初代エンジンの脆さを解消し出力向上を図る
マックストン製ダイヤモンドフレームに100°V型4気筒の1Xエンジンを吊り下げたNR2。エンジンを下から抱えるロワパイプがなく、車体剛性は高くなかった。(Photo/Shigeo Kibiki)
NRプロジェクトがNR2の車体開発を任せたマックストンでは、その代表者であるロン・ウイリアムズが自らフレームを手作業で作り出していた。彼は、日本から送られてきたNR2用V型4気筒(NR500エンジン開発記号「1X」)のモックアップ(原寸模型)に合わせてクロムモリブデンパイプを切断し、曲げ、鑞(ろう)付けで溶接して、NR2のフレームを作り上げていった。それはダイヤモンドフレームと呼ばれる旧式の形式であった。
サスペンションについてもマックストンに判断が任された。モノコックフレームの初代NR500(NR1)ではリアサスペンションにリンク式を使ったのに対して、NR2ではスイングアームと車体を1本のクッションユニットで直接つないだものに。また、NR1では意欲的な倒立式を使ったフロントフォークについては、NR2においてマックストンはホンダとは直接の縁はないヨーロッパのサプライヤーの正立式を採用した。
NR2の車体開発は1980年4月にスタートしたが、仕様変更が繰り返されたこともあり、レースに出せるところまで開発が進展したのは6月半ばだった。その頃には、全10戦であった同年の世界グランプリロードレースは第4戦を終えるところまでシーズンが進んでしまっていた。
NR2ではカウルもマックストンの作で、その形状は当時としてもややオールドファッション。タイヤは前後18インチに。(Photo/Shigeo Kibiki)
エンジンについては、その開発方針は正常進化であり、NR500のV型4気筒としては2作目となる開発記号「1X」は、前作0Xではまったく足りていなかった耐久性を確保すること、そして依然非力なパワーを増大させることを大きなテーマとした。
先代エンジンである0Xの脆さの最大の要因は、カムシャフトを駆動するギアが共振によって破損してしまうことにあった。その対策として、振動を吸収するラバー製のダンパーをカムギアのひとつに仕込む設計変更を行ったが、それでも不十分だった。そこで1Xでは、0Xのものより容量が断然大きいダンパーをカムシャフトの端部に持たせた。この設計は的を射ていて、カムギア破損はまったく起らなくなり、最終型に至るまでNR500エンジンがそのたぐいのトラブルを出すことはもうなかった。
正常進化とはいえクランクケースからして改めて設計した1Xエンジンにおける最も大きな変更点は、カムギアトレインの出力取り出し部位をクランクシャフトのセンターに移したことだ。これもエンジンの強度を上げるのが主眼で、クランクシャフトジャーナル(ベアリングを介してシリンダーブロックに保持されながら回転するクランクシャフトの主軸部分)とそのホルダーのセットは従来の5個から6個となって重量増となったが、信頼性確保を優先した。そのうえでNRプロジェクトは、もうひとつの重大テーマであるパワーアップに取り組んだ。
1Xエンジンの縦断面図。0Xではエンジンの右端にあったカムギアトレインがエンジン中央に移され、クランクシャフトは0Xの5ジャーナルから6ジャーナルに。
1Xの前後シリンダーバンク挟み角(Vアングル)は100°で0Xと変わりなかったが、NR1実戦車に搭載した0Xでは吸・排気バルブ挟み角(バルブアングル)が65°(吸気側30°/排気側35°)であったものを40°(吸気側20°/排気側20°)へと狭めた。ペントルーフ型燃焼室(シリンダーヘッド側の燃焼室天井が切妻型の屋根(ぺントルーフ)状になっている燃焼室)を持つ4ストロークエンジンの一般論として、吸・排気バルブを立ててバルブアングルを小さくしていくほど燃焼室がコンパクトになり、燃焼効率が高まってより大きなパワーを得られるようになるのだ。実際、NR500エンジンにおいても、レース投入時の0Xの最高出力は100PSであったが、バルブアングルを40°にした1Xでは1980年5月の時点で122.6PS/19,000rpmを実現するまでに向上していた。
もっとも、性能向上ばかりで済んだわけではない。強度や耐久性を上げることを優先した設計の結果、1Xのエンジン単体重量は前作0Xより7kgも増えて64.5kgになっていた。これは、打倒すべきライバルである2ストロークの4気筒エンジンに対して15kg以上も重いという数字であった。
1980年フィンランドGPを片山敬済のライディングで走るNR2。軽い上りからフラットに変わる地点を全開のまま行けばフロントが自然に浮き上がるほどのパワーを長円形ピストンエンジンは有するようになっていた。(Photo/Shigeo Kibiki)