Honda自社開発の「新燃料」

F1で使う燃料はレギュレーションで成分や特性が厳密に規定されている。ただし、規定の範囲内で独自に開発を行うことは可能だ。

Hondaは2018年第16戦ロシアGPで投入したRA618Hスペック3から高速燃焼を適用した(究極の燃焼効率を誇るテクノロジー進化)。従来からある一般的な燃焼は、スパークプラグの火花によって発生した火炎が電極部を中心に球状に広がっていく。いわゆる火炎伝播燃焼である。

一方、高速燃焼は副室から噴き出すジェット火炎がきっかけになり、その圧力衝撃により燃焼室の外周部でも火炎が発生。燃焼室中央部から外周に向かってジェット火炎が広がるのと同時に、外周から中央に向けても火炎が進むため、燃焼が急速に進む。ジェット火炎をきっかけに、燃焼室の外周部で自着火を起こすのが特徴だ。

再生可能燃料(e-Fuel)の研究

燃焼の形態が従来と異なるため、燃料にも異なる特性が求められる。従来の火炎伝播燃焼の場合はノッキングのしにくさに価値があったが、自着火をともなう燃焼の場合はそうとは限らない。一方で、着火しやすいほうがいいというわけでもない。高速燃焼に合った最適な燃料特性がある。

Hondaはターボチャージャーやシリンダーボアコーティングの技術などと同様、F1パワーユニット開発部門内に留まらず、Hondaが持つすべてのリソースを活用する「オールホンダ」の考えでパワーユニットの開発に取り組んでいる。燃料に関しては、環境負荷ゼロ社会の実現に向けたパワーユニット・エネルギー技術の研究開発を行う先進パワーユニット・エネルギー研究所の協力を得て開発を行った。

Hondaが自社で開発した「新燃料」は、2019年第17戦日本GPで導入された。燃料はシャシーコンストラクターと燃料サプライヤーとの契約に基づいて供給されるため、実際に燃料開発と製造を行ってチームに供給するのは、燃料サプライヤーである。そのため、Honda側から燃料サプライヤーに対し、新燃料の成分を提案。燃料サプライヤーがその提案を受け入れ、他の成分と調合して最適化した。

燃料のカーボンニュートラル化

次にその新燃料の高性能成分を、パフォーマンスを一切落とすことなくカーボンニュートラル化した。Hondaは2020年10月に「カーボンニュートラルの実現」をめざすことを宣言し、2021年4月には「環境負荷ゼロ」の循環型社会の実現という目標を掲げ、「2050年にHondaの関わるすべての製品と企業活動を通じて、カーボンニュートラルをめざすこと」を公表している。これは、2015年のCOP21(第21回国連気候変動枠組条約締約国会議)で採択されたパリ協定で掲げられた、世界平均気温の上昇を1.5℃に抑える努力目標の達成をめざしてCO₂を削減していく考え方が背景にある。

2021年に実施した高性能成分のカーボンニュートラル化にあたっては、まず産業技術総合研究所(産総研)の福島再生可能エネルギー研究所からグリーン水素(CO₂を排出せずにつくられた水素)を調達。この水素を木質バイオマス由来の炭素と反応させてカーボンニュートラルなメタノールをつくる。さらにこのメタノールを、木質など非食用原料を使用した第2世代バイオケミカルや化学品と反応させ、高性能成分をつくる。

2021年には、高性能成分のうち58.5%をカーボンニュートラル化することができた。技術的には100%カーボンニュートラル化することが可能なことを確認している。カーボンニュートラル化した高性能成分は、Hondaが国内で製造して燃料サプライヤーに送り、サプライヤーが調合して燃料に仕立てチームに供給する。

燃焼反応モデル

イソオクタン(C8H18)を例にした燃焼反応シミュレーションのイメージ。さまざまな物質について反応計算を行ない、ICE の温度・圧力の環境でどのタイミングで火がつき、筒内圧力がどうなるかをシミュレーション。計算結果からいい成分を選び、テストで確かめた。

2022年にレギュレーションの変更があり、カーボンニュートラル化を推進する観点から燃料にエタノールを10%混合する決まりになった。さらに、2026年からは100%カーボンニュートラル燃料の使用が義務づけられる。この年からパワーユニットサプライヤーとしてF1に復帰するHondaは、株式会社ホンダ・レーシング(HRC)を通じ、2026年に導入される新規定のパワーユニットと合わせ燃料開発に取り組んでいる。

カーボンニュートラル燃料は従来のガソリンに比べて気化しづらくなるため、気化しやすい燃料を開発することが重要になる。一方で、気化しにくい燃料をうまく燃やす技術も求められる。

パワーユニット、カーボンニュートラル燃料ともに自社で開発できる能力を有していることがHondaの強みだ。F1のカーボンニュートラル燃料開発で磨いた技術は、カーボンニュートラル化が進む国内レースに移転することが可能だし、将来的には市販車への適用も視野に入る。

グリーン水素をもとに製造したカーボンニュートラル燃料は、ガソリン精製と同様の蒸留プロセスを経て各種燃料が生み出される。蒸留後の軽い成分をガソリンの代替とする一方、蒸留後の重い成分はジェット燃料として利用することができ、ガスタービンとのハイブリッドによるeVTOL(電動垂直離着陸機)の実験や、SAF(持続可能な航空燃料)として活用できる可能性がある。そのためHondaは、F1のパワーユニット開発と並行して行うカーボンニュートラル燃料の開発は、広く社会への貢献につながると考えて取り組んでいる。

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