、後半から2日目にかけては4つの養成講座を実施。東京、大阪、愛知、静岡、富山、新潟と、全国各地の大学・専門学校から、32名のデザイン専攻の学生(1〜2年生)が集まりました。
――学生たちが参加したきっかけは、実に様々です。「普段からバイクが好きで乗っている」「MotoGPをきっかけに興味を持った」「メーカーのデザイナーから直接バイクデザインの話を聞きたい」というバイク好きの学生たち。一方で、「バイクの知識はあまりないものの、デザイナーから直接教われるいい機会だと思った」と、初心者として飛び込んだ学生も少なくありません。
そんな彼らに共通していたのは、「現場で働く人が、どんな想いでものづくりに向き合っているのかを、自分の目で見て、触れて、学びたい」という積極的な姿勢でした。
大切なのは、人々への想い。二輪デザインの「価値」とは?
日本とは異なるイメージ?
今後も成長が見込める世界で見た二輪市場
――プログラムは、基調講演で幕を開けました。今年登壇したのは、Honda デザインセンター モーターサイクル・パワープロダクツデザイン開発室の室長である西本太郎。テーマは「あなたの知らない二輪デザインの世界」です。
――その冒頭では、業界の現在地が示されました。日本国内の販売台数は、ピーク時から大きく減少している一方で、世界では年間5000万台以上が販売され、今後もさらに拡大が予測されている成長市場だといいます。その背景には、都市化による都市交通の変化や、所得向上による移動ニーズの拡大、ライドヘイリングなどのオンデマンドサービスの普及などが挙げられます。
――二輪市場について語られた後は、いよいよデザインへと話が移ります。西本は「あくまでHonda Designの場合ですが」と前置きしつつ、「デザイン組織」「デザイン領域」「ワークフロー」そして「二輪デザインに欠かせない視点」という4つの観点から語りました。
二輪デザインに欠かせない視点
――バイクの場合は、機能部品が外に露出し、その一つひとつが外観を構成。外観の形状がそのまま走行安定性やハンドリングといった性能に直結します。だからこそ、素材や製法といったエンジニアリングの知識が欠かせません。また、ハンドル・シート・ステップの三点が描くライディングトライアングルに象徴されるように、人が乗って初めて完成するため、デザインする上で「エルゴノミクス(人体の理解)」も重要になります。
どれだけ人に共感できるか
――本講演で強調されたのは、「二輪の開発は、時として社会や人の価値観に大きく影響を与える力を秘めている」ということでした。例えば、インドで25年以上売れ続けるスクーター「Activa(アクティバ)」は、一見すると特別なデザインではありません。しかし、修理しながら長く乗れる鉄板ボディ、誰にでも扱いやすいサイズなど、現地の暮らしに深く溶け込む特徴を備えています。かつてはマニュアルトランスミッションが主流だったインドで、扱いやすいオートマチックのスクーターが普及したことは、女性の移動の自由を広げ、就労や通学といった社会参加の機会を後押しする一助になったといいます。
「学生はエンジンなど技術のことを知らなくてもかまわない。重要なのは人々への共感。人々にどういった価値を届け、喜んでもらえるか。それがデザインにおいて大切な視点です」。西本はそう講演を締めくくりました。
描き、造形し、仕上げる。養成講座で二輪デザインを体験
4講座に分かれてプログラムがスタート
――人を想うことがデザインの出発点だとすれば、その先で、デザイナーはどう手を動かすのか。
基調講演でデザインの全体像に触れた学生たちは、各社が用意した展示車両の紹介などを経て、いよいよ実践へと進みます。会場で学生たちが体験したのは、フィジカルスケッチ、デジタルスケッチ、クレイモデリング、CMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)という4つの講座です。いずれも、製品デザインの核心となるプロセスを、それぞれ2時間ごとにローテーションし、2日間ですべてを巡るというプログラムです。
――「実際に手を動かしながら、二輪デザインの楽しさを見つけてもらえるように、興味のある分野以外も幅広く体験できるプログラムとなっています」と語るのは、今年の運営を担ったHondaのデザイナー・桂川。ここからは、桂川が各講座をナビゲートします。
フィジカルスケッチ(担当:Kawasaki)/デジタルスケッチ(担当:SUZUKI)
「描く力」は、すべての出発点になる
桂川
スケッチの講座は、フィジカルとデジタルの2つに分かれています。かつては紙にコピックペンで描くフィジカルスケッチが中心でしたが、今や業界ではデジタルスケッチがスタンダードになっています。
桂川
それでも、あえてフィジカルスケッチを講座に残している理由は、フィジカルとデジタルはツールが異なるだけであり、どちらも基礎的な画力がなければ十分に表現することができないからです。デザイナーとは、自らのアイデアや考えを人に伝える仕事。そのため、自分の手で描く力が土台にあることが出発点になります。
――まだ専門的な授業を長期的に受けていない1〜2年のデザイン専攻学生を対象としているため、どちらの講座でも、完成させる「達成感」を重視。フィジカルスケッチ講座では、実車や見本の絵を観察しながら、タンクは鉄らしく硬く、シートは柔らかく、メッキパーツは光って見えるようになど、平面のうえで立体感や素材感をどう表現するかを学びます。
――一方のデジタルスケッチ講座でも、ペンタブレットを使って下絵に陰影を重ね、バイクが立体的に立ち上がっていく過程を体験します。
クレイモデリング(担当:YAMAHA + GKダイナミックス)
機能を形に落とし込む。削る数ミリが、乗り味を変える
桂川
クレイモデリングの講座では、デザイナーが描いたスケッチから形を読み取り、クレイ(粘土)で立体表現をする工程を学びます。今回はバイクの一部をモチーフに、あらかじめ用意されたベース形状へ粘土を盛り、削り、仕上げていきます。
桂川
ここで教えることは、造形の美しさを追求することだけではありません。クレイモデリングはバイクの機能に直結していて、例えば「走行安定性が悪いからここを削ってほしい」といった要望が現場では日常的にあります。またバイクの外観は、ニーグリップや足つきのように人が体を預ける面でもあり、削った数ミリがそのまま乗り手の操作感や安心感に変わっていきます。だからこそ、そのモデルが誰にどんな時間を届けるのかというコンセプトまでさかのぼり、機能をどう形に落とし込むかを考え、提案することが欠かせません。小さなパーツ一つでも、各講座の持ち時間である2時間以内に仕上げ切ることは難しい。そのくらい、モデリングは繊細で奥深いものです。
桂川
今年は、クレイ講座の内容が、基礎的な立体づくりから「形をつくり、稜線に意思を込める」という、より自由度の高い課題へ変更されました。稜線に意思を込めるには、その形が何を意味するのか? 乗る人にどう見え、どう感じてほしいのかを意識しないといけません。その視点は、スタイリングやCMFにも自然とつながっていきます。
CMFデザイン(担当:Honda)
色・素材・仕上げが第一印象を決める
桂川
CMFは、色(Color)・素材(Material)・仕上げ(Finish)を扱う領域です。バイクは、タンクや外装だけでなく、エンジン、ホイール、サスペンション、ハンドルバー、ボルトに至るまで「見えているものすべて」がCMFデザインの対象となります。さらに部品ごとに素材(ゴム、鉄、アルミなど)が異なり、表現できる色や仕上げも変わる。そこにCMFデザインの難しさと面白さがあります。
桂川
講座では、ターゲットユーザーとシチュエーションの組み合わせをくじ引きでランダムに決め、そこからカラーコンセプトを組み立てます。自分の興味に近いターゲットとは限らないテーマだからこそ、与えられた条件の中でどこまで考えられるかという、実務さながらの思考が求められます。
桂川
各学生がコンセプトから考えたCMFを実際のバイクに反映し、同じ形であってもCMFによって全く異なる価値や個性が生まれることを体感してもらいます。それによりCMFデザインが持つ表現力の大きさを感じてもらえるはずです。
桂川
性能や乗り味ももちろん重要ですが、最初に目に入り、バイクの第一印象を決めるのは色や質感です。何を良しとするかは、地域性や文化などから生まれる価値観によっても異なり、多様な表現のアプローチができる。そんなCMFデザインの楽しさを伝えています。
5社が力を合わせ、共創によって育むもの
講師陣から見た二輪デザイン公開講座
――公開講座は、大学の授業でも就職試験でもありません。最初は緊張していた学生も、2日目には自由にのびのびと発想し、手を動かし、質問するようになっていく。教える側の各社の講師たちも、公開講座にかける想いを言葉にします。
デジタルスケッチ担当/SUZUKI
SUZUKIでは「ちょうどいい」を目指しながら、遊び心を散りばめたバイクをデザインしています。この講座では、作品を完成させることで、達成する喜びを味わってもらいたいという想いでやっています。学生も集中し、熱心に参加してくれていると感じます。
クレイモデリング担当/YAMAHA + GKダイナミックス
形をつくる精度も大事ですが、「形の意味を考える」着眼点を持つことで、ものの見方が変わるはずです。ものづくりに込められた考えや想いに触れ、それを持ち帰り、デザインが好きになってもらえたら嬉しいですね。
――どの養成講座にも共通して「学生にデザインの楽しさを知ってほしい」という想いがあるからか、教える側の5社のデザイナーたちも、驚くほど和やかに肩を並べていました。その空気は、いったいどこから来るのでしょうか。
フィジカルスケッチ担当/Kawasaki
バイクの世界って、結局どこまで行ってもホビーなんです。デザイナーもバイクが好きで、同じ趣味の仲間が集まっているのだから、自然と仲間意識が生まれるんですよね(笑)。モビリティのデザイナーを志す学生は減少傾向にあります。一社がどうこう、二輪だけがどうこうではなく、業界全体で協力してモビリティデザイナーを育成していく。それが参加各社の願いだと思います。
――奇跡のような集まりが14年間続く。その積み重ねの根っこにあるのは、業界全体で次世代を育てたいという切実な願いです。主催者である自動車技術会 デザイン部門委員会の委員長は、5社が集まり、公開講座が生まれた原点をこう振り返ります。
自動車技術会 デザイン部門委員会 委員長/GKダイナミックス
かつては、どこかのメーカーのデザイン部に就職する以外に道はなく、委員会の組織もなければ、業界全体のことを知る機会や、現役デザイナーが集まって学生を指導する場もありませんでした。そこで、まずは「バイクデザインというものがある」ということを知ってもらうために生まれたのが本講座です。複数社で運営する上で大切にしているのは、リクルートに直結しない、どこか一社だけの利益にならないこと。先輩方が始めたものを、幹事会社が変わりながらも受け継いでいます。
――継続してきたことで、本講座は今では業界や学生にも広く知られ、近年はキャンセル待ちが出るほどの人気です。
一方で基調講演を行った西本からは、今後の課題も率直に語られました。
西本
二輪事業、二輪デザインは非常に多くのお客様に喜びや移動の自由を届けることができる魅力的な仕事だと思います。一方で、歴史あるメーカーが揃う日本において、二輪デザインという仕事やその価値がほとんど認知されていません。競争の激しい他国の学生が力をつける中で、日本の学生の認知とスキルをどう育むかが、業界全体の課題です。
共創が、次世代へ手渡すもの
デザインに必要な「パッション」と「共感」
――5社が守り育ててきた二輪デザインの魅力とは、何でしょうか。それは、工業製品でありながら、地域ごとの文化や乗り手のこだわりといった、長い年月をかけて世界中で育まれてきた「モビリティ文化」を背負っている点にあります。
――機能が良く、安ければ売れるという単純な世界ではありません。人が全身で操り、人とともに完成し、時に暮らしや社会のあり方さえ変えていく。だからこそ、デザインで必要なものは、技術やセンスだけではありません。「こういうものがあったら」という強いパッションと、その先にいる人への共感です。
お互いに切磋琢磨しながら、その先で同じ志を分かち合う。競争を越えて5社が受け継いでいくものは、技術だけではなく、デザインが大切にする人への共感やものづくりへのこだわり、そしてバイクをデザインする楽しさです。二輪デザインの未来は、一人ひとりの情熱と、企業の垣根を越えた共創の中で、確かに育まれています。


