1980-1982 Honda NR500 [NR2/NR3/NR4]
GP500ワークスロードレーサー

またも新規設計の「2X」エンジンで当初の目標性能に迫る

3代目のNR500であるNR3のエンジンまわり。搭載した2Xエンジンは1981年9月のベンチテストにおいて130PS/19,500rpmを発生した。(Photo/Shinobu Matsukawa)

TフレームをベースとしたNR3-1Xフレームに続いてNRプロジェクトが手がけたのが、真正のダブルクレードル形式であるNR3-2Xフレーム。クロムモリブデン丸パイプ製のループが車体の左右で全周にわたって切れ目なく続き、ステアリングヘッド後方のトップパイプは2本ある形態。1981年4月の日本GP(全日本戦)でデビューし、木山賢悟によりNR500唯一の勝利が飾られた1981年6月の鈴鹿200kmを走ったフレームもこれだった。ただし、同レースからフロントタイヤには内径16インチのものを使うようになっており、この仕様は「NR3-2.5X」と呼ばれた。その後、ダッチTT(オランダGP)で片山敬済が乗り、そしてAMAラグナセカ戦とイギリスGPでフレディ・スペンサーが駆った車体仕様は、このNR3-2.5Xであった。

3つ目のNR3用の車体は、ホンダ車初のアルミフレームである。クロムモリブデン丸パイプ製であったNR3-2Xフレームの材料をアルミ角パイプに置換したという成り立ちのもので、NRプロジェクトでは「NR3-3X」と呼んだ。このNR3用アルミフレームが実戦に投入されることはなかったが、その車体仕様は次のNR4フレームに生かされ、さらには2ストロークエンジン搭載の次期ホンダGP500ワークスロードレーサーである「NS500」に採用したアルミダブルクレードルフレーム(NS2A-AL/NS2B)に継承された。

NR500の最終モデルNR4。同車の車体は、NR3-3Xアルミダブルクレードルフレームの仕様をそのまま生かしたものだった。(Photo/Shinobu Matsukawa)

NR3が搭載した2Xエンジンは素晴らしい性能向上を果たしていた。このエンジンをNRプロジェクトはまたも新規に設計しており、今度はVアングルからして変更。それまでの100°から90°に変え、これによりクランクシャフトの一次振動を理論的にゼロとした。また、クランクケース等の小型化も図って、車体への搭載性を大幅に高め、エンジン重量軽減も実現した。

パフォーマンス面については、吸気の流速を上げるために吸気管長を短縮し吸気ポートをストレート化。バルブリフトも、吸気側で6.5mmから7.0mmに、排気側で5.7mmから6.5mmに増大させた。キャブレターのボア径は、1Xではφ28mmまでだったが、2Xではφ30mmに拡大。1Xで40°(吸気側20°/排気側20°)にまで狭めていたバルブアングルもさらに狭角化して37°(吸気側18.5°/排気側18.5°)とし、燃焼効率を一層引き上げた。

NR3が搭載した2Xエンジンでは、潤滑方式を従来のウェットサンプからセミドライサンプに。エンジンオイルにエアが噛んだ状態のほうが低フリクションになり、結果パワーが上がることがベンチテストで確認されたことを受けての変更だった。(Photo/Shinobu Matsukawa)

1Xから基本仕様としてバルブスプリングに使えるようになった特殊材料のマルエージング鋼(※NRプロジェクトでは「MAS材」と呼んだ)も、本田技術研究所と材料メーカーの共同作業で改良が進められ、靭性や耐摩耗性をさらに上げた「MAS-2」が開発された。そこで新たに出てきた問題は超高回転域でのバルブスプリングの共振だったが、それを取り除くべくさまざまなバルブリフトカーブを作成してテストを繰り返した結果、2万回転を超え、2万1000回転というエンジン回転数さえも保証できるものとなった。

こうした各種改良の結果、長円形ピストン・8バルブのNR500エンジンは、1981年のNR3に搭載した2Xにおいて、NRプロジェクトの設立当初からの目標性能であった130PSについに到達した(※エンジンベンチテストにおいて、1981年9月に130PS/19,500rpmを、1982年10月にはマグネシウムピストン仕様で135.1PS/19,500rpmをマーク)。