Hondaの研究開発施設 第8回

2025.02.25

革新的なカタチをスピーディーに作る「金属3Dプリンター」

革新的なカタチをスピーディーに作る「金属3Dプリンター」

自由な設計を可能にする金属3Dプリンター

Hondaは金属3Dプリンターの技術を活用し、ものづくりのプロセスや製品に新たな価値を付加しようと開発に取り組んでいる。金属3Dプリンターは従来工法を前提としない自由な設計を可能にし 、一品物や少量多品種の製品を早く、効率良く製造するのに向いているため、これまでにない革新的なカタチを、よりスピーディーに、低コストで具現化できる可能性がある。

3Dプリンターを活用すれば金型を用いずに設計データからダイレクトに生産できるため、開発から量産に至るまでのプロセスを大幅に省略したスマート工場化を実現するポテンシャルがあると考えられる。Hondaは四輪、二輪、パワープロダクツにモータースポーツや航空宇宙など幅広い領域でモビリティの開発に取り組んでおり、それぞれの分野で3Dプリンターの活用が期待できる。

金属3Dプリンターの造形プロセス

金属3Dプリンターの造形プロセス

金属3Dプリンターを用いた製造法、積層造形(金属AM)

3Dプリンターは製造装置のことで、技術視点では積層造形と表現する。英語ではAdditive Manufacturing(アディティブ・マニュファクチャリング、以下AM)となる。積層造形は文字どおり、材料を積み重ねるようにして形にしていく製造法だ。

金属AMにはいくつかの種類があるが、Hondaが採用しているのはレーザー粉末床溶融法(Powder Bed Fusion:PBF)である。造形を行うチャンバー内のベースプレートに金属の粉末を敷き詰め、レーザーを照射して金属を溶かし固める。1層あたりの厚さは数十ミクロン(1ミクロンは1000分の1mm)。1層目の作業が終わるとベースプレートを1層分下げ、リコーターと呼ぶ部品で金属粉末を均一に敷き詰め、再びレーザー照射を行う。この作業を繰り返して立体形状を作り上げていく。

造形原理

造形原理

レーザー照射時にはチャンバー内に不活性ガスを循環させ無酸素状態にする。レーザー照射を阻害しないよう金属が溶融した際に発生するヒューム(金属蒸気)や溶融した金属が飛び出すスパッタを追い払うためと、溶融した部分に酸素が入り込まないようにするためである。酸素が入り込むとそこが空孔になり、欠陥になるからだ。

造形イメージ

造形イメージ

金属AMの特徴は鋳造や鍛造では実現不可能な複雑な形状を作れることだ。ただし、積層しながら造形していく都合上、空中に浮いた状態になる部分はそのまま積層すると崩れてしまう。そのため、浮いた状態になる部分には土台となるサポート材を設けておく必要がある。サポート材は造形後の後処理工程で除去するが、サポート材を最小限にしたり、取りやすい形状にしたりするなど、効率良く製造するにはノウハウが求められる。

サポート形状検討画像

サポート形状検討画像

金属AMの内製化による進化

材料の状態やレーザーの照射条件、不活性ガスの流し方、ベースプレートに対する製品の配置など、造形条件は品質や効率を高めるうえでノウハウのかたまりである。Hondaでは金属AMの設計、製造を内製化。複数の条件を試してパラメーターを最適化したり、1層ごとにカメラで撮影して溶融の状態を確認したり、温度やレーザー出力を確認するなどしてノウハウを蓄積している。

パラメーターの最適化は、試験片をプレートに配置し、レーザーの出力やスキャンする速度などの条件を振り、引張試験による強度を確認して最適値を見極める。最適値の見極めを行ううえでは、層ごとに形成されるビード(金属粉末が溶融し固まった部分)を隙間なく重ね合わせるレーザーの条件設定が重要になる。レーザーのパワーが不十分だとビードが小さくなり、ビードとビードの間隔やビードの深さ(積層厚)が不足して隙間ができてしまう。反対に、パワーが過多だとレーザー照射中に溶融プールから発生するガスが放出しきらず、内部に残ってしまう。

ビードの深さ(積層厚)

ビードの深さ(積層厚)

生産性の面でも進化を遂げている。試作段階で用いる小さな造形エリアの造形機から、最終製品を製造する大きな造形エリアを持つ3Dプリンターへの移行では、造形エリアが大きくなるほど外乱の影響を受けやすい。風下側の不活性ガスの流速が遅いエリアで、金属が溶融した際に発生するヒュームや溶融した金属が飛び出すスパッタの排除能力が不足し、風下側の造形に不具合が生じるためだ。この不具合に関しては、高速度カメラを使って層ごとのスパッタ排除状況を確認。風速センサーを使った風速分布と照らし合わせることで、不具合発生の原因を特定。風速を最適化することで、造形エリア全体で高品質となる条件を設定している。

風速最適化による高品質条件設定

風速最適化による高品質条件設定

金属AMは数十ミクロンごとにレーザー溶接を繰り返して造形していくため、製造法の特性上変形しやすい。従来は造形を行って計測し、計測データをもとにパラメーターを補正。この作業を繰り返すことで寸法精度を高めるプロセスをとっていた。ところがこの方法では時間がかかり、スピーディーに製作することができない。そこで、トライ&エラーを減らすために変形予測シミュレーション技術を取り入れた。シミュレーションが得意とする変形の仕方を設計に織り込むことで、造形姿勢やサポート形状を最適化し、寸法精度の高い造形をスピーディーに実現している。

シミュレーション画像

シミュレーション画像

適用事例①:F1部品(ピストン、タービンハウジング)

金属AM技術を適用した事例に、F1のパワーユニット部品がある。金属AM技術を活用することにより、従来の製造技術では不可能だった複雑・薄肉形状を織り込んだ仕様変更に素早く対応し、製作期間を短縮するとともにコストを削減するのが狙いである。

適用事例のひとつであるピストンは、従来アルミ鍛造製だったが、開発の進捗にともなう燃焼圧の上昇に耐える強度を持たせるべく、金属AM化にあたって鉄に材料置換した。アルミに比べて比重の高い鉄に置き換えたので一般的には重くなるが、金属AM技術を適用することにより、従来技術に比べて軽く仕上げることができている。

タービンハウジングも、適用事例のひとつだ。耐熱性の高いニッケル基合金のインコネル製で、従来は精密鋳造により製造していた。タービンハウジングはピストンより大型であり、薄肉部があることから、製造にあたっては変形が大きな課題となった。

前項で触れたように、さまざまなノウハウを蓄積しながら金属AMによるピストンやタービンハウジングの製造技術確立に成功。厳しい寸法基準をクリアすると同時に、コストと製作期間を大幅に削減。2020年シーズンの途中から実戦に投入し、勝利に貢献した。

3Dプリンター製造部品を採用したF1車両

3Dプリンター製造部品を採用したF1車両

適用事例②:車いすレーサーのハンドル

Hondaは車いすレーサーの開発・製作を行っている。金属AMを活用し、選手が使用する車いすレーサーのアルミ製ハンドルを製造した。第一の狙いは軽量化であり、衝突時の安全性を両立させた。

選手の障がいの状態によりハンドルの最適形状は異なる。従来のハンドルはアルミ製パイプを溶接する構造のため、選手の要望にマッチする形状とするのに限界があった。そのため、ハンドルの設計にトポロジー最適化手法を適用した。トポロジー最適化は、与えられた制約条件の中で最も効率の高い構造となるよう解析する技術である。

専用ソフトに各種条件を与えて計算すると、本当に必要なところにだけ形状を作り、要らないところは極限までそぎ落とす解を複数提示してくれる。その中から、設計要件にあてはまる強度と軽さを持ち、金属AMで製造できる形状を選別する。軽量化への貢献が大きいメッシュのグリップ部は金属AMだからこそ実現できた造形だ。

車いすレーサー用ハンドルの設計・製作では、金属AM技術の活用により、選手に合った形状にカスタマイズしつつ、軽量化と安全性の両立を図れることが確認できた。人が物に合わせるのではなく、形状自由度の高さを生かして物を人に合わせることができる、すなわちお客様の細かなニーズに応えやすくなるのも、金属AMの大きな価値である。

※トポロジー:位相幾何学。幾何学の分野の1つであり、図形を構成する点の連続的位置関係のみに着目してその性質を研究する学問

車いすレーサー

車いすレーサー

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