1979 NR500 [NR1]
GP500ワークスロードレーサー

サイドラジエターとリップ型スクリーン

サイドラジエターレイアウトが目を引くが、そのラジエター自体も特殊で、フィンは斜め向き、かつ階段状にしてコアに付けられている。(Photo/Shinobu Matsukawa)

1979年モデルのNR500(NR1)の車体関係における特徴のひとつにサイドラジエターレイアウトがある。もっともこれは「やむを得ずそうなった」と言うべきものだった。

ことの発端は、2ストローク車を上回るためのアプローチとして、125ccクラス車両並みのコンパクトな車体を目指したことにある。そのため、モノコックフレームを形成する外殻はエンジンにぴったり添った格好で、500ccクラスの車体としては例外的な小ささで作られた。さらにNR1では、リム径16インチのタイヤを前後に採用。当時の標準であったリム径18インチのものより外径も小さく作られたタイヤを履くことで、直立状態での車両高を抑えて空気抵抗を減らす狙いだった。

ただ、そのことにより、フロントタイヤ後端とモノコック前端の間隔が非常に狭いものとなり、十分な容量のラジエターを配置することが難しくなった。それでもエンジン前の標準的な位置にラジエターをなんとか置いたとして、エンジンを隙間なく包んだモノコックフレームが邪魔をし、ラジエターを通過した空気がスムーズに抜けてくれないことが容易に考えられた。そこで、ラジエターを車体の左右両サイドに置くという特異なレイアウトがひねり出されたわけである。

車体の側面に配置するため、NR1のラジエターは特殊な形状のものとなった。エンジンはV型で、シリンダーバンクがふたつある。したがって、車体左右のラジエターとふたつのシリンダーバンクをつながねばならず、そのレイアウトは単純でなかった。だが、本当に大変な思いをしたのはメカニックたちであった。冷却水配管取り外し用のカプラーが10カ所ほどもあり、エンジンを下ろすたびにそれらを外し、エンジンを載せるときは逆の作業を同様に行わねばならなかった。

ラジエターコアを通過する空気の量を十分に確保できるのであれば、サイドラジエターレイアウトは車両のパッケージングの可能性を広げ、商品性を高める手段にもなる。ホンダのフラッグシップモデルであるゴールドウイングもまたサイドラジエターを採用。このモデルはフロントサスペンションをダブルウィッシュボーン式にしたことにより、NR500同様ラジエターの行き場を車体両サイドに求めた。(Photo/Honda)

そして、肝心の冷却能力も高くなかった。NR1は車体がモノコックであり、平らな側面に添うようにラジエターを取り付けるしかなかったため、コアを通過した空気の抜けが悪かった。その空気流をなんとかしようとさまざまな空力パーツが作られ試されたが、問題は車体形状とレイアウトという根本的なところにあったため、NR1はオーバーヒートと格闘し続けることになった。

ところで、NR500と聞いて多くの人がまず思い浮かべるのは、初代モデルであるNR1の「顔」だろう。透明なスクリーン部が高さ5cmのシールド(「リップ型スクリーン」と呼ばれた)にとどめられたことで、非常に特徴的な顔になっていた。

このリップ型スクリーンによって跳ね上げられた空気が、上体を伏せたライダーの上をスムーズに流れていく──。そうしたイメージに基づいてものづくりが行われ、風洞実験においても空力的に悪くはないことが確認されたことで、NR1の本番車でも採用された。

1979 NR500 [NR1](Photo/Shinobu Matsukawa)

ちなみに、NR1の実戦参加が終了したあとも、ホンダはこのマシンの空力開発を継続して行っている。その主眼はサイドラジエターの冷却効率の向上で、車体左右のラジエターを完全に覆い、ラジエターを通過した空気を後方の開口部から負圧によって引き出す今日的なデザインが採られていった。なお、上体を伏せたライダーをすっぽり覆うバブル型スクリーンのほうがよいという意見が強まり、特徴的なリップ型スクリーンの採用はNR1限りとなった。

ホンダは、モノコックフレーム車であるNR1の開発を1979年のシーズン終了後も続けた。そして、1980年シーズンを前に開催した二輪レース活動発表会では、カウルやスクリーンの形状を変え、前後タイヤをリム径18インチとするなど、1979年の本番車に対してさまざまな変更を行った改良型NR1を展示した。(Photo/Shigeo Kibiki)