ジャック・ラフィットが初めてレースに出走したのは26歳の時のこと。
30歳でフランスF3選手権を制したラフィットは、
翌年F1デビューを果たしました。
極めて遅咲きのドライバーながら、13年もの長きにわたりF1をドライブし続け、
当時のF1出走最多記録を更新しています。
Hondaがウィリアムズとのパートナーシップを決断した1983年、
ラフィットは古巣だったウィリアムズに復帰し、
最終戦南アフリカGPから1984年シーズンを通し、
第2期を開始したばかりのHondaエンジンで戦いました。
マシンコントロール能力に長け、
クレバーなレース運びが印象的なドライバーでした。
チームメイトであるケケ・ロズベルグの、マシンを押さえ付けるような激しいドライビングとは対照的に、
凄まじいターボパワーが立ち上がる当時のHondaエンジンとの相性はあまり良くなかったのかもしれません。
マシントラブルに見舞われることも多く、リタイアが続く苦しいシーズンを送ることになりました。
陽気で明るい人柄もラフィットの特徴で、フランスでは国民的な人気を博すF1ドライバーでした。
1986年、イギリスGPでの多重クラッシュに巻き込まれ、
両脚を骨折する大きなダメージを負ってしまいました。
復帰を期したラフィットですが、その願いは叶わず、F1引退を余儀なくされています。

Profile
- 名前
- ジャック・ラフィット(Jacques-Henri Marie Sabin Laffite)
- チーム
- TAG Williams Team(1983)
Williams Grand Prix Engineering(1984)
- 国
- France
- 生年月日
- 1943年11月21日
主な戦績
- 1974年
- ヨーロッパF2選手権 3位/F1世界選手権 NC(イソ-マールボロ・フォード)
- 1975年
- ヨーロッパF2選手権 チャンピオン/F1世界選手権 12位(ウイリアムズ・フォード)
- 1976年
- F1世界選手権 7位(リジェ・マトラ)
- 1977年
- F1世界選手権 10位(リジェ・マトラ)
- 1978年
- F1世界選手権 8位(リジェ・マトラ)
- 1979年
- F1世界選手権 4位(リジェ・フォード)
- 1980年
- F1世界選手権 4位(リジェ・フォード)
- 1981年
- F1世界選手権 4位(タルボ-リジェ・マトラ)
- 1982年
- F1世界選手権 17位(タルボ-リジェ・マトラ)
- 1983年
- F1世界選手権 11位(ウイリアムズ・フォード、ウイリアムズ・ホンダ)
- 1984年
- F1世界選手権 14位(ウイリアムズ・ホンダ)
- 1985年
- F1世界選手権 9位(リジェ・ルノー)
- 1986年
- F1世界選手権 8位(リジェ・ルノー)

Career
1943年フランス・パリで生まれたジャック・ラフィットは、20代前半にモータースポーツに関わり始め、26歳でレースに初出場した遅咲きのドライバーでした。しかし、その才能が開花し、30歳でフランスF3選手権のチャンピオンを獲得すると、トップレベルのドライバーとして表舞台で活躍を始めました。
1974年、当時F1に参戦したばかりの新興チームだったイソ-マールボロからシーズン終盤にF1デビューを果たしましたが、完走できないレースが続きました。この年のラフィットの主戦場はヨーロピアンF2選手権で、優勝1回でシリーズ3位となっています。
1975年はウィリアムズからシリーズを通して参戦し、厳しい戦いが続きましたが、波乱のレースとなった第11戦ドイツGPで、予選15位から2位フィニッシュという快挙を成し遂げています。この年、ヨーロピアンF2選手権にマルティニから参戦し、6勝を挙げてシリーズタイトルを獲得。ラフィットの評価は一気に高まることになりました。
1976年、F1に新規参入したフランスのリジェのエースドライバーとして主戦場をF1とし、3回の表彰台獲得を含め上位争いを展開。シリーズランキング7位でシーズンを終えています。1977年、第8戦スウェーデンGPで待望の初優勝を挙げると、1982年までリジェでシリーズを戦い、6回の優勝を飾っています。ラフィットがもたらした初優勝は、自身はもちろん、リジェにとっても、フランスのチームにとっても初の勝利という快挙でした。
1983年、古巣のウィリアムズに復帰したラフィットは、入賞圏内での争いを演じポイントを重ねました。しかし、当時F1はターボエンジンがパワーで圧倒する時代に入っており、自然吸気エンジンのDFVを搭載するウィリアムズでは優勝争いは難しい状況でした。特にシーズン終盤は厳しい戦いとなり、最終的にはラフィットはシリーズランキング11位となっています。
1984年、HondaのV6ターボエンジンを搭載するFW09でフルシリーズを戦ったラフィットですが、シーズン序盤はリタイア続きでした。最大の見せ場は第9戦ダラスGP。混乱と波乱のレースをチームメイトのケケ・ロズベルグが制し、第2期Honda F1に待望の勝利をもたらしたこのレースで、ラフィットもベテランらしい冷静な戦いで24番グリッドから順位を大きく上げる4位でフィニッシュしています。ウィリアムズもHondaも、新しいマシンとエンジンの熟成過程のシーズンでしたが、それでも勝利を挙げ、後の飛躍を感じさせるシーズンでした。
1985年、40歳を越えたラフィットは再びリジェに戻ります。古巣のリジェで速さを取り戻したラフィットは、表彰台に3度登壇するなど上位争いを展開し、シリーズランキングは9位。1986年、引き続きリジェで参戦、チームメイトはフランス人のルネ・アルヌーが加入し、チーム、ドライバー、エンジン(ルノー)とすべてがオールフランス体制となりました。フランスの大きな期待を背負ったシーズン、開幕戦で3位を得て好スタートを切ったラフィットでしたが、第9戦イギリスGPで多重クラッシュに巻き込まれ、両脚骨折の重傷を負ってしまいました。このレースでグラハム・ヒルの持つ最多出走記録である176回の出走に並んだラフィットでしたが、復帰への努力を重ねたものの、最多出走記録を更新することはできませんでした。

Records
Profile
- 名前
- ジャック=アンリ・マリー・サバン・ラフィット
- 生年月日
- 21/11/1943
- 出身地
- フランス・パリ
Race Wins
-
Total
0
-
Honda
0
Pole Positions
-
Total
0
-
Honda
0
Races ※1
-
Total
0
-
Honda
0
Podiums
-
Total
0
-
Honda
0
Retirements ※2
-
Total
0
-
Honda
0
Laps Raced ※3
-
Total
0
-
Honda
0
Laps Led ※3
-
Total
0
-
Honda
0
- ※1 レース数は、失格を含む。※2 リタイア数は、完走扱いと失格を含まない。※失格時の周回数は除外。
Formula 1.com、他リザルトデータより